VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

14 / 24
二度目

 元々人間が嫌いだったと、そんな想いを抱いていたのは確かに覚えている。

 とはいっても、理由なんてたいしたことはない。

 学生時代に苦い思い出があって、人を信じられなくなって、だから嫌いに寄っていただけ。どこにでもある、より不幸な過去を持つ者なんてごまんといる。そんな程度の嫌い。

 

 けれどそんな嫌いがただの嫌いを超えたのは。

 薄らとした嫌悪がどろりとした憎悪や敵意にまで変わったのは、この身がVTuberになってから。

 

 世界が変わったあの日。起きて鏡を見たら、そこにはずっと一緒だった自分はもういなくて。

 代わりにV粒子で構成される身体とギフト、見違えるほど整った容姿を得て。

 そうして俺は周囲の見る目、家族から他人に至る全てが人ではない──怪物を恐れるような、媚びるような、或いは嘲るような視線を向けられるようになった。

 

 家族を家族と呼べなくなった。

 知り合いは他人になった。

 VTuberは世界の異分子となり、法律さえ適応されなかった当初の間、俺達は人ではなかった。

 

 ……それでも、別に全ての人間が嫌いだったわけじゃない。

 

「大丈夫か」と、手を差し伸べてくれた人はいた。

「一緒に行こう」と、声を掛けてくれた人だっていた。

 共に今日の生存を喜んだ人間。目の前での死に嘆いた人間。十年もあったのだから、様々な人間がいた。

 

 ……けれど、嗚呼。

 どこまで行っても俺の心は変わらない。こんな滅びかけになった所で、そんなの変わるわけがない。

 人間が嫌い。腹の裡の根付く膿を今更捨てるだなんて、そんな虫の良い話があるわけがない。

 

 全体と個人は違うのは当然だと。総意が不条理だとしても、それが全てではないのだと。

 理性はいつまでだってそう投げかけてくる。良心はどこまでだって訴えてくる。

 

 ──それでも、忘れられるわけがない。

 

 突き放された夜に流した涙を。

 裏切られて抱いた怒りを。

 孤独の中で膨れあがり、行き場をなくし、いつまでも心に澱む人間への嫌悪を。

 

 ……或いは、失ってしまったものを当たり前のように持っている彼らへの羨望を。

 

 そのどれもど捨て去ることなど出来ない。今更割り切ることなど、出来るわけがない。

 離れようとしたのは人間。けれど突き放したのは、他でもないVTuber(俺自身)

 彼らを嫌う。かつての自分が選んだ道だけは、誰にだって、自分にだって否定させるつもりはない。

 

 ──けれども。

 この左腕に巻かれた包帯は、与えられた善意の形は、紛れもなく人間によるもの。

 

 大嫌いな人間の善意。過去から来たなどとほざいた、どこにでもいそうな男。

 悪意など微塵もない、真っ直ぐな瞳。

 十年前に偽りなしと。音も臭いも嘘をついてはいないのだと、皮肉にもこの身こそが痛切に突きつけてくる。

 

 そんな人間に借りを()()、作ってしまった。

 あれほど筋違いの嫌悪を向けたというのに、意味がないと知りながら、それでも労られた。

 ようやく見つけた死に場所を、俺の内心なぞお構いなしに、そうはさせまいと声を上げた。

 

 ちっぽけで、弱っちくて、何も出来ない。

 そんな純人間風情が命を懸けた。そんな人間にアリスももぐらも先生も賛同した。

 まるであの人間のちっぽけな熱が移ったとでも言うかのように。……遠い昔、確かにいたはずの俺を推してくれる人間達がくれた懐かしい温かさが、確かに垣間見えてしまった。

 

 屋上から、純人間を抱えたアリスが走ってくるのが見える。

 必死になりながら、恐怖を隠せずにいながら、それでも諦めまいと足掻く──人間の姿が。

 

 折れた大太刀。自らの半身たる刀の柄を、痛いと思うほど強く握る。

 半端に残った赤い刀身。けれど未だ色は消えず。その姿は、自身の心の奥底を映し出すのよう。

 

 ……嗚呼、本当に腹立たしい。

 大嫌いな純人間。そんなあいつの奮闘に、僅かでも口元が緩んでしまいそうになる自分が。

 あの男から感じ取ってしまった熱とやらに、ほんの少しでも生きたいと望んでしまった。そんな自分が。何よりも。

 

 

 

 

 

 目的地である小学校へは到着した。

 けれど達成に払った代償──アリスという仲間の犠牲は、あまりに大きすぎるものだった。

 

「くそっ、くそがっ……!!」

 

 到着の喜びはなく、苦虫を噛み潰したような表情をしながら、愛斗は拳を床に叩き付ける。

 彼の内にあるのは怒り。アリスを撃ち抜いた天使へ、そして何より自分自身へ。 

 アリスが跳躍を連続させていた十数秒。愛斗はアリスの背にしがみつくのに必死で、獣型天使から目を離してしまっていた。

 

 急な行動であったのだから、所詮人間の域にある愛斗ではこなせないのが当然。

 けれど、出来ないと出来なかったは別。

 例え死んででも。目が焼き切れ、舌を噛むことになっても達成すべきだった役割。

 それを果たせなかったこと。例え自らに非がなかったとしても、結局は己が責でしかない。アリスの犠牲は紛れもない自分自身のせいであると、自らの無力を悔やむしか愛斗には出来ない。

 

 だがそれでも、愛斗は立ち上がる。

 まだ終わりではないと。己が四肢と心に鞭を打ちながら、強引にでも身体を動かしていく。

 

 向かう先は、校庭に描かれたバツ印。

 身体の痛みに耐えながら、ふらつきつつ、それでも数十メートル先の所定のポイントへ辿り着いた。

 

 そのときだった。

 獣型天使もまた、校庭へと着地し──刹那、健在だった校庭は崩壊し、二人が落下を始めたのは。

 

 もぐらのギフトである穴掘りは、その名のとおり、土を自在に掘り進める能力。

 校庭をひたすらに掘り進め、十分もかからぬ合間に獣型天使の落とし穴へ変貌させてみせた。

 人一人程度は動けながら、獣型天使ほどの自重に耐えきれない。その調整はまさに神業。

 

 天使の重量は、見かけに比例しない場合が存在している。

 羽のように軽い巨躯。高層ビルほどに重い矮躯。見た目通り、人間の平均値たる人型など。

 子大多数は大量生産された機械のような統一性と無機質さを兼ね揃えた設計(デザイン)でありながら、稀に子供の落書きのような、ふわふわな絵空事をそのまま形に出したみたいな自由さを兼ね揃える。

 矛盾を無理矢理形にしたような、黒に満たされた何か。それが天使という存在である。

 

 だがそれは、あくまで重量に限った話。

 着地の際に生じる力と衝撃は、重量以上に体格と落下時に込められた力に影響する。

 故に、例え獣型天使の重量が綿のように軽かったとしても。

 空より勢いづけて踏みつける際に発生する力は、常人の体重など優に上回るのは道理に他ならない。

 

 もぐらの設計は、その差異を正確に捉えてみせる。

 VTuberになる以前。齢零の頃から穴掘りを生存意義と定め、青春の全てを捧げた生粋の穴掘り人(ディガー)

 そして人からもぐらに変わった際、多くのVTuberが自らの変貌に苦悩する中、自身はもぐらになるために生まれてきたのだと鏡を見てほんの十秒足らずで適応してしまった変人。

 世情の全てを捨て去り祖母から継いだ山へと籠もり、気がつけば世界が滅んでいたのを知ったほどの穴掘り生物による完璧なまでの成果物は、確かにここに作動した。

 

「悪鬼。……()けろ、我が赫刀(半身)

 

 そしてもぐらの大穴は、あくまで獣型天使を逃がさぬため。そして意表を突くためのもの。

 獣型天使の到来。校庭の崩落。

 それらを確認した瞬間、半壊した校舎の屋上より、トンと軽く飛び降りた赤髪の青年──久遠は静かに唱える。

 

 其れは鬼から国を救った英雄の一太刀。

 子々孫々にて脈々と継がれた、一族の魂に刻まれた滅剣。

 

 久遠寺クオンはVTuber。本来犬の特徴と鬼滅の魂など縁のなかった、一人間の成れの果て。

 設定に殉じて構成されただけの個体。継承などという蓄積は、人間より遠い存在に過ぎない。

 

 ……だがそれでも、この一刀は決して偽りにあらず。

 

 身体が。過去が。大太刀が。彼を構成するあらゆる要素が、最早後付けでしかないとしても。

 それでも心は、内なる魂は確かに久遠寺クオン──**久遠(くおん)の物。

 久遠の半身たる大太刀の刀身。V粒子によって構成されたそれは、久遠自身の状態を示すかのように、欠けたままでありながら。

 

 それでも彼の心の趣くまま、彼の魂に呼応せんと炎を宿す。

 仮想であったはずの設定は、今この場にて猛者の一刀と化し、目の前の怪獣へと振るわれる。

 

 

「──奥義、退鬼ノ太刀(たきのたち)

 

 

 赤く赫く。揺らめく炎を纏った一閃は、久遠寺にて紡がれた、正しき退鬼の一振りなれば。

 

 天使の目前にあった、無色愛斗という獲物。

 天使の意識から完全に外れていたから為し得た、最高の状態での久遠寺クオンの奇襲。

 そして落下の速度を乗せた渾身の一刀。

 

 あらゆる要因が重なった一撃は、例え片腕であろうと全開のそれと遜色ない威力を誇りながら。

 かくして鬼殺しの一刀は天使の首へと吸い寄せられたかのように、見事寸分違わず切り落とした。

 

「あ、ありがとう」

「……ふん」

 

 地面へ衝突する間際、久遠によって抱えられ、そのまま穴の外へと脱出した愛斗。

 地上で投げ捨てられながらも、それでも礼を口にする愛斗に、久遠は腹立たしげに鼻を鳴らす。

 

 先ほどまで久遠の握っていた大太刀は、既に手の中にない。

 先ほどの一刀。全霊を込めた一撃を放った直後、役割を果たしたとばかりに霧散していた。

 

「それで、アリスは──」

 

 アリスはどうしたと。

 愛斗に問おうとした久遠だったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。

 

 立ち上がろうとした矢先。愛斗は久遠の右の手にて、強く突き飛ばされる。

 だがそれは、嫌がらせではない。

 何故なら先ほどまで愛斗のいたその場所では、愛斗を押した久遠がまさに今、穴から伸びた真っ黒な触手に腹部を突き刺されていたのだから。

 

「久遠さんっ!」

「ぐふっ、俺も焼きが、回ったな。純人間なんぞを、庇っちまうとは……」

 

 右手で触手を掴み、握りつぶしてどうにか拘束を解いた久遠。

 けれど負傷は重く、腹部は穴が空いたまま膝から崩れ落ち、そのままうつ伏せで倒れてしまう。

 

 呼吸は段々と浅くなる。

 傷口は腕の断面と同様、ブロックノイズを起こしながら、全身は少しずつ薄くなっていく。

 

 愛斗はそんな久遠の、VTuberが死を迎えようとしている最中を直視し、固まってしまう。

 

 死ぬ。死んでしまう。目の前で人が、自分のせいで、命を絶やそうとしてしまっている。

 

 自分を逃がそうとして、命を懸けようとした田中と同じように。

 自分をこの校庭に辿り着かせるために、犠牲になってしまったアリスと同じように。

 自らを、人間を嫌いと豪語した男に、それでも救われてしまった。

 

「ああ、あああ……!!」

 

 全部全部、自分のせい。

 自分を庇ったせいで、みんな死んでいく。自分がいなければ、みんな死にはしなかった。

 

 愛斗の心が、絶望が押し潰されそうになる。もう駄目だと、折れようとしている。

 うねうね、うねうねと。

 まるで誰かを探すように揺らめく黒い触手。そんな眼前の脅威を前にしながら、最早逃走の意志さえ潰えとようとした。

 

 

『──まだだよ。まだ何も、終わっていない。そうでしょ?』

 

 

 声が聞こえた。

 あれほど聞きたかった、何度も試しても聞けなかった推しの声が。

 手遅れになった今。どうして今更と。いっそ聞きたくなんてなかった、あのときと同じ囁きが。

 

『誰よりも強く願って。誰よりも自分の可能性を信じてあげる。──そうすれば、きっと貴方は誰かを笑顔に出来るから。貴方の推しは、きっと応えてくれるから』

「……なぞなーぞ。幻装(キャスト)、なぞなーぞっ!!」

 

 愛斗は唱える。

 一度目とは違い、今度はしっかりと決意を込めて。

 今にも壊れそうな心の中で。それでも思い浮かべた希望──自身の推しを思い浮かべ、心から。

 

 刹那、愛斗の左手薬指にはめられた、簡素な銀の指輪が光を放つ。

 真っ白な光。暗闇を引き裂くような、眩い光。

 白光は瞬く間に愛斗を包み、そして空へと立ち昇り、卵が爆発したみたいに一気に弾ける。

 

「なぞな~ぞ♡」

 

 光の中より現われ出でたのはやはり、箒に跨る黒髪の美少女。

 

 頭に乗せられた、存在感ある真っ黒な三角帽。

 白と黒のコントラストで彩られる魔女服に、左胸に付いたはてなマークのブローチ。

 ギリギリで絶対領域を死守するフリル付きミニスカート。そして滑らかな黒ニーソ。

 

 無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探求者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子。

 謎っ子ナーゾちゃん。愛斗の最推したるVTuberは、この地にて、二度目の顕現を果たす。

 

 まだ何も終わっていないのだと。

 絶望しかない今を、希望ある未来という可能性で満たさんと。太陽のような挨拶と共に。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。