VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
箒に跨り空を舞う、黒と白の魔女っ子姿をした黒髪美少女。
VTuber、謎っ子ナーゾちゃん──否。
ナーゾちゃんとなった
穴の中の天使は既に、獣の体を為していない。
久遠寺クオンの一振りは、紛れもなく獣型天使の首を断ち、自身を維持する核を砕いていた。
あれはあくまで獣型天使の残滓。
崩れ落ちる最中、本能に身を委ねてのたうち回っているだけ。
触手を伸ばしたのも、心臓発作を起こした人間が自らの心臓や地面の土を強く握り締めるのと何ら変わりない。そんな死ぬ前の足掻きが愛斗を狙い、結果として久遠寺クオンの腹を穿ったに過ぎない。
そんな何もせずとも、最早数分で消滅するであろう天使の残骸。
けれど、だからこそ。
ナーゾちゃんとなった愛斗は冷静に、けれど心の中で確かな怒りを抱えながら。
それでもナーゾちゃんの顔に相応しい、謎を匂わせる不敵な笑みを浮べ、ゆっくりと口を開く。
「空にふわふわ雲の味 青くてしょっぱい
「みんなが答えを知っている 今ある正解で満足してる」
手には杖を。可憐な声帯にて、淀みなく。
場違いになほどはっきりと、愛斗の口より紡がれ空へ響くそれは、紛れもなく歌の一節。
初配信にして3D。そんな新人を拝見しに来た、物見遊山の一環でしかなかった多くの視聴者を。
そして不意におすすめ欄に出てきて、まるで性癖の歯車がガッチリ噛み合ったかのような、そんな無駄に好みのモデルを前につい開かずにはいられなかった愛斗を。
千差万別であった人間達を見事一瞬にして虜にしてしまった、通称ナーゾちゃん伝説の一つ目。
『しーくれっとうぃっち♪』。
ナーゾちゃんが手がけ公開したオリジナル曲にして、始まりと言うべき栄えある一曲目。
無限の可能性を持つ、あらゆる謎の探求者。
そんな彼女を表わすかのような希望溢れる明るい曲調と
「とっくの昔に解き明かされて 生まれる前から当たり前で」
「白も黒もみんなみんな 交わらないから白と黒」
歌う。歌う。ただ歌う。
何もない空に漂いながら。依然凄惨な戦いの、絶望の最中であるにもかかわらず。
それでも……否、だからこそと。
胸の内の衝動に突き動かされながら、そう言わんばかりに愛斗は抱く心を言葉に乗せる。
「けれど、そんなのつまらない」
刹那、眩い白光が、愛斗から溢れ始める。どこからともなく、軽快な音楽が鳴り始める。
喉が温まってきたのか、より力の乗った愛斗の歌声へ。
そして何もかもを手遅れにしないという、愛斗の強い意志とナーゾちゃんへの信仰に呼応するようかのように。
──どこからともなく、まるで空が奏でるが如く、彼女の音楽が鳴り始める。
「謎の数は可能性 謎の数は世界の広さ」
「白を白、黒を黒 それで満足したら何も始まらない」
「きっかけなんてそれで百点、自分の気持ちさえ謎じゃ零点!」
ゆるりと、次第に激しく空を舞う箒。
愛斗の心のままに描かれる、一筋の白い軌跡。
それはまるで曇点の空を一枚のキャンパスをし、幼い子供が着の身着のまま描くような軽やかさで。
「さあ、箒に跨り飛びだそう! 誰も知らない、私らしい一歩を」
「目を輝かせ、追い続けよう! 数多の謎を、無限の
手に持つ杖を掲げ、高らかにサビへと入ったと同時。
描かれた巨大なはてなマークは、一気に弾け、はてなマークの雨を周囲一帯にへと降り始める。
優しい白光の塊。V粒子の煌めき。
はてなの雨はしとしとと地上へ振り落ちて、地面に届いた瞬間、淡い光となって周囲を満たしていく。
「だって、それが私の好きな私だから」
「どんな謎でも楽しんで、どこまでも広がる可能性(せかい)を自由に飛んでいたいから」
そうして白い光に包まれながら消失していく、校庭の穴にて蠢く黒い塊──獣型天使の残骸。
苦悶は既になく、伸ばした触手はとうに収まり。
安らかな眠りを迎えたように、動きを止めた黒い塊は、やがて完全に霧散していった。
「みんなにとっての最後の謎 そんな私になれたらいいな」
「なんてね♪」
ラストフレーズは、誰よりもキュートに。
ぱっちりウィンクを決め、杖の先端を空へと掲げれば、杖先からは白い光の光線が昇り──雲を突き抜け、散らしてしまう。
一分と四十六秒。フル尺ではないものの、それでも愛斗は歌いきる。
穴の空いた曇点、そこから振りそそぐ眩く温かい光。
十年越しに地上へと姿を見せた太陽はまるで、愛斗の完唱を心から祝福するかのようだった。
「……なんか、疲れたな」
愛斗にドッと押し寄せる疲労感に苛まれながら、ぽつりと、ナーゾちゃんのまま呟く。
熱中から一気に熱が引き、クリアになった脳みそは夢の中から現実へと戻ってきたかのよう。
首を振ってひとまず整えた愛斗は緩慢ながら、ひとまず降りようと、そつなく箒の高度を下げていく。
スカート下から入ってくる、すーすーとした風の感覚には慣れないながら。
それでも二度目の変身にて、愛斗は辛うじてではあるが箒による飛行を物にしており、穏やかに地上へと着地することに成功した。
地上に足を付け、跨っていた箒から降りてから、周囲の惨状を見回していく愛斗。
眼前の景色は、戦いが始まる前とは別物。
見境なく進んできた獣型天使のせいか、多くの廃屋が形を失い、校庭の中央には大きな穴が空いてしまっている。
それでも絶望はなく、むしろ光がある。
空を覆っていた分厚い雲。それが一部分だけでも晴れ、眩い陽光が差し込んでいる。
太陽の光があるだけで、同じ世界がこれほどまでに違って見えるのかと。世界はこんなにも色を取り戻すものなのかと。
十年後の世界に来てから、まだほんのたった数日にさえ満たない愛斗でさえ、悠然と降り注ぐ空の光にそんな驚嘆、そして感動を抱かずにはいられなかった。
「そうだ、みんなは……!!」
「呼びましたか? ふむふむ、どうやらもぐらの目に映るそれこそが噂の変身たいぷといった所か。ああところでぱんてぃも白黒とは脱帽。筋金入りのぱんだせんすはちと男受け悪いと思うのですが如何に?」
「ひゃあ!」
それでも、見惚れて呆けるよりもやることがあると。
手に握られていた箒と杖が、まるで役割を終えたと手の内から消失する中。
直ぐさま一緒に戦った人達のことを思い出した愛斗は、ひとまず久遠の下へと駆け出そうとして──唐突に、そして地面より聞こえた平坦な声に、つい可愛い悲鳴を上げてしまう。
「そこまで驚かれるとはびっくり仰天。あ、どうももぐらです。自己紹介は大事ですからね。ところでそなたに一応お尋ねしますが、よもやあなたひゅーまん愛斗ーにお間違いなく? その愛らしい口調と仕草でも、やはり心は男に変わりなく?」
「ああ、はい。そうです。……とはいっても、なんか自然と寄っちゃうんですよねこれ。不思議です」
ぽこりと、地面から顔を出したのはもぐら。
一つ戦いが終わり、周囲がこんな惨状になってもなお、相も変わらず平坦な口調で離す獣。
そんな一匹を前にした愛斗は、右手を首を触りながら、困ったとばかりの苦笑を返すしかない。
「なるほど。つまりはアリスーの上位互換、いや理想形と言った所か。まあもぐらは穴掘る
「おーい愛斗ちゃーん! 二人ともー!」
もぐらが矢継ぎ早に言葉を続けながら、何かを思い出して言葉にしようとした。
そのときだった。どこからともなく声が、二人を呼ぶ女性の声が確かに愛斗の耳に届いたのは。
「……アリス、さん。アリスさん……!!」
愛斗はすぐさま声の方向へ顔を向け──自身を呼んだ、女性の下へと駆け出していく。
愛斗の視線の先にいたのは、灰スーツの少年。
そして愛斗達を呼んだであろう、蒼いドレスを着た金髪縦ロールの美女。愛斗を進ませるために命を懸けたはずの不思議谷アリスその人が、どこか優しげな笑みを浮べながら手を振っていたのだ。
「ナイスシングだったわよ愛斗ちゃんって──あらん? 急に抱きついちゃって、どうしたのかしらん?
「あ、アリスさん……!! 良かった、無事で本当に、良かったです……!!」
アリスに抱きついた愛斗は、うわんうわんと、周囲の目を気にすることなく嗚咽を漏らす。
嬉しさからの、そして安堵からの涙。
戦いの最中だからと。勝利に払った犠牲の多さ故に、ギリギリで押しとどめていただけの情動の濁流。それが今、アリスの生存で溢れてしまっただけのことであった。
「あらあらもう。アタシ達の救世主がそんな泣かれると困っちゃうわぁ。せっかくそんな可愛い姿になったんだから笑って笑って。ねぇ?」
そんな愛斗に一瞬こそ戸惑いながら、ポンポンと優しく背中を撫でるアリス。
困ったような、けれどどこか微笑ましげな。
様々な感情を合わせたような、そんな曖昧な微笑を浮かべながら、それでもアリスは慈愛を持って優しく撫で続ける。愛斗が落ち着くまでの僅かな時間、誰も口を挟むことはなかった。
「それにしても、まさか君に二度も救われるとは思わなかった。初めて会ったときから何かを感じてはいたが……まさか、ここまでのことに発展するなどとは思わなかった」
三十秒、或いは一分ほど。
そんな程度の後、泣き止んだ愛斗に田中は小さく笑いながら、優しげな声音で語りかけると、アリスは「そうだ」と大きく手を叩いてみせる。
「そう、ちょっと聞いてよ二人とも! 先生ったらアタシを助けてくれたのよん! 動けなくて天使に襲われちゃいそうだったアタシを大胆にも抱き上げちゃって、あの白い光の雨で天使が消えるまでの間、ずっと逃げ続けてくれたのよん!」
「何も出来なくとも、何かしたいと思ったまでだ。……君の熱に当てられたのか、随分とらしくないことをしたものだ」
「あらん? でもそのおかげでアタシは助かっちゃったのだし、そういう青い先生もみ・りょ・く・て・き♡」
立てた人差し指を楽しげに揺らし、ぱちこんと田中へウィンクをしてみせるアリス。
田中は苦笑しつつ、顔を逸らすばかり。照れくさいのか、それとも他の感情による産物なのか。愛斗にはその辺、いまいち掴みあぐねる反応をしてしまっていた最中、ふと大事なことを思い出す。
「そうだ。皆さん、久遠さんが……!!」
「そうでそうです。つきましてはなるはやで。アリスーに診てもらいたかったのです。こちらへお越しを。はりーあっぷ」
もぐらの誘導に従い、一同は崩れた校庭に注意を払いながら歩いていく。
少し歩けば、先ほどと変わらぬ場所にて。
へにょりと垂れ下がった尻尾が目を引く、赤い着物を着た赤髪の青年──久遠が静かに横たわっていた。
「どうアリスー。久遠ー無事?」
「……大丈夫、生きているわん。そもそもアタシ達、死んだら消えちゃうんだから当然だけどねぇ」
比較的早足で到着し、すぐに屈んで久遠の状態を調べていくアリス。
無言の緊張が続く。数秒が永遠に感じるほどの時が包む。
やがてアリスが指で丸を作りながらの宣告は、息をするも忘れてしまっていた彼らの胸を撫で下ろすものだった。
「しかし……やはり、久遠君の腕が治っている。それにこのV粒子……アリス君の足の回復を見たときからその可能性は浮かんでいたが、まさか本当に……」
「それだけじゃない! 見てよあの太陽! あの温かくて眩い空の光! 生きている内にまた浴びられるだなんて思ってもみなかった! みんな生き残って、太陽も拝めて、こんな最高の結果奇跡としか言いようがないわぁ!」
胸の内の、溢れんばかりの歓喜をそのまま露わにするかのように。
勢いよく立ち上がり、空に手を広げながら叫んでみせたアリス。
もぐらも、そして田中も直接言葉に出さずとも、同じように陽の光を享受しようとしている。
愛斗はまだ、この世界に着て数日しか経っていない。
けれど彼らにとってはもう何年も失い、二度と目にすることはないとさえ諦めていた、眩い天の輝きに他ならない。
故にその重みに全てに、自身よりもずっと焦がれていた心の内へ完全に共感することは出来ない。
だからこそ、口を閉ざし、彼らを見つめるしかなかった。それだけで十分だった。
「……眩しい。こんな目覚め、いつ以来だよ」
「!! 久遠ちゃん!」
そんな折、まるで陽の光とアリスの歓喜が目覚まし時計にでもなったかのように。
目を覚ました久遠は、ゆっくりと身体を起こす。
そして太陽の光に目を細める中、視線を向けたナーゾちゃん──を姿をした愛斗を睨み、大きなため息をついてしまう。
「にしても……くそっ。変身出来るVってお前、ナーゾちゃんのことかよ。本当、最悪だ……」
「もしかして、嫌いなんですか? こんなに可愛い、世界で一番可愛い、ナーゾちゃんのことが?」
「……大ファンだったっての。無駄に夢壊しやがって。やっぱり人間なんて大嫌いだ」
ちょっとばかり圧の強い愛斗に、どこかばつが悪そうにそっぽを向く久遠。
そんな二人に、周囲の二人と一匹は何がおかしかったのか、くつくつと笑いを漏らしてみせた。
作戦終了。犠牲者零。収穫は顔を出した太陽と──この一瞬の、彼らの笑み。