VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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AINS

 かくして、脅威であった獣型天使は消失。

 敵を退けた一行は当初の予定通り、無色(むしき)愛斗(あいと)の案内の下、ついに目的地としていた天野一与の自宅へと到着することに成功した。

 

「……まさか、またここへ来ることになろうとはな」

 

 倒壊した一与の家と、その隣に位置する愛斗の自宅。

 少なくとも、この十年後の未来ではもう訪れることはないだろうと背を向けたはずの場所。

 そんな廃屋への再訪に少し胸が苦しくなりながら、一与の家の中へと足を踏み入れる。

 

 崩れた一与の家の中。瓦礫や何やらで塞がれていた、押し入れの中にある正面出入口。

 確かにこれは通れないと、どこか納得してしまいつつ。

 復活した久遠によって強引にこじ開けられ、露わになったラボまでの階段を、「地上を見張る役割が必要だろう?」と提案した田中以外の全員で降りていく。

 

「それにしても……どこからどう見ても今の愛斗ちゃんは普通の人間、なのにさっきまではVTuber。ほんよ不思議よねぇ。実際この目で見た後でも、やっぱり信じがたいわん」

 

 愛斗が取り出したバッグの中にあった、カンテラタイプのライトに照らされながら。

 隣を歩く愛斗をじろじろと興味深げに見つめながら、静かに唸ってみせるアリス。

 そんなアリスの視線を受ける愛斗は、少しのむず痒さを感じながら、つい自身の左手薬指にはめられている簡素な銀の指輪を優しく撫でる。

  

 愛斗の変身は、久遠を見つけた直後に解除され、今はもう本来の男の姿に戻っていた。

 再び変身しようにも、再度光が発されることはなく。

 ただし今回は、自らがどうして変身したのか──自身がナーゾちゃんになるための条件、きっかけのようなものを何となくだが掴んではいたために、純粋に疲労と消耗による影響だろうと、愛斗が特別心を乱すことはなかった。

 

「……多分ですけど、この指輪のおかげです。出発の前一与に絶対に外すなと言われたのもそうですけど、何となく分かるんです。これのおかげで、俺がナーゾちゃんになれたって」

 

 愛斗はぽつりと漏らしたのは、そんな自身の中にある曖昧ながらも確信に近い考察。

 未来へと送られる直前に、天野一与に無理矢理渡された指輪。

 驚くほど何となく。根拠は実に不確かながら、それでも心の中ではっきりと確信している答え。

 

 この指輪も、自分の知らない天野一与の発明品の一つなのか。

 それともただの指輪でしかなかった物が、十年の間に形を変えたのか。

 概要こそ分からないが、いずれにしてもこの指輪によって、自分はナーゾちゃんになれたのだと。そんな確信を。

 

「はっ、案外指輪とそいつを解剖したら、俺達も人に戻れる方法も分かるんじゃないか?」

「もう久遠ちゃん! そういうこと言わないの!」

「へいへい悪うござんした。ったく、軽い冗談だっての」

 

 そんな愛斗の推測を最前列を歩いていた久遠は、鼻で笑ってみせる。

 アリスの叱咤にわざとらしく肩をすくめ、振り向くことなく、べえと舌を出してみせる。

 以前と変わらぬ、毒々しげな態度。

 けれどどこか少しだけ、ほんの少しだけだが悪意や敵意といった刺々しさが薄れた気がすると。他ならぬ愛斗自身がそう感じていた。

 

 そんな雑談を挟みながら、一行は階段を降りきり、ついに第一ラボへと辿り着く。

 中は当然ながら、愛斗が脱出したときから何一つ変わることはない。

 放棄され、寂れた施設。電力は失われた暗闇の空間は、手元のライトがなければ足下さえ疎かになってしまう。そんな場所。

 

「ここが噂のふぁーすとらぼ。なるほどなるほどふうむふうむ。これは最早廃墟では?」

「そんなことはないわん。一見そう見えなくはないけど、目立った損壊はどこにもない。恐らく多くの隠し研究所同様、管理者を失ってから誰も使用していないから清掃されていないだけよん」

 

 のべーっと、久遠の頭の上へ張り付くように乗りながら。

 明け透けなく、誰もが言いたかったであろう感想を、一切躊躇せず言ってのけるもぐら。

 そんなもぐらにアリスは建てた人差し指を軽く振りながら、それは違うと否定してみせる。

 

 アリスの発言に、改めて見回した愛斗は確かにと納得してしまう。

 最初に来た当初はあまり余裕がなかったせいか、廃墟以上の感想を抱けなかった。

 けれどある程度余裕を取り戻した今、再び目にした第一ラボの内装は、確かに壊れていると言った様子はない。

 

『私のラボはね、すーぱーめたるんで作ってるからそこいらのシェルターより頑丈なんだよ。だからもし世界が核爆弾大暴発で滅んじゃったら、二人で籠りながら世界を復興していこうね?』

 

 思い返せば小学生の頃。一与がそんなことを言っていたなと、愛斗は今更思い出す。

 隠し事はするし、何ならサプライズするほは好きな方だし、彼女の頭を以てしても想像が覆ることだってある。

 それでも嘘はつかない。少なくとも、愛斗や愛斗の両親にはつきたくはない。

 それが愛斗にとっての天野一与。天才の前に、ただ一人しかいない幼馴染の女の子。そして──。

 

「愛斗ちゃん。動力室はどこか分かるかしらん? ここまでの施設であれば、間違いなく独立した動力を使用しているはず。とりあえずはそれの修復が可能か試してみたいわん」

「はい。えっと、確かこっちです」

 

 アリスの頼みが、愛斗の思考を、過ぎった幼少の記憶を中断させる。

 愛斗の案内の下、二人が向かったのは動力室。

 重厚な手動の扉に塞がれたその部屋に置かれていたのは、物音一つ立てることのないタンク型の機械が一つ置かれているのみ。

 

「これは……ぐるぐるでーんね。制約はあるけど、メンテを続ければ千年以上は保つらしい半永久電力機関。京都にあった拠点の電力もこれで賄っていたから、間違いないわ」

 

 ぽつりと置かれたタンク型の機械へと軽く手のひらを置きながら、アリスは驚愕のままに呟く。

 

 天野一与が傑作の一つ。くるくるでーん。

 第一ラボの電力を賄うため、ラボでいの一番に発明された半永久電力装置。

 規格外の演算ソフトであるUMCS同様、十年前に世に出ていれば世界の均衡を崩していた超技術。

 

「……愛斗ちゃん。ここ、いつ頃作られたの?」

「えっと、確か俺らが小学校の頃だったはずです。

「このレベルのラボを小学生で……つくづく規格外ね、Dr.イヨ。VTuberのアタシでさえ、現実味がまるでないわん」

 

 アリスは感嘆の息を零しながら、機械の側面に設置されていた蓋を開けていく。

 

「……直せるんですか? 一与の作った物を」

「ぐるぐるばーんなら触ったことがあるし、今のアタシならちょっと整えるくらいなら何とかなるわん。とは言っても、アタシのはギフトありきのインチキだけどねぇ?」

 

 任せてと。

 訝しげに尋ねた愛斗へ苦笑と共に答えたアリスは、真剣な表情へと変えながら、配線の入り交じった電盤へ向き合い操作を始めていく。

 

 不思議谷アリスのギフト、お手軽修復(ファストリペア)は物を直す能力。

 必要時間と消費V粒子は直す対象で変化し、上限は存在する。

 けれど使用者の専門外の分野であろうと修復可能。更に材料等はV粒子が代替する、便利な能力。

 

 とはいえ、それでも対象は天野一与の、比類なき天才の超技術。

 本来の不思議谷アリスであれば、信じられないことにギフトという異能を以てしても、単身で天野一与の技術に手を出すことは不可能である。

 

 それでも、修復を可能としている要因は三つ。

 

 ぐるぐるでーんの構造を他ならぬ天野一与から教わったことのあり、何度か修復作業を経験したことのあるアリスにとって、目の前の技術は規格外でこそあるものの未知ではないため。

 ぐるぐるでーん自体は一部トラブルで停止しているだけであり、修理自体は比較的簡単な修復(それでも並の技術屋では不可能)のみで事足りるため。

 

 そしてもう一つは、先ほどの戦いにて愛斗──正確にはナーゾちゃんが降り注がせた、はてなマークの白光雨のおかげ。

 あれは謂わばV粒子の塊。

 降り注いだ周囲にはV粒子が満ち、光を浴びたVTuberは力を得る。それこそ欠けた腕や足さえその場で修復を可能としながら、万全を超えて快調と言えるほどの状態にまで充実していた。

 

 既知と経験、機械の現状による条件の緩和。

 そしてVTuberになって以来、絶好調さえ超える最高潮のパフォーマンス。

 これらの要因により不思議谷アリスは、天野一与の発明品たるぐるぐるばーんの修復を可能としていた。

 

「……これで完了。あとはここを繋いで、再起動を掛けてあげれば……よしっ、出来たわぁ!」

 

 カチャリとレバーを上げた瞬間、ぐるぐるでーんの立ち上がる音が鳴り始める。

 直後、電力を第一ラボに光が灯る。手に持っていたライトは、最早必要ないというほど燦然と。

 

 ──そしてその影響で、突如ラボ内に無機質な音声が鳴り始める。

 

『電力確認。再起動シーケンス……完了。データ損傷確認……問題なし。異常確認、当施設内にて正体不明のVTuberを四名確認。非常警備システム起動──』

「待て待て、待ってくれ! 彼らは敵じゃない! 攻撃とかしなくていいから!」 

『──音声を確認。照合……99.9%、無色愛斗様と一致。管理者同等ゲスト権限により、問題なしと判断。以下四名を一般ゲストと仮登録します。ようこそ、第一ラボ愛の巣へ』

 

 愛斗の声に反応し、警戒から歓迎へと移る音声ガイド。

 危うく侵入者として撃退される所だったと、愛斗はほっと胸を撫で下ろしている傍らにて、アリスは何か思いついてしまったと考え込んでしまう。

 

「愛の巣……AINS(エインス)……まさかそんな、いやでも彼女なら或いは?」

「アリスさん?」

「……はっ! 嫌ねアタシったら、思考が声に出ちゃうのほんと悪い癖。ひとまず戻りましょう。電力は無事に戻ったわけだし、まずは愛斗ちゃんの乗ってきたタイムマシンについて調べてみたいの。いい?」

 

 我に返り、わざとらしく誤魔化しながら、動力室を後にしようとするアリス。

 そんなアリスの様子に、愛斗も少し首を傾げてしまいつつ。

 それでも今はタイムマシンについてだと、アリスの後に続いて動力室から出て、興味深げに部屋を観察していた二人と合流する。

 

「おやおや上手くいったようで何より。実のところ先ほどのあなうんすにてもぐらの小さな心臓がびくり。だってここは地面の中でありながら土の中でなし。もぐりともぐらによるもぐらたる面目躍如といかないわけなんですよねもぐぅ」

「喧しい。あとで聞いてやるから、少し控えてくれ」

「もごもご、辛辣もぐぅ……」

 

 二人を目にしたもぐらは、久遠の頭の上を占領しながらペラペラと話し始めようとする。

 だが途中で「喧しい」と、げんなりした表情の久遠によって口を遮られ、おしゃべりは中断されてしまう。

 

 相変わらず仲良しねぇ、と。

 そんな一人と一匹を寸劇を前に頬に手を当て、あらあらと微笑ましげに見つめるアリス。

 愛斗もまた仲良いんだろうなと何となく理解しながら。

 今自分達のいる大部屋。メインルームの中央に置かれている、ガラスに覆われたカプセル型の装置──愛斗の乗ってきたタイムマシンを指差し、「これです」とアリスへと伝える。

 

 天井一部に貼られた分厚いガラス以外、ほとんど真っ白な素材で作られたタイムマシン。

 部屋同様、愛斗が去った頃からほとんど変わった様子はない。

 一つ違う点と言えば、ラボの電力が戻ったおかげか、側面に備え付けられた画面に光が灯っていることくらいか。

 

「これが噂のタイムマシンか? はっ、時間を渡るにしちゃあ随分ちんけな箱だな」

「あらん、むしろアタシ的にはイメージぴったりよ? 合理的なサイズ! 余分を落とした構造美! Dr.イヨもきっと技術屋としての美学を持っていたのねぇ?」

 

 アリスは声を弾ませながら、付いた画面のそばへと寄り、ぽちぽちと調べ始める。

 その間言葉はなく、ポチポチと電子音が響くのみ。

 愛斗には何かが分かるのかさえ分からないが、それでも何かしらの結論を出すまでにしばらくかかるだろうと。

 どこか懐かしむようにラボ内を観察し──不意に一つの扉。かつて天野一与が唯一、愛斗にさえ立ち入りを禁じていた部屋の扉が目に入ってしまう。

 

 第一ラボの開かずの部屋。

 地上の家をほとんど利用することのない一与にとって、恐らく唯一のプライベートルーム。

 

 未来が滅ぶと予測した超演算装置、UMCSの内蔵されたパソコンもあそこに置かれている。

 秘密を暴くようで一与には悪いが、もしかしたら何か見つかるのではないかと。

 そもそも今開くのは疑問だが、それでも扉の前まで歩こうとした──そのときだった。何かを知ったであろうアリスが、「なんてこと」と声を漏らしたのは。

 

「アリスさん。何か分かったんですか?」

「……これが、ここが何なのか分かったわ。愛斗ちゃんにとっては、とても残酷な事実よ」

 

 真剣な、けれどどこか哀れみを滲ませたように沈んだ顔をで話すアリス。

 

 愛斗の頭に嫌な予感が過ぎる。

 愛斗の全身に警鐘が響く。

 

 まるでこれ以上は知るべきではないと。

 或いは、ついに向き合わなければならないと。

 一度振り払った疑念が、細やかな抵抗を嘲笑うかのように急浮上してくる。酷く気持ち悪い感覚が、愛斗の背筋を不気味になぞる。

 

 それでも……いや、だからこそ愛斗は「教えてください」と口に出すしかない。

 どんな辛い現実であろうと、知らなければいけない。

 今の自分がやるべきことを、少しでもはっきりとさせるために。そして自身の置かれている状況がどれほどなのかを、少しでもつまびらかにするために。

 

「……残念だけどね、愛斗ちゃん。これはタイムマシンじゃないわ」

「…………はっ?」

 

 それでも。

 アリスが述べたその言葉を数秒遅れで咀嚼した愛斗は、呆けた顔で唖然と声を漏らすしかない。

 

「厳密に言えば、一方通行のタイムマシン。──つまり、コールドスリープ装置よ」

 

 アリスの告げた真実は、愛斗にとって残酷としか言いようのないもの。

 そうじゃないといけないはずの前提が、くるりとひっくり返る。

 今まで立っていたはずの足場が崩れ落ちる。そんな空虚な喪失感を抱きながら──それでも愛斗は「やっぱり」と、納得したぽつりと漏らした。

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