VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
「恐らくだけど、ここがアタシ達の目指していた
多分そういう意味じゃないのだろうけどねぇ、と。
機械弄りとは思えないほど綺麗な手でカプセルを撫でながら、目線を落としたアリスは静かに語っていく。
「考えてみれば簡単なことだったわ。だって愛の巣をそのままアルファベットにしたらAINSだもの。あの娘のネーミングセンスとしては、とっても妥当じゃない?」
アリスに投げかけられた質問に、愛斗は一瞬逡巡しながらも、静かに頷くことしか出来ない。
誰かに教える際、ちょっとだけ二人だけの秘密を残したかったからか。
それとも十年経った結果、流石の天野一与と言えどちょっぴり気恥ずかしさを覚えたのか。
恐らくは前者だろう。
深い意味など一切なく、アリスの言うとおりの三秒で考えたような安直なネーミングにて、
ほんの一瞬考えただけで、そこまで筋道を立ててしまえた。
希望云々もあいつならあり得ない話ではないと、心の中で驚くほど素直に納得出来てしまった。不意に知恵の輪が解けたような、そんな腑に落ちた感覚を愛斗は覚えてしまっていた。
「……随分と冷静だな。もしかして、感づいていたのか?」
「……いや。けど、おかしいなとは思ってた。昨日から、思えてしまっていた……!!」
いつもの毒はなく、ほんの僅かではあるが同情のこもった声で問いを投げる久遠。
顔に手を当て俯いた愛斗に、そんな久遠の差異に気付く余裕はなく。
けれど、タイムマシンがタイムマシンではなかったと。
そんな前提がひっくり返ってしまうような事実を前にし、心底声を震わせながら、それでもどこか納得だとそこまでの動揺を見せることはない。
『Dr.イヨはタイムマシンの開発に熱を注いでいたの。それも人類残党としてではなく、個人としてね』
最初のきっかけは昨夜。
あの隠れ家の中にて、アリスの発言を聞いたときから愛斗の胸には漠然とした不安が燻っていた。
アリスの話を考慮すれば、少なくとも五年前まではタイムマシンは開発中の段階にあった。
つまり十年前のあの日、タイムマシンはまだ完成していなかったことになる。天野一与が自分に完成していない発明品を自分に使わせてきた、そういうことになってしまうのだ。
自身の幼馴染のことを、
実験やら研究に付き合ってと駄々をこねることは、それこそ数え切れないことあれど。
それでも完成していない、まだ安全が確立されていない発明品の使用を強いてくることはないと。十数年の付き合いから骨の髄まで理解している。
つまり、間違いがあるとしたら目の前の装置ではなく、旅立ちの際に告げられた言葉の方。
今までにない前例……或いは、天野一与に隠し事があった。そういうことになる。なってしまう。
未完成品でないのなら、それはタイムマシンと名付けられただけの何か。
時を自由に行き来できるような、
あくまであの瞬間からこの十年後にまで運ぶだけの何か。それだけの役割しか持たない、タイムマシンにはほど遠いだけの物。
アリスによってコールドスリープだと告げられた今、明白になった正体こそが何よりの裏付け。
故にそれこそが、昨夜の段階で喉元まで出かかっていた、漠然とした警鐘の真相。
そんなわけないと、考えないようにしていただけで。
それしかなかったとしても、そうではないのだと否定したかっただけで。
獣型天使への対応やナーゾちゃんへの変身についてなど、目先の問題が山積みだっただけで。
タイムマシンはタイムマシンではなく、自分を過去に戻してくれるものではない。
つまり、無色愛斗は過去には帰れない。
愛斗が無自覚に目を逸らそうとしていた事実が今、不思議谷アリスによって容赦なく突きつけられた。
「なんと言っていいのやら。いかに畜生の分際とてかける言葉が見つからない。どんまいです」
「もぐらちゃん、空気読みましょう?」
「もぐぅ……」
なおも態度を変えることなく口を開こうとしたもぐらを、優しい声音ながらぴしゃりと咎めるアリス。
偽りなく語った側、希望を一つ奪ってしまった側としての心苦しさでもあったのか。
失意にくれる愛斗を前にしたアリスは、それ以上言葉を掛けることもなく、そっと視線を外し愛斗の横を通り抜ける。
「……アタシ達は他に何かないか探してみるわ。久遠ちゃん、ちょっと付き合って」
「……ああ」
ぽんと肩を叩かれた久遠は、けれど皮肉の一つを口に出すことはなく。
ただ静かに目を伏せ、そのままアリスの後に続いていき、愛斗はぽつりと一人立ち尽くす。
「どうすれば、いいんだよ……」
立ち上がる気力を持てない。何かしようと、気力が湧き上がることはない。
心の熱がスッと引いていくような感覚。世界からあらゆる色が失われていく、そんな虚無感だけが心を支配していく。
コールドスリープ。時を渡ったのではなく、過去から運ばれただけに過ぎない超技術。
十年後に違う自分がいるとか、そういう複雑な事情はない。
単に自身が十年眠っていて、十年後の……こんな終わりかけの世界でようやく、刑期から解放された囚人みたいに解放されただけ。
どれだけ何かを為そうとも、もう過去には戻ることはない。
家族には、幼馴染には、過去にあった全てとの再会は二度と叶うことはない。
過ぎ去った時間は、その過程に生じた消失は取り返されることはない。
一度割れた盆から零れてしまった水が、例え盆の罅を塞ごうと決して戻らないように。
何もかもが手遅れな状況に、今更何が出来るのかと。
自身の乗ってきたタイムマシン……と呼ばれていただけのコールドスリープ装置。最早役目を失った機械に腰掛けながら、愛斗は悲観に暮れるしか出来なかった。
『愛斗様、損傷していた動画データの自動修復を完了しました。どうぞ
だから、もう目を閉じてしまおうかと。
打ちのめされた心の囁きに従い、せめてこれ以上は傷つかないように、楽になろうとした。
そのときだった。
無機質なアナウンス音が、愛斗が折れることを許さないとばかりに館内へと鳴り響いたのは。
「動画、データ……?」
『肯定。本来であれば凍結保存より解除された直後の閲覧を設定されていましたが、動画データの電子的破損により不可能でした。ですが電力復旧により、自動修復プログラムを開始。先ほど無事に完了しましたので、閲覧の推奨をアナウンスさせていただきました』
淡々と続く、アナウンスの説明。
そんなのがあったとは思っていなかった愛斗は、依然心を憔悴させながら、それでもゆっくりと顔を上げてしまう。
『なお本データは当ラボ管理者天野一与より、無色愛斗様個人に充てられた最重要機密となります。つきましては
「……えー」
放送が終わり、呆れ半分と言った風に顔を歪めてしまう愛斗。
放送を聴いていたはずの三人へと顔を向けてみれば、目の合ったアリスは親指を立てるだけ。
これは行くしかないと。
大きな、本当に大きなため息を一度吐いてしまいながら、それでも愛斗は重い腰を上げて私室──そんな名前だったのかと初めて知った、開かずの部屋へと足を運んでいく。
愛斗が扉の前に立つと、すぐにピコンと軽い音が鳴り、自動で扉は開いていく。
十年前は一度たりとも入ることのなかった、人の自室にはズカズカと足を踏み入れるくせに、決して入れようとしなかった部屋。
自分の知らない天野一与の存在している部屋。そんな未知へどこか妙な緊張を覚えながら、ゆっくりと部屋の中へと入っていく。
ぷしゅうと、扉の閉まる音だけが響く。天井の明かりが灯り、部屋の内装が明らかとなる。
部屋の大部分を占めるのは、中央に鎮座し、いくつかの機材に繋がれたパソコン。
端に置かれた簡素なベッドとベッド上に置かれたぬいぐるみ。
室内はそこまで広くなく、特別何かがあるわけでもない。
強いて言えば少年少女が部屋へポスターを飾るみたいに、ベッド隣の壁に貼り付けられた一枚の写真。
ちょうど天野一与が自称
天野一与らしいと言えばそうだが、別段隠すような場所でもない、そんな程度でしかない部屋。
そんな部屋の様子を一瞥した愛斗は、気負っていたせいか、ドッと肩の力が抜けてしまう。
最後に会ってからまだほんの二日。
少なくともそういう感覚だというのに、もう随分と遠くの過去に思えてしまう一与……幼馴染との日々。
一与がいた部屋への安心感と懐かしさ。そして遅れてやってきた、もう彼女はいないのだという寂寥感が胸に重くのし掛ってきた。
──そのときだった。
パチンとパソコンに光が灯り、次の瞬間、パソコンの正面に巨大な映像が投影されたのは。
『あーあー。ただいまテスト、テースートー。……うん、問題なし。やっぱりあーくんにラブを伝えるときはいつだって完璧じゃないとね! おーらいっ!』
壁に投影されたのは、白い壁の部屋でカメラを調整する女性。
保護ゴーグルを頭に乗せ、「とりま一杯」と白字で書かれた黒いTシャツの上から白衣を羽織る小柄な女性。
美少女から美女へ。歳月にて大人の雰囲気を醸す彼女は、かつてを知る愛斗の心臓でさえドキリと強く弾ませるほど。
見間違えるはずはない。
記憶の彼女に比べれば幾分大人びた雰囲気へ変わっていようと、誰か分からないはずがない。
『ごほんごほん。……久しぶりだねあーくん。五年ぶり……いや、あーくんにとっては十年ぶりかな? あーくんの唯一無二な幼馴染、あーくんより五歳もお姉さんになった天野一与だよ。いえーい!』
黒いソファに腰掛けた女性は、カメラへ──レンズの先の俺へとVサインを送ってくる。
天野一与。自称天才、他称天才だけど変人。そして無色愛斗の幼馴染。
もう会えないと諦めていた幼馴染との再会は、例え映像越しだったとしても、驚くほど呆気ないほど簡単に訪れた。