VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
『おはようあーくん。目覚めはどう? 身体に問題はない? 心に異常はきたしてない? この映像が再生されているということは覚醒は無事に済んだはずなんだけど、やっぱり私がその場にいないせいでちょっぴりだけど心配です』
再生された映像の中で溌剌と、声を跳ねさせながら愛斗への言葉を紡ぐ
十年という年月を越えた、直接ではないにしても再会。
最後に会ったときからまるで変わりない態度は、まさしく天野一与その人であると。
愛斗は口に出すことこそなかったがそう確信しつつ、けれど少しだけ違和感と少しの虚しさを覚えてしまう。
所々に混じる敬語や、態度に反した落ち着きある声音。
十年前の面影は確かにありながら、けれど以前に比べてどこか理知的理性的な佇まい。
まるでしっかり社会の荒波に揉まれて成熟した大人が、同窓会の中で学生の頃の自分を思い出しながら浮かれているようだと。
目の前で話す彼女は確かに愛斗の知る天野一与でありながら、自分の知らない天野一与なのだと。
眠っていた十年の空白、彼女の隣にいられなかった時間の長さを突きつけられているようだと。
愛斗はそんな負の感情の一切を押し殺しながら、目の前の一与の話に真剣に耳を傾ける。
『まず始めに、この映像は2030年時点に撮影されたもので、私が死亡した状態であーくんが目覚めた場合のみ再生されるように設定しています。なのでこれをあーくんが目にしているということは、きっと私は順当に死んだのでしょう。だって何かの間違いで私が生き残ってあーくんにおはようのキッスを送れる状態だったのなら、こんな恥ずかしいだけの映像見せるわけないからね! きゃー!』
もしかしたら、まだどこかで生きているかもしれないと。
恥ずかしそうに身をくねらせながら、愛斗の心の片隅にあった淡い期待をぶち壊す一与。
喉元や込み上がってきた苦痛を、今はまだと必死に堪えながら。
決して画面から目を逸らさず視聴を続けようとする愛斗に、映像の中の一与はごほんごほんとわざとらしく喉を鳴らしてから、ゆっくりと姿勢を正してみせる。
『……さて。前置きはそこまでにして、早速本題へと移るね。……この映像は、いきなり十年後にほっぽり出されることがほぼ確定なあーくんのために、せめて右と左くらいは分かる程度の知識だけは遺しておこうという高度な乙女心。まさしく愛だね。……本当は凍結中に情報を頭に事前入力とかも考えたんだけど、流石に途中で弄るのは厳しかったからさ。なのでまあラボから地上に出る前に、一緒に排出されたであろう鞄の中身の確認をしながらでもいいから、どうにか頭に叩き込んでくれると嬉しいです』
そうして一与によって語られたのは、本来最初に聞かされるはずだったであろうはずの話。
俺が眠った次の日、2025年7月7日に起きたVTuber出現現象──Vショックのこと。
2028年に起きた大襲撃。突如出現した巨大な塔によって、日本は世界から隔絶されたこと。
そして撮影当時の2030年の決戦前日へ至るまでの背景。
いずれも昨日、田中に聞かされた話と合致する内容。
田中を信じていないわけではなかったが、それでも裏付けとしては十分過ぎるものであった。
もしこのメッセージを最初に聞けていればと、きっと世界の見え方は違ったかもしれない。
そんな惜しさを心の片隅に抱いてしまいながら。
それでもどっちが良かったのかに正解はないのだろうと、愛斗は再び一与の話に傾聴していく。
『とまあ世界についてはこんな感じで……そうそう! あーくんがきっと今も外さずにいてくれているはずな
あらかた話し終えたあと、不意に思い出したと若干ふて腐れたようにそう話した一与。
けれどあまりに簡単に言い放たれた宣告に、愛斗は「はい?」とつい口から漏らしてしまう。
『指輪内の情報。つまりナーゾちゃんのアカウント全権限とあーくんの脳やら心臓やら疑似魂魄やらとリンクさせたから、あとはあーくん次第でナーゾちゃんになれるはず。無限の可能性を持つ、あらゆる謎の探求者。その設定は、歌は、V粒子は未来の希望。あーくんのナーゾちゃんを推す心と元の時代に帰りたいって願いがあれば、あーくんはきっと世界だって救えちゃう。少なくとも、私はそう信じています』
この信頼には欠片の偽りさえないと。
一与は曇りのない瞳で真っ直ぐカメラを向きながら断言した直後、ジリリと室内にけたたましいチャイムの音が鳴り響く。
それはこの部屋ではなく、映像の中での音。
夢の一時は終わりだと。現実へ戻る刻限を示すかのような、そんな区切りのアラーム。
『……ああ、もうこんな時間。本当はもっともっと、それこそ今すぐにでも凍結を解いてでも話したいことがいくらでもあるんだけどね。流石の私も仮眠を取らなきゃ十全に働けないだろうし、何よりここらで切らないと私の心が揺らいじゃいそうだからさ。そろそろこの映像を終えようと思います』
待ってと。
憂いのある顔で終わりと呟いた一与に、愛斗はつい声を掛けてしまいそうになる。
けれど上がりかけた手。まだ消えないでと縋ってしまいそうになった手は、伸ばされることはない。
どこまでいこうがこれは、目の前の一与はただ映像。もう終わった、ここにはいないもの。
どう声を出そうと、どんな気持ちで制止しようと、何が変わるわけもない。
それでも、どうしてかしたくはなかった。画面に映る一与の切ない眼差しを、今にも泣きそう顔ながらの覚悟を否定してしまう。それだけはして駄目だと、彼の心に過ぎった。過ぎってしまったのだ。
『最後にこれだけは伝えておかなければいけません。2035年の、きっと終わりかけている世界であーくんがやるべきこと。あーくんが元の時代に戻るために、世界に平和を取り戻すためにしなければならないことについて』
一度姿勢を正した一与は、一度大きな深呼吸を挟んだ後、ゆっくりと頭を下げる。
『ごめんなさい。実はあーくんの乗ってきたタイムマシンはタイムマシンじゃありません。あれはこおりますんって言うコールドスリープ装置。例え未来の脅威が全て取り払われようと、そのカプセルで過去へ帰ることは出来ません』
一与ははっきりと告げる。アリスの語った内容が、紛うことなき真実であると。
だが先んじて判明していたから、愛斗の心にそれほどの動揺はない。
ただ改めて感じてしまった絶望という胸が重くなる感覚に抗おうと、伏せてしまいそうになった顔を、せめて映像が終わるまではと懸命に拳を握って堪えようとした。
──そんなときだった。
だけどね、と。映像越しの一与の発した一言が、愛斗の心の重みをほんの少しだけ軽くしたのは。
『安心してねあーくん。実はなんとなんと~……なんとっ! タイムマシンは完成しています! 条件さえ満たせばきちんと2025年へと戻れる上に、過去であーくんが二人になるなんてパラドックスが起きることもない完成品! 私の最高傑作なんだ、すごいでしょ!』
「……えっ」
胸を張りながら、確かにそう言ってみせた一与。
彼女のはっきりとした断言に、瀬戸際で塞ぎ込もうとしていた愛斗の心に光が差し込んでくる。
本物のタイムマシン。2025年に、無色愛斗が眠りについた時代へと帰れる完成品。
天野一与は実在すると確かに言った。本物を完成させたと、過去へ帰れるとそう口にした。
ならばそれは、紛れもなく真実なのだと。
タイムマシンは実在し、それさえあれば帰れるのだと。
長い付き合いによって培われた、無二とも言える幼馴染への信頼が、心を奮い立たせる。
『あーくんがすべきことは三つ。タイムマシンの置いてあるラストラボを見つけること。世界滅亡の元凶であり、タイムマシンの使用を阻害する巨大な塔を機能停止させること。そして過去に戻った後、指輪とあーくんの体験を十年前の私に渡すこと。全て完遂して初めて世界は救われます。はい拍手!』
指を立てながら話した一与は、パチパチと小気味好い拍手を鳴らしてみせる。
この世界ですべきこと。どうすればいいかも分からなかった愛斗にとって、何よりの道しるべ。
天野一与はそれを示した。世界のためかもしれないが、それでも確かに遺してくれていた。
具体的な内容よりも、その事実こそが無色愛斗の心に染み渡る。
何よりの生きる希望。もう駄目だと立ち止まり、そのままへたり込んでしまいそうだった無色愛斗の心の絶望を晴らしたのだ。
『……お願いだから指輪外したりしないでね? 時間移動の権利を誰かに譲るとか考えないでね? 指輪もタイムマシンもあくまであーくん専用に調整したから成立しているだけの代物だし、そもそもここまでやらないとどんなに未来で頑張っても世界滅んじゃうんだからね? あーくんが何だかんだで人に甘いのは知ってるけど、時間逆行は一回きりだからそこんところは本当にお願いね? あと、過去の私がリンクを外さない限り、指輪外したら死んじゃうからね? お風呂とかトイレのときも気をつけてね?』
そんな歓喜を知ってか知らずか。
映像の一与は結構な圧をかけて念押しするも、残念ながら愛斗の心は今それどころではない。
水を得た魚のような、初恋に浮かれた乙女のような、これまでティッシュしか出なかった福引きのラスト一回で一等賞を当てたときのような。
闇しかない奈落。その一歩手前から急に引っ張り上げられたような感情の落差の前では、多少の注意などそれこそ無意味。なけなしの理性のおかげで頭には入っているだけ、まだ幾分ましと言えよう。
『……ま、そんなわけで頼りにしてるから後のことはよろしくね。大丈夫、あーくんなら出来る。あーくんなら絶対に世界を救える。だから昔の私もあの日、あーくんを未来へ送る決意が出来たんだからさ』
そんな浮かれた愛斗の様子を、どこかから見ているのか。
それとも愛斗がそういう反応をするだろうと、撮影した瞬間から察しが付いていたのか。
笑顔で手を振る幼子を眺める親のような、人生を懸けて手に入れた宝物を尊ぶ老人のような。
何もかも理解していると。一与は真っ直ぐ温かい視線を向けながら、少し寂しげに頷いた。
『映像越しだけど最後に話せてよかった。……愛してるよあーくん。それじゃさよなら。……あ、くれぐれも浮気しないでよ! Vなんてどいつもこいつもガワだけは一級なんだからコロッと騙されないでね! それじゃ!』
手を振る一与を最後に映像は終わり、一与の声が響いていた室内には静寂が戻る。
「……ったく、最後くらい真面目に締めろよな。馬鹿一与が……」
ぽつりと渇いた笑い声を零した愛斗は、一与のベッドに腰掛け、顔に手を当て俯いてしまう。
嗚咽が部屋に響く。抑えていた何もかもが、涙としてポロポロとこぼれ落ちる。
ただし今度は、悲観や絶望ではなく。
嬉しいと悲しいがない交ぜになった、本人でさえ名前の付けられない感情の濁流を我慢なく。
必要のない物はここへ置いていくとばかりに。声を抑えることもなく、ただ涙を流し続ける。
どれだけ涙を流していたか。どれだけ感情を吐き続けたのか。
とうに涙は涸れ、ようやく感情が整理された頃、愛斗は手で目元を拭って立ち上がる。
「……行ってくるよ、一与。ちょっと塔をぶっ壊して、世界を救いにさ」
扉の前に立った愛斗は、ぽつりと独り言つ。
いってらっしゃい、と。
愛斗の背中に、誰かの優しい声が聞こえた気がしたが、決して振り向くことはなかった。
「……あら、もう大丈夫なの?」
「はい。全部分かりました。俺がこの世界で何をすべきか、何をしなければならないのか」
中の話が気になったのか。それとも中へ入った愛斗を心配していたのか。
扉のすぐそばで待っていた三人の内、アリスが心配そうに尋ねると、愛斗ははっきり頷いてみせる。
「……いい顔ね。生き方を決めた
迷いない愛斗の答えに、アリスはただ優しく微笑んでみせるのみ。
赤く腫れた目元と鼻。頬を伝う涙跡。ガラガラな声。
それでも愛斗の瞳に悲嘆はなく。まだ幾分充血したその目には、確かな光が灯っていた。