VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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外で目にしたそれは

 明かりのない暗闇の中。

 部屋の中央に置かれた大きなカプセルは、突然に光を灯し、機械音声を室内へ鳴り始める。

 

『外部の大気情報を取得……既存人類の生存活動への問題はなし。搭乗者の身体情報を凍結前と照合……生態機能に異常なし。搭乗者の解凍開始……完了。搭乗者の意識の浮上、覚醒……異常なし。背部保管庫の施錠を解除……完了。四次元バッグの射出……完了。全行程を終了。残存電力の全消費を確認につき、まもなく全機能を停止。ここまでの長旅、お疲れ様でした。どうか良き旅を』

 

 ピピピと、カプセルの側部に設置されたライトの色が赤、黄、緑へと変わり。

 白い煙がカプセル内を充満して数分経ち、ガシャンと、彼の手足を縛る手枷が外れ。

 そしてアナウンスと共にプシュウと、空気の抜ける音が漏らしてから、ゆっくりと蓋が開いていく。

 

「う、うーん。ふわぁ……よく寝たぁ……くしゅん」

 

 まるでいつも通りの眠りから目覚めたと。

 そう言わんばかりなほど場違いな呑気さで目を覚ました愛斗(あいと)は、目を擦りながら身体を起こし、グイッと両手を空へ伸ばして半身を解していく。

 

 愛斗は寝惚けた意識の中、どうにも身体の調子が良いことと、他人事のような軽さで実感する。

 

 例えるのなら、最高品質の寝具で快適に八時間睡眠をしたときの寝起きのよう。

 更に例えるのなら、高級エステの一時間コースをフルに堪能し、身体を整えた直後のよう。

 

 そういえばここ最近、どうにも一与の研究に付き合っていたせいか睡眠時間が少なかったなと。

 幼馴染がよくしていた、顔が可愛いのを自覚していると言わんばかりのてへぺろ顔が頭に浮かんでしまい、どこか苛立ちを覚えてしまいながらも、ふと周りを見回して──。

 

「……ここ、どこ?」

 

 ──そこまで至ってから、愛斗はようやく現状に気付く。

 今の今まで自分が寝ていたのは自室のベッドではなく、なんか近未来的なカプセルであったことに。

 何なら自室ですらなく、ほのかに光るカプセル以外の明かりが一つとてない暗闇空間であることに。

 そして今、自分はパンツの一枚さえ履いていない、すっぽんぽんな露出間だということに。

 

「なにがどうなって……ああ、そうだ。確か俺は一与(いよ)のやつにカプセルへ詰め込まれて、タイムマシンがどうとか世界が滅ぶとかどうとか……タイムマシン、タイムマシンっ!?」

 

 ゆっくりと、記憶の海から手繰り寄せていくように、言葉に出しながら思い出していく愛斗。

 そして朧気だった直前を思い出し、脳を一気に覚醒させながらつい叫んでしまう。

 

『施設内に音声を確認。非常警備システム起動。対象の声帯情報を照合……99.9%、無色(むしき)愛斗(あいと)様と一致。管理者同等ゲスト権限の確認により、非常電源を稼働。管理者設定に従い、優先事項を実行します。ようこそ、愛斗様』

 

 まるで愛斗の叫声に呼応したかのように、突如暗闇の中で放送を始める機械音声。

 不意の音声に、全身を強ばらせながらも周囲への警戒を強める愛斗。

 ごくりと、喉を鳴らした音が愛斗の内に厭らしく響く。けれど次の瞬間、バチンと真上に設置されていた電灯が白い光を放ち、室内の様相を露わにする。

 

 光が灯ったそこは、閑散とした研究室。

 幼馴染である天野一与が小学生の頃に自宅の地下へ作り、第一ラボとして利用していた施設。

 ただし、かつての──カプセルに入る前とは、雰囲気はガラリと異なる。

 置かれている機材に埃が積もり、遠い昔に放棄された廃墟のようだと。愛斗は日常の一コマのように思っていた場所へ、そんな所感を覚えてしまった。

 

『一部実行不可能を確認。通常出入口、物理的損傷につき実行不可能。非常脱出口……問題なし、施錠解除を確認。照明、第一照明のみ点灯を確認。指定された映像データ……電子的破損につき、再生不可能。残存電力の都合上、非常電源の稼働は約五分と推定。以後、ラボ内一切の機能が停止いたしますので、速やかな退去をおすすめいたします』

「ここは……一与のラボで、いいんだよな」

『愛斗様の質問を受諾。回答、ここは天野一与様所有の第一研究ラボ。正式名称愛の巣です』

 

 見回す愛斗の呟きを拾ったのか、簡潔に答えを返す機械音声。

 馴染みのある機械音声。確かに一与のラボで聞いていた声のそれだと、愛斗は静かに納得する。

 

『ここは私とあーくんの初めての研究ラボ! だから愛の巣と言っても過言じゃないよね! きゃー♡』

 

 愛の巣などという頓珍漢極まりない、頭のネジが外れた名称を聞き、愛斗の頭に浮かぶ女の顔。

 そういえば、小学生のときにそんな名前をつけていたなと。

 あの頃意味なんて分からなくて、けれど後に頭を抱えたその名前にどこか懐かしさを覚えてクスリと微笑む愛斗だったが、今はそんな場合じゃないとすぐに首を振り、思考を切り替える。

 

「……なあ、今日の暦は?」

『愛斗様の質問を受諾。現在、西暦2035年7月6日金曜日。カプセル起動よりちょうど十年です』

 

 愛斗が立ち上がりながら尋ねた問いに、なおも淡々と回答する機械音声。

 機械らしい感情を窺えないに声色で下された、平坦な宣告に、愛斗は顎へ手を当てながら小さく唸る。

 

 愛斗は別に、機械音声の告げた暦を嘘だと疑っているわけではない。

 むしろその真逆。一与の発明を、天才的頭脳を信じているからこそ、余計に頭を抱えてしまう。

 

 2035年。自身がいたはずの2025年より十年、令和で言えば十を飛んで十七年。

 つまり自分は今、半分残っていた大学生活を全て飛び越えて。

 二十代の酸いも甘いも経験しないまま、三十歳(アラサー)になる直前なのかもしれないと。

 

「……いやいや、タイムマシンで来たのなら俺は変わらず十代のままだろ。……だよね?」

『回答。愛斗様の肉体、精神年齢は共に2025年時点のものから継続したもの。現在の戸籍としては二十九歳と定義されますが、実際は十九歳時点の状態です。どうかご安心を』

「そうかい、それはどうも。何故かは知らないけど、ちょっとだけ元気出た気がするよ。うん」

 

 機械にも同情があったのか、アナウンスの抑揚なき慰めが無性に虚しく響く。

 愛斗がやけくそ混じりで礼を言うのは、現状へのせめてもの抵抗とばかりの皮肉であったが、機械に通じることはなかった。

 

「まあ、タイムマシン云々は置いておくとして。あいつの説明が微塵も足りてないのも今更だとしても、だ。未来に送った本人が迎えに来ないってのはどういうことなんだよ。本当に十年後なら、十年後の一与が歓迎してくれるのが筋ってもんだろ。おお?」

 

 起立しラジオ体操で全身を解しつつ、身体機能に異常がないのを確認しながら、つい幼馴染への不満を漏らしてしまう愛斗。

 

「まさか忘れてる……言い切れないのが怖いな。あいつ頭の割に、意外とポンコツなやつだし」

 

 瞬間、愛斗の脳裏を過ぎったのは、家族と一人の少女。

 これまでの人生で幾度となく経験してきた天才、天野一与による珍或いは問題行動。

 

 雷が怖いからと、防音ではなく雲を散らす装置の開発を試みたり。

 運動会が嫌だから人工的に雨を降らす装置を作ろうとしたり。

 自分が手料理を作ると意気込んで、台所に立つでなく全自動料理装置の開発を始めたり。

 夏休みの宿題をやりたくないがために、休みの間で夏休みの宿題をやる人工知能の開発に取り組んだりと。

 

 凡人とは少しズレた、抜けているとも、天才らしいとも言える天野一与クオリティ。

 それを思い出せば、十年の歳月にて、時空の彼方に飛ばした一人や二人抜け落ちていても不思議ではないと。

 

 自分にとっても長い付き合いで、思い入れのある第一ラボ。

 そんな施設がこうも無惨な廃墟と化し、放棄されている事実に物悲しさを覚えながら。

 それでもひとまずは外に出るべきだと、愛斗は地上へ続く出入口の階段へと向かおうとした。

 

『警告。通常出入口が使用不可能につき、非常脱出口をご利用してください。また2035年現在、地上は非人類区域と定義されています。地上に出る前にカプセルに積載された四次元バッグの回収、中身の確認、そして最大限の警戒をおすすめします。繰り返します。通常出入口が使用不可能につき、非常出口をご利用してください。また2035年現在、地上は──』

 

 機械音声がラボ内へと警告を発し出したのは、そんな矢先だった。

 まるでそんな愛斗を引き止めるかのように、何度も何度も、同じ事を繰り返し続けて放送し出した。

 

「非人類区域? なんだそりゃ、どういうことだ?」

『非人類区域です。2032年に宣告された、実質的な地上放棄の──残存電力、枯渇を確認。残り一分ほどで照明も消灯するため、四次元バッグの確認をおすすめいたします。放送終わり』

「え、ちょ、おい! ……切れちゃった。なんなんだよ、もう」

 

 愛斗の質問を受けた機械音声が、淡々と答えようとして──けれどすぐに、ブツリと途絶えてしまう。

 まるで力尽きたような、或いは誰かに切られてしまったような。

 そんな図ったような情報源の消失に、愛斗は頭を抱えながらカプセルの縁へ腰を下ろそうとしてしまうも、それよりもカプセルそばに転がっていた、黒いサバイバルバッグを拾い上げる。

 

「このバッグは……新型のつめるくんか。お願いだから、使える物入っててくれよまじで……」

 

 赤いハートの刺繍が存在感を示す黒のサバイバルバッグは天野一与の発明した四次元バッグ、その名もつめるくんMarkX(テン)

 百人乗っても大丈夫な小型防災倉庫くらいと、ある程度の許容量はあるものの。

 それでも鞄の口に入る生物以外の物であれば自由に出し入れ出来る超科学の産物、その第十世代。

 非常に高性能なバッグを拾い上げた愛斗は、祈るような気持ちで中に手を入れ、中身を取り出していく。

 

「いまいち望みの物を出せないのが欠点だよな……お、ライト。最初に出せてラッキー」

 

 バッグへの不満を漏らしつつ、最初に取り出したライトで明かりを確保した愛斗。

 眩い白光のおかげでラボの照明が落ちても支障なく、その後も中身の物色を続けていく。

 

 ライトからカンテラといった、いずれも目に優しい白色で太陽光発電可能な照明器具。

 デジタルからアナログまで、幅広く揃った時計。ジャージセットや運動シューズなどの衣類といった、身につける物。

 食料は乾パンから宇宙食。水分は水やジュースがペットボトルから缶までと、出せども尽きぬほど。

 更にはナイフと拳銃。どこからどう見ても拳銃。どうひっくり返っても銃刀法違反な、思わず愛斗も苦い顔をしてしまう形状のブツなど。

 

 まさぐればまさぐるほど、ポンポンと出てくる生活のお供達。

 どれだけ取り出しても限界の底が窺えないそれは、まるでこのバッグ一つで一年間無人島で過ごしてくださいねと雑に企画を投げられたかのよう。

 

 ──そして。

 

「な、ナーゾちゃん……!! 嗚呼、こんな地獄にもナーゾちゃんはいたんだね……!!」

 

 そして非販売、完全限定品。ナーゾちゃん、十分の一完全再現フィギュア(ガラスケース入り)。

 ナーゾちゃん引退より約一年。

 三百と数十日経とうが欠片も傷の塞がらない惨状を見かねた一与が、本当に不服そうにしながらも手作りしてあげた、間違いなくこの世ただ一つの品。

 

 ちなみにナーゾちゃんはフィギュアは疎か、公式ファングッズが存在しない。

 よって確実にオンリーワン。十年後にどっかのオークションにでも掛けていれば、相応の額にて扱われていたであろう圧倒的クオリティ。愛斗にとってのご神体、何にも代えがたい宝物である。

 

「これがあれば十年なんて何のその。嗚呼、やっぱナーゾちゃんすこ……」

 

 両膝を地面につけ、ギュッと、まるで迷子から再会した子供を慰めるときのように、フィギュアの入ったケースを優しく抱きしめる愛斗。

 天井の照明が落ち、心細くなりそうな、さもしい明かりの中。

 場所も恰好も関係ないと、おうおうと野太い声を出して感涙しながら、心ゆくまで堪能し続ける。その姿はまるで、教会で祈りを捧げる敬虔な信徒を思わせるものであった。

 

「……いかんいかん、浸りすぎてた。そろそろ行動を開始しよう。そうしよう」

 

 経過時間にして、およそ五分。

 ようやく我に返った愛斗は、フィギュアを心の底から名残惜しく見つめながら、けれども一部以外のその他諸々と共に優しくバッグの中へ戻し、ようやく再起とばかりに立ち上がる。

 

 バッグの中にあったジャージや下着に袖を通し、腕時計を腕に付け、ナイフと拳銃を懐へ。

 シューズを軽く慣らしも兼ねて、軽い跳躍やステップで身体の調子を確認。

 何が起きてもいいように、万全の体制を整えた愛斗は、まずは先ほどまで眠っていたカプセルを確かめていく。

 

「……駄目だ。ボタンの一つもない。再起動とか、そういうのは出来ないらしいな」

 

 起動スイッチの一つさえ見当たらないカプセルに、愛斗は静かに落胆する。

 過去へと戻る可能性を持った、唯一の箱舟。

 その再起動が叶わない、つまりは元の時代へと戻れない事実にげんなりとしながらも、仕方ないと諦め非常脱出口の前へと近づいていく。

 

「……やだなぁ」

 

 弱音を吐いた愛斗は、大きな深呼吸を三度ほど繰り返し、恐る恐る扉へと手を掛ける。

 扉の中は煙突のように細長く、縦並びで赤い椅子が二つ存在するのみの簡素な一室。

 前方の椅子の埃を軽く払ってから腰掛けた愛斗は、備え付けられていたシートベルトをきっちりと締め、大きく深呼吸してから目の前の赤いボタンを押す。

 

『非常脱出機能、起動シーケンスを実行。独立電力稼働。経路確認……異常なし。問題なく()()出来ます。実行する場合は、十秒以内に再度ボタンを押してくださ──』

「したくないけどしますぅ! 怖いんだから早くしてくれ!」

『実行の承認を確認。注意事項等のガイド音声が三分ほど発生しますが、必要ない場合はボタンを三回押して──』

「いりませんぅ! 基本一与と俺以外使わないラボで、いちいち説明必要あるんですかねぇ!?」

 

 ガイドへ文句を垂れ、怒り任せに連打していく愛斗。

 ラボでの研究に付き合ったり実験台にされることも多い愛斗は、当然この緊急脱出も数度経験済み。本人は必死に否定するが、ガイドなど必要ないくらい経験豊富であった。

 

『──確認。上部ハッチ開放……確認。これよりカウントダウン開始。3、2.1……緊急脱出、射出』

 

 天井が開き、カウントダウンがが始まり──そしてすぐに、床は勢いよく上昇していく。

 

 声にならない叫びが上がる。

 急上昇の負荷のせいか、愛斗の顔はそれはもう無惨なほどに歪む。

 

 それでも懸命に拳を握り、必死に堪えること数秒。

 暗闇はあっという間に光に満ち──地上へと放り出された愛斗は、赤い椅子が勢いよく膨らみ、クッションとなった地上へと着地させられる。

 

「ぜえ、はあ、相変わらず、死ぬかと思った……。十年経っても変わんねえのかよ……」

 

 負傷はなく、痛みもない。

 けれど並々ならぬ疲労に愛斗は、息を荒げながらも一与への悪態をつきつつ、ふかふかクッションへともたれ掛かりながら──自らの目が捉えてしまったそれに、つい呆然と声を漏らしてしまう。

 

「なんだぁ? あの塔は……」

 

 愛斗が目にしたのは、どこまでも空へと伸びる一本の柱。

 分厚い曇り空を貫き、宙にまで届くかの如き、十年前にはなかったはずの建物。

 2025年にて日本最高の電波塔とされたソライロタワーが爪楊枝程度に成り下がるほどの巨大建築物。例え十年経とうが人類には到底無理であろう代物が、異様な存在感と共に聳え立っていた。

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