VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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東京駅は今

「おっでれえたぁ。久しぶりの人間ってだけでびっくりなのに、まさか人間がVTuberになっちまうとはなぁ。都会ってのはすげえんだなぁ」

 

 閑散とした東京の大道路を歩きながら、緩く訛りながら驚きの声をあげるニット帽の青年。

 そんな青年の隣を歩くのは、魔女服姿の黒髪美少女──ではなく。

 変身を解いたジャージ姿の青年。無色(むしき)愛斗(あいと)は「みんなには内緒ですよ」と苦笑混じりに言葉を返す。

 

 別にナーゾちゃん……VTuberへの変身は都会特有ではなく、愛斗固有の現象ではあるのだが。

 こんなにも感動で目を輝かせているところに、わざわざ水を差したくはないと。

 心の片隅に若干の申し訳なさを抱えつつも、ひとまずは指摘するのを遠慮してしまっていた。

 

「あ、俺斉藤ってんだ。ついこの前、群馬から出てきたんだぁ。よろしくなぁ」

無色(むしき)です。どうぞよろしくお願いします」

「でへへ、敬語はいいよぉ。固いの得意じゃねえし、助けてくれた人に謙られるとむず痒くてなぁ」

 

 互いに自己紹介を交しながら、斉藤に差し出されたのは毛糸の手袋付きの手。

 少し握りにくく、少々ごわごわとした毛糸の手袋。

 外せないのなら、生活する上で不便だろうなと。

 VTuberの難儀な点にちょっとだけ同情しつつ、気持ちしっかりめに力を強めて握り返した。

  

「群馬からって、こんな所で何を?」

「た、たいしたことはねえんだ。ただ何もせずに死んじまうのは嫌だなって。最近になってようやく決心がついただけなんだなぁ」

 

 恥ずかしげに口角を緩めながら、田中は自らの事情を話していく。

 

 きっかけははほんの二月前。

 群馬の山奥にて、一人残された家で暮らしていた斉藤はふと深く考え、思い至ってしまった。

 このまま何もせず、死ぬまでの一生をこの山奥だけで終えてしまっていいのだろうかと。

 

 斉藤は一念発起し、庭で父と母が眠る家を捨て、東京へ出てきたはいいものの。

 何分学校以外に地元から出た試しがなく、方向音痴であったためにふらふらり。

 ようやく東京に到着したはいいものの、食パンを加えていたわけでもないのに、曲がり角でばったり天使と衝突。

 ラブコメよろしく、めくるめく淡い青春が始まるわけもなく。

 そのまま追われた結果、今へ至ったというのが事のいきさつであると。斉藤は「鈍臭いよなぁ」と首に手を当てつつ、困り顔で愛斗へと語ってみせた。

 

「昔からマイペースだなんだ言われとったけど、世界がこんなんになってようやく動き出せたんだから、駄目駄目だよなぁ」

「そんなことないですよ。何かを変えようとするのに早いも遅いもないです。それに一人で群馬から東京まで歩いてこられるってすごいことですよ?」

「そ、そうかなぁ? ……でへへ、そっだら言ってもらえたの初めてだぁ。なんか、嬉しいなぁ」

 

 へにゃりと、愛斗の称賛を聞いた斉藤は、緩みきった笑みを浮かべてみせる。

 

 愛斗のそれは方便ではなく、紛れもない本心に他ならない。

 幼馴染の一与にこそ口うるさくするものの、愛斗自身だらけるときはだらけてしまう自覚がある。それこそ一与がそばにいなければ、夏休みの宿題だって最終日に回してしまうだろうと確信が。

 

 だからどんなきっかけだとしても。どんなタイミングだったとしても。

 愛斗は行動に移せる者へ敬意を抱く。善し悪しの前に、動いたという結果への尊敬があった。

 

「じ、実は俺、東京駅かデズネーランドに一度行ってみたかったんだなぁ。あ、愛斗君はどこか行くつもりだったんかぁ?」

「ああいや……実は向かおうとした場所に入れなくてですね。どうしよっかなって、少し考え中です」

 

 斉藤の問いに、愛斗は苦笑いで答えながら、つい先ほどまでを思い出してしまう。

 

 実はこの愛斗、当初の目的地であった巨大な塔へは既に向かい、結果引き返している。

 というのもナーゾちゃんになり、空を飛行しながら塔を目指していたとき。

 ある程度塔へと近づいたと同時に、まるで空に拒絶されたかのように、ボンと弾かれ先へ進めなかったのだ。

 

 透明な壁。

 何もないはずなのに確かにある、これ以上先へ進もうとした者を拒むための不可侵領域。

 

 問題はそれだけじゃない。

 周囲の地形から近づいているのは分かるのに、肝心の塔はまるでそう感じさせてくれない。

 視覚的距離感の変わらない塔。どこから見ても同じまま、そう描かれているだけとしか思えないほど、何一つ変化のない違和感。

 

 箒に跨り、顎に手を当てながら悩むこと五分。

 出した結論は打つ手なし。

 現状の手札ではどう足掻いても先へ進める気がしない。お手上げだと、渋々引き返したわけだ。

 

「そっだら愛斗君、しばらく俺とご一緒しねえか?」

「いいですね。俺も東京駅に行こうと思ってたんです。是非一緒しましょう」

「本当か!? いやー東京は広くて、たまに残ってる地図見てもよくわかんなくてよぉ。土地勘ありそうな人と一緒出来るのは本当にありがてぇ」

 

 愛斗が二つ返事で了承すると、斉藤は両手を上げて喜びを露わにしてみせる。

 

 悲しい哉、愛斗にもここら一帯の土地勘があるわけではない。

 ないのだが、まあ喜んでくれている斉藤に水を差すのもどうだろうと、愛斗は静かに口を噤む。

 無色愛斗。特別そういうわけではないのだが、案外気を遣える男だった。

 

 それに、愛斗が素直に頷いた理由はそれだけではない。

 出会ったしまったせいか、どうにものんびりしてそうな斉藤を放っておけないのもあるが。

 それ以上に愛斗も東京駅──正確に言えば、東京駅であったはずの場所。田中達や映像の一与に聞かされた情報の中にあった一つ、東京拠点と呼ばれる場所に興味があったからだった。

 

「ところで、なんで東京駅なんです?」

「でへへ、昔写真で見てからずっと憧れでよぉ。一度写真撮ってみたかったんだぁ」

 

 和気藹々と会話しながら、東京の道路を進んでいく二人。

 斉藤はともかく、愛斗は大道路を通ることでの天使との遭遇の危険を考慮しなかったわけではない。

 ただそれでも、慣れない路地裏をせっせこ通るよりかは安全だという判断だった。

 

 そうして、しばらく歩いた後。

 道中いくつか残っていた周辺地図の看板を頼りに、二人は東京駅へと辿り着き──驚愕する。

 

「な、なんもねえだぁ……」

 

 東京駅は、既に倒壊していた。

 温かみと歴史の重みを両立させた、赤レンガ調の立派な建物は見る影もなく。

 まるで巨大な象の足に踏みつぶされたかのように、ぐしゃぐしゃに倒壊し、瓦礫の山と化してしまっている。

 

 直接利用した回数が片手の指で足りる程度でしかない愛斗に、東京駅への愛着などない。

 それでも当たり前のように知っていた、教科書にだって載っていた文化の成れの果て。

 目の前の残骸は、自宅や故郷の街の荒廃を見たときとは違う類の重苦しさを、容赦なく愛斗の心に押しつけてくる。

 

 それでも、愛斗は懸命に自身を律し、心の中を動揺をなるべく顔に出さないよう心がける。

 ここにいるのは、自分一人ではない。

 自分とは違い真っ当に十年の地獄を堪え忍び、自分よりもっと東京駅を楽しみにしていたはずの斉藤がそばにいる。今絶望で膝をついてしまっている斉藤の心傷はきっと、自分の比ではないはずだと。

 

「……斉藤さん。あの」

「大丈夫、大丈夫だよ愛斗君。さっき会ったばかりなのに、気ぃ遣ってくれてありがとなぁ」

 

 上手い言葉が見つからず、どうにも言い淀んでしまう愛斗。

 そんな愛斗へ斉藤はポンと軽く肩に手を乗せ、優しい眼差しで首を振ってみせる。

 

「例え建物がなくなっちまってても、来られただけで俺には十分なんだ。……そうだ愛斗君、せっかくだし一緒に一枚撮らねえかぁ? ツーショット、俺初めてなんだぁ」

 

 立ち上がった斉藤が懐から取り出し、大事そうに愛斗へと見せたのはフィルム式の使い捨てカメラ。

 スマホやデジタルカメラのような、その場で画像を確認出来るものではない。

 こんな寂れた世界では一枚の現像でさえ困難であろう、表面の所々が色褪せた、年季の入ったカメラ。

 

 そんなカメラを見せる斉藤へ、愛斗は「はい」と一言だけ言葉を返す。

 

 実は愛斗の四次元バッグことつめるくんMarkXには、自身のスマホもカメラも入ってはいる。

 より手軽で、より高画質で、より確実で。

 けれど今、それらを出してこっちで撮ろうと言うのは違うと。斉藤の本懐とは少し外れたものでしかないだろうと。愛斗はふと、そう思ったのだ。

 

「あ、でもこれ二人揃っては撮りにくいなぁ。どうすっかぁ?」

「じゃあ不肖この私がお二人をパシャッとさせていただきますよ。はいお二人とも、並んで並んで」

「ああ、じゃあよろし……くぅ!?!?」

 

 流れで返事をしようとしかけた刹那、異変に気付いた愛斗はすぐに一歩後ろへと跳ぶ。

 

 敵意は感じられず、悪意も見出せない。

 どこからともなく、なのにずっと一緒にいたかのような。

 何の気負いもない、教室でクラスメイトに声を掛けたみたいな気軽で気を許したくなる調子の声。

 

 ──パシャリ。

 

「ナイスリアクション! 流石は人間の身で今まで生き残っていただけありますね! 花丸です!」

 

 指を立てるその姿に、愛斗は懐の拳銃を抜こうとし──顔を上げた瞬間、呆気にとられてしまう。

 

「あん、たは……!?」

「おや、もしかして私を知っていたり? 視聴者さんだったり? そうだったら嬉しいな」

 

 最推しである謎っ子ナーゾちゃん以外のVTuberをあまり知らない愛斗でさえ、その顔には覚えがある。

 

 彼女は確かにVTuberでありながら、一般的なVTuberとは違う、少し特殊な立ち位置に属する一人。

 その役割は毎朝決まった時間に情報──今日のお天気を、小粋な雑談混じりに伝えるもの。

 

 元登録者数、約十四万人。活動年数、2025年時点で十年目。

 愛斗のいた2025年時点にて、恐らく日本で最も有名であったお天気お姉さん系VTuber。

 亜麻色髪が特徴な、個人ではなく会社によって誕生し、所謂VTuber黎明期から活動し続けていた企業勢。

 

「私はウェザーガイドのウェザ子、人呼んで的中率百%のお天気お姉さん! そしてここは旧東京駅、またの名を東京拠点跡地。かつては塔へ挑むための拠点でありながら、最早地方の僻地を笑えないほどくたびれた観光地兼避難地。つまりはウェルカムってことだよ、サバイバー!」

 

 ウェザーガイド、ウェザ子さん。

 愛斗でさえ見知っていた存在が、いたずら成功とクスリとにやけ。

 そうして両手を広げ、まるでテーマパークのスタッフのように歓迎の笑顔をしてみせた。

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