VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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怪しすぎる誘い

 ウェザーガイド、ウェザ子さん。

 既に倒壊し、レンガの山と化した東京駅跡地にて、突然二人の前へ姿を現して挨拶したVTuber。

 

 この世界では初めての既知であったVTuberの存在に、愛斗は一瞬呆けてしまいはしたものの。

 それでも自身の右手を懐に忍ばせた拳銃へ翳しながら、警戒を前面に、急速に思考を回していく。

 

『警戒するのはいいが、拳銃を抜く際は不用意に抜かないことだ。鉛弾の効く効かないに限らず、銃口を向けること自体が敵対の証に他ならない。対話の放棄に繋がる場合を、常に念頭に入れておきなさい。いいね?』

 

 ふと愛斗の脳裏に過ぎるのは、以前灰スーツの少年教師──田中と言われた忠告の一つ。

 

 拳銃は人類史上最も手軽に人を殺せるであろう兵器。

 必死すぎて少し抜け落ちかけてしまっていた、誰もが知っている、捨ててはいけない常識。

 田中に諭され、右も左も分からないわけではなくなった今。

 愛斗の中には、拳銃へ頼ることへの躊躇いが生じている。なりふり構わない威嚇の前に、つい最近まで当たり前だった良識を捨てるか否かの前に、まずは観察と熟慮が必要であると。

 

 今の所、目の前の相手──ウェザ子さんの姿をしたVTuberからは、敵意の類は感じられない。

 

 武装もない。

 自分と違ってすぐそばで立ち尽くしている斉藤を人質に取るといったこともない。

 

 ──だが、それは敵ではない証拠にはならない。

 出方を窺っているのか。或いは恐竜に対しての蟻一匹と同じく、敵とさえ認識されていないのか。

 

 愛斗に浮かぶ選択肢は二つ。変身するかしないか。仕掛けるべきか、様子を見るか。

 ……否。変身し、敵対していいのか。

 VTuberという人間相手に、ナーゾちゃんという尊い存在の力を振えるのだろうか。使わないのであれば、VTuberという人の尺度から外れた相手に、拳銃と頭だけで立ち向かえるのだろうか。

 

 変身することで、初めて行使を許される超常。

 最推したる謎っ子ナーゾちゃんの力を天使ではなく、VTuberとの私闘に利用していいのか。

 それが故郷より旅立って以来、愛斗の脳裏でぐるぐると渦巻いている懸念であった。

 

「ああ待って待って、そんな警戒しないで。今の所、敵対するつもりはないから。ちょっといたずらが過ぎたのは謝るからさ。ね?」

 

 とはいえ、不審な動き一つで容易に懐の銃を抜き、そのまま発砲する。 

 それだけの警戒を露わにした愛斗を前に、ウェザ子は「失敗したなぁ」と苦笑に後悔を滲ませる。

 

 同じ状況。二人の差は、抱いている余裕の値。

 人間とVTuber。かつての理の中でしかない存在と、かつての理の外の力で構成された者。

 基本的に天野一与のような例外を除けば、両者の間には越えられない摂理が存在している。

 

 膂力一つでさえ、小娘や小動物の容姿を持つ者にさえ敵わない場合さえある。

 そんな世界で、例えVTuberにとっては挨拶の範疇だったとしても。

 人間にとってはからかいの範疇になく、対応も心持ちも違うのが当然である。そんな歪みは、Vショック以降無数に存在している。まだ未来に来て日が浅い愛斗でさえも、例外なく。

 

「あ、愛斗君。多分だけど、大丈夫だと思うんだぁ。俺はこんな美人さん初めて見たけんど、敵だったらどっちかはもう何かしらされちまってる……と思うんだけどよぉ」

 

 膠着状態。

 ガリガリと音を立てながら愛斗の心を磨り減る中、不快な均衡を破ったのはウェザ子出現以降、一切動くこともなかった斉藤。

 

 待った待ったと制止するよう手を上げ、この場にそぐわないのほほんとした顔と声色。

 無神経とも、マイペースとも、愚鈍とも言える場違いな調子。

 

 けれど、確かにと。

 空気を読んで欲しい。庇う余裕などないのだから、出来ればすぐにその場から離れて欲しい。

 そんな心の中で悪態を唱え、緊張がピークを迎えようとしていた愛斗の心から毒気が抜け、幾分か冷静さを取り戻す。

 

 決して相手からは目を離すことはなく。 

 けれど大きく、大きく深呼吸を一度して整え──ウェザ子のみであった視界が、敵意一色に凝り固まっていた思考が一気に解れていく。

 

 勝てる勝てないではなく、まずは対話。

 愛斗の心はようやく追いつき、警戒は緩めず、けれど構えを解いて無抵抗だと身体で示した。

 

「うーん。私的にはポイント高いけど、そこで彼の精神干渉を疑わないのは減点かな? 昔は純人間狩りなんて酷い事件もあったんだし、見てくれに騙されず、しっかり気をつけないと駄目だよ?」

 

 そんな愛斗を前にしたウェザ子は、両手の人差し指をバッテンに交差させる。

 嬉しくもありながら、けれど釈然としない。

 そんな曖昧な笑顔をしたあと、ウェザ子は愛斗へ向かって「ごめんね」と頭を下げてみせ、バッと勢いよく顔を上げて切り替えてみせる。

 

「それじゃ改めまして、ようこそ旅人さんたち! 本日はこのような廃墟へ何用で? 避難? 亡命? それとも」

「あ、えっと……観光?」

「か、観光……?」

 

 言葉に迷った愛斗がつい零してしまうと、ウェザ子も予想外だったのか困惑を顔に出してしまう。

 嘘ではない。

 東京駅に来たかったから田舎から出てきた、純度百で観光目的な斉藤にとっても。

 田中達から、そして遺書もとい映像の一与から聞かされた知識の一つであった東京拠点。

 

「嘘は……うん、ついてなさそう。本当に何も知らないで、ただの観光目的でここまで来たんだ。人生エンジョイしてていいね、青年達!」

 

 嘘か真か。青年達の心がドキリとしてしまうほど、彼らの瞳を覗き込んで確かめるウェザ子。

 数秒の沈黙、ごくりとどちらかの喉を鳴らす音が一つ響いたあと。

 にやりと口角を上げ、更に親指立てて心の底からの称賛を二人に送ってみせたウェザ子は、よしと何かを決心したかのように頷いた。

 

「ねえ二人とも。この後暇だったらだけど、うちらのコロニーに来てみない? 特にそっちの人間君──」

「ああすみません。無色(むしき)愛斗(あいと)です」

「良い名前ね! それじゃ愛斗君。愛斗君は特に来て欲しいかな。いきなりすぎて信用出来ないのは分かるけど、それでも君に損はさせないからさ。どうかな?」

 

 自分の容姿、或いは魅力を理解しているのだろう。

 そんな上目遣いでお願いしてくるウェザ子を前に、けれど愛斗は首を縦に振りかねてしまう。

 

 別に愛斗が不能だとか枯れていると、そう言ったわけでもない。

 心の中で蠢くのは、なんか怪しいという感情の塊。

 生き残りがいるというのもそうだが、何より、彼女のテリトリーに踏み入っていいのどうか。

 敵意はないのは理解したが、それでも初邂逅のせいか心象的に信用が難しい。便利は便利だけどお店なら三割くらいは安く済みそうな通販テレビを目にしたときのような、そんな心境だった。

 

「……えっと、申し訳ありませんがウェザ子さん。俺達次はデズネーに行くつもりなので、非常に残念ではあるのですが、今回は御縁がなかったということで──」

「ああやめて、お願いだからそういうお断り本当にやめて。私にとってトラウマなの。ガキンチョが軽く振りかざしていい決まり文句じゃないのよ。ねえわかる? わからない?」

「は、はい……?」

 

 顔に片手を隠すよう当て、もう片方の手を前に出し、来ないでとばかりに振るウェザ子。

 今までの彼女の愛嬌やら、どこか憂いを帯びた悔い気味の否定に、愛斗はただたじろいでしまう。

 

 何がそこまで響いたのか、大学生の愛斗には分からない。

 バイト経験は過去一度あるが、一つ受けてすぐに採用された愛斗に理解出来るはずがない。目の前の美女の醸す負の迫力は、謂わばそういった類のものだった。

 

「うーん。でも困ったなぁ……あ、そうだ。確かこれ言えばいいんだっけか。──ねえ」

 

 すぐに平静を取り戻し、腕を組んで悩んだウェザ子は、何かを思い出したと愛斗へ近寄り──唇がくっついてしまいそうなくらい耳元にまで、自らの口を近づける。

 

「もしも来てくれたら、塔まで辿り着くための方法、教えてあげられるよ?」

「……はっ?」

 

 囁かれた、小さな言葉。

 耳を擽るような一言は、まさしく魔法のように、身構えていた愛斗の目を見開かせる。

 

「あんた、今なんて──」

「塔を昇る方法。より正確に言えば可能な人を紹介出来る、だけどね。どう、付いてきたくなった?」

 

 耳元から顔を離したウェザ子は、動揺する愛斗の問いへ、含み笑いを浮かべ答えてみせる。

 塔へ近づく方法。不可視であった透明な壁を破り、先へと進む方法。

 今の愛斗にとっては一番な、喉から手が出るほどに追い求めている情報ジャスト。

 だが、だからこそ余計に愛斗の内に警鐘を鳴らす。ガンガンと、再び拳銃を意識してしまうほどに。

 

 警戒すべきは情報の是非──ではなく。

 何故その情報が、今必要だと。

 斉藤には一言たりとも詳細を告げていないはずの自身の要求を、どうやって見抜いたのかと。

 まるで心の内を見透かしたみたいなタイミングで、絶好の餌をつり下げられた。その事実にであった。

 

「どうする? 私はあんまりおすすめしないけど、来ないときっと損をするよ?」

「行きます。でも……」

 

 即答した愛斗だったが、チラリと斉藤へを視線を移す。

 情報に飢えている愛斗としては、例え彼女が偽りで誘っているだけの罠だとしても迷いはない。

 

 だが斉藤は違う。彼は無関係で、こんな目に見えて危ない橋を渡らせるわけにはいかない。

 けれど残していけば、先ほどみたいに天使に襲われるかもしれない。

 答えは既に決まっている。だからこそ、余計に頭を抱えてしまう。そんな愛斗を前に、斉藤は小さく頷いてからウェザ子へと声を掛ける。

 

「……なあウェザ子さん、俺も行ってもいいかなぁ?」

「もちろん! うちのコロニーは来る者拒まず、そして去る者追わずだからね。簡単な作業をちょっと手伝ってもらうかもしれないけど、V()T()u()b()e()r()()()きっと損はないと思うよ?」

「な、ならお言葉に甘えようかなぁ。で、でへへっ。実は俺、東京来てからあんまり休めてなかったから嬉しいなぁ」

 

 にこりと愛らしい笑みで返したウェザ子に、斉藤は目尻を下げながら同行の意志を露わにする。

 

 一瞬チラリと愛斗を横目に見ながら、罪悪感はあれど何かを隠しているのだけは分かるウェザ子の言葉。

 どこか含みありげなそれに釣られる様は、まるで上京直後、サークル勧誘や怪しいお店の客引きにあっさり乗せられる大学生のようだと。

 通っていた大学でちらほらと目にしたことあるような光景にデジャブを覚えた愛斗は、自分と違って選択肢があるのだから、流石にもうちょっと考え直すよう話そうとしたが──。

 

「大丈夫だよぉ愛斗君。自分の身くらいは自分でどうにかなるからよぉ。だから、ありがとなぁ」

 

 そんな愛斗の内心を案じてか、斉藤はにへらと顔を緩めながらお礼を告げる。

 本人がそうするのを決めた以上、他人である愛斗がそれ以上の口を挟むわけにはいかず。

 

 最悪コロニーからの強行脱出を考慮し、気を引き締めておかなければなと。

 愛斗が一人勝手に警戒の他に責任感を抱いていると、ウェザ子はうんうんと満足げに手を叩き、付いてきてとばかりに歩き始める。

 

「それじゃ決まり! いざ三人で、東京拠点へレッツゴー!」

「……でも、行くって言ったってどこへ行くんです? 東京拠点ってここのはずじゃ──」

「そのとおり。五年前の決戦の最中、東京拠点もとい旧東京駅はまあ見事に粉々になっちゃった。だからもう、人が宿として利用できる場所じゃなくなったわけだけど……」

 

 後に続こうとした矢先、同時に湧いた疑問について、ウェザ子の背中へと尋ねた愛斗。

 

 残念ながら、それは正解だと。

 けれど、それでは不正解だと。

 

 愛斗と斉藤の数歩先にいたウェザ子は、何てことないようにそう話しながら、立ち止まる。

 

「──ただし、地上はね?」

 

 そうしてくるりと振り向いたウェザ子は、どこかニヤリと愉しげに笑みを作ってみせる。

 どこか自信ありげに。何か期待を抱かせようとしてくるような、そんな笑顔。

 そんなウェザ子の笑みを向けられた二人は、顔を見合わせ、きょとんと首を傾げるしかなかった。

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