VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
「最近来た人は誤解してること多いんだけどね。東京駅が壊れたって言っても、あくまで地表に限った話。地下の大部分は未だに健在なんだ」
迷いなく進むウェザ子の後に続き、東京を歩く二人。
はえーと感慨深げに周囲を見回す斉藤の隣を歩きながら、愛斗はウェザ子の話に耳を傾ける。
「……そんな上手くいくものなんですか?」
「大強襲の直後、東京の主な住民はVTuberに変わったでしょ? その際に残っていた一部の人間のために、居住区として利用出来るように地下の強度を高めていたらしくてね。まあ都内は電車なんて通らなくなっちゃったし、空いた場所の有効利用って感じなのかな?」
まあ一部の線路や入り口は埋もれちゃったり、安全のために塞がれてるけどね、と。
ウェザ子はつらつらと、立てた人差し指を揺らしながら、当たり前のように語っていく。
2028年の大強襲以降、東京に住んでいた人間の多くは地方へと移った。
塔のお膝元と化した東京。人や獣だけにあらず、無数の天使が跋扈した地獄にも並ぶ魔境。
当然大強襲を生き残ったとしても、サバンナ同然の地で暮らせるはずがなく、故郷であったとしても生存を望むのであれば離れるのは道理でしかない。
──ただし、VTuberはその例に当てはまることはない。
天使は基本的に、直接敵対や接触の意志さえ起こさなければ、VTuberを無視する傾向がある。
日陰者として、或いは厄介者として。
Vショック以降、肩身の狭い扱いを受けていたVTuber達はこれ幸いと、東京をVTuberの拠点とした。
そうして東京はVTuberのVTuberによるVTuberのための街と、空気を変えていった。その中央となった場所こそが旧東京駅、東京拠点……というのが、愛斗が映像や田中に聞かされた情報である。
最初に出会ったVTuberが田中やあの三人組でなければ。
もし第一ラボに戻り、
きっと自分は、本当に右も左も知らない箱入り娘同然に彷徨い、天使に殺されていただろう。
未来の誰かと会話を交す度、そう思わずにはいられない愛斗は自らの幸運へただ感謝する。
……そもそもの話、例え事情があったとしても、強引に未来へ送ったのは映像を残した
「そんなわけで……はい到着! ここから降りていきます!」
そんなこんなで、巧みに道を駆使して天使と遭遇することなく。
目的地の地下への入り口へと到着したウェザ子は、パンパカパーンと両手をひらひらさせ、後ろの二人へ存在を示してみせる。
都心部であれば決して珍しくない、地下鉄を利用するための出入口。
屋根も柱も、塗り立てとばかりに綺麗な塗装。
清掃の行き届いた階段。車椅子にも配慮されているのか、階段の半分は緩やかな坂となっている。
使用出来る出入口を分かりやすくするためなのか。それとも単なる誰かの気まぐれか。
いずれにしても、寂れた世界には似つかわしくない出入口だと。
「おぉ……」と目をキラキラさせる斉藤の隣で、愛斗は何とも言えぬ違和感を覚えてしまっていた。
「ふえぇ。東京は地下に街があるって、嘘じゃなかったんだなぁ……」
「あは、反応いいね斉藤君。まあ街は流石に言いすぎかもだけどね」
軽く微笑んだウェザ子のあとに続き、二人もまた地下へと降りていく。
地下道は地上とは異なり荒らされておらず、愛斗の知っている十年前とほとんど同じ光景。
完全にそうではないのだろうが、それでも変わらない景色に安心感を覚えつつ。
それでも変わらず周囲の警戒を続けながら、愛斗達がウェザ子との後ろを歩いていくと、やがて改札口と改札口を挟むように二人の男性が立っているのが目に入る。
「お疲れ様ですウェザ子様。……そちらの方々は、人間?」
「お疲れ様です。一人はそうだよ。上でばったり会ったから連れてきちゃった♡」
左は軍服姿。右は深緑のヘルメットに迷彩服。
左右で僅かなズレもない、きちりとした敬礼。風貌だけではない厳格さ。
そんな彼らのうち言葉をかけてきた左の男性に、ウェザ子は別段気負うこともなく、気道端に捨てられていた猫を拾ってきたみたいな調子で手を振りながら答える。
「……人間、ですか。貴女様を疑うわけではありませんが、彼は大丈夫なのですか?」
「だから長老様に会わせるんだよ。大丈夫。何かあったら私が責任持つから。お願い、ね?」
ジロリと。
矢のように鋭い眼光がウェザ子を除いた二人──正確には、人間である愛斗へと向けられる。
心臓を鷲掴みにされてしまったかのような、苦しさの積る感覚。
自分という賞品が値踏みされているかのような、言いようのない不快感。
だがそれだけではないような、嫌悪というよりかは哀れみというべき違和感。
向ける視線は、右の迷彩服のまた同じく。
二人の視線につい一歩退いてしまいそうになってしまった矢先、ウェザ子はそんな愛斗を庇うように前へと出て、両の手を合わせて上目遣いでお願いしてみせる。
数秒の沈黙。
目の前の風船がいつ爆発するか分からない、そんな感覚に酷似した緊迫。
先に折れたのは軍服姿の男の方。仕方がないと、「困った人だ」と呆れたようにため息を零す。
「……はあ。分かりました。その代わり、長老様にはきっちり自分で説明してくださいね」
「大丈夫大丈夫。なんと今回は長老様の指示だからね。ほんとあのおじいちゃん、人使い荒くて参っちゃうよー」
「でしたらなおのこと護衛をお付けくださいよ。貴女様はこのコロニーにとっての太陽とも言える存在なのですから、失われることなどあってはならないのですよ。分かってます?」
「相変わらずオーバーだなぁ。はいはい、以後気をつけまーす」
軍服姿の男のため息に肩を竦めつつ、頑張ってねと一声掛けながら通り抜けていくウェザ子。
そんなウェザ子を追い、恐る恐る、へこりと軽く一礼しながら通り過ぎていく二人。
愛斗が居心地の悪い視線を背で感じながら、改札を越えて先へと進めば、開けた空間へと辿り着く。
電気の通っている地下は明るく、
店の多くはシャッターが閉まっており、開いている箇所で店がやっているわけでもないけれど。
それでもぽつりぽつりではあるが、それでも確かに人、獣、形容出来ない何かなど。
明らかにVTuberと思える者も、そうではない人間のような姿の者が、幾人もが壁際で休んでいたり、談笑していたりしていた。
「今の東京コロニーには約百人のVTuberと十数人の人間がいて、それぞれ別の区画で生活しているよ。感覚的には偏り気味な商業高校みたいな感じかな」
「……別の区画なんですか?」
「そう。別に強制不可侵ってわけじゃないけど、やっぱり分かれていた方がお互いのためだからね。種としての和解が成立したとはいえ、個人や集団単位だとそう上手くはいかないものだよ」
元は同じはずだったのにね、と。
笑顔で取り繕ってみせるウェザ子だったが、それでも語る声音に乗った憂いが愛斗の心を揺さぶる。
VTuberだって人間であったはずだし、今でも心にそう変わりないはず。
久遠に敵意を向けられたときと似たような気持ちを抱いてしまう愛斗だったが、そんな感想はあくまでこの十年を経験していないからこそ。
知識としては最低限把握していたとしても、十年間の空気や雰囲気を経験していない自分が安く考えるのは高慢極まりないと、思慮の浅い己を恥じるばかりであった。
『あ、ウェザ子様! こんにちは!』
『ウェザ子様! いつもありがとうございます!』
『……純人間かよ。死ねよくそがっ』
歩く最中、ウェザ子へと注目が集まる。
通りがかる度に気さくに挨拶され、お礼を言われ、更には握手さえ求められるほどの好意。
半面、愛斗へ向けられるのは敵意。
露骨にではない、節々から暗に送られる冷ややかな悪意。
陰口のようにチクチクと針で刺されるかのような、腫れ物扱いの嫌悪。或いは警戒。
ある意味では、久遠のような直接的な罵倒や中傷の方がずっとマシだと。
先ほど抱いた浅慮が如何に浅慮であるかを、改めて突きつけられるかのような歓迎に、愛斗は居心地の悪さを抱いてしまいながら、それでも感覚を鈍化させるわけにはいかないと流していく。
……ちなみに、愛斗の隣を歩く斉藤には別段何もない。
ただ初めての大規模な駅地下を、そして人気者として扱われるウェザ子に感嘆するばかりだった。
「ふ、ふええ……ウェザ子さん。すっげえ人気者なんだなぁ……」
「ここの長をやってるおじいちゃんの秘書みたいな感じなんだよ。とはいっても、そこまで仕事あるわけじゃないし、こんな世界で敬われても困っちゃうんけどね」
だから様付けなんてやめてよね、と。
ウェザ子さんに軽い冗談のような軽さで口にしながらも、その目はまるで笑っていない。
次からは敬った方がいいのだろうなと、そう思っていた愛斗も。
そして素直にすごいと尊敬の念で様付けしようとしていた斉藤も。
目の前の美女の有無を言わさない迫力に、たじろぎながら「はい」と折れるしかなかった。
「おーいたかしくーん。やっほやっほー!」
そうしてしばらく歩いた後、ウェザ子は駅内の案内所にて座っている男性へと声を掛ける。
ウェザ子の声に反応したのは、ピシリと背筋を伸ばし、銅像と見間違えるくらい微塵も動きを見せずに座っていた黒スーツの男性。
細い四角いレンズの黒縁眼鏡と、理知的な顔つき。
身長は二メートルほど。醸す雰囲気も相まってか、愛斗がびくりと警戒してしまうくらいの圧。
そんなたかしと呼ばれた男性は、立ち上がり、姿勢を正して綺麗に頭を下げた。
「どうもウェザ子様。そして初めましてお二方。
「相変わらず固いねー。今時名刺なんか持ち歩いているの、人V合わせても君くらいだと思うよ。本当に」
「ありがとうございます。
褒めてないんだけどなー、と。
スチャリと眼鏡の縁を指で持ち上げるたかしを前に、ウェザ子はやれやれと首を横に振る。
「それでウェザ子様。今回どのような御用向きでしょうか。」
「これから人間の彼を長老様の下へ連れて行かなきゃだから、こっちの彼の案内頼めるかな?」
「なるほど。承りました。それではそちらの……失礼、お名前を伺っても?」
「あ、えっと、斉藤と申しますぅ。ど、どうもこんにちは……?」
「ありがとうございます。では斉藤様。僭越ながら、ただ今より本コロニーの案内をさせていただきます。それではお二方、失礼いたします」
一礼し、斉藤へ「どうぞこちらへ」と声を掛けてから進み出すたかし。
そんなたかしへ斉藤は曖昧に頷きつつ、けれど数度たかしと愛斗達へ視線を泳がせた後。
ちょっと待って、と。
何かを決めた斉藤は、軽くたかしを呼び止め、そそくさと愛斗の前へと駆け寄り手を伸ばす。
「あ、ありがとうなぁ愛斗君。また会えたら、そんときは仲良くして欲しいなぁ」
「……ええまた。デズネー、行けるといいですね」
握手を交したあと、笑顔で手を振りながら去っていく斉藤。
無邪気な子供のような笑顔。
そんな斉藤に釣られるよう、愛斗も微笑を浮かべながら、結局斉藤が止めるまで手を振り返し──横で何故か感動と、ハンカチまで用意しながらわざとらしく泣いてる素振りをするウェザ子へ冷ややかな視線を送ってしまう。
「……何か?」
「ううっ、こんな世界でも人間とVの友情ってあるんだね。涙は出ないけど、お姉さん少し感動しちゃった……」
「は、はあ……」
ウェザ子の感動に、愛斗はいまいち共感を覚えることは出来なかったのはさておき。
そんなこんなで二人になりながらも、歩みは再開される。
少し歩いた後、ウェザ子が到着と足と止めたのは、壁際に目立たないよう白い扉。
一般客は利用しないであろう駅員用の扉を前に、ウェザ子は一度周囲を感嘆に見回してから、ガンガンと雑にノックし出す。
「おじいちゃーん? ご指示もとい神託どおり、噂の人間さんを連れてきましたよー? 入っていいー?」
『──お入りなさい』
三度のノックの後、数秒。
愛斗に声が届く。耳からではなく、脳へ直接音として。慣れない響きが愛斗の心臓を跳ねさせる。
幻聴としか思えない、そんな声に困惑する最中。
隣にいたウェザ子にも同様に声が届いたのか、乱雑に扉を開け、不満を全開にしながら中へと進んでいく。
愛斗も中へ続くと、中は特別でもない。
よく言えば落ち着きがあり、悪く言えばただただ狭い。どの駅にも共通してそうな、そんな程度の駅員室。
一つだけ特別があるとすれば、それは部屋の奥に置かれた、安楽椅子──否、安楽雲。
地に足着けず。ふわふわ浮いた、綿菓子みたいな白雲の椅子はさながら天上の世界の家具。
「ちょっとおじいちゃーん? 私あのテレパシー止めて欲しいってずっと言ってるよね?」
「すまんのうウェザ子ちゃん。老人の喉を労ると思って、グッと呑み込んでくれると嬉しいのう」
ウェザ子へ軽く謝りながら、くるりと雲の椅子の向きを変え──座る主は姿を現す。
「ふぉっふぉっふぉ。よく来たのう青年……いいや、
待ち構えていたのは、穏やかでありながら、どこか厳かさを隠せていない老人の声。
一本の毛とて生えていない、つるつるの頭部。
白い眉に、立派に蓄えられた顎髭。
眉や髭に負けないくらい、一切の穢れを感じさせない、ゆったりとした白い道服。
まるで昔話に出てくる神様や仙人を、そのまま現実に持ってきたかのような。
そんな穏やかな笑みを浮かべた老人が、にこりと部屋へやってきた二人へ微笑みで歓迎した。