VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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かみさまのお告げ

 かけるといい、と。 

 雲の椅子に座る老人の手招きを受けながら、愛斗は凍り付いてしまったみたいに硬直してしまう。

 

 緊張の、それ以上の警戒の理由は、目の前の老人の一言目。

 まるで全てを識っていると言わんばかりに、当たり前に愛斗の名前を呼んできた。そのせい。

 

「っていうかおじいちゃん。愛斗君の名前知ってたわけ? だったら言ってよ、人違いだったらどうしてたの!?」

「ふぉっふぉっふぉ。すまんすまん、うっかりしておった。まあでもウェザ子ちゃんならよほどの悪人出ない限りは選り好みしたりせんじゃろ?」

「そうだけどさぁ! ……いや、恋愛的には選り好みだってするけどさぁ! ほんといつもまいっちゃうよね……あ、愛斗君、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。おじいちゃん、お茶目ないたずらが好きなだけだから」

 

 それでも愛斗が動きを取り戻せたのは、さっさと用意された雲椅子に座り、老人へと難癖をつけながら笑顔を見せてくれたウェザ子のおかげ。

 ごくりと唾を呑み込んで、警戒しながらも前へと進み。

 やがてウェザ子の隣。ちょうど老人の正面の位置でふわふわと浮かぶ雲の椅子に、恐る恐る腰掛け──あまりの心地良さに身体は瞬く間に沈んでしまう。

 

 緊張が弛緩していく。

 警戒が解されていく。抱こうと、立ち上がろうという意志さえ手放してしまう。

 

 体感二十年、実情三十年な愛斗の生涯の中における、最上間違いなしの座り心地。

 人を駄目にする所ではない、人に人を放棄させる椅子の魔力に、愛斗は抗うことは出来ない。

 

「うわ、何これ心が溶けちゃいそうぅ……」

「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃろう? 自慢じゃないが、儂の雲はあの人を駄目にするソファにも勝てると専らの自慢じゃからのう」

「結局自慢じゃないですか。なに、ついにボケたのおじいちゃん?」

 

 相変わらず手厳しいのう、と。

 愛斗が得も言えぬ心地良さに埋もれてしまいそうな最中、老人は穏やかに微笑みばかり。

 

「じゃが……これでは話が進まないのう。少し調整するが、悪く思わんでくれ?」

 

 パチンと。

 老人が軽く指を鳴らせば雲椅子の質感が変化し、愛斗の沈みかけていた瞼は一気に開く。

  

 見かけは一切変わることなく、けれど少し快適なソファ程度の座り心地へ。

 今すぐにでも眠りにつこうとしていた安らぎを取り上げられた愛斗は、代わりに警戒を取り戻し、目の前の老人へ警戒を。

 けれどそれ以上に、無意識的に敬服を抱かずにはいられない、圧倒的な存在感に背筋を伸ばす。

  

 まるで多くの人間の抱く、神様や仙人のパブリックイメージの具現の風貌をした老人。

 公園のベンチが似合いそうな穏やかさでありながら、隠し切れていない気配はまさに神聖。

 

 恐らくVTuberなのだろうが、それにしたって今まで出会った誰もとは異なる。

 一線を画す、途方もない高位の存在。本来であれば、椅子ではなく地べたで平伏すべき──。

 

「ふぉっふぉっふぉ。立派な頭を持つ儂が何者かと、そう問いたげな面持ちじゃな?」

「……いや、頭の方は別に」

「そうかのう? 儂の立派なつんつるてんは触れられると嬉しくなれちゃう個性。かつてつんつるてんは嘲笑の対象だったそうじゃが、どうしてたかが髪の有無一つで優劣を決めたがるのか。実に不思議極まりない話じゃ」

「神だけに?」

「さよう、かみだけにじゃ。ふぉっふぉっふぉ」

 

 ウェザ子の不敬とも言える、直球過ぎる辛辣なツッコミを受けながら。

 それでも老人は怒りはせず。顎に蓄えた立派な髭を触りながら、愉快と微笑んでみせる。

 

「とまあ今言ったとおり、儂はな、かみさまなんじゃよ。かみさま」

「……神様?」

「漢字じゃなく、平仮名でかみさまがこだわりじゃ。存分に敬っていいんじゃぞ? まあ厳密に言えば、そういう設定のおじいちゃんVTuberでしかないがのう?」

 

 聞き返してしまった愛斗に、老人──かみさまはどこか自慢げに、もう一度告げてみせる。

 

 嘘ではないと。

 愛斗は老人の、かみさまの言葉を疑うことはなく、そればかりか納得さえ抱いてしまう。

 

 直面していれば、嫌が応にも感じてしまう威光。

 自分よりも一つ上の存在と。例え無意識にでも捉えてしまうほど、自身とは根本が違うという感覚。

 神というたったの一言は、そんな不思議な感覚への回答として、どんな解説よりも説明として成り立っていた。

 

「お主の名前や到来を知っていたのはな、儂のかみさまパワーの一端の一端の一端くらいの一端によるものじゃ。所謂神託というものがな、たまにふわっと頭に降りてくるんじゃよ」

「……かみさまは受け取る側じゃなく、与える側なのでは」

「ふぉっふぉっふぉ。そういうの言いっこなし。大体予知なんぞより神託と言った方がこう……格好付くじゃろ?」

 

 かみさまはほいと軽く振るい、間のテーブルにお茶と茶菓子を出現させながら話していく。

 意味合い変わるのではと。

 そんなことを思っていた愛斗だったが、茶菓子を手に取りながら、横から軽く肘で脇腹を突いてきたウェザ子の「気にしないであげて」という目配せに大人しく頷くしかなかった。

 

「今君が知りたいのは塔へ昇る……というより、境を越える方法じゃな。世界と隔てられた日本の中で、なおも隔絶された塔の不可侵壁。2030年の決戦以降に出現した、何人の侵入さえも阻む理不尽の具現。あれを道理のみ越えるのは天地をひっくり返すか如き難業は、少なくとも今のお主には不可能じゃろうな」

 

 老人の語った内容に、愛斗はほんの一瞬、膝の上に置いていた手に力を入れてしまう。

 

 塔を破壊しなければ、過去へ帰ることは出来ない。

 塔を破壊出来なければ、未来を、世界の滅びを変えることが出来ない。

 

 だが、天地をひっくり返すかの如き難業。つまりは不可能で、壁を越える術はない。

 かみさまより突きつけられた事実は、事実だからこそより残酷で。

 あんなにも目の前であったはずの塔が、星ほど遠くに離れていってしまう。八方塞がりという絶望が、愛斗の心を無慈悲に暗闇で染めようと──。

 

 

「じゃから、越えるのであれば相応の理不尽……いや、奇跡と呼ぶべき超常で返すしかないのう」

 

 

 ──した、まさにそのときだった。

 ふぉっふぉっふぉと、人間一人の袋小路など取るに足らないと、かみさまが笑ってみせたのは。

 

「……貴方ならば、かみさまならば、可能なのですか?」

「不可能ではない、とだけ言っておこうかのう。これでも儂、全能系のかみさまじゃからな。この世に出来んことはそうないよ。……本当じゃよ?」

 

 縋るような質問を零した愛斗。

 そんな悩める青年へ、かみさまは自分で出した茶菓子を摘まみ、笑みと共にそう述べてみせる。

 

「じゃがな愛斗君。言うは易く、されど行うは難しなどと言うが、今回はまさにそれ。ぶっちゃけ儂は無理だと思うし、別の道を模索するのも手ではあるが……」

「教えてください。何でもやります。どうすればいいのですか?」

「……好い。実に芯の通った、人間の()をしている。流石はこんな世界でなおも塔へ挑まんとする、世界を救いうる可能性じゃ」

 

 迷いなく、忠告を最後まで聞くことさえなく。

 即答してみせた愛斗に、かみさまが満足そうに口角を吊り上げ、より前のめりへ姿勢を改める。

 

()いか愛斗君。肝心なのは儂が権能を行使するために要──すなわち、VTuberの源たるV粒子。それを集めるのじゃ」

「……V、粒子」

「さよう。儂の権能(ギフト)は全能。あくまでV粒子の量次第じゃが、それこそ世界さえ書き換えられる力。……とはいえ、今の儂ではちょいと食料出したりする程度が関の山じゃがのう」

 

 人差し指を立てたかみさまは、はっきりと、必要なものはこれだと愛斗へ告げる。

 

 ごくりと、かみさまの言葉に気圧された愛斗は、つい喉を鳴らしてしまう。

 要求への解決策が思いついてくれなかったのもあるが、それ以上に愛斗を驚かせたのはかみさまの言った権能について。

 

 言葉が正しければ、まさしく何でも出来てしまう力。

 強いや恐ろしいを通り越し、最早反則(チート)の域に達していると。

 つくづくVTuberという存在が自らの常識の外にある存在なのだと、改めて痛感させられたのだ。

 

「……集めると言ったって、どうやって?」

「そこはまあお主の裁量に任せるとも。V粒子の発生方法なんぞ、ぶっちゃけVTuberの性質次第じゃからのう。一番適した集め方を知っているのはお主自身。それこそ、こんな老いぼれよりものう?」

 

 自身の左手の薬指をこれ見よがしに触れながら、柔らかな眼差しを向けるかみさま。

 分かっているぞ、と。

 暗にそう告げられたと感じた愛斗は、釣られるように自身の左手薬指に嵌められた簡素な銀色の指輪──ナーゾちゃんへの変身を可能とする一与(いよ)からの贈り物を、つい隠すように触れてしまう。

 

「そうじゃ。老人心でついでに言っておくがの? このままいけばお主の使っている切り札、もうじき使えなくなってしまうぞ?」

「……えっ?」

「電池切れ、というやつじゃな。元より可逆のVTuberなどというのは、儂の権能(ギフト)や塔の不可侵壁と肩を並べるほど理に唾吐くレベルの奇跡の具現。今はまだ貯蓄で間に合っておるが……持ってあと数回と言った所。それでは仮に不可侵壁を越えたとしても、本命である塔を踏破することは絶対に叶わんとも」

 

 あっけらかんとしたかみさまの断言に、愛斗は顔に手を当て、言葉も出ないほど動転してしまう。

 

 ナーゾちゃんへの変身能力は、無色(むしき)愛斗(あいと)が2035年の世界を歩むための生命線。塔を破壊し過去へ帰るための過程において、絶対になくてはならない力。

 

 それがなければ、多少動けようが人の域から外れていない愛斗では、何かを為すことも出来ない。

 だからこそ。そんな奇跡にも近い力であるからこそ。

 ナーゾちゃんへの変身には何かのエネルギーが使われていて、その回数に限度があると。

 何かを使うのであれば当たり前の、子供にだって思いつく可能性を、指摘される今の今まで失念してしまっていた。……或いは、そんなことはないと無意識的に思考から外していたのかもしれない。

 

 だが今、かみさまによって明確に突きつけられた回数制限。

 猶予僅かな変身回数。どんなに多くとも十を超えることのない、咄嗟の危機を越える手段。

 極端な話、道端で天使と数回出くわし迎撃しただけで、無色愛斗の命は致命的となってしまう。塔へ進む手段より、力の残量を補充こそが火急の問題であった。

 

「V粒子じゃ。とにかくV粒子を集めるのじゃ。困難な道じゃろうが、見事果たした暁には必ずや儂があの境を越える術を与えてみせよう。ついでにお主の切り札の充電も出来るし、余剰分のV粒子でこのコロニーにしばらくの安寧を望める。ほれ、見事なまでのウィンウィンというやつじゃろ?」

 

 グッと親指を立てたかみさまは、声音に茶目っ気を乗せながら、愛斗へ提案する。

 愛斗はそんな老人の提案に視線を下へと向け、答えあぐねてしまう。

 

 気持ちとしては出来ると、今すぐにでも行動に移すと即答したい。

 けれどその具体的な手段が思いつかない。そもそもV粒子がどういうものなのか。どうやって発生させられるのかさえ、知識にない。

 それ故に、任せてと軽々しく言葉に出せずにいた。如何に天才天野一与と言えど、愛斗の悩みへの答えを映像に遺してはいなかったのだ。

 

「……ま、とりあえず今は少し休むといい。英気を養い、ゆっくりと考え、模索してみるのじゃ。お主の、お主だけのV粒子の起こし方を。話の続きは、それから改めてにしようかのう?」

 

 そんな愛斗の内心などお見通しと。

 ひとまず話は終わりだと、かみさまは軽く手を叩き、沈んだ場の空気を強引に切り替える。

 

「……それにしてもウェザ子ちゃんや。お主、すっかり話なんぞよりお茶菓子に夢中じゃのう」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと聞いてたから。これでも元お天気お姉さんなんだからそれくらいはね?」

「……これでちゃーんと聞いてるんじゃから、本当にまいっちゃうのう……」

 

 やれやれと、かみさまのため息が狭い駅員室へと響く。

 けれど今の愛斗には、そんな何とも言えない空気やえへへと照れるウェザ子を見てもなお、苦笑出来るほど余裕さえなく顔をしかめるのみだった。

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