VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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かつての知人

 旧東京駅、東京拠点跡地。

 大強襲以降、VTuberによって施された大規模改築。

 最早駅としての機能は失われ、その代わりに大規模居住区という新たな形を得た生活拠点。

 現在は東京コロニーなど称されるその場所は、主に三区画に分けられている。

 

 北区画、人間生活区。

 南区画、VTuber生活区。

 中央区画、共用スペース。

 

 両者に優劣はなく。上下もなく、扱いは公平平等として。

 それが東京コロニーの理念。決戦以後、実質の長とされたかみさまの掲げたスローガン。

 

 ……とはいえ、残念ながら実情は理想とはほど遠い。

 

 VTuberと人間。その人口比はおおよそ十対一。種としての力は、VTuberが根本で上。

 当然、人間側の発言権は相応とされ。

 共用スペースは実質的にVTuberの縄張りとされ、天使蔓延る地上へ出られない人間は慈悲と与えられた北区画に閉じこもり、その日を慎ましく送るのみ。

 

 故に穏やかな雰囲気で、多少暗くも所々に談笑や笑顔があった南地区とは正反対。

 死ないだけの地獄。終わりのない、終わりの絶望。

 沈み澱んだ、生き長らえるだけの空間。それが北区画、東京コロニーにおける人間の領域だった。

 

「……いやそれにしても、まさかお前が生きてるとはな。無色(むしき)

 

 そんな北区画にて、ジャージ姿の青年──無色(むしき)愛斗(あいと)は、壁に寄りかかって頭を悩ませる最中。

 プシュ、と愛斗の隣でビール缶を開け、ごくごくと喉へと流し込む男性に会話を振られる。

 

 髪をぼさつかせ、無精髭を生やしながら、よれよれの服を着た男性。 

 元々の容姿は良かったのであろうが、それでも現状はくたびれ、清潔感を不足させただけの姿。

 彼の名は鈴木。

 東京コロニー生存していた人間の一人。愛斗がまだ高校生だった頃、二年間同じクラスにいた同級生。サッカー部でマネージャーを彼女にしていたと噂だった、美青年であったはずの男である。

 

「お前と最後に会ったのは……もう十年くらい経つか。それにしちゃ、若く見えるけどな」

「まあな。お前は……随分老けたな」

「当然だろ。こんな世界じゃ、髭剃るのだって億劫になるもんさ」

 

 鈴木は無精髭を撫でながら自嘲の笑みを零し、グビリと勢いよくビールを呷る。

 

 人数相応の食料と趣向品は、かみさまのギフトにて定期的に支給される配給品。

 ビールもその一つ。多少の労働を対価とし、些細な願いをかみさまに叶えてもらっている。

 

 好きな食品を出してもらうことも。

 酒や煙草といった趣向品を楽しむことも。

 避妊具を提供してもらい、生存者の中で性行に耽ることでさえ。

 

 定められたルールさえ、領分さえ越えなければ自由に求められる。

 自給自足は叶わず、餌で飼い慣らされた家畜のように。

 自分達を片隅に追いやっているVTuberの施しに依存し、辛うじて生きている。それが例外なく、この地で生きる人間の現状であった。

 

「……そういえば、よく俺のことなんて覚えてたな。そこそこ話はしたけど、友達ってほどではなかっただろ」

「おいおい、修学旅行で一緒の班だったやつに冷たいじゃんか。……まあでも、確かにそうだな。同じ部活だったわけじゃないし、放課後一緒に遊んだことだってない。そんな程度の仲だったよ」

 

 はははっ、と。

 愛斗の返しに渇いた笑いを零した鈴木は、一口ビールに口を付けたあと、「でも」と切り返す。

 

「でも俺にとって……いいや、教室中でお前は注目だったぜ。あの天野(あまの)一与(いよ)が完全に気を許していただけじゃなく、手綱を握れていた唯一の男なんだ。そりゃ注目の的だろ?」

 

 愛斗の方へ向くことはなく、鈴木はどこか懐かしむように語っていく。

 

 愛斗と同じ高校へと進学した天野一与は、天才として変わらずの異彩を放っていた。

  

 着心地優先に改造した制服の上から当然のように白衣を入学式から堂々と羽織り、愛斗と元々親交のあった僅かな生徒以外とほとんど無関心。

 一年初期に先輩方に目を付けられ、悪質な嫌がらせに合ったものの二日で返り討ち。

 愛斗の「やりすぎないように」との釘を刺されなければ、証拠一つ残すことなく、社会的に悪と断定されながら一生をベッドの上で呼吸するだけのナマモノが出来上がっていた。そんな制裁があった。

 

 最終的に一与とクラスメイトの仲を取り持ち、ある程度の友情と団結までこぎつけ。

 裏ボスやら猛獣使いだなんて陰で囁かれる程度には感謝と畏敬を抱かれていたのが無色愛斗である。

 

 ……ちなみに、これらの出来事は別に高校に限った話ではない。

 中学校でも同様に仲を取り持っていたし、誰かの悪戯か愛斗と一与のクラスが一緒でなかったことはない。不思議だね。

 

「……ここだけの話さ、お前のこと気になっていたっぽいやつもいたんだぜ?」

「まじ? 誰よ」

「二年の時、田中内(たなかうち)ってギャルいたろ? あいつあいつ。流石に天野との仲に割り込む勇気はないって、速攻で諦めて違う彼氏作ってたけどな」

「まじか。あのイケイケでお馴染みだった田中内が? そんなに話したことないし、全然気付かなかったわ」

 

 背が高く、手足も長く、そして胸も大きく。

 何より声と態度の大きかったクラスのギャルの姿を脳裏に過ぎらせながら、愛斗は鈴木との昔話に興じていく。

 愛斗にとってはほんの二年ほど前の出来事。けれど鈴木にとってはもう十年前の、平和だった頃の青春。

 互いに通った時間は同じとて、経た重みは歴然。

 故に鈴木が突然に顔を上げ、開いたもう一つの手で目を押えてしまうのに、何らおかしな事はなかった。

 

「……ほんと、あの頃は良かったなぁ。なんも考えずに学校通って、私立倒して全国目指そうなんて本気で馬鹿やって、母ちゃんのちょっと味のくどい飯食って、布団でぐっすり眠れて。そんでVTuberなんて化け物共も、画面の中で動いてるだけの存在だった。……嗚呼くそ、昔の話してたら涙出てきちまう。戻りてえ、また母ちゃんに会いてえなぁ……」

 

 瞳を潤ませ、震えた声で語る鈴木。

 そんな鈴木を隣から一瞥した愛斗は、人はここまで変わるものなのかと静かに息を呑んでしまう。

 

 愛斗にとっての鈴木は、少し前まで共に学んでいたクラスメイトの一人でしかない。

 けれど成績も良く、教師や他の生徒からも好かれていて、放課後はグラウンドで黄色い声をあげる後輩女子に、爽やかに歯を見せながら手を振りつつシュートを止める好青年だった。

 

 そんなクラスの人気者が、今ではこの有様。

 かつての輝きは見る影もなく、残ったのはビール缶片手に涙ぐむ、スウェット姿の齢三十。

 或いは、世界がこんな惨状でなかったら、もっと違う形であったのだろうと。

 ほんの数日前まで眠っていた愛斗では、再会の喜び以上に虚しさを覚えてしまうのは仕方のないことだった。

 

「……なあ無色、外は変わらずか? お前が転がり込めたなら、実は天使共が消えてたりしないか?」

「……悪い。けど太陽は拝めたよ。俺の地元の方の雲に、一部穴が開いてさ」

「太陽、太陽か。……ははっ、そいつはすげえ。天使さえいなきゃ、日差しを魚に酒飲めて最高だ。……ほんと、最高だ……」

 

 どこか詫びるような表情で話した愛斗に、鈴木はから笑いを吐き出し、また一口ビールを呷る。

 それ以降、何を言っていいのかと。どう言葉を掛けてやればいいのかと。

 考えたとて何一つ浮かんでこない愛斗の口を紡いでしまい、沈黙が二人の間を覆う中、ふと前を向いた矢先──。

 

「そういえば鈴木。あの扉って、何なんだ?」

 

 ふと顔を上げて、視線を適当にやった先に目にしたのは、一つの扉について問うてしまう。

 駅の中にはまずあり得ない、逆に一軒家であればどこにでも有り得そうな木製の扉。

 先ほどまでは、少なくとも自分が今日──この北区画に来た瞬間には、確実になかったはずの一枚が、不自然に壁に収まっていた。

 

「ああ? ……ああ、開かずの扉か。よく知らねえけど、不意に北区画の何処かに現れては消えるんだ。同じような扉が南にはもう一つあるらしいし、噂じゃ全国津々浦々で発生するって話だが、だからなんだって感じだよな」

「開かず?」

「試してみろよ。鍵は掛かってないらしいが、押そうが引こうが絶対に動いちゃくれない。風の噂じゃ、開けたら違う世界に繋がっているらしいぜ?」

 

 鈴木はどうでも良さそうに話しながら、扉へと人差し指を向け、首でやってみろと促す。

 ゆっくりと立ち上がり、訝しげに扉へと近づき、ノブへ手を掛ける。

 だが扉が開くことはない。力を込めようが、押そうが引こうが、横にずらしてみようとしたが、まるで開くという機能がないかのように動くことはなかった。

 

「ま、しばらくしたら消えるから気にすんな。ここちょっとした曰くが多いんだよ、深夜けたたましく鳴り響くギターとかな。……そんなことより、ちょっくらボール蹴りにでも付き合ってくれよ。大分前に長老様にサッカーボール貰ったんだが、誰も相手してくれなくて寂しかったんだわ」

 

 どっこいせと。

 最後の一口を飲み干したと、鈴木が立ち上がったその瞬間、二人へと声が掛けられる。

 覇気のない声の方に立っていたのは萩原という名の、コロニーの人間からは班長と呼ばれていた、北区画の管理者を任されている眼鏡をかけた細身の中年だった。

 

「……萩原さん。何の用ですか?」

「……実は、無色君に頼み事があるのです。共用スペースへの届け物。その同行に」

 

 頼み事をされた愛斗は、嫌な予感を抱いてしまう。

 直視出来ないと目を逸らしながら話す萩原の顔は、沈みきった声は、申し訳なさばかりであった。

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