VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
不意に近寄ってきた北区画の管理者、萩原が頭を下げた頼み事。
何事かと思いつつ、とりあえず話を聞こうとした愛斗よりも先に、グシャリと空のビール缶を握りつぶした鈴木が「班長!」と声を荒げ、憤りを北区画へと響かせる。
推定二十代から四十代の男女、その数十数人。
鈴木の怒号にて集まり、愛斗へと向けられる周囲の視線は同情、憐憫の類が大部分であった。
「ま、待ってください班長!
「分かっています。ですが、彼は
それ以上を言葉に出来ないと。
罪悪感はあれど、退く気はないと沈痛に顔を伏せる萩原へ、鈴木は納得出来ないと詰め寄ろうとする。
けれど不満を露わにした彼の歩みを、他ならぬ愛斗が手を伸ばし、落ち着けと制止させる。
「大丈夫だよ鈴木。ちょっと行ってくるだけだから、そしたらボール蹴ろうぜ?」
「……悪い。何も出来なくて、本当にごめん」
目を合わせ、頷きながらそう言ってのけた愛斗へ、鈴目を手のひらで覆いながら謝罪の言葉を漏らしてしまう鈴木。
そんな鈴木の丸まった背を軽く叩いた愛斗は、尻込みせずに一歩前へと出て、萩原へ面と向かう。
断るという選択肢は、愛斗になかった。……いや、持てなかった。
萩原や鈴木の態度から悟れないほど、愛斗は鈍感ではない。
百害あって一利なしであろう、そんな厄介事を押しつけられることだけは何となく察している。
それでも。或いは、だからこそ。
少なくとも、同じ北区画で生活することになる人間との軋轢こそが何よりも不利益であるのは、一目瞭然と理解している。
ナーゾちゃんへの変身回数が残っていない愛斗がこの東京コロニーから離れるのは自殺行為。
そして塔を目指すため、かみさまの
故にお世話になるのなら、ある程度は郷に従うのが当然と、既に割り切っていたのだ。
「では行きましょう……と、その前に鞄を置いていくことをおすすめします。こっちの人間に中身を奪われようと、失うよりかは幾分はましでしょうから」
「は、はあ……」
萩原の忠告を受けた愛斗は、何故だと首を傾げながらも、素直に鈴木へと預ける。
愛斗のサバイバルバッグ──天野一与が発明した四次元バッグ、つめるくん
登録された所有者以外が開いたとしても四次元空間は繋がらず、普通のバッグとしてしか機能せず、中身を持ち出されるなどといった心配はない。
とはいえバッグ自体が損傷してしまえば、本人であろうと四次元空間を開けなくなってしまう。
最悪、中身を奪われる以上のことがありかねない。
出来れば指輪同様に手放したくはないが、それでも最悪を想定するならその方が利口だと。
それが萩原の忠告からそのようなニュアンスを感じ取った愛斗が下した、苦渋の決断であった。
そうして準備を終えた愛斗は、ダンボールを抱え、萩原と共に歩き始める。
ダンボールの中身は食料の一部や酒、それに煙草の箱が数個。
生きていくために必要な、かみさまより個人個人に与えられたはずの品々を、まるで誰かへ届けるかのような中身であった。
「それで萩原さん。今日来た新人に、どんな厄介事が待ってるんですか?」
「……献上と言えば大仰ですが、要はご機嫌取りです。共用スペースにいる、とあるVTuber達の」
やっぱりと。
目を合わせることなくぽつぽつと話し始めた萩原に、愛斗は心の中で案の定だと憂いを強める。
「既に知っているかと思いますが、この東京コロニーは現在、長老様の権能……慈悲によって資源の維持が為されています。自身で最低限のV粒子を賄えば生存出来るVTuberと違い、人間は一食にさえ苦労する身。地上に行き場もなく、食料一つさえ危うい私達が今日まで生き残ってこられたのは、あの御方のおかげなのです」
そう語る萩原の言葉には、確かに感謝が込められていた。
外は荒廃した都会に、蔓延る天使。
人間にとってはまさに地獄。食料一つさえ危うい中、安全と共に趣向品まで提供してくれるかみさまは、紛れもなく神様なのだろう。
──だが萩原は、「ですが」と、それまでの声色を沈ませてしまう。
「ですが、長老様も完璧ではない。リソースにも限りがあり、当然一人一人に割ける量には限りがあります。……ではどうやって、最低限のみで自らの懐を潤すか。それは、一つしかない」
「……奪う、ですか。Vからではなく、人間から」
「……もう一年前の話です。東京コロニーに、あるVTuberの一党がこのコロニーに逃げてきました。それからです。この最悪な風習が始まり、人間がより片隅に追いやられてしまったのは」
早々に結論へと辿り着いた愛斗の答えに萩原は、ぽつぽつと、肯定の代わりに過去を語り始める。
「共用スペースを居城と陣取った彼ら一党は、毎回の配給の後、私達が得た食料の一部と趣向品を要求してきます。本人達曰く、それで人間と一緒に生活するのを我慢してやるし有事の際は守ってやる。税金と一緒だと。……横暴極まりないですが、それでも私達は従うしかないのです」
「……ショバ代ふんだくって守護者面、まるでヤクザですね」
「ヤクザ。……そのとおり、ヤクザです。みかじめ料を取り、我が物顔で踏ん反り返る。法の機能しなくなったこの世界で、これほど合理的な生き方はないでしょう」
悪態同然な愛斗の例えを聞いた萩原は、皮肉を混じえながら、渇いた微笑を漏らす。
今の日本はスラム街のようなものだと、灰スーツの少年──田中はかつて口にした。
法が機能しない世界であれば、求められる秩序の形はより単純な力。
より強い者が上に立ち、規則を敷いて、服従を強いる。それが集団の強者に与えられた特権。
なれば当然、力なき者に許されるのは選ぶのみ。
従うか、背き外れるか。或いは自らが意志でさえ、死に方でさえも強制でしかないか。
未来に来て数日経ち、それなりに修羅場も非日常を越えた愛斗ではあるが。
それでも野生に近い弱肉強食の社会構造。平和であった頃の日本の常識とはまるで違うのだと。
何もかもが異なる世界の常識を、知識だけであった自分の頭に、再度突きつけられてしまう。
そして、だからこそ。
動揺だけではなく、思考を回していたからこそ湧いた疑問に、僅かに首を傾げてしまう。
「……かみさまは、ウェザ子さんはそれを良しとしたんですか?」
「そうではないと、私個人は見ています。……ですが、彼らも結局はVTuber。どれほど平等を謳いながら、優先すべきは同族の安全だったのでしょう。我々には意見を通せるだけの、劣勢を撥ね除ける力がない。それだけのことです」
口元を引きつらせ、痛々しく思えてしまうほど、無理に笑ってみせる田中。
諦めたいと願うような。仕方がないと割り切ろうとしているような。
まるで自身に言い聞かせているようだと。少なくとも、隣を歩く愛斗にはそう聞こえてしまった。
「何より、長老様にも彼らを排斥出来るほどの力がない。忌々しくも、彼らは強い。そして厄介なことに、
「……他に戦える人は、味方になってくれそうな人はいないんですか?」
「……彼らに巻かれず、対抗出来るVTuberが一人だけいます。純粋な戦闘力だけで言えば、恐らくこのコロニーで最強であろうVTuberが一人。……けれど、彼女は決して群れることがない。このコロニーの中で唯一独立し、人にもVTuberにも非干渉を貫く孤高。共用スペースに現れることは稀ですから、接触の機会はまずありませんし、我々は彼女との交渉できるだけの材料を持ち合わせていないのです」
口惜しそうに語る萩原の声は、悔しさを汲み取って欲しいとばかりに震えていた。
目の前に上京を打開できる可能性があったとして。
けれどそれが、絶対に手の届かないものであるとして。
垂らされ続けた蜘蛛の糸に触れることさえ出来ない絶望は、どれほどのものであろう。
このコロニーに来て一日と経っていない愛斗が推し量れるものではないと、何かを発しようとした口を紡ぐ。分かった気になって中途半端に言葉を掛けるべきではないと、例え自らが生け贄の一環として捧げられようとしていたとしても、踏みとどまるしかなかった。
「……さっき、既に知られていると言っていましたね。あれは、どういう意味なんですか?」
「基本的には私ともう一人が順番でなのですが、新人が来た際は必ず顔見せを行わなければならない決まりがあります。貴方が南地区からコロニーへ入ってきたのなら、彼女らは既に貴方の存在を知っている。引き延ばしにしていては、彼らの怒りを買ってしまう。……私の浅慮で招いた悲劇を、繰り返させるわけにはいかないのです」
最後の一言は愛斗へではなく、自身へ刻みつけるかのように。
力なく、けれど棘のある呟きののち、萩原はゆっくりと顔を愛斗へ向け、真っ直ぐ目を合わせる。
「……私のことは、好きに恨んでくれて結構です。ですのでどうか、何があろうと堪えてください。
そんな一言を最後に、これ以上言うことはないと、顔を伏せた萩原が口を開くことはなく。
そして愛斗もまたどう答えを返せばいいのか、思いつくことはなく。
そうして無言のまま二人は歩き、人の領域の証である改札を越え、中央区画へと足を踏み入れる。
中央区画、共用スペース。天井を支える柱のみが存在する、広大なだけの空間。
かつてあったはずの無数の店舗は、名残さえも見る影はなく。
屋根の低い体育館。人もVTuberも姿のない、閑散とした空っぽ。
どこまでも続いていきそうな平面だと。愛斗はそんな印象を抱きながら、なおも萩原に続いて進んでいき──件のVTuber達を、談笑に浸る彼らの姿を、ついにその目に映した。
彼らは四人組だった。
男が三人、女が一人。いずれも人型で、けれど人ならざる要素を、耳や尾として持っている。
周りの配慮など必要ないと、声を抑えることもなく話す彼らは、教室で学生が話すのと大差ない。
「み、みなさ──」
「お、ようやく来たじゃん萩原君。ねえねえ、いつもよりちょっと遅いんじゃないのー? どうしたのかな?」
萩原はそばに寄り、掛けようとした声に重ねるよう。
小馬鹿にするような、ねっとりとした声を被せた彼らの一人が立ち上がり、気安く萩原の肩を組む。
「……申し訳ございません。少し、ごたついていまし──っ」
「え、なになに、口答え? そういう言い訳聞かされてもさ、困っちゃうんだよね。五分前行動って社会の常識じゃん? こっちだって暇じゃないの、貴重な時間割いて来てあげてるの。ごめんなさいは?」
「……も、申し訳ございません。以後、気をつけさせていただきます」
「そうそう。それでいいの。やっぱ人間関係、互いに寄り添ってこそだよね。うん、許してあげるよ」
小さく頷いてから萩原から離れた男は、ゆっくりと愛斗へ顔を向け、口端を吊り上げる。
舐るような視線。サバンナの肉食動物が、追い詰めた餌を嘲る態度。
同じ二足で立つ人の形でありながら、上下を意識させる男の態度に、愛斗は言いようのない不快感を覚えながらも先ほどの萩原の話へ納得してしまっていた。
「それで? 君が噂の新人君? 俺達の南地区を土足で荒らした、恐れ知らずな勇者君」
「……勇者かは、知らないですけど──ぐっ!」
愛斗の言葉が最後まで続くことはなかった。
反論しようとした直後、腹部を殴られた愛斗は、何が起きたのか分からぬまま膝をついてしまう。
殴られたと。
愛斗が気付いたのは、下を向かされ、鈍い痛みと吐き気を実感してようやくだった。
そんな愛斗に対し、殴った男は冷めた笑いを零しながらしゃがみ、愛斗の顔を覗き込む。
「知らないですけど、じゃないんだよ。はいそうです、でしょ? 言葉遣い、なってないんじゃないかな? 目上の人にははいかそうですだって、お母さんに常識を教わらなかったの?」
嫌らしい笑みを浮かべた男は、愛斗の胸ぐらを掴み、無理矢理に立たせ直しながら話す。
講釈垂れるかのような、子供に言い聞かせるかのような、そんな語り。
だがその場の誰も、愛斗を助けようと動くことはない。
萩原は歯痒そうに目を伏せ、男の後方で変わらず座る三人は冷笑や呆れなど、各々の反応を示すだけ。
「ああごめん、別に責めちゃいないんだよ。こんな世界だ、誰だって好きに振る舞うのが一番だって俺達も思う。……ただ、それじゃちょっと生きにくいんじゃないかなって気になってさ。ほら、俺達は優しいから気にしないけど、純人間がでかい態度して歩いているの嫌だなって感じちゃうVは多くて、彼らを気を損ねちゃうと損するのは君の方だと思うんだよね。だからさ、これは親切なんだよ。それでさ、親切してくれた人にはどうすればいいか、分かるよね?」
男の問いに、ありがとう、と。
求められている答えを口にするしかなかった愛斗に、男は満足とばかりに笑みを浮かべながら手を離し、愛斗の胸元を優しい手つきで整えてみせた。
「うんうん。そうそう。それでいいんだよ。やっぱり人間関係ってのは、こんな終わった世界だからこそ、親切と配慮で成り立つものだよね。お互いに傷つけ合わず、尊重し合える関係。うん、素晴らしいね」
「ちょっとやめなよカケルー? あんまりいじめると純人間君、前みたいに泣きながら地上飛び出しちゃうじゃーん?」
「そうかな。僕からすれば彼は喜んでるように見えるけど……そうでしょ、新人君?」
同意を求める男に、愛斗は「はい」と答えるしかない。
反論は出来る。もしも愛斗が一人ならば、例えもう一発殴られようと、恐らくは声に出していた。
ただそれでは萩原や鈴木など、コロニー内の人間へ迷惑をかけることになる。
その配慮が強引にでも押しとどめる。愛斗の理性が、待ったと強くブレーキをかけていた。
「……おいカケル、下らないことやってんな。それ持ってとっとと帰るぞ、時間の無駄だ」
「えー、いいじゃないですかボス。ペットの躾けって最初が肝心なんですよ? じゃないと、調子に乗るやつが多くて困る」
「お前のは趣味だろうが。ブツだけで手打ちにしてやってるのに、あんまりはしゃぐとジジイもうるさいんだよ。
奥で座っている男──ボスと呼ばれた黒狼の獣人が、目の前の光景へ退屈そうな眼差しを向けながら静かに告げる。
カケルと呼ばれた男は一瞬反論しようとするも、黒狼の眼光に睨まれ、仕方がないと両手を上げ──ふと、愛斗から外れようとした目が、それを捉えてしまう。
「……ん、君ぃ、指輪なんか付けてるんだ。ふーん、中々良い趣味してるね。イケてるよ」
ニタリと目を細め、舌なめずりをしながら、カケルは愛斗の左指薬指に付いた指輪へ指を差す。
無色愛斗の虐げに妥協しようとしていた心が、ドクンと、弾かれたように跳ねる。
「左手の薬指ってことは、もしかして結婚指輪? いいじゃん、幸せいっぱいだね。……でも純人間がさ、指輪なんてこれ見よがしに付けてちゃ危ないって。たいして頭も良くないくせに髪染めたりピアス付けてイキってた不良共みたいに、色んな人に目を付けられちゃうって。良くないなぁ、本当に良くないと思う」
そう言いながら、カケルは愛斗へと広げた手を差し伸べる。
まるで子供が大人に小遣いをねだるような。悪辣と無邪気を練り混ぜた笑みを浮かべてみせる。
「だから、それは僕達が預ってあげるよ。大丈夫、なくしたりしないから。君は僕達に大切な物を預け、僕達はそれを大事に保管してあげる。ほら、僕達は立派に信愛し合ってるね。素晴らしい!」
「……遠慮しまぐふっ」
「え、何々? 気のせいかな、気のせいだよね。今君、お願いしますって言ったんだよね。もう一度、今度はここの全員に聞こえるくらい大きな声ではっきりと、ほら言ってみて?」
一度だけチャンスをやろうと、カケルは薄気味悪いほど、優しく問いを投げかける。
指輪を外し、彼らへ渡せばそれで済む。そんな程度の、簡単な要求。
なのに愛斗は動かない。動こうとせず、自らの簡素な銀色の指輪を──
指輪を外せば死ぬから──などではない。
生死などどうでも良く、力を失うことなど考慮にはない。
ただこんな掃き溜めのゴキブリのようなクズ共に、一与から託された大事な物を渡せるわけがない。
自身がどう誹られようと、尊厳を踏みにじられようとそれは構わないが、それだけは譲れない。
例え自ら指輪を外し、自ら死を招こうとも。
例え呑み込んででも、こいつらには応じない。カケルの要求は、愛斗の琴線に触れたのだ。
「無色君。どうか、どうか彼らの言うとおりに……」
「すみません萩原さん。やっぱり俺、集団生活ってのが性に合わないらしいです」
萩原の必死の制止に構うことなく、愛斗はギロリとカケルをにらみ返す。
只人であれば、一歩たじろぎそうなほどの鋭い目つき。
だがカケルは鼻で笑い、奥にいる三人は興味深げにその光景への注目を変えていく。
「……何その目。まさか、反抗? 純人間風情が、俺達VTuberに?」
「ああ。イキった不良の猿真似みたいなお前に、くれてやれる物なんてないってな」
「──ああ?」
愛斗の挑発が図星だったのか、カケルは目をひくつかせながら、顔へ怒りを露わにしてみせる。
再度胸ぐらを掴んだカケルは、片手で愛斗の──平均的な成人男性の身体を、意図も容易く持ち上げる。
「ボスぅ? どうやらこいつ、ちょっくら教育してやる必要あるんじゃないっすか?」
「……好きにしろ。お前の趣味はどうでもいいが、このコロニーでの生き方を、少し叩き込んでやるのは悪くない」
「あいあーい。やっぱりわかってるよボスは。ってことでお前、ちょっくらお勉強の時間だぜ──」
「何してるの? こんな往来で、汚い声で、私の耳を汚すだなんて」
にやついたカケルの拳が、愛斗の腹へと振るわれようとした。
そのときだった。
可憐な、そして透明な声が、共用スペースに響き、今にも始まりそうであった教育を遮ったのは。