VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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やるべきこと

 一日も終わり、時間は日が変わるか否かの頃。

 消灯時間を迎えた東京コロニーにて、白光輝くカンテラ片手に歩くジャージ姿の青年が一人。

 

 無色(むしき)愛斗(あいと)が深夜の散歩で向かったのは、人領域の境たる改札を越えた先。

 中央区画、共用スペース。

 ほんの数時間前。献上などというグズクマの一党に痛い目にあわされたのと同じ、人とVの共存の証明であったはずながら、実質VTuberの領域と化している場であった。

 

「……驚いた。あんなことがあったのに、まさか本当に一人で来るなんて」

 

 愛斗へ声を掛けたのは、柱に寄りかかり、片足を抱えながら座る青緑髪の美少女。

 

 麦わら帽子を被り、白いワンピース一枚のみを纏う彼女。

 暗闇よりも太陽の下、柔らかな笑顔で向日葵畑を歩くのが似合いそうな、そんな少女。

 

 いかづちちゃん。東京最強とされるVTuber。

 声と表情。

 そのいずれからも奥底の感情を見出せない彼女は、愛斗の到着に驚くこともなく淡々と声を掛けつつ、立ち上がることなく小さな手で手招きした。

 

 愛斗は一瞬、いかづちちゃんの誘いにどうすべきか逡巡する。

 素直に応じるべきか。罠と勘ぐり、そのままに距離を取りながら話すべきか。

 一秒の思考の末。出した答えは接近。

 いかづちちゃんの意志がどうであろうと、恩人である少女の誘いを受けないのは失礼だと。そして一応仕込んできた()()も相まった末に出せた決断であった。

 

「……よく近づいてこられるね。わたし、あなたよりも強い自信あるけど」

「その気ならとっくにやってますよね。それにどのみち、お礼を渡すには近づかなきゃ駄目じゃないですか」

「……敬語はいらない。あなたのそれは、少し固くてわざとらしい」

 

 いかづちちゃんの指摘に、愛斗は少し悩んだ末、そうかと敬語をやめて一言返す。

 

 そういえばついこの前、一与(いよ)に似たようなことを言われたことがあるなと。

 指摘を受けた愛斗は、まるで遠い過去へ思いを馳せるかのように。

 体感では一年にも満たない程度の過去を、遠い昔の思い出のように懐かしく感じてしまいながら、愛斗は懐から約束であった品──単一の乾電池を一本取り出し、いかづちちゃんへと差し出した。

 

「それでいかづちちゃん。お礼だけど、本当にこんなんで良かったのか?」

「問題ないどころか良き。……だけど、専用のゴム手袋でもなきゃ、わたしの電気は防げないけど」

「大丈夫。これ、ちょっと特別なんだ」

 

 差し出された単一サイズの乾電池に小さく頷いたいかづちちゃんだったが、けれどピンク色のゴム手袋を目で捉え、じろりと呆れたとばかりに目を向ける。

 

 愛斗は今、妙に目立つピンク色のゴム手袋を装着している。

 日中の一幕を振り返り、名前と光景、そして謎の決め台詞から彼女の力が電気に関連したものであると推測した愛斗が用意したのはゴム手袋──天野一与の発明品の一つ、あんちびりびりんである。

 

 一見安物の、水道で洗い物する際に役に立つ程度の薄さでしかないそれだが、効果は折り紙付き。

 実験で雷に直撃させてもなお焼け焦げることなく、穴一つさえ開かずに健在であった絶縁性と誇っている。

 ……まあ装着部以外から直接電気を流されたり、雷以上の電圧電熱エネルギー量であれば突破されるかもしれないが、あくまで雷を掴みたいというコンセプトで発明された物なので仕方ない。

 

 ともかく、愛斗の不安は機能するか否かではなく。

 それ以上の電力だったらどうしようという、不明な相手の実力への不安だけであった。

 

 はあっ、と。

 数秒の沈黙の後、軽くため息を吐いたいかづちちゃんは、愛斗の手のひらから乾電池を手に取る。

 

 愛斗が感電することは──ない。

 ごく普通に物の手渡しをしたときと何ら変わりはなく。

 当たり前のように行われたそれに、愛斗は一応の一安心を、そしていかづちちゃんは一瞬、ほんの少しだけだが意外だと目を開けつつ、電池をそのまま口へと放り込んでしまう。

 

「は、はい……!?」

 

 ごくりと。

 処方された薬を飲むかのような気軽さで、食べ物ではない単一電池を、意図も容易く呑み込んでしまう。

 吐き出すことはない。拒絶の吐き気を催すこともない。

 そんな光景に唖然としてしまっていた愛斗をよそに、いかづちちゃんはどこか満足げに、ほんの僅かに口端を緩めた。

 

「むふー。やっぱり四菱(よつびし)のは他者より電質が抜群。それを単一で貰えるなんて……あなたを助けて良かった」

「え、ど、どうも。……で、電質?」

電味(でんみ)と言い換えてもいい。今のわたしはお菓子より電気の方が美味しく感じるし、生きていくためには必要だから」

 

 ペロリと舌で唇を舐めつつ、満ち足りたように一息つくいかづちちゃん。

 すぐ隣にいる彼女は少女の容姿も相まって、食事を楽しんだあとの子供にしか見えず。

 日中誰もに抱かせた恐怖や緊張とは無縁の、純真無垢な少女のようにしか思えないと。VTuberになる前、元になった人間がいたことさえ抜け落ちてしまうほど様になっていると、愛斗は恐怖とは異なる心──親しみに近い感情を、抱いてしまっていた。

 

「ごちそうさま。美味しかったから、何かお礼をしたい。何でもは嫌だけど、何かある?」

 

 一段落ついたのか、いかづちちゃんは元通りの無表情に戻りながら、軽い調子で尋ねてくる。

 頼み事を聞いてくれる。

 突然降って湧いてしまった思いもよらぬ機会に、愛斗は悩み──一瞬脳裏に浮かんでしまった提案を、ブンブンと首を振って振り払う。

 

 浮かんでしまったのは、日中に被害を受けてしまった、四人のVTuberへの対処。

 

 頼めばきっと、彼女は叶えてくれるのかもしれない。

 次の朝を迎える前にあの四人を、誰もが恐れる力で蹴散らしてくれるかもしれない。

 その功績から、自分は意図も容易く東京コロニーの──人間側、北区画の英雄として称賛される立場を得られるかもしれない。

 何より、特に悪意の強かったカケルという名の青年に目を付けられた自分は、早急な対処を必要としている。それだけは、間違いない。

 

 目の前にちらつかされた餌は、それだけ値千金の価値を有している。

 安全を。そして信頼を。

 ここで暮らすためのどれもを容易く勝ち取れる。それほどに千載一遇のチャンスであると、愛斗は理解している。

 

 ……けれど、それでも。

 愛斗はそんな選択肢をすぐに捨てる。それは駄目だと、自らの芯に従い否定する。

 

 何より。

 目の前の少女に自身の……人間側で解決すべき問題の解決を、負債を押しつけるべきではないと。

 愚かだと理解しつつ。けれどそうしてしまえば、きっと自分は後悔すると。

 結局の所、自身の我が儘と北区画の安寧を天秤にかけ、前者へと傾いた。それだけだった。

 

「……じゃあ一つ質問する。ねえいかづちちゃん。VTuberはどうV粒子を発生させてるんだ?」

「……それを答えて欲しいのなら、もう一本」

「ええ……」

 

 恐らく、予想していた頼みではなかったのだろう。

 愛斗の質問に、いかづちちゃんはピクリと目元をひくつかせ、おもむろに手を差し出す。

 

 無償じゃないのかと、落胆の中でちょっとだけ安心してしまいながら。

 肩を落とした愛斗は、もう一つの単一電池を取り出し、いかづちちゃんの手のひらへと乗せる。

 

「むふー。……最低限のV粒子であれば勝手に内で生成される。一般的なVであれば、存在の確立程度であれば自己補完の範疇。極端な話、何もせずにいるだけなら一生消えないVもいる……はず」

「一般的には?」

「設定や規格次第。わたしは外部から補充しなきゃ徐々に散っちゃうし、ここのおじいちゃんはそもそも賄いきれていない。その上で人間に食料や趣向品まで工面してるんだから、すごいと思う」

 

 もう一つもペロリと呑み込んだいかづちちゃんは、淡々と愛斗の求めに答えていく。

 いかづちちゃんの回答に、合点がいったと心の中で頷いてしまう愛斗。

 

 全能を行使すると名乗った老人──かみさまが、あんなVTuberを野放しにしている。

 萩原はVTuberを優先した結果と嘆いたが、かみさまと話した愛斗はいまいち納得出来てなかった。

 

 一回話しただけではあるが、あのかみさまが誰かの不幸を良しとする性格だとは思えない。

 本人は今の自分ではそれが限界だとぼやいたが、その言葉は愛斗が思うほどに偽りがなかった。それだけ分かるだけでも、納得だと腑に落ちることが出来た。

 

 ──そして、いかづちちゃんの言葉が正しいというのなら。

 V粒子の不足という問題は、愛斗だけの問題ではなく、このコロニーにとっても火急のもの。

 もしかしたら、このコロニーは最早崖っぷちなのではと。

 事態の深刻さに愛斗は言葉を失っていると、「ごちそうさま」といかづちちゃんがそっと立ち上がる。

 

「それじゃ、さようなら。精々慎ましく、身の程を弁えながら生きることね」

 

 それだけ言って、これ以上の話は終わりだと。

 日中と同じように、もう話すことはないと言うくらいあっけなく、いかづちちゃんは去ろうとする。

 

 そんないかづちちゃんに、愛斗は勢いよく立ち上がり「待って!」と声を荒げてしまう。

 いかづちちゃんの足が止まる気配はない。それでも、愛斗は言葉を続けていく。

 

「例えば、例えばさ! 大量に集めたいってときは、どうすれば──」

「人間が自発的に増やすのは無理。V粒子は、どこまでいっても、VTuberのエネルギーでしかない」

 

 愛斗の質問は、他ならぬいかづちちゃんによって遮られる。

 愛斗の案に可能性はないのだと。ぴしゃりと、壁を突きつけるかのようなほど残酷に。

 

 ──だが。

 

「……でも、VTuberの影響で他者から発生させるのは不可能ではない。実際、おじいちゃんはそうやって少しだけ補っている。もっとも大量なんて真似は、実現不可能だけど」

「!! どうやるんだ!?」

「さっきと同じ。V次第。それだけ。いずれにしても、あなたには何の関係もないことよ」

 

 それだけ言い残し、いかづちちゃんは今度こそ愛斗の前から去っていく。

 愛斗の残された共用スペースに残るのは静寂と、ぽつりと浮かんだ白光の一粒のみだった。

 

「……VTuber次第。それぞれのやり方があって、それぞれの強みを活かせば、或いは?」

 

 愛斗は北区画への帰路の最中、ひたすらに思案を繰り返し──不意に頭に、先の獣型天使との戦いが想起される。

 二回目のナーゾちゃんの変身の最中、ナーゾちゃんは大量のV粒子を発生させ、久遠やアリスの欠損さえも容易に治してしまった。あの二分足らずの奇跡の瞬間を。

 

 

「──歌だ。ナーゾちゃんの姿と音楽で、ライブをしよう。ナーゾちゃんの力で、V粒子を集めよう」

 

 

 すべきと至った結論は、衝動で退屈を嘆くよりも気安く、ポロリと愛斗の口から零れた。

 

 確かな根拠は欠けている。証明のための理論はふわふわで、自身の直感に基づいたもの。

 それでも。

 ナーゾちゃんのライブで多くの人を湧かせれば、きっとV粒子を発生させられる。彼女の力で、この東京コロニーにV粒子を溢れさせることは、きっと不可能ではないのだと。

 

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