VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
かくして愛斗はV粒子のため、謎っ子ナーゾちゃんのライブへ向けての行動を開始した。
ライブの開催日と掲げたXデイは約一月後。
そこで行われるナーゾちゃんのライブにて観客を熱狂させ、ナーゾちゃんの輝きと彼らの熱を以てV粒子を発生させる。それが、愛斗の掲げる必勝までの道筋であった。
『ふぉっふぉっふぉ。儂はかみさまじゃから信仰で多少生成出来るが……アイドルであれば、或いはそういう形で発生させる可能性はあるのう。……理論の上では、じゃがな?』
計画を長老──かみさまへと相談した際、出した問題の答えが正解であるという風なお墨付きを。
けれどきっと不可能だろうと。全能には似合わない、憂いを帯びた表情を浮かべるばかり。
机上の空論に思いを馳せる学生に、現実を知っている教授が窘めるような。
或いは将来の夢を語る幼子を、両親が優しく見守るような。
実現不可能が前提と、そんな生温かい視線を向けられた愛斗だったが止まることはない。
元より取れる選択肢が少ない愛斗にとって、やるしかないというのが本音であった。
「申し訳ないが、輪を乱すような真似に協力することは出来ない。……君の勝手な希望に、我々を巻き込まないでくれ」
けれど最初に声を掛けた北区画の班長、萩原には協力できないと静かに首を横に振られ。
『……悪い。協力してやりたいけど、ここでの居場所を失うわけにはいかないんだ』
更にコロニー内で唯一知人であった男、鈴木には後ろめたそうに顔を逸らされてしまう。
他にも個人個人に声を掛けはしたものの、結果に大差はない。
北区画の誰もが頷くことはなく。
むしろ先日の一件や勧誘から、愛斗は北区画の腫れ物と、実質爪弾きにされてしまう始末。
──だがそれでも、愛斗がめげることはない。許されない。
「おっけい! とりあえず、たかしの受け付けに置くようには頼んでみるよ。……でも強要は出来ないから、残念な結果になってもみんなを責めないでね?」
北の次は南。人間の次はVだと。
作成したビラを片手にウェザ子へ提案するが、お天気お姉さんはどこか煮え切らない顔を浮かべるのみ。
協力してあげたいし、自分は良案だと思うけど、それでも周囲は多分望んでいない。
暗にそう告げるかのような、どこかかみさまと重なる面持ちを見せた彼女の返答を、愛斗は受け入れるしかない。
本当なら、自らビラ配りに生きたい所だがそれは叶わない。
以前カケルに指摘された、不可抗力とはいえVTuberの住まう南区画へ土足へ踏み込んだことは、ある意味では的を射ている。
下手に踏み込んでしまえば、無遠慮に近づこうとすれば、溝はますます深まるばかり。
何よりいかづちちゃんがそばにいない今、下手に動けばグズクマ率いる一党に絡まれてしまうのは明白であると、それ以上の行動に移すことは出来なかった。
「わんつーさんしっ、わん、つー、さん、しっ!」
そんなわけで。
愛斗は北区画の誰も寄りつかないくらいには片隅にて、連日せっせとダンスのお稽古に勤しんでいる最中であった。
自身がすっぽり映る大きな鏡を前に、キュッキュと通路の床を鳴らしてステップを踏む愛斗。
大鏡はせめてもの餞別だと、ライブを提案した際にかみさまが用意してくれたもの。
限りあるリソースを惜しみなく提供してくれたかみさまに報いるべく、愛斗の練習に励む日々は続き、現在既に一週間は優に越えていた。
──だがそれでも、肝心の成果は、愛斗が想像していた以上に実ることはない。
曲、歌詞、ダンス、ライブ中の身振り手振り。仕草、発生、会話パターン。
最推したるナーゾちゃんの一挙手一投足は完全に記憶していると、愛斗は勝手ながら自負している。
だがそれはあくまで知識の話。頭にあった所で、出力できるかはまた別の問題でしかない。
大前提として、無色愛斗は天野一与とは違う。
頭脳。身体能力。技術。天運。その他色々エトセトラ。
他者が天才と呼び畏怖するほど飛び抜けた才など、一つとて持ち合わせていない凡人である。
そんな彼が一朝一夕……とまでは言わないが、それでも記憶の中で再現するのと自らが体現してみせるのではわけが違う。
加えて言えば、
触発されて歌や踊りを極めましたとか、ファンアートや二次創作に手を出しましたとかそういうタイプではない。恐らく一般的であり、故に生産タイプへいきなり転向しようが、結果が伴うことはない。
変身してナーゾちゃんになれば、歌と同じくダンスを高い水準で披露が可能となるだろう。
けれどそれは、それだけに頼るようではあまりに楽観的。砂糖よりも、砂糖と蜂蜜まみれのパンケーキよりもなお甘い。
曖昧な能力に頼りすぎた結果、何かしらのハプニングで補助輪が取れてしまった場合、棒立ち且つ途切れ途切れな歌声などという無様を晒すことに繋がってしまう。それは何より、ナーゾちゃんの名を汚すことに繋がってしまう。
──何より、ナーゾちゃんのライブをやると決めたのなら。
自身の最推しである彼女の名前と身体を借りるのだから、些細な失敗であろうと許されない。
そう強く意気込みながら、現状自身に出来る準備の少なく。
また順調とは言えない滑り出しを切った愛斗にとって、数少ない発散方法の一つでもあった。
「……なあ無色。そのナーゾちゃん……? ってVのライブなのに、どうしてお前がダンスの練習するんだ?」
「そりゃもちろん不測の事態に備えてだよ。何が起きるか分からないし、出来る事はやっておかないとな」
「……いや、お前が舞台に上がる不測の事態って何だよ」
様子を見ようとビール缶片手に北区画の片隅へ訪れた鈴木は、一段落とタオルで額の汗を拭く愛斗に呆れの目を向ける。
鈴木は愛斗がナーゾちゃんへ変身出来ることを知らない。
故に中の人だから頑張っていると、そんな頓珍漢な発想が出てくることはないのは当然だった。
「やっぱりステップが遅いし固いな。もっと自然に且つ抑揚を付けて。何より歌と笑顔を忘れないような余裕を持ちながら……すごいな、やれる気がしない。アイドルってのは本当にすごいな」
スマホで撮影した映像を確認しながら、愛斗は自分がまだまだであると静かに受け入れる。
ダンスだけであれば、並の発表会であれば拍手をもらえる程度には整っている。
だが記憶にあるナーゾちゃんと比較し、まだまだ再現のさの字にも辿り着けていないと、自らを戒めつつ改めてナーゾちゃんへの尊敬を強めていく。
ナーゾちゃんが3Dの状態で披露するダンスには、洗練された動きの中で常に余裕があった。
アバターだからこそ、表情は苦しげなそれにならないというのはある。
けれど、ナーゾちゃんの余裕は顔だけにあらず。
しなやかながら指先まで力強く。流麗と、プロでさえそう評価するほどに洗練されていた。
そしてダンスの最中であっても声がぶれない。顔色以上に、動きに必死さを持たせない。見ている人間を疲れずに魅了させてくれる、そんな不思議な熱がナーゾちゃんは持っていた。
そんな理想像と比べてしまえば、愛斗のそれはまさしくお遊戯。
そもそも一月弱で追いつけるものではなかったとしても、到底納得出来るものではなかったのだ。
「……にしても、お前のスマホすごいな。もうちゃんと動くの少ないだろうに。もしかして長老様に出してもらったのか?」
「いや、俺のは一与が弄ってるからな。一般の物よりかは長持ちするんだ。とはいえ、こんな世界じゃただの撮影道具だけどな」
そんな愛斗のこだわりを前に、少しだけ目を逸らしてしまいながら。
ふとスマホへ視線をやりながら疑問を零した鈴木に、愛斗は別段隠すことなく答えを返す。
愛斗のスマホは天野一与によって、購入三日目にして早速とばかりに改造されている。
弄りに弄られたりんごブランドの一品は、三グラムの増量と引き替えに、2025年時点に発売された最新モデルの二世代ほど先をいっている……かもしれない。
ちなみに「GPSなどアプリで入れればいいのに」という愛斗の真摯な指摘に対し、肝心の一与は「アプリだけだと緊急時に困るし、何よりそれじゃ面白くない」と笑顔で答えているが、今は関係ない話である。
「……改めてだけどさ。あの天野……いや、Dr.イヨが昔同じクラスにいたって、すごいことなんだよな」
「……お前も、あいつをDr.イヨと呼ぶんだな」
「そりゃそうだろ。Dr.イヨは大強襲以降、崩壊しかけていた日本を一時的にだが建て直し、人間とVTuberの立場的和解を成し遂げた五人組の一人。五年前に決戦までこぎつけたのは、紛れもなく彼女の貢献あってこそ。そんな偉人を呼び捨てに出来るかよ」
まあ、結局は負けちまったけどな、と。
まるで他人事のような苦笑を零した鈴木は、けれど発したかった言葉を無理矢理に呑み込むとばかりにビール缶に口を付け、ごくりと喉を鳴らす。
「とはいえ、Dr.イヨについては今なお賛否あるが……そんなこと、俺なんぞより無色の方が知ってるか」
「……いや。運良く人に恵まれていたし、俺は一与のそばにはいてやれなかったから、そういうのには明るくないんだ。良ければ鈴木、教えて欲しい」
「そうか。……何分有名だったからな。Dr.イヨのみが人類の戦犯やら上っ面だけ誤魔化してVを戦力として利用した悪魔だとか、陰で囁く人は少なくない。……みんな分かってる。本当は誰のせいでもないって分かってるんだ。けど、誰かに責任を押しつけずに心の平静を保てないんだ。俺だって、クラスメイトじゃなかったらきっと……くそっ」
自嘲混じりに、顔色を悲痛に染めながら吐き捨てた鈴木は、再びビール缶を呷る。
一言一言が懺悔のように、己を傷つける棘となっている。
話してくれた鈴木の痛々しい様に、そんな印象を抱いてしまった愛斗は、緩やかに首を横に振る。
「……鈴木、あんまり自分を責めるなよ。あいつはどうせ他人からの評判なんざ気にしちゃいないよ。あいつ、興味ないことにはとことん無関心だからさ」
「……ははっ、そうならありがたいな。お前が言うのなら、きっとそうなのかもな」
渇いた笑いを上げた鈴木は、空になった缶をを握りつぶし、愛斗へ背中を向ける。
「ライブ、成功するといいな。応援はしてるよ」
「ああ、必ず成功させてみせるよ。……って、実際に歌って踊るのはナーゾちゃんだけどな。俺のはあくまでサポート兼お客様だ」
「……おお、そうだな」
愛斗の訂正に弱々しく笑みを呟いた鈴木は、再び愛斗の方を向くことなく、その場を去っていく。
愛斗は呼び止めることも、手を伸ばすこともなく。
一言限りに別れた愛斗はスマホを設置し直し、大鏡に向かい、ダンスレッスンを再開する。
させてやるの後に、させなきゃいけないと。
ついそう言いかけてしまった自身から、言葉の裏に渦巻き続ける不安から目を逸らしながら。
直後のステップは今日一荒々しく、精彩を欠いたものであった。