VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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出会い

 地上へと脱出し、曇天覆う空をも貫き伸びる、巨大な塔を目撃した愛斗。

 十年前はなかった巨大建造物については、ただただ疑問で首を傾げるしかなくはあれど。

 それでも目の前の惨劇を前にすれば、そんな疑問はひとまず脇に置くしかなかった。

 

「……ほんと、どうなってるんだよ。父さん、母さん……」

 

 倒壊していた自宅の前に立った愛斗は、呆然と残骸を見つめながら呟いてしまう。

 愛斗の体感でしかないが、それでもつい先ほどまで当たり前のように暮らしていた家族の場所。

 その成れの果ては、最早営みの名残さえ見る影もなく。十年という時の流れでは許容出来ないほどの倒壊が、愛斗の胸を強く締め付け、落ち着いたはずの呼吸を僅かであるが乱させる。

 

 酷い話だが、愛斗の心に救いがあったとすれば、惨状が自宅に限った話ではないことか。

 崩れたのは自宅だけじゃなく、隣にある一与の家も。そして周囲も、道路も、目につく限り何もかも。

 個人の悪意ではない、巨大な災害のような、途方もない原因。

 自分では推測さえ困難なスケールの出来事に、愛斗と言えど、多少心が麻痺してくれていた。だからこそ、ある程度の冷静さを手放さずに済んでいた。

 

 浮かんでくるのはやはり、今朝会社に出た父とパートに出掛けた母。そして自身をカプセルに詰め込んだ、あの幼馴染。

 こんな世界でも無事に生きているのか。それとも、既に──。

 

「……一与(いよ)に会おう。あいつなら、知ってるはず。あいつに会って、聞かなくちゃ」

 

 一瞬、最悪の想像が脳裏へ過ぎりそうになった愛斗。

 そんなわけがない、あるはずがないと。

 まるで自分の冷めた理性の部分へ言い聞かせるように、ブンブンと頭を振って強引に切り替えながら、自宅を後にして歩みを始める。

 

 目指す先は、灰色雲の空を容易く穿つ、この世界の何者よりも巨大であろう塔。

 理由としては、主に二つ。

 嫌が応にも目に入ってしまう塔こそが、現状自分の知る時代との最大の異変であるから。そしてもう一つは、一与に会おうと決めはしたものの、現状塔以外の手がかりがないから。さながら巨大な塔は、地獄に垂らされた蜘蛛の糸だった。

 

「……にしても、全然ないな未来感。十年でゴーストタウンとか、笑えねえよ」

 

 変わり映えのしない光景に、愛斗はただ歩きながら、ただただ不満を吐き捨ててしまう。

 

 愛斗の道すがら。歩けど歩けど、愛斗が目にするのは数多の残骸。

 無惨なのは住宅だけではなく、道路や電線、道に放棄された自動車や公園の中の倒木。

 

 よく利用していたスーパーであった建物。

 小さくとも、お世話になることの多かった病院であった建物。

 昔通っていた小学、中学校であった建物。

 

 見知った景色や建物の荒廃を見れば見るほど、知れば知るほど加速度的に滅入るばかり。

 だからこそ、心の摩耗を少しでも抑え、真っ当に保つために。

 空気の読めない不満であると自覚しながら、それでも楽観的にそう漏らすことくらいしか、今の愛斗には出来なかった。

 

「……人、いないかな」

 

 ぼそりと発された呟きは、誰に届くことなく消える。

 周囲に人の気配はない。そればかりか、獣も、鳥も、虫でさえも、命の息吹は感じられない。 

 しばらく歩いてなお、自分以外の生命がないことへ、不安を覚えながらも進んでいく。

 

 そうして愛斗が独りのまま辿り着いたのは、自宅から最寄りである二階建ての駅。

 規模としては都会の中では小さく、コンビニとトイレが一階に、ホームが二階にある程度。

 通って一年目になる大学への通学の際、高校同様に自転車と電車を使い分ける愛斗にとっては、そこそこに馴染みある施設であったが、やはり人の姿はなく、機能はもう失われていた。

 

「やっぱり、ここも駄目か。……くそめっ」

 

 また一つ、自分の見知った施設の崩壊を目の当たりにした愛斗は、俯き無意識に歯を食いしばる。

 

 もしかしたら、駅ならば人がいるかもしれない。

 あるわけがないと分かっていながら、どこか縋るような淡い期待。

 そんな愛斗の心情を嘲笑うかのような、寂れた現実を容赦なく突きつけられたジャージ姿の青年は、しかしすぐに顔を上げてみせる。

 

 巨大な塔の聳える方角は、県外ではなく更に都心。

 ここからその方角へ進むには、目の前にある河川敷を渡り、進んでいかなくてはならない。

 

 もしかしたら、対岸のより都会に近い方であれば人が集まっているかもと。

 一度の深呼吸を経て気を取り直した愛斗は、駅に背を向け、塔までの歩みを再開しようとした。

 

 ──そのときだった。

 ジジジッ、と、大気にノイズが奔るような音が鳴り始め、愛斗の耳へと届いたのは。

 

 すぐに振り向き、腰に携えていた拳銃を抜き、最大級の警戒をしながら背後へと振り向く。

 そして背後へ目にする。してしまう。

 先ほどまで何もなかったはずの場所。寂しいほどに何一つ異常はなかったはずの空に、巨大な穴が開き、そこから何かが地上へと落ちてきたのを。

 

 それは、人の形をした黒。天使の輪のような白い光輪を頭に浮かせた、顔のないヒトガタ。

 まるで服屋に置かれたマネキンのような、真っ黒で滑らかで、けれどそれ以外のない何か。

 この世のものでない異質なのだと知らしめるような、不気味な存在感を放つ白い光輪を、支えもなしに頭に浮かせただけの黒いヒトガタが地面へと叩き付けられ、ベシャリと鈍い音を立てながら、硬い動きで立ち上がり始める。

 

 愛斗は刹那で考え──拳銃をすぐにしまい、全速力でその場から駆け出す。

 駄目そうなときは、抵抗よりも逃走を。

 理解の及ばない存在を前にして至ったのは、そんな割り切りのいい結論。幼馴染、天野(あまの)一与(いよ)に幾度となく巻き込まれた実験より学んだ、謂わば経験則からの即決であった。

 

「なんだよあれ、どうなってやがるっ……!!」

 

 ギシギシと。

 口なき黒いヒトガタより発されたのは、黒板を爪で引っ掻いたときのような、歪な音。

 

 それは人を不快にさせるために作られたような音。

 長く聞いていれば、たちまち精神を崩し壊すだろうと、人ならどこか察せられてしまう鳴き声。

 

 そんな音を背に、愛斗は怒鳴るように毒づきながら、それでも必死に道路を走る。

 

 チラリと後ろを確認してみれば、追いかけてくるのは一体ではなく、無数の黒いヒトガタ。

 人のそれではなく、機械染みた硬い動作。

 自身の走りよりは少し遅く、けれど歩けばすぐにでも追いつかれてしまう程度には速い速度。

 

 まるで鬼ごっこで弄ばれているときのようだと。

 生理的な不快感を煽るような奇怪な行進に、愛斗は酷く恐怖を覚えながら路地へと逃げ込み、必死に走り続ける。

 

「どこだ、何処に逃げれば……!!」

 

 走る。走る。ひた走る。

 闇雲に。ひたすらに。当てもなく。それでも、全身を酷くざわつかせる警鐘と共に。

 

 あの黒いヒトガタが何なのか、愛斗はその詳細を何一つとて知るよしはない。

 ただ、あれに捕まるのはまずい。あれに追いつかれれば、良くないことが自分に起きる。

 愛斗の足を突き動かすのは、言いようのない未知の存在への恐怖。生存への最適解以外を許さない、純粋な原始的本能であった。

 

「はあっ、はあっ。そうだ、あそこ……!!」

 

 逃げに逃げ、走りに走ること十分前後。

 疲弊で息を荒くした愛斗は、逃走の最中に目にした廃ビルの一階へと直感にて飛び込み、デスクの陰に隠れながら両手で口を押さえながら息を潜めようと心がける。

 

 元々は四階建てながら、既に上半分の削り落ちた廃墟の一階は不動産屋であった空間。

 

 窓のガラスは既に割れ、とうの昔に外と中の境を失った店内。

 デスク床問わずに散乱した書類や小銭、ガラス片。

 液晶の割れたパソコン。壁、そして自身の寄りかかるデスクには勢いよく飛び散ったであろう血の痕。

 

 そんな心許ない逃げ場にて。

 愛斗は自分が今、必死に呼吸を押さえながらも働かせる思考は、選択への後悔と次へについて。

 

 あの瞬間、黒いヒトガタを目視、逃走を選択した。それはいい。

 けれどこの逃げ場のない店内へ飛び込んだのは愚策……いや、体力を考慮すれば最善であった。

 

 全力疾走に近い逃走開始から、およそ五分前後。

 体力は限界。感情による器量を超えた疾走も速度は落ちる一方。速度低下にしろ、身体の限界にしろ、あのままでは確実に捕まっていた。

 そうしなければ自分は持たなかったし、そうしてしまったから逃げ道を失ってしまった。だから、そこまではいい。問題は、そこから。

 

「……っ!!」

 

 ガシャリと、ガラスの踏まれる音が愛斗の耳に届く。誰かの侵入の音が、店内へと響く。

 

 口元を押さえる力を右手を外し、腰に忍ばせた拳銃へと伸ばし、必死に警戒する愛斗。

 

 愛斗には今、デスクの陰から外を確認する術がない。

 デスクから顔を出せば、あの黒いヒトガタに見つかってしまうかもしれない。そうなれば、もう逃げる力の残っていない自分では命はない。

 そんな思考が、恐怖が、目の前の足音に対し、覗き見ることを許そうとしない。してくれない。

 

 背中に背負ったバッグの中身、例えば鏡なんかを用いれば不可能ではない。

 けれど疲労と緊張、酸素の回りきっていない頭では、そこに至る発想が浮かぶことはない。

 

 走れないのは、せめて抵抗を。

 銃に触れた愛斗に、躊躇いはない。その瞬間が来ないよう願いながら、その瞬間に全神経を集中させながら備え──。

  

 

「……はあっ。──授業中はお静かに(サイレンス)

 

 

 そんな瞬間だった。

 突如小さなため息と共に、荒れ果てた店内へ、小さく軽い音──人の声が鳴ったのは。

 

 それは紛れもなく、人の声だった。

 愛斗が未来に来てから初めて聞いた、けれどずっと求めていた、同族の音だった。

 愛斗は一瞬驚くも、それでも意を決して飛び出し、拳銃を構え──声の主、その容姿を直視する。

 

 声の主はマネキンのような黒いヒトガタではなく、確かに人間だった。

 

 短かな黒髪。あどけない顔つき。身長は小学生高学年ほど、灰色のスーツを身に纏う美少年。

 こんな荒れ果てた世界において、あまりにも不釣り合い。

 浮いていると。そう思わざるを得ないほどの美少年に、愛斗はただ息を呑みながら、それでも声を発そうとして──喉から、自らの問いが生じることはなかった。

 

「まったく。久しぶりに外に出てみれば、迷える不良に遭遇とは……我ながら運のないものだ。……ああそれとも、君の悪運を褒めてやるべきか?」

「っ!! っ!?」

「喚こうとするな。それと喧しいだけの玩具(おもちゃ)に希望を抱くのはやめておけ。俺のギフトで消せるのは声だけ、連中には無駄どころか呼び寄せる。ついでに言えば、俺なんぞのために弾一つ使うのは無意義だ」

 

 音が出ない。声が音にならない。なのに、相手の声が確かに届く。

 不可思議な現象。理解の追いつかぬ状況。

 突然の現象に、銃は下ろさないながらもただ困惑を醸す愛斗に、少年は冷めた目を向けながら淡々と言い放つ。

 

 愛斗は一瞬迷ったものの、引き金から指を放し、ゆっくりと銃を下ろす。

 未だ警戒は続け、目は逸らさんとするも。

 それでも目の前の存在に敵意はないと、自身の直感に従った故の行動。少年はそんな愛斗の行動に、何かしら動くわけでもなく、退屈そうに鼻を鳴らすだけだった。

 

「……行ったか。おい、もう声を出してもいいぞ。ただし小声でな」

「どういう、って、声が戻った……!?」

 

 一分か、それとも五分か。少年の登場から、果たしてどれくらい経ったか。

 具体的な感覚は愛斗はなく、緊張の糸が張り詰める中。

 少年が大丈夫だと煩わしそうに告げれば、愛斗は警戒を続けながらも疑問を零し──声が戻っていることに、喉を触りながら驚愕する。

 

「まったく馬鹿め! そんな無警戒で街を歩くなんてどういうつもりだ? こんな世界で自殺願望を抱くのは勝手だが、死ぬのなら俺の迷惑にならない所でやってもらいたいものだな! 馬鹿めっ!」

「今のはあんたが? 一体何を……!?」

「いちいち騒ぐな、煩わしい。ただのギフトだ。見たとこ学生のようだが、都会育ちの若者であれば、まさか一度も見たことないなんてことはないだろう?」

 

 困惑を隠せずつい問うた愛斗に、少年は悪態のように、当たり前のように肯定を返す。

 

 風貌にしては大人びた口調だなと感じながら、けれど愛斗は大きな疑問を抱いてしまう。

 ギフト。少年が常識とばかりに口にした、自分の知らない単語。

 正しく受け取れば、つい先ほど声を出せなかったのは、目の前の少年のギフトによるものだと。

 言葉自体の意味は知りながら。漠然と理解は出来ながら。それでも、まだ掴みあぐねるばかり。

 

 ──それでも。いや、だからこそ。

 愛斗の中で一つだけ確か、真実であると自らの中で確信出来たこと。

 それは少年が自分のことを助けてくれたのだと、今し方の警戒を緩めるに足る、目の前の行動であった。

 

「あの、もしかしなくても助けてくれた……んですよね? あ、ありがとうございます」

「素直に受け取っておこう。その態度からして、自殺目的の蛮行ではなく、ただ考えなしな大馬鹿者だと察せられるからな。だがな、そうならなおのこと……いや待て。……もしかしてお前、普通の人間か?」

 

 助けてくれたことへ、丁寧に頭を下げる愛斗。

 少年はそんな愛斗の、殊の外素直に礼を受け取りつつ。

 それでもまるで子供への説教とばかりに苦言を呈そうとした少年だったが、どういうわけか途中で言葉を噤み、意外そうに愛斗を見上げ覗き込み……そして意外とばかりに唸ってみせる。

 

「──驚いた。ここ最近で一番の驚愕だとも。まだこの辺りで生き残ってる人間がいるとはな。どうやって今日まで生き延びていた? 他に連れは? V()は何人いる? デパートには行ったか?」

「……はあっ? 一人ですけど……それに普通の人間って、貴方もそうじゃないんですか?」

「俺が? はっ、そう言われたのはいつ以来か。……だがそうか。ジャージ姿の人間が、たったの一人でか。まるで奇跡だな」

 

 愛斗の疑問を、少年は失笑と鼻で笑い飛ばしながら、それでも口元を緩める。

 

「とにかく話は後だ。無言で付いてこい、拠点に案内してやる。……お前が俺を信用出来ないのなら、別に来なくても構わんがな」

 

 少年はぶっきらぼうに吐き捨て、ニヤリと笑みを浮べながら、踵を返して店内から出ていく。

 愛斗は少しだけ悩むも、ひとまず情報を得るべきと、小さな背中をした恩人の後へと続いた。

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