VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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警告

 何かに熱中している者ほど、感じる時の流れはめまぐるしい。

 愛斗がレッスンを繰り返し、効果がなくとも客引きをしたりを繰り返する日々は矢の如く。

 気がつけば、あっという間に一月──ライブ開催前日へと、時は移っていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。どうじゃ、簡素ながら中々のステージじゃろ? 我ながらようやったと自負しておる所じゃ」

 

 前日ということで、軽く身体を整える程度のモーニングレッスンを終えた後。

 かみさまから呼出を受けた愛斗は、単身共用スペースに足を踏み入れ──顎髭触りながら、誇らしげに手で差してみせたステージに、思わず感嘆の声を漏らさずにはいられない。

 

 設立されたステージは、決して大規模なものではない。

 例えるのなら、ショッピングモールのイベントブースに設置される簡素ステージ。その程度でしかない。

 それでも、何もない共用スペースの中で、そこは確かに特別と化した。

 照明があり、マイクスタンドがあり、そして椅子でなくとも観客席がある。なればまさに、ライブ会場といって差し支えない。そんな一角を、かみさまは確かに用意してみせたのだから、愛斗が瞠目しないわけがなかった。

 

「……ありがとうございます。貴重なリソースを、こんなことに使わせてしまって」

「卑下せんでくれ。そも偶像が俯いてしまえば、抱ける希望も不安に変わってしまう。そうじゃろう?」

「……はい」

 

 感謝と罪悪感のごちゃ混ぜにしながら、深々と頭を下げた愛斗をかみさまは窘める。

 

 これだけのステージを個人で用意するのなら、きっと相応にV粒子を消費したはず。

 愛斗の懸念は正しく、実際ステージの大部分はかみさまの権能(ギフト)によって設営されている。

 消費量は東京コロニー全体の寿命を数日、或いは十数日縮める程度。 

 それを承知で、かみさまは迷いなく決断した。愛斗に具体的な消費量を告げることなく、気にする必要はないと、いつもと変わりない穏やかな笑みで。

 

「愛斗君。恐らくじゃが君は儂の……この東京コロニーの懐事情も、薄々察しておるのう?」

「……それは」

「ふぉっふぉっふぉ。別に隠さずともよい。……そして、愛斗君の見立ては正しいとも。今まではウェザ子ちゃんの協力もあり、儂が生存者の信仰を集めておることである程度のV粒子を捻出出来ていたのじゃが……最近はもう、儂への疑念が募ってしまっていてのう。理由は……言わずとも、分かるじゃろう?」

 

 軽く微笑みながら語ったあと、かみさまは少しだけ、どこか自らを責めるように問いを投げる。

 

 投げられた問いの答えを察せられないほど、無色(むしき)愛斗(あいと)は愚鈍ではない。

 けれど、だからこそ愛斗は簡単な答えを言い淀んでしまう。

 グズクマ達は悪。決めつけ声に出すには、愛斗を見つめるかみさまの瞳は、あまりに寂しげなものであったから。

 

「……愛斗君。君はな、希望なんじゃよ。この東京コロニーに訪れた最後の希望。塔を恐れ、暗い空に心沈み、誰もが下を向く世界で、もう一度でも上を向かせる可能性の光。だから儂も力を貸す。可能な限り、助力を惜しまない。何よりも、東京コロニーに生きる人々のためにのう?」

 

 かみさまは愛斗を見上げ、真っ直ぐと双眸を向けながら語る。

 神が試練という体で期待をかけるようで、けれどどこか幼子が両親に縋るかのような。

 どちらとも取れてしまうかみさまの瞳に、例えかみさまにそんな意図はなかったとしても感じざるを得ない重圧が、愛斗の肩へ──何より心へと、のしかかる。

 

「とはいえ……状況はあまり芳しくない。ウェザ子ちゃんから、聞いておるのじゃろう?」

「……はい。南地区で、ビラを手に取ってくれた人はほとんどいないって」

「さよう。どうやらグズクマ達が少々圧をかけておるでのう。まったく、本当に困った仔じゃよ」

 

 愛斗が悔しげに答えると、かみさまははっきりと、グズクマ達の横暴を事実と肯定する。

 

 先日の一件以降、愛斗はグズクマの一党に絡まれたことはなかった。

 愛斗が滅多に北区画から出なかったのもあるが、彼らも北区画に踏み込むまで至ることはなく。

 当初は眠りが浅くなる程度には警戒していたのだが、次第に必要ないと割り切ることが出来ている。

 

 しかし、その代わりがこういった妨害であるのなら、直接的である方が幾分マシだと。

 自身に何もされないからこそ、愛斗は余計に歯痒さを覚えてしまうのが現状であった。

 

「……あのかみさま。どうしてかみさまは、グズクマ達をそのままに──」

「ふぉっふぉっふぉ。噂をすれば、と言った所かのう」

 

 自身の頭である程度推測はしていながら、それでも訊かずにはいられなくなったと。

 愛斗がそれを尋ねようとした瞬間、かみさまは愛斗の問いを遮るように微笑み、視線を愛斗から正面──この場へ向かってくる一団へと向けてる。

 かみさまが目を向けた先にいたのは、噂どおりの言葉正しく、黒狼の獣人率いる件の四人組だった。

 

「グズクマ……と、その他の三人」

「は? カケルさんだろ。純人間君さぁ、ボスにため口とかちょっと礼儀がなってないんじゃない? この前たまたま上手く乗り越えたからって調子乗ってるんだとしたら改めた方がいいよ。うん、様だなんて言わないから、まずはグズクマさんと膝をつく所からやり直すべきだ。ほら、早く頭も膝も地べたに擦りつけ──」

「喚くなカケル。俺が今、じじいと話している。邪魔だ」

 

 目を鋭くし、警戒を露わにしながらその名を呼んだ愛斗。

 だが答えたのはグズクマに非ず。

 誰よりも一歩前へと躍り出たカケルは、不快とばかりに顔を歪めながら、まるで代弁とばかりに語ろうとし──グズクマに押し退けられてしまう。

 

 グズクマの視線は、愛斗へ向けられていない。

 人間一人なぞ眼中になく、ジロリと狼の鋭い目と穏やかな老人が見合う場に、緊張が走る。

 

「……ここはゴミ捨て場じゃないはずだが、じじい」

「もちろん承知の上だとも。どうじゃグズクマ君、良い出来映えのステージじゃろう?」

 

 低く圧あるグズクマの声。

 真っ正面であれば愛斗が気圧されそうになる眼光に、かみさまは顎髭を触りながら何処吹く風と微笑みながら、更に手を差し出してステージを自慢してみせる。

 

 一層強まる緊張に、愛斗は口を挟む事が出来ず。

 二人以外の誰もが成り行きを見守ろうと、そうするべきだと判断するはずの矢先。

 空気を読むつもりはないと。大きな大きなため息を数度、カケルがわざとらしく漏らしてみせたのは。

 

「まったく困るんだよね長老様さぁ。ついこの前南地区を荒らして回った新入りの純人間なんかを贔屓しちゃってさ。貴重な資源をこんな無駄なものに浪費しちゃってさ。これ一つ作るだけで何人の食事が賄えるの? 何人の心が潤うの? 違うよね、逆にストレスの原因だよね? 俺達VTuberの気持ちを何も考えてないじゃん。配慮や思いやりが著しく欠けてるんだから、まさに人権侵害だよねこれ。俺達、何か間違ったこと言ってるかな? 正しい権利の主張ってやつだよね」

「しかしのうカケル君。今回のライブ、ステージに立つのはまさにそのVTuberなんじゃが、果たしてそれは人間優遇と言えるのかのう?」

「ああうん、噛み合ってないね。じゃあおじいちゃんにも、そこの粋がった純人間君にも理解出来るように言い換えてあげるよ。あまりに不快で迷惑だから、隅っこで慎ましく生きてて欲しい。VTuber(僕達)の願いは、要求は、それだけなんだよ」

 

 ペラペラすらすらと。

 今し方グズクマに止められたの忘れたのかと思えるほど、矢継ぎ早ながらねっとりとしたカケルの悪態は、まるで思いついた言葉をただそのまま口に出しているのかと思えるほど。

 そんなカケルの長話を聞き流していた愛斗は一瞬、よくしゃべる茶色い毛玉生物を思い出して重ねてしまうが──生じる不快感が別物だと、すぐに心の中で謝罪する。

 

「ちょっとカケル、いちいちあんたのエゴを民意扱いしないでくれるー? いいじゃんライブとかー。あーしも歌っちゃおうかなー。アイドルとか、一回やってみたかったんだよねー」

「ふぉっふぉっふぉ。みんなの場所なのじゃから、もちろんそれは構わんともミズキ君。申請さえ出してくれれば、手伝いだって引き受けようとも」

「まじ? いいじゃんねそれ。ねえシュンギクー、デュエットしようよデュエットー」

「……興味ない。一人でやれ、ミズキ」

「えー?」

 

 カケルの物言いが気に入らなかったのか、鼻を鳴らして否定したミズキと呼ばれた一党の紅一点。

 ミズキの自身の親指と人差し指の爪を擦り合わせながらの言を、かみさまが優しく肯定すると、途端に笑顔を顔に出して静観を貫いていた男──シュンギクを誘うも、にべもなく断られる。

 

 三者三様。空気を読むことなく、身勝手に振る舞う三人に、グズクマは何も言うことはない。

 変わらずかみさまを見下ろし、ぶれることなく、ただ睨み続ける。

 

「……じじい。無意味に足掻いて、自ら他人の首まで絞めて、それで満足か?」

「否定はせんが、何事も無駄と決めつけるなど出来んとも。それこそ、かみさまにだってのう?」

 

 声音に動揺一つなく、ふぉっふぉっふぉと微笑みながら答えたかみさま。

 そんなかみさまを数秒睨み続けたグズクマは、僅かに鼻を鳴らし、「行くぞ」と静かに告げて踵を返す。

 

「……精々恥を掻き、そして理解しろ。こんな世界で希望を抱くなど、どれほど虚無かをな」

 

 かみさまにだけでなく、愛斗へも強く突きつけるかのような。

 振り向くこともなく、そんな言葉を吐き捨ててから、グズクマ達は去っていく。

 

 グズクマ達の姿が小さくなり、愛斗は安堵から、ドッと大きなため息を吐いてしまう。

 だが同時に、平静を取り戻した愛斗の脳裏に一つの可能性が過ぎってしまう。

 それはある種当然のこと。妨害があると知った時点で、むしろずっと考えてはいたこと。

 

 ライブ当日、それこそこの立派なステージを壊して開催をさせない程度には。

 彼らからの直接的な妨害が、あるのではないかと。

 

「……心配せずともやらんよ、彼らは。出来んと、言い換えるが正しいがのう」

「……ですが」

「あやつらにはもう、儂と訣別してまで外を彷徨う気力など残っておらん。……どんなに強く見せようと、あやつらも疲れてしまってるんじゃよ。この世界にのう」

 

 そんな愛斗の懸念を、或いグズクマ達の性根を見透かしたかのように。

 グズクマ達の去っていった方向を悲しげに見つめながら、かみさまはあっさりと首を横に振る。

 

「とはいえ、あやつらの言い分にも一理ある。南地区に用意したビラがほとんど手に取られていない根本は、決してあやつらではないからのう。……このままいけば、待つのは破滅的な失敗だけじゃろうが……それでも、やる気かえ?」

「……はい。一度告知した以上、直前でドタキャンなんてしたら、ナーゾちゃんの顔に泥を塗ってしまいますから」

 

 愛斗の方へ顔を向けたかみさまは、真剣な瞳で見つめながら、今一度問いかける。

 微笑みの似合う老人の真面目な表情に、愛斗は数瞬の間を置いてから、けれどはっきりと頷く。

 

 活動期間中、ナーゾちゃんが告知を破って配信を中止した記録は一度でさえもない。

 予定は前もって出す。やるといったらやる。やらない日は、やらない以上に何も言わない。

 社会人の鑑と言えるかもしれない、そんなきちんとしたスケジュールとモラルを兼ね揃えていたナーゾちゃんの経歴に傷を付けるなど、自称世界一のナーゾちゃん推しに出来るわけがない。

 

 だからライブは、例えどんな妨害があったとしても、絶対に開催する。

 決して失敗は許されない。けれどそれ以上に失敗さえ出来ないのは、何よりのナーゾちゃんへの侮辱なのだと。愛斗の心中には決意と──なお拭えぬ、焦燥があった。

 

 ……そもそもの話、ナーゾちゃんの姿や名前を無断で借りること自体が最悪に近い侮辱ではある。

 もちろん愛斗自身が誰より何よりも理解している。しているからこそ、せめてもの義憤なのだ。

 

「……であれば、儂から言えることは一つじゃ。ゆめ覚悟しておくことじゃ。本番当日、ステージから見下ろした先に笑顔は疎か誰の姿さえもない、悪夢のような光景をのう」

 

 かみさまはそれ以上、何かを言うことはなく。

 二人はただ完成したステージの前に立ち、それぞれの胸中にて、しばらくの間見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 日が変わり、ライブ当日を迎えようとしたちょうど境の頃。

 暗闇に落ちた共用スペースに一粒の橙光と──人の姿をした影が二つ、ぽつりと映っていた。

 

「じゃあよろしくね、萩原君。もしも上手くやってくれたら……ああうん、そのときはきちっと約束を守るとも。この僕が、保証しようとも」

「……はい」

 

 会話は僅か。されど密約は、確かに為された。

 影の一つは苦しげに俯き。

 そしてもう一方は手で顔を押さえ、高笑いを閑静な共用スペースに響かせながら、時はライブ当日を迎えた。

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