VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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初ライブ

 告知から一月を経て、ついにライブ当日。

 共有スペースに設立されたステージの裏、覗かれないための白布に覆われた一区画にて。

 お馴染みの恰好に身を包んだ黒髪の美少女、謎っ子ナーゾちゃん──へと変身した無色(むしき)愛斗(あいと)は、緊張で僅かに全身を硬くしながら、本番前にと発声を繰り返す。

 

「あーあー、アメンボ赤いなあいうえおー。謎っ子かわいいナーゾちゃん……よしっ!」

「お待たせ、こっちは準備出来たよ……ってひゃー、本物のナーゾちゃんだぁ。すっごいねぇ……」 

 

 なにがよしなのかはともかくとして。

 とにかく手応えはあったと、自らの納得のまま、満足げに小さくガッツポーズを作り。

 それからペチペチと、愛斗が跡が残らない程度の弱さで頬を叩いていた最中、白布を捲って入ってきたウェザ子がステージ裏へと訪れ──ナーゾちゃんを前に、ポカンと口を開けて驚いてしまう。

 

「ふふっ♪ ありがとうございます、ウェザ子ちゃん♪ ……ま、残念ながら本物じゃありませんけどね♪」

「え、ひゃい……」

 

 呆然とするウェザ子へくるりと回って身体を向け、微笑みながら、その手を優しく握る。

 

 東京コロニーに到着して以降、変身するのは今日この瞬間が初めて。

 リハーサルなども愛斗が素の姿のままこなしていたため、色々と協力してくれているウェザ子でさえ、こうして変身した姿を目にするのは初めてのことであった。

 

 ……もっともウェザ子が余裕あるお姉さんではなく、初恋相手を前にした生娘のようにしどろもどろになってしまったのは、VTuberへの変身という現象にではなく。

 単純にウェザ子がナーゾちゃんを認知している所か結構コアな方の視聴者であったからなのだが、その辺りの事情を愛斗が知るよしもなかった。

 

 それから少し経ち。

 平静を取り戻したウェザ子は、ごほんとわざとらしく喉を鳴らしてから。

 ちょっぴり蕩けていた表情を少し沈んだものへと切り替えてから、申し訳なさそうに愛斗へと向ける。

 

「……ごめんね愛斗君。私も呼びかけてみたけど、やっぱりお客さんは……」

「ウェザ子ちゃんのせいじゃないですよ♪ むしろたくさん手伝ってもらって、ありがとうです♪」

 

 心苦しそうに謝罪するウェザ子に、愛斗は大丈夫だとにっこり笑顔で返してみせる。

 

 愛斗の言葉は、気遣いでもなんでもない。

 ウェザ子にはこの一月、かみさま同様に様々な面で世話になっただけではなく。

 こうして今、当日の機材チェックや段取り、果てはMCなど様々な役割を引き受けてもらうほど、当日もひっきりなしに協力してもらっている。

 

 そんな歌って踊るだけの自分なんかより、ずっと多くの仕事を引き受けてくれたウェザ子に心の底からの感謝を抱きはすれど、落胆や幻滅など抱こうはずもない。

 

 ……それにウェザ子に言われずとも、愛斗とて、ステージ裏からでも何となく察せられてしまう。

 

 期待にしろ戸惑いにしろ、人がいれば僅かとて漏れ聞こえるはずの音が、愛斗の耳に届いてこない。 

 つまりステージの先で出迎えてくれる人間は、きっといない。

 仮に最高のパフォーマンスを発揮出来たとしても、誰の心にも届くことはない。

 

 例え愛斗が白布を捲り、直接の確認をせずとも。

 この一月ずっと予想していた、夢にまで見てしまうほどの最悪は今まさに、形になろうとしているのだと。公開処刑とも言えるその瞬間は、一秒一秒確実に近づいてきているのだと。緊張の中でなお、悟るには十分過ぎる情報量であった。

 

「……それに、ウェザ子ちゃんはいてくれる、それだけで頑張れちゃうよ♪ ……じゃ、行ってくるね♪」

 

 指二本立てた手を振り、笑顔で白布を潜った愛斗はついに、人生初ライブのステージへと上がる。

 

「みんなー! 今日は私のライブ、来てくれてありがとー♪」

 

 華やぐ笑顔でマイク片手にステージの中央まで移動した愛斗は、手を振りながら事前に考えていた前置きを始めていく。

 だがステージから見下ろす先──指定された観客席に人の、獣の、人外の姿は一つもない。

 人間もVTuberも。種族問わず、等しく。

 互いに距離を取っていたはずの彼は奇しくも、ライブに来ないという選択だけは合致している。そんな非情な現実に、愛斗の──ナーゾちゃんの笑顔が、ほんの少し強ばってしまう。

 

 予想はしていた。そうなるだろうと、納得さえあった。

 ウェザ子から事前に聞いていたし、心構えだって、ずっと前からしていた。

 それでも現実という非常の刃は、どこまでも鋭く愛斗の心に突き刺さる。引き裂かれるような苦しみに、笑顔を忘れ、俯いてしまいそうになる。

 

 それでもナーゾちゃんは──愛斗は顔を下げまいと、マイク片手に懸命に前置きを続けていく。

 打ちひしがれそうになる己に鞭打ち、必死に見えないよう必死に笑顔を貼り付け。

 ライブにおける最大の失敗。アイドルの停止という最悪だけは避けなければと、小さく息を吸い、自身の記憶に残るナーゾちゃんを出力していく。

 そうすることしか愛斗には──ステージに上がった偶像には、許されていないのだと言い聞かせながら。

 

「……うん。まあ挨拶はこれくらいでいいかな♪ じゃあ、まずは一曲目──」

「見苦しい。無様で、滑稽で、醜悪なほどに惨め。今のあなたは偶像じゃなく、ただの道化ね」

 

 予定した前置きを半分にも満たない量で切り上げ、一曲目に入ろうとした。

 そんな愛斗を遮るように、ステージ周辺へ声が響く。

 透き通りながら平坦な音。清廉ながら、けれど刺々しい声と共に、柱の陰から少女が現れる。

 

 以前とは異なり、今日は麦わら帽子を被らず首にかけ。 

 青緑の髪を露わにしながら、変わらぬ白いワンピースを身に纏う、儚げな雰囲気纏う美少女。

 いかづちちゃん。

 東京コロニー最強たるVTuberは、しかし風貌に合わぬほど棘のある言と瞳で愛斗を射貫いた。

 

「誰も来ることはないわ。そんなの当たり前。今日、南区画は中央への出入りを制限されている。恐らく北も一緒。あなたがどんなに足掻いた所で、最初から、観客なんて一人も入るはずがなかったの」

 

 登場したいかづちちゃんは、容赦なくステージ上の愛斗へ言葉をぶつけていく。

 淡々と、雷のように苛烈で鋭く。まるで愛斗の心を的確に、無慈悲に焼き裂くかのように。

 

「……これで分かったでしょ。東京コロニー(ここ)にはもう、未来はない。生存者(彼ら)はもう、胡乱な希望なんて求めてない。あなたの独りよがりな願望は誰にだって届かない。……無駄なのよ、何もかもが」

 

 愛斗へ突きつけるだけではなく、むしろまるで自分こそを傷つけるような。

 哀れみの表情を浮かべた、いかづちちゃんの言葉は、それ以上語ることはなく愛斗へ視線を送る。

 

 共用スペースの一角を、重苦しい沈黙が覆う。

 かつて伝説とまで歌われた電子の姫の一人、謎っ子ナーゾちゃんの十年ぶりの晴れ舞台と思えぬほどの閑散が、盛り上がることはないと。

 

 息苦しく感じてしまうほどの空気に満ちたステージは、最早ライブはライブとして機能しない。

 如何に派手な曲を流そうとも。如何に可憐な声で歌いきろうとも。

 盛り上がれる空気がなければ、人は真に笑顔になれなどしない。希望は、可能性は既に──。

 

「……そうだね。多分あなたの言うとおり。このライブは所詮、自己満足でしかないよ。みんな来てもらえなかったのは、ナーゾちゃん()じゃなくて、無色愛斗()が先走ったせい」

 

 それでも愛斗は──ナーゾちゃんは、決して下を向くことはない。

 決していかづちちゃんの言を否定することはなく。

 自身を否定するようはっきりと頷き、それでもいかづちちゃんを輝く瞳で真っ直ぐ見つめ返し──ゆっくりと腕を上げ、人差し指の先を向ける。

 

「──でも。それでも、君は来てくれた」

「……ッ!!」

「どんな理由だったとしても、蔑みに来ただけだとしても、君は私のライブを見に来てくれた。だから、零なんかじゃない。可能性がないなんて、希望がないなんてことはないんだよ。いかづちちゃん」

 

 今度は逆に愛斗がいかづちちゃんへ、そして同時に、自らを鼓舞するように。

 優しい眼差しを向けながら、愛斗はマイクを通さず、いかづちちゃんへ微笑み訴えかける。

 

 覚悟していたとしても、きついものはきつい。辛いものは、どう構えようが辛い。

 だからきっと愛斗がそのままであれば、耐えきれなかったかもしれない。……否、間違いなく耐えられなかった。

 けれど、今の愛斗は無色愛斗ではない。

 今の愛斗は自身の最推したるVTuberの姿を借りている。声を借りている。名前を背負っている。──そして、力を借りている。

 

「だから歌うよ。俺は……ううん、私は誰もいなくても、ライブは必ずやり遂げる。それが謎っ子ナーゾちゃん。私が世界で一番推していた、最強無敵のVTuberだからね♪」

 

 だから、いくらだって立ち上がれる。

 挫けようと。転んでしまおうと。道を間違えてしまったとしても、何度だって前を向ける。

 推しとは(しるべ)。人生を豊かに、そしてより前向きに進ませてくれる、親愛や恋慕とは異なる形の希望。だから無色愛斗は、たかだか最悪一つの絶望で、決して俯きはしないのだ。

 

 

 感情などないかのように無表情だったいかづちちゃんの口元が、ほんの僅かにでも歪む。

 怒り。嫌悪。……或いは目を背けたい、認めたくないという拒絶が、苛立ちを露わにさせた。

 

「……もういい。御託はたくさん。今更退けないのなら、わたしが、無駄な幻想に引導を──」

 

 

「ひええ遅れちまったぁ。音とか何も聴こえてこねえけど、もう終わっちまってるだなんてことねえよなぁ?」

 

 

 バチリ、と。

 自らの激情に呼応のように、いかづちちゃんが青緑の電流を弾かせた。その瞬間だった。

 共用スペースに響いた場違いな声が、真剣に見合う二人の視線を、意識を一点に移させたのは。

 

 ドテドテと、走りながらライブ会場へ向かってきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 慌てていながらもどこか間延びした、訛りの強い口調。

 今にも破裂しそうな緊迫の満ちたライブ会場には似つかわしくない、穏やかな顔立ち。

 愛斗にとって聞き覚えのある、一月ばかりの再会だというのに、懐かしさを覚えてしまう声のVTuber──斉藤が、観客などいないライブ会場に姿を現した。

 

「あ、あったあった! いたいた! おーい、愛斗くーん! おーい……ってあ、確かこれみんなには内緒なんだっけかぁ。あー、えっとえっと……おーい!」

 

 最前列──ナーゾちゃんの隣へと駆け寄った斉藤は、ぴょんぴょんと手を振ってみせる。

 緩い笑顔で手を振り、秘密にするという約束を今更思い出し、誤魔化すように応援を強める。

 

 曲も始まっていない。空気だって最悪。

 そんな中で、ただ一人、純粋にライブを楽しみに訪れた観客に、両者共に驚愕を隠せない。

 

「……なんで。あいつらが、中央への出入口を張ってたはずじゃ」

「そうそう、どうしてか今日は通行制限かかっててなぁ。だからよぉ、外からぐるーって回って中央の出入口から入ってきたんだぁ。我ながら、今日はいい感じに冴えてたんだなぁ。でへへっ」

 

 いかづちちゃんの問いに、斉藤は首に手を当てながら、照れくさそうに答える。

 

「……斉藤、どうして」

「でへへっ、だって俺は愛斗君の……お友達だからよぉ。お友達が誘ってくれたんだから、旅に出るよりも前に、来なくちゃいけねえもんなぁ」

 

 表情と声。ナーゾちゃんを崩してしまいながら、呟くように問いを投げた愛斗。

 そんな問いに斉藤は笑顔で答える。当然だと、分かりきったことでしかないと、誇らしげに。 

 

 確かに斉藤は、ナーゾちゃんの中の人が無色愛斗だと知っている。

 かみさまやウェザ子を除けば、この東京コロニーで唯一と言っていい、正体を知るVTuber。

 

 もうとっくの昔に旅に出たと、愛斗は勝手に思い込んでいた。

 元より旅の途中、巻き込まれる形で訪れただけでな数日限りの滞在。

 少なくとも、人間である自分にとって最悪でしかない空気な東京コロニーなど、とっくの昔に発ってしまったと、愛斗はそれ以上を確かめることさえしようとしなかった。

 

 なのに斉藤は、こうしてライブへ訪れた。

 ペンライトなどなく。来てくれと、声一つ掛けられずとも。

 友達のためだからと。地上を歩くという危険を冒してでも、こうしてやってきてくれた。

 

 たったそれだけの事実が……否、たったそれだけの事実こそが。

 無色愛斗を──ナーゾちゃんを心を綻ばせ、顔を手で置きながら、天を仰ぐに至らせる。

 まるで零れてしまった涙を見せまいと。或いは湧いた歓喜を噛みしめ、揺さぶられた胸中へ浸るかのように。必死に。

 

「……ははっ、ふふふっ! すごい、すごいねいかづちちゃん。やっぱり希望はあったんだよ。みんなが勝手に諦めちゃってるだけで、誰の胸の中にも、まだいくらでも残ってるんだよ!」

 

 数秒の後、前を向き直した愛斗は、いかづちちゃんへ──ステージ下の観客へと語りかける。

 愛斗の──ナーゾちゃんの瞳に、内の心にもう迷いはない。

 目。表情。そして、立ち振る舞い。曇りのない、不安の晴れたその姿は、まさしくステージの偶像。無色愛斗がずっと推してきた、天衣無縫とさえ呼べるVTuberが、重なる。

 

「だから、私は歌うね。ほんの少しの可能性でもあるのなら、私はいくらだって飛び立てる。希望という名の可能性(魔法)を、きっと形にしてあげられる! だって私は無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者! 神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子、謎っ子ナーゾちゃんなんだから!」

 

 右腕を上げ、ステージ横へ合図を送るかのように指しながら、パチンと指を鳴らしてみせる。

 

「──それでは一曲目。まずはもちろん私の歌、『しーくれっとうぃっち♪』」

 

 曲名を告げた直後、スピーカーより音楽が流れ、愛斗は──ナーゾちゃんの空気が変わる。

 かくして第一回東京コロニーライブは、ついに始まりを遂げる。

 

 総数七曲。

 たった()()の観客のみが見守るだけのライブは、けれど見事最後まで敢行され──白い光は、ほんの僅かに周囲を満たした。

 

 例えその日愛斗が変身のために使用したV粒子の、ほんの一粒程度だったとしても。

 鮮烈なまでの初ライブの成功を。 

 観客である青年の溢れんばかりの笑顔と変わらぬ無表情を。

 そして心をいっぱいにした己が充実を、無色愛斗が忘れることは、生涯決してないだろう。

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