VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
中央区画、共用スペース。
暗黙の了解はどこへやら。気がつけばすっかりと名前どおりの役割を取り戻した空間、その一角にて。
正座。あぐら。体育座り。足伸ばし。
人間VTuber入り乱れ、様々な座り方で綺麗に円を作るように座っている東京コロニーライブのスタッフ一同は、それぞれが期待や高揚を浮かべながら待機していた。
「えー、みなさん静粛に。……はい、みなさんが黙るまで五秒もかかりませんでしたね、ありがとうございます。ではこれより第七回、東京コロニーライブへ向けた会議を始めたいと思います。進行は最早お馴染み、みんなのお天気お姉さんことウェザ子が務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
準備が出来たと。
円の中央に立った亜麻髪の美女──ウェザ子は、マイクを片手に全体へ音を響かせ、一同の注目を集めながら会議を開始し進行する。
「えー早速ですがみなさん。大変言いにくいのですが、我々は今、窮地に立たされています。とんでもない危機です。つきましては愛斗君、ご説明のほどを、どうか一つよろしくお願いします」
「……はい」
窮地という言葉に、集まった者達がざわつく中。
使命を受け、立ち上がった
緊張。不安。疑惑。
数多の負の感情を直接向けられる愛斗の心情は、まさに処刑台の上で公開処刑を受ける罪人に等しい。
授業参観の日、恥ずかしくて読みたくない尊敬する人の作文を読まされてしまった。
そんな小学校時代の一イベントで抱いてしまった、忘れることの出来ない居心地の悪さを抱きながら、しかし気負けせずに説明を始めていく。
「えー、実はですね、変身するためのパワーが枯渇しかけていましてですね。……多分ですが、次の変身が最後になってしまいそうなんですよ。はい」
愛斗が申し訳なさそうにそう告げると、周囲のざわつきは一層強さを増してしまう。
ライブスタッフには既にナーゾちゃんの真実は共有されており、変身自体に驚くことはない。
ただし、変身に限りがあると。
そしてその限界がすぐそこまで迫っていると急に聞かされてしまっては、焦りを露わにするのは当然であった。
……正確な内情を、愛斗は知るよしもないことではあるが。
実のところ、愛斗が東京コロニーに到着した段階で変身の猶予は、あと二回しか残っていなかった。
そこから六度のライブを完遂するに至ったのは、紛れもなくライブの成果に他ならない。
だが、それでは足りていない。
発生するV粒子の量が、変身の消費量に追いついていない。更に言えば当初の目的、塔への歩みを阻む不可侵壁を破るため、かみさまが
東京コロニーライブと名や有り様こそ変わったが、あくまで主軸は謎っ子ナーゾちゃんの歌とダンス、そしてネームバリューあってのライブ。
元々ギリギリだった自転車操業の限界が、ついに訪れた。
結局の所、目下直面している問題はそれだけの話。だが、だからこそ容易な解決方法などない崖っぷちの状況であった。
「ということなので、今回最も取り上げなくてはならない問題はズバリ、ライブの存続自体が危機ということ。そして今のやり方では頭打ちになってしまっていること。
「さよう。成果は出ておる。ライブを経る度に発生するV粒子量は増加してはおる。……じゃがのう、どうにも伸びきらないんじゃよなぁ。あと一つ。あと一つ何かがあれば一気に爆発する、そんな神託が降りては来ているんじゃがのう……」
マイクを返され、現在解決しなければならない問題を簡潔にまとめていくウェザ子。
そんなウェザ子の言葉を受けて、ただ一人浮かぶ雲椅子に座るかみさまは、立派な顎髭を弄りながら思い悩む。
これはあくまで、技術の問題ではない。
ナーゾちゃんに変身した際に発生する、補助輪的な補正もさることながら。
ここしばらくのレッスンで力を付け、中身も伴い余裕を持てるようになってきた愛斗の心を現すかのように、ライブのクオリティは向上してはいる。
けれど、それはあくまで当人の、そして作り手の話──謂わば、勝手な感傷に過ぎない。
どんな美食であろうと、受け手が理解しなければゲテモノと扱われるように。
どんな精巧な美術品であろうと、価値がないと断じられればガラクタでしかなくなるように。
如何に世界で通用する歌とダンスがあろうと、評価するのはあくまで受け手たる観客の匙一つ。
世に名を轟かせた者達ですら、結局は運でしかないと語る者も少なくない。
これは所詮、それだけの問題。ほんの些細でもいい、実力以外のきっかけが必要となってしまう。愛斗達に立ちはだかっているのは、そういう漠然とした問題でしかないのだ。
それ故に、ウェザ子に求められても、すぐに意見が出ることはなく。
会議の停滞でありがちな、気まずいだけの沈黙が走る中、北区画の管理者──萩原が手を上げる。
「……しばらくの間、中止すればいいのではないですか? ライブは元より住民の娯楽の一環に過ぎません。心のゆとりに繋がっているのは事実ですが、だからこそ無理を押してまで強行する必要がないはずです」
萩原の発言は冷静で、それこそ当然とも言える帰結であり、同意と頷く者も少なくない。
どこまで盛り上がろうと、ライブは所詮娯楽。
人間もVTuberも、心ある生物が等しく何よりも優先する、してしまうのは生存への欲求。生きたい、死にたくないという思いは、楽しむ云々よりも遙かに根深い
ただでさえかみさまの──東京コロニーの限られたリソースを使い、行われている催し。
食料や趣向品など。
それまで築けていた些細な平穏を、目に見える形で削ってまで行われるライブを、無意味価値なしと捉えるものがいるのは当然であろう。
──けれど。
「だけどね、だけどそれじゃあ何も変わらない。……ううん、きっともっと駄目になっちゃう。今ライブを中止したら、私達はもう二度と上を向けない。死ぬまでここで、塞ぎ込んで生きていくだけになっちゃう。そんなの、私は嫌だな」
萩原の意見が、生存を優先する上では正論だと理解しつつも。
それでもウェザ子は静かに、あくまで自分の気持ちを形にしているだけのような口振りで語る。
反論はない。
表情にそれを浮かべている者でさえ彼女の言葉を静かに聞き届け、目を伏せ考え込んでしまう。
沈黙は続く。僅か十数秒でしかない間は、永劫だと思えるほどの重苦しく続いていく。
──次に手を挙げたのはジャージ姿の青年、
「……次のライブ、地上でやるのはどうですか? 東京駅の跡地に、大きなライブ会場を作るんです。過去最大の規模で、今あるリソース全部使うくらい大々的に」
再度立ち上がった愛斗は、ウェザ子からマイクを受け取るよりも早く。
ボイスレッスンを経て以前より腹から出せるようになった声を活かし、この場の全員にが聞き漏らしのないくらいはっきりと提案に、集まった人々は各々驚きや困惑を示す。
「……外、外かぁ。それはちょっと……ほら、危ないしなぁ」
誰かの悩ましげな呟きに、「そうだそうだ」と同調の声があがる。
「……いやでも、ありかもしれない。外でやる開放感と新鮮さは、地下の比じゃない。もしも、もしも成功すれば、これまでなんて比較にならないほど盛り上がる」
意表を突かれたと、そう言わんばかりの頷きに「確かに」と共感の声があがる。
現在ライブを楽しめているのは、偏に安全が確保されている地下だからこそ。
けれどライブがどこか限界を迎えてしまっているのは、文字どおり壁があるからだと。
どちらもが正論。
愛斗は予想と異なる、それなりに賛成の空気もある中で、好機とばかりに言葉を続けていく。
「外は危ないのは事実です。……でも逆に、だからこそって見方もある。最高に盛り上がった状態で、襲ってくる天使共を危なげなく撃破して演出に変えてしまえば、きっと歓声湧き上がる大成功になる。人はまだ戦えるのだと、上を向くきっかけになる。ここにいるみなさんとなら、このコロニーにいるみんなならば、そう出来るって確信しています」
どうでしょうかと、それぞれの心へ訴えかけるように、政治家のように堂々と演説する愛斗。
だが、力強い声に空気が賛成に寄ろうとした中。
長身黒スーツの男性。南地区の管理者であるたかしが「発言よろしいでしょうか」と、ピシッと垂直に手を挙げてみせながらウェザ子へと要請し、了承を経たあと一礼して立ち上がる。
「僭越ながら無色様、何よりも考慮すべき問題は安全面についてです。はっきり申し上げます。南地区を任されている者として、これを解決しないまま、地上へ住民を誘導する案を承認は出来ません」
「……北区画管理者としても同じ意見です。ライブ自体は住人が望むのなら止めはしませんが、それでも、催しのためだけに身を危険に晒すことは承認出来かねます。……無謀と、現段階ではそう言うしかありませんよ。無色君」
眼鏡のレンズを光らせ、理路整然と否定するたかし。
そんなたかしに追随するようにその場で立ち上がった萩原が、愛斗へ──そして愛斗へ賛成しようとした空気を窘めるかのように、きっぱりと告げてみせる。
二人の言い分はもっとも。
仮に地上でライブをすることになり、コロニー内の全員が観客として参加したとする。そうなれば十数人の人間だけではなく、相当数のVTuberが地上に固まることになる。
地上に蔓延る天使達が、そんな大規模な行動に気付かないわけがなく。
間違いなく狙われる。
周辺にいた全ての──或いはそれだけで済むことなく、愛斗が最初に出会ったときと同じように、突然空に開いた穴から降り注いでくるかもしれない。
何の対策もないまま行うのは、自殺行為もいい所。
市民を煽るだけ煽り戦場へと送る、悪魔の如き高官と変わらない。
だがそんなこと、愛斗も理解している。曲がりなりにも地上を歩き、数度程度ではあるが死線を越えた愛斗なのだから、十二分に理解している。
「つってもさー、このまま普通にやったら次が最後で、いつまた開催出来るか分からないんでしょ? なら一か八かでもやってみるしかないんじゃね?」
「……VTuberは楽観的でいいな。俺達人間にとっては、外出るだけでも命懸けだってのに」
「あ? なにお前、あーし達が真剣じゃないみたいに言うの止めてくれない? あーし達だって襲われないわけじゃないんだわ。大体お守りするのはこっちなんだし、自分達だけが辛いみたいに言われるのほんとうざいんだけど」
だから愛斗が、内にあった対応策を口に出そうとした矢先、周囲の空気が荒れ始める。
人間とVTuber。縮まりはしたものの、未だ軋轢ある両者の関係に、再び亀裂が走ろうとする。
「ふぉっふぉっふぉ。一同静粛に。……静粛にーっ!!!!」
そんなとき。
かみさまは拡声器でも使ったみたいな、温厚な老人とは思えぬほどに大きく覇気ある声を共用スペースへと轟かせ、荒れ出した空気を一新させてしまう。
歌や音楽とは違いながら、これほどまでに心の──魂を震わせる音を聴いたことがないと。
ビリビリと、鳥肌を立ってしまった愛斗は、かみさまが神様たる由縁をその身で痛感させられた。
「ふぉっふぉっふぉ。両者の意見はごもっともじゃが、ひとまず冷静にならなくてはのう。人々の安全を求めるのは当然のこと。じゃが一方で、この機会を逃せば東京コロニーに灯った僅かな灯火も掻き消えてしまう。それは何よりも由々しき、絶対に避けなくてはならないことじゃ」
かみさまは先ほどまでとは違う、穏やかに語る言葉に、誰もが耳を傾ける。
マイクの類は一切使ってない。
生声そのままに。まるで天からのお告げのように、耳からではなく、直接人の心に染みこませるようなかみさまの言葉。不思議と先ほどまでの喧騒は鳴りを潜め、誰もがかみさまに耳を傾ける。
「しかし愛斗君や。危険を承知で口にしたのであれば、当然何かしらの策を講じておるのじゃろう? まさか無策の思いつきで焚き付けようとした……などと、そういうわけではあるまい?」
「……あります。一つだけ、案があります。とても難しいですが、それでも、たった一つの可能性が」
微笑みながら尋ねるかみさまは、愛斗を疑うのではなく、あると見透かしているかのよう。
愛斗はつい苦笑してしまいながら、一度自らの中で考え──ゆっくりと、口を開く。
「──いかづちちゃんです。彼女に協力してもらい、ライブの警護に当たってもらう。このコロニーで最強と名高い彼女の力を借りられれば、あの黒いクソ共を恐れる理由にはならないはずです」
覚悟を決め、愛斗は自らの案を、この場の全員に伝えてみせる。
東京コロニー最強と目される、青緑髪のVTuber。初ライブにてきてくれた、三人のうち一人。
心などないかのように無で表情を固定しながら、けれど確かに瞳に──奥底に滾る熱を垣間見た、小さな美少女を思い出しながら。