VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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叫ぶ雷

 会議はお開きとなり、消灯時間を過ぎ、みながとうに寝静まった頃。

 眠りにつけないからと、愛斗はいつもの練習スペースにて、キュッキュッと強く床を鳴らしていく。

 

「はあっ、はあっ。駄目だ、どうすればいいのか思いつかない……」

 

 最初は軽くのつもりだったのに、次第に怪我さえ考慮しないくらい激しく踊ってしまいながら。

 それでも、愛斗の心に募った鬱憤が晴れることはない。

 ライブへ向けた目下最大の問題。かみさまが下した試練の解決策を、ずっと見出せないままでいた。

 

『確かに、いかづちちゃんは抜きんでた強さを持っておる。じゃが、一人で一時間守りきれるかと言われたら……少し現実的ではないと、儂は思ってしまうのう』

『それに大規模なライブとなれば相応に準備の期間が必要じゃ。そこで次回のライブは……そうじゃな、一月後に延期するとしよう。それまでに愛斗君がいかづちちゃんとグズクマ君、このコロニーで屈指の実力者たるVTuber両名に協力を取り付けられたのなら……そのときは乾坤一擲と、地上でのライブに全力を注ぐ。どうじゃ、異論ある者は……いなさそうじゃのう?』

 

 最終的に、かみさまの下した猶予は一ヶ月。

 ただ過ごすだけならば長く、けれど何かしらの目的を達するのには、あまりに短すぎる日数。

 コロニー内の通常業務にレッスン、更にはライブの宣伝もこなしながら。

 それらの合間を縫って達成するにはあまりに無茶難題。少なくとも、今の愛斗は具体的な解決の目処を立てられていない。

 

 ──愛斗は初ライブ以降、いかづちちゃんの姿を一度たりとも目にしたことがない。

 

 斉藤やウェザ子からも、ここしばらくは南地区でさえ目撃されていないと耳にしている。

 元より神出鬼没であると、コロニー内の誰もがそう囁いてはいたものの。

 それでも避けられていると、どうしてかそう感じてしまうほど、彼女の姿は影も形も追えていないのだ。

 

 最悪の場合、手持ちの全電池を交渉材料にするくらいの用意が愛斗にはある。

 だがそれは、あくまで交渉にこぎつけた後の話。

 顔を合わせることのない、交渉の席さえ設けさせてくれない相手に対し、どうすればいいかなど思いつくはずもない。

 

 更に言えば、提示された条件に名に連ねるもう一人。

 黒狼の獣人──グズクマへの交渉材料を、愛斗は何一つとて持ち合わせていない。

 

『ボスについてはあーし達も頼んでみっから、頷いてくれるイメージゼロだけど。……あ、ボスに好きなもの? ねーシュンギク、あんた何か知ってる? おっきな骨とか?』

『……知らんな。あの人は我々にも心を開いてなどいない。悪いが、あまり力にはなれない』

 

 あまりの困りように、ついミズキとシュンギクに助言を尋ねるも成果はなく。

 むしろ打つ手なしという現実を突きつけられ、余計に頭を抱える結果に繋がるばかり。

 

 ミズキとシュンギクが協力してくれてこそいるが、それはあくまで個人単位の話に過ぎない。

 二人の頼みだからと、頷くグズクマの姿を愛斗はどうしても想像出来なかった。

 

「……もう、こんな時間か。とりあえず、シャワー浴びて寝て、明日考え──」

「練習熱心なのはいいけど、ちゃんと休まないと駄目だよ?」

「──わっ!」

 

 もうじき日が変わると。

 壁に立て掛けられた時計が示す時間に、今日はここまでだと切り上げようとした。

 

 そのときだった。

 突然背後から呆れたような女性の声が聞こえた愛斗は、猫のように飛び退いてしまったのは。

 

 何者かと、本能的に構えようとした愛斗だったが、声の正体を目視し──警戒を解く。

 そこにいたのは、亜麻色髪の美女。

 東京コロニーであればお馴染みの顔。長老たるかみさまの秘書的ポジションに構える女性、ウェザ子が「よっす」気軽に手を挙げていた。

 

「……もうウェザ子さん。驚かさないでくださいよ。二度目ですよ」

「えへへ、ごめんごめん。愛斗君、どうにもからかい甲斐があるからさ。君学生時代、歳上にモテるタイプだったりしない?」

「……生憎、そういうとは無縁でしたよ。俺の十代は、幼馴染の世話でしたからね」

 

 平日休日関係なく。

 一緒にいない時間の方が少なかった幼馴染との学生時代を思い出した愛斗は、少し困りながら、けれどまんざらでもないかのように微笑んでみせる。

 そんな愛斗にウェザ子は「へえ~」と、玩具を見つけた子供のように口角を上げにやついてみせた。

 

 ……なお実際は中学高校先輩後輩同級生問わず、「私だけは彼の魅力を理解してる」面する女子を少数ながら確実に作る沼タイプであったのだが、今更という話である。

 

「それでどうしたんですか? こんな深夜に北区画に侵入なんて……もしかして、誰かを逢い引きにでも誘いに?」

「おおっ、冗談上手いね青年。婚期逃した行き遅れにそういう冗談は、いつか痛い目見ちゃうから注意だゾ♡」

 

 前屈みになりながら、片目にピースを当てながらウィンクしてみせるウェザ子。

 

 満面の笑みではあるものの、目も口も、欠片も冗談に感じさせてくれない。

 鬼気迫ると。そんな言葉が似合うほどの迫力に、愛斗は顔を強ばらせ苦笑を零すことしか出来ずにいると、ウェザ子は満足げに「冗談だよ」と圧を解いた。

 

「……まあでも、半分は正解かな。逢い引き……というより、逢い引きのお誘いかな? 他でもない君にね?」

「……まじです?」

「まじまじ、大まじ。……これでも私、みんなのお天気お姉さんだったからさ。本業を活かせる場面が来てちょっと嬉しいんだよね。……ごほんっ」

 

 

「──愛斗君。今日は聞こえるよ、(いかづち)が」

 

 

 

 ウェザ子が人差し指を掲げ、天井を──空を指差した、その瞬間だった。

 雷鳴が轟く。雷に等しき激しさの、魂の叫びとさえ思えるほど苛烈な響きが、愛斗の耳に届く。

 

 そんな轟音を耳にした愛斗は、何故か一人の少女を連想してしまう。

 雷のような苛烈さとは真逆の容姿をしながら、けれど名のとおりの力をその身に宿した少女。

 

 いかづちちゃんは今、そこにいる。

 まるで自分を呼んでいると。誰かに見つけて欲しいのだと。

 鳴り響く旋律がひたすらに叫んでいるのだと、愛斗はどうしてかそんな風に感じてしまった。

 

「さあ行ってきな、青年! 周囲のことなら心配なし! ウェザ子さんに任せなさいな!」

「……ありがとうございます! ちょっと行ってきます!」

 

 懐中電灯を渡し、親指を立ててみせるウェザ子。

 送り出そうとしてくれるウェザ子に、愛斗は一礼してから駆け、長い階段を上がり地上へ出る。

 

 夜の地上は、昼間よりも一層暗く、夜目の利いた人間であっても歩くのを躊躇うほど。

 夜でさえ昼のままと。

 かつては誰しもにそう形容されるほど、照明と活気溢れた東京とは思えぬほどの暗晦(あんかい)

 

 例え懐中電灯を手に持とうと。

 豆粒程度にしかない明かりでは、歩くことすら恐怖さえ拒みたくなってしまう。

 

「……綺麗だ」

 

 けれど愛斗に恐怖はなく、むしろ目の前の闇──否、闇を切り裂く光へ美しいとさえ零してしまう。

 

 星なき夜空よりもなお暗い、闇に満ちた東京に灯る青緑の閃光。

 人目を顧みることなく。裡なる衝動のままギターをかき鳴らし、雷を迸らせる青緑髪の少女。

 普段の無表情とは違う、歯を剥き出しにしながら奏でるいかづちちゃんの激情は、まさしく落雷。

 

 近づくことは、何人たりとも叶わない。

 理性と本能の両方が、近づきたいという欲以上に近づくなと警鐘を鳴らし続けているから。

 

 愛斗は今、あんちびりびりんを手に付けてはいないし、仮に付けていたとしても意味はない。

 誘蛾灯に釣られる虫たちのように、鮮烈な青緑の光に釣られるまま近づいてしまえば、あの雷の一筋に打たれ──死さえ認識せぬまま終わりを迎えるだろうと。

 

 だがそれは、あくまで表面。建前に過ぎない。

 あれは歌。自分の、ナーゾちゃんの歌とは違う、けれど確かに心震わす歌であると。

 あの輝きに触れたくない。あの魂の叫びを、いつまでも聴いていたいと。

 たった一人しかいない観客として、声を掛けるなどという無粋を犯したくない。愛斗は今、目の前の輝きと旋律に圧倒され──地上が人の脅威であることさえ忘れて、魅了されてしまっていた。

 

「……ふうっ」

「すごい、すごかった。人生で一番、心に響いたギターだったよ」

「!?」

 

 やがて音楽は鳴り止み、地上が暗闇に戻った頃。

 愛斗が拍手と称賛を贈れば、ギターを消しながら軽く息をついていたいかづちちゃんはビリリと。

 借りてきた猫のように身を震わせ、軽く稲光を持って身構え──視認した愛斗の姿に、ひとまずの警戒を解いた代わりに冷めた目を向ける。

 

「……不用心ね。わたしに触るなってここのルール、忘れたの? 命、惜しくないの?」

「どうだろう。ただ、君に呼ばれた気がしたからさ。……久しぶり、いかづちちゃん」

 

 曖昧に笑いつつ、言葉をかける愛斗。

 そんな愛斗の挨拶にいかづちちゃんは顔を逸らすだけで、返事の一つも返すことはなく。

 けれど煩わしいと、その場から逃げることもなく。

 大きな、本当に大きなため息を一つ零してから近場の壁に寄りかかりながら腰掛け、小さな手で愛斗へ手招きしてみせる。

 

 誘いに応じた愛斗は、いかづちちゃんの隣へと腰を下ろす。

 一日一人がすっぽり収まる程度の感覚は、両者の心の距離を──或いは、いかづちちゃんの心の壁をそのまま表わすかのような、そんな距離であった。

 

「ギターの噂、いかづちちゃんだったんだな。正直、びっくりしたよ」

「……趣味よ、たまに鳴らすの。元々わたし、自分のギターを動画にしたり配信してたの」

 

 会話を切り出した愛斗に、いかづちちゃんは別段口を噤むこともなく。

 こくりと素直に肯定し、空覆う灰雲の夜空を仰ぎながら、それ以上の何を語ることもない。

 

「……自意識過剰だったら恥ずかしいんだけど、俺のこと、避けてた?」

「ええ、避けてたわ。あなたを、あなたたちを見ていると、どうにも虫酸が走って仕方なかったから」

 

 問いを受けたとて、依然いかづちちゃんの双眸が愛斗へ向けられることはなく。

 それでもはっきりと、濁すことなく愛斗の質問は肯定される。

 そんないかづちちゃんの返答に愛斗は「そっか」と、少しだけ悲しげに顔を眉尻を下げ消沈すると、いかづちちゃんは「……それで」と、自ら話題を切り替える。

 

「……それで、何。捜していたのは知ってる。なら、何か言いたいことがあるのでしょう?」

「ああ。頼みがある。俺達のライブに協力して欲しい。お願いします」

 

 壁から背を離し、姿勢をいかづちちゃんの正面へ向くよう正した愛斗は、深々と頭を下げる。

 いかづちちゃんがなにをせずとも、愛斗の旋毛を窺えるほどのお辞儀。

 そんな見事な四十五度による頼みを受けてなお、いかづちちゃんの面持ちが変わることはない。

 

「……嫌よ。あなたの頼みなんて、お断り」

「……どうして?」

「……さあ。生憎、わたしには分からない。或いはあなたがわたしだったら、この心のもやを眩い言葉に変えられたのかもね」

 

 淡々と、けれどもどこか苦しげに。

 それだけ告げたいかづちちゃんは、これ以上の対話に意味はないと立ち上がる。

 

「……それじゃ、話は終わり。さようなら。もう二度と、あなたと話す機会はないでしょう」

「……じゃあ、なんで今日ギターを鳴らした! どうして自分がここにいるって、俺に教えてくれた!? 何か変わりたいからと、少しでもそう思ったからじゃないのか!! いかづちちゃん!!」

「……そういう所よ。わたしにとって、あなたは眩しすぎるの。空に浮かぶ、太陽みたいに」

 

 ぽつりと吐かれた最後の呟きは、眩い青緑の雷光の音より、愛斗の耳に届くことはなく。

 刹那の雷光が消えた瞬間にはもう、いかづちちゃんの姿は、愛斗の視界のどこにもなかった。

 

「……また会いに来る! 君が嫌と言っても、君が呼んでくれる限り!」

 

 誰もいなくなった地上で、立ち上がった愛斗は腹の底から叫ぶ。

 例え聞こえておらずとも。二度と会いたくないと、例え彼女が本当にそう心に抱いてたとしても。

 

 わたしの手を引っ張って、と。

 さよならなんて望んでいない、それはまるで、助けを求めるような瞳をしていたと。

 

 例え見当違いの間違いで、自意識過剰極まりない勘違いだったとしても。

 それでも、去り際のいかづちちゃんの背は願っていたと。

 親を探して彷徨う迷子の子供のようなか弱さを、愛斗は垣間見たような気がしてしまったから。

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