VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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人間嫌い

 約束の日が徐々に迫る中、地上ライブの準備は恙なく進んでいく。

 

 スタッフ一同、主にVTuberの尽力によりライブステージは着実に完成していく。

 参加者達は段取りを覚えつつ、少しでもクオリティを上げようと日夜案を出し合い続けている。

 

 だが最大にして肝心の問題、安全面については未だ解決の目処は立っていない。

 いかづちちゃんとグズクマ。東京コロニーの強者が、首を縦に振ることは叶っておらず。

 このままでは多くの者の協力により積み上げてきた、地上でのライブに向けた全てが徒労と終わってしまう。誇張などではなく、東京コロニーの未来は愛斗の肩にかかっていた。

 

「それじゃ、レッスンあるから。また明日な、いかづちちゃん」

「……うん」

 

 そんなある日、地上の誰も寄りつかない、あの日話した場所にて。

 僅かな隙間時間の中で愛斗は、会話を交していたいかづちちゃんに軽く手を振って別れる。

 

 再会叶った日以降、愛斗はこうしてちょくちょくと、いかづちちゃんの下へと訪れている。

 勧誘の打算もあるが、それ以上により親しくなりたいと。

 だからこそ、最初は一向の余地なく姿を消していたいかづちちゃんも、性根負けしたとばかりに会話に応じるようになり、別れ際に手を振り返す程度の関係を築くことが出来ていた。

 

「……どっすかなぁ。無理強いは嫌だけど、このままじゃなぁ……」

 

 とはいえ、多少心の距離が縮まったとて、それはそれ。

 いかづちちゃんの説得に至っていないのは事実。

 むしろ下手にそういう話を持ちかけようものなら、ほんの少し近づいた分が一気に離れていってしまう。そんな板挟みの状態に四苦八苦しながら、愛斗は地下へと戻り、共用スペースのある場所へと向かっていく。

 

「あ、いたいた。ちょっと無色(むしき)、あーし達待たせるとか良い度胸過ぎない?」

 

 やがて到着した場所──中央と南を分かつ改札の前にて。

 腕を組みながら待機していた女VTuber、ミズキが愛斗の姿を発見し、不満げに毒づいてみせる。

 

「すみません二人とも。もしかして、結構待たせましたか?」

「……気にするな。そもそもまだ遅刻ではないし、我々も今し方着いた所だ」

 

 柱に寄りかかっていたもう一人の待ち人、シュンギクの否定にミズキが「はっ?」と更に不満を強め、顔へと露わにする。

 そんな二人に愛斗は苦笑していると、「行こうか」とシュンギクが身を翻し、南区画へ向かって進み始める。

 

 愛斗にとって、二度目となる南区画。

 流れで連れられたとはいえ、かつて軽い気持ちで踏み入ってしまったVTuber達の居住区。

 曲がりなりにもこの東京コロニーで二月ほど過ごした愛斗は、確かに自分は浅慮であったと。あの日より数段緊張しながら、一歩一歩を噛みしめるように歩いていく。

 

 ……とはいえ、愛斗の緊張の理由は、何も南区画へ来たからというだけではない。

 

「それで、本当ですか? グズクマ……あんたらのボスに、アポ取れたって」

「アポっつーか、呼びだし的な? 警護の件を頼んでみたらさ、ボスがあんたを呼べってさ」

 

 歩く最中、愛斗の発した疑問に、前をゆくミズキが振り向かず適当な口振りで答える。

 グズクマからの呼びだし。話があるのなら直接顔を出せと、簡潔な伝言。

 地元の不良に河川敷へ呼び出されたような心境に陥りながら、それでも愛斗は二つ返事で了承し、今に至るというわけだった。

 

「心配はいらない……と思う。ボスがその気なら、回りくどく呼び出す必要はない」

「……だといいですね。本当に」

 

 緊張が態度を通り越し、雰囲気にまで出ていた愛斗を慮ったのか。

 ミズキ同様前を歩くシュンギクが一言言葉を掛けるが、愛斗は苦笑しつつも頷いてみせる。

 

 緊張はある。恐怖だって、当然抱いている。

 それでも、いずれにしても、この機会は愛斗にとっても好機である。

 

 説得しなければならない二人のうちの一人。

 神出鬼没ないかづちちゃんとは異なり、南区画から出てこないグズクマと接触出来る機会はない。

 

 恐らく、チャンスはこの一度きり。

 例え愛斗の誅殺が狙いだったとしても。ただ当てつけのように呼びつけただけだとしても。

 直接顔を合わせ、どうにか説得に応じさせる。応じてもらえずとも、何か一つでも次に繋げられる材料を探す。

 愛斗にはもう時間がない。相手の思惑がどうであれ、なりふり構わず向かうしかなかった。

 

「あ、あの、次のライブ、楽しみにしてます! 頑張ってくださいって、ナーゾちゃんにも伝えてください!」

「……ありがとうございます。必ず伝えます。きっと、彼女も喜びますから」

 

 歩く最中、ふと愛斗に近寄り声を掛けてきたのは、何人かのVTuber。

 それぞれと激励の言葉を送られ、握手を交す。

 そんな思いもよらなかった歓迎に、愛斗は少し戸惑いつつも少しだけ胸が温かくなる感覚を覚えていると、シュンギクはクスリと僅かに口元を緩める。

 

「……ここの空気は、少し変わった。前よりも活気が現れ、俺達も以前より少し受け入れられている。……不思議なものだが、悪くはない」

 

 穏やかに微笑むシュンギクに、ミズキもやれやれと両手を上げつつも同意と頷きをみせる。

 

 愛斗がナーゾちゃんの正体であることは、ライブスタッフ以外には知らされていない。

 何も知らない観客達にとって、愛斗は所詮ライブスタッフの一人に過ぎず。

 だけど、だからこそ。

 舞台に上がるわけでもないライブスタッフそれも人間一人にさえ、応援の言葉を掛けるVTuberがいる。ライブをきっかけに人間へ寄り添おうとするVTuberが現れ、またその逆も然り。

 

 例え、その場限りのなれ合いに過ぎなかったとしても。

 ほんの数ヶ月前までの全体的に沈んでいた雰囲気は、無色愛斗という新参者を始点とし、少しずつだが変わり始めていた。

 

 ──だが変化というものは、言うなれば劇薬を垂らすのと同じ。

 万人が受け入れられるものではなく、変わろうとすれば、より強い反発を示す者がいるのも道理。

 

「おやおや、南区画に相応しくないのが彷徨いてると思えば、いつかの純人間君じゃないか。まさか一度ならず二度まで土足で踏み込むとは恐れ入った。あのときはそれはそれは優しく注意してあげたはずなんだけど、君、たいした面の厚さだね。恥ずかしながら、尊敬に値するほどだよ」

 

 ミズキ達の案内で南区画を進み、グズクマの部屋に続く唯一の廊下に立ちはだかる男が一人。

 カケル。グズクマの一党に属す、四人の中で最も人間を嫌悪するVTuber。

 そんな男は待ちわびたと。寄りかかっていた壁から離れ、にんまりと口の端を吊り上げながら、ネットリとした声を三人に掛けた。

 

「ちょっとカケル邪魔。あーし達、ボスに用があるんだから、どっか行けし」

「へえボスに? それは急がないと大変だ。……とはいえ、申し訳ないがここは今清掃中でね。悪いが、どこか別の道を探してくれると助かるよ」

「別の道などないだろう。……それに、清掃などしている風には見えないが?」

「はっ、ちゃんと清掃中だとも。厚顔無恥な純人間君と、そんな純人間君の扇動に踊らされてるVTuberの恥知らず共をボスに近づけさせないよう掃除する。ほら、立派な清掃業務じゃないか。立派な心がけだと褒めてくれよ?」

 

 道を塞ぐカケルはやれやれと手を上げながら首を振り、仲間なはずの二人のことさえ嘲笑う。

 

「それでどうするんだい? ここの清掃が終わるのは……そうだね、今日から一月後くらいかな? 待てないのなら無理矢理も手ではあるけど、僕も手荒にならざるを得ないから、正直あまりおすすめはしないかなら。……嗚呼、こんなに優しく忠告してあげられるだなんて、僕はなんて優しいんだ。そう思わないかい、純人間君?」

「……こんなので、思えると?」

「思うしかないんだよ。僕の助言を聞き入れた純人間君達は、心の底から感謝しながら南区画を去り、以後余計なことは一つもしない。うん、みんなウィンウィンで何よりだ」

 

 邪魔だと鋭く睨みつける愛斗だったが、カケルは勝利を確信とほくそ笑むばかり。

 

 一月後と当てつけのように言ってのけたのだから、期日の件を理解した上だと。

 カケルは意図的に、明確な敵意を持って妨害しているのだと、愛斗は既に確信している。

 

 だからりんごでも潰せそうなほど、手を強く握ってしまう程度の苛立ちを。

 けれど、それ以上に目の前のVTuberの敵意に対して、ほんの些細な違和感を持ってしまう。

 

「……なあカケル。あんたはどうして、そこまで人間を嫌う?」

「さんを付けろよさんを。いいさ、答えてやる。一言で言えば生理的嫌悪かな。嫌いな食べ物や触れない虫がなんかがあるだろう? それと同じで、VTuberの本能が無能で低俗な君達を忌避している。単純なことだよ」

 

 嘲笑と共に吐き捨てるカケルに、愛斗は先ほどの違和感と似たような感覚を覚えてしまう。

 

 人間とVTuberの、十年にも渡る軋轢を。

 そして久遠という前例を知る愛斗は、人間を極端に嫌うVTuberがいるのは理解している。

 

 だからこそ、余計に感じてしまう。

 久遠が向けてきた強い敵意と、カケルがぶつけてくる憎らしいほどの悪意。 

 二人の感情は似て非なるものであると。久遠のとは異なり、カケルのは、まるで人間をというよりはその先にいる誰かを傷つけるための悪意のようであると。

 

「……でもカケル。お前のは、お前はまるで嫌悪じゃなくて否定しているみたいだ。人間じゃない何かを、俺達じゃない誰かのことを」

「……っ!! 純人間風情が、賢しらに見透かしたような物言いするなよ。まったく何をどうねじ曲がった解釈をすればそうまで気色悪い発言が出来るんだ。お前は、どこまで僕を……っ!!」

 

 ぽつぽつと、自身の考えを言語化した愛斗にカケルは笑みを失い、顔を怒りで染めていく。

 

「……なんだよその目は。……やめろ、やめろやめろやめろっ! 無能なだけの純人間風情が、よりにもよってその目を向けてくるだなんて、どれだけ悍ましいっ!! そうやっていつも、お前達はっ!!」

 

 怒りよりも同情を。

 嫌悪よりも哀れみを。

 

 雨空の下で道端で必死に吠える、ずぶ濡れの捨て犬を見るかのような。

 そんな愛斗の憐憫の眼差しに、カケルの怒りは頂点を迎え──ついには能面のように機微の欠けた、薄ら笑いへと変貌し、ゆっくりと愛斗達へと向かい始める。

 

「……もういい。口じゃ理解出来ない愚図には身を以て教えてやるよ。そうだ、足の骨を折って地上に野晒しにしよう。そうすれば、そうなればお前達だって、いい加減身の丈を知って──!!」

 

 両の手を広げ、欠片の自省もない敵意を全身から迸らせながら、三人へと迫るカケル。

 ミズキとシュンギクが苦々しげに顔を歪めながら、それぞれが身構え。

 けれど二人よりも早く。この場の誰よりも弱い存在、人間である愛斗がカケルから目を離すことなく、前へと躍り出る。

 

「気が晴れるなら好きなだけ殴ればいい。だけど終わった退け。そして二度と邪魔をするな」

「いいとも。終わったあと、ボスと話す余力が残ってるのなら、好きにすればいい──」

 

 

「喧しいと思えば、何の茶番だ。てめえら」

 

 

 カケルの伸ばした右手が、愛斗の首を鷲掴み潰そうとした──直前だった。

 カケルの背後より現れ出でた巨大な影。

 屈強な体格をした二メートルほどの黒狼の獣人が、たったの一言に乗せた圧のみで、全員が動きを止めてしまったのは。

 

「……グズクマ」

「二度目だな。胡乱な夢で随分と扇動しているようだな。人間」

 

 カケルから目を外した愛斗は、先にいた黒狼の獣人──グズクマへと声を掛ける。

 名を呼ばれたグズクマは、喜怒哀楽のいずれも露わにすることはなく。

 ジロリと、鋭い眼光で見下ろしながら手を伸ばしたグズクマは、愛斗ではなくカケルの肩へ掴み、そのまま自らの下へと引っ張り──自身の顔を、カケルへと寄せる。

 

「カケル。門番の真似事をするのは勝手だが、俺の呼んだ客を通さないのはどういう了見だ?」

「で、でもボス……!! 僕は、僕は……!!」 

「お前が何を嫌おうが勝手だが、癇癪も大概にしろ。……()ね、次はない」

 

 刹那、グズクマから発された圧に、愛斗はつい一歩退きそうになるもどうにか堪える。

 

 いかづちちゃんの刺すような鋭さとはまた別種。

 直接向けられていない愛斗でさえ、思わず呼吸を忘れ、逃げたくなってしまったほどの重圧。

 

 そんな威圧を一身に受けたカケルは、足の力が抜けたのか、その場に崩れ落ちる。

 だがグズクマはそんな自身の部下を意に介さず、軽く鼻を鳴らし、興味を失ったと視線を移し──愛斗へ向き直した。

 

「……さあ人間、俺に話があるのだろう? 俺を信用出来るのなら、精々付いてくるといい」

 

 ニヤリと、グズクマは牙が見えるほどの笑みを見せつけてから、ゆっくりと踵を返す。

 出来るのならば、来てみろと。

 挑発染みた誘いに、臆しかけていた愛斗はパチパチと自らの頬を数度叩いてから一歩踏み出し、カケルの横を通り過ぎた。

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