VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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魅せてみろ

 グズクマによって連れられたのは、駅の端に設置された物置──であったはずの場所。

 ただし中身は物置と呼ぶには、備品等で散乱しているわけでもなく。

 更には床や戸棚に埃が積っているわけでもいない、むしろ清潔感さえある畳の張られた四畳半へと改築されている。

 

 茶室と、そう形容すべき空間にて。

 愛斗とグズクマ。人間とVTuberは今、まるで茶の一席とばかりに正座で向き合っていた。

 

「……個室持ちとは、随分と贅沢だな」

「じじいとの契約の対価でな。ここの連中も、滅多に俺の顔を見ずに済むと清々してるだろうよ」

 

 シャカシャカシャカと、耳馴染みの良い音が続く最中。

 狼の風貌には似つかわしくな、凜とした佇まいと手慣れた手つきにて。

 雫の一滴さえ飛ばすことなく茶を点てるグズクマに、愛斗はこの状況への困惑と、粗忽な荒くれ者としか思っていなかった獣人の意外な一面に目を見張ってしまう。

 

「……粗茶ですが」

「……生憎出されようが飲む気はない。どうせそれも、北区画の人達から奪った物だろう?」

「否定はしない。だがいいのか? 仮にも対話を望むというのなら、主人のもてなしを無碍にするほどの無礼はない。そうだろう?」

 

 よく泡立った、深緑の液体の入った腕。

 何の変哲もない茶を差し出された愛斗だったが、何を出されようが受け取るつもりはないと。

 はっきりと首を横に振るが、そんな返答にグズクマはニヤリと、鋭い犬歯を晒すほどにやついてみせる。

 

 押される形で手を付ければ、北区画の人間を裏切る形となり。

 飲まずに拒むのであれば、自身が最優先すべき目的──グズクマの説得から遠ざかる。

 

 これは所詮挑発、当てつけのような嫌がらせに過ぎないと。

 愛斗はグズクマの様子と濁すような返答から、漠然とではあるが察している。察してしまえる程度の洞察力が、無色(むしき)愛斗(あいと)には備わってしまっている。

 

 グズクマからすれば、どちらでもいい。

 目の前の客人がどちらを選択しようが、最後には必ず胸にしこりが出来る。偶然ではなく、そう確信しているからこその薄ら笑い。

 故に愛斗は悩むまでもなく、前のめりになりながら手を伸ばし──茶碗をグズクマの方へと押し返す。

 

「……俺は頼み事をしに来ただけだ。お前と仲良くなるために来たわけじゃない」

「……悪手と理解しながら、それでも芥の自尊心を取るか。つくづく、どこまでも愚かな人間だな」

 

 怒りか、失望か。

 愛斗の毅然とした拒絶を前にしたグズクマは、どちらとも取れる笑みを浮かべながら手を伸ばし、戻された茶碗と掴み、中の液体を一気に飲み干してしまう。

 

 交錯する両者の視線。充満する緊張。

 片や全霊の警戒と反発心。片や弄ぶ余裕による挑発。

 四畳半ほどの茶室は今、心を落ち着け憩うための場所にあらず。

 

 暫しの沈黙を先に打ち破ったのは茶室の主、物理的強者であるグズクマの方。

 「それで」と、一挙手一投足を見逃すまいと視線を向ける愛斗へ、退屈そうに話を切り出した。

 

「用件は把握している。お前達がせっせと準備に勤しんでいる、ライブとやらの露払い……はっ、自分達が遊ぶために人に命を懸けろとは、実に人間らしい要求をしてくるものだ」

「……虫が良いのも、酷い頼みだというのもわかっている。けど頼む。俺達に力を貸して下さい。お願いします」

 

 グズクマの皮肉げな言葉に、愛斗はばつが悪くなりながら、それでも頭を下げるしかない。

 

 グズクマの指摘はもっともであり、愛斗もそれを理解しているからこそ返す言葉を持ち合わせていない。

 以前会議にて北区画管理者──萩原が発言したとおり、ライブとは所詮娯楽に過ぎないもの。

 直接生命活動に影響するものではなく、むしろ消費するV粒子を考慮すればコロニー全体の寿命を縮めることに直結してしまう。少なくとも、前回までのライブの成果を考慮するのなら、そう判断せざるを得ないのが現状である。

 

 愛斗達がやろうとしているのは、謂わギャンブルにおける大穴一点賭けに等しい蛮行。

 そしていかづちちゃんやグズクマの二人に頼もうとしているのなら、その賭けのための踏み台になってくれという人権や尊厳を踏みにじる行為そのもの。

 当人達の強さ、そして愛斗が抱く相手への心情等は関係なく。

 その一点において、愛斗は頭を下げるしかない。罵詈雑言で誹られようと、その場で頭を殴られようと、頷いてくれるまで頼むしかないのだ。

 

「……不思議なものだ。人間がミズキやシュンギクを仲間に受け入れ、そして今、俺にまで頭を下げている。これまで散々徴収を強いた俺達に、虐げられてきた人間がだ。プライドの欠片もない。矜持の一つも持ち合わせていない。飼い慣らされた家畜とて、もう少しマシな情緒をするだろうよ」

 

 だがグズクマは、別段声を荒ぶらせることもなく、また愛斗へ直接手を下すこともなく。

 目の前でただ頭を下げ続ける愛斗を冷めた瞳で見下ろしながら、淡々と冷罵していく。

 

「その上で、一つ問うてやる。お前の答えがここの人間達の総意と心得ろ。……俺達が今までのことを謝ることはない。今までの献上を、決して省みることはしない。それでも俺を頼るのか。人間達が、俺を信用出来るのか?」

 

 未だ頭を上げることのない愛斗に、グズクマは問う。

 自身が人間達へ求めた献上という名の徴収。強者が弱者から奪う、理性ならざる野生の摂理。

 幾度の搾取にして生じたはずの嫌悪、敵意。

 それらに蓋をしてまで大嫌いであろう略奪者へ頭を下げ、自らの命を預けることが出来るのかと。

 

「……出来るだなんて言わない。そんなの、言えるわけがない」

 

 静寂が戻ったのは、数秒の間のみ。

 ゆっくりと頭を上げた愛斗は、立ち上がってグズクマを見据え、奥歯を噛みしめ否定する。

 

「まだここに来て間もない俺でさえ、お前やカケルが大嫌いだ。俺もここの人達も、きっとあんたらを許すなんて簡単には出来ない。人間とVTuberの……十年もの軋轢が、こんな頼み事一つをきっかけに埋まり出すだなんて思えるわけがないだろ……!!」

 

 グズクマの射貫くような眼光を受けてなお、愛斗は臆すことなくはっきりと否定する。

 

 たったの二月だけでさえ、愛斗は多くの人を見て触れてきた。

 VTuberを恐れる人間。人間を嫌うVTuber。手を差し伸べ、寄り添おうと足掻く両者。

 多くの主張。立場的和解では塞がらない、絶対的な軋轢。

 それらをたかが一つの催しをきっかけに一つにまとめ、互いがこれまでの遺恨を水に流す。そんな綺麗事は叶うわけなどない。愛斗だって、そんなことは重々承知している。

 

「……けど、それは今関係ない。俺がやりたいライブってのは、そうじゃないんだ」

 

 ──けれど、自身の抱いた本音を踏まえてなお、愛斗は首を横に振る。

 

「住んでる国や肌の色、角の有無や種族。自分と違うから、気に入らないから、下を作って安心したいから。そんな下らないことでいつも啀み合ってたとしても、そのときだけは、ほんの一瞬だけは同じ気持ちでステージを楽しめる。同じ感動を味わって、みんなの心を希望の一つでいっぱいに出来る。それが俺が理想とする、あの日心奪われたライブなんだ。そんな可能性を、俺は形にしたいんだよ」

 

 左胸──ちょうど心臓付近に手を当てながら、愛斗はどこまでも愚直に、抱く願いを言葉に変えていく。

 

 Vショック以前、変異を恐れた人間による、配信という行為への規制が少なかった頃。

 インターネットを基盤にし、世界中で利用されるほどの大規模プラットフォームを介した電子の世界では、それこそ世界中の人間が一つの配信に集まることが出来た。

 

 誰もが録画した映像を、リアルタイムの配信を始めることが出来た。

 誰もが誰かの配信を目にすることが出来た。

 誰もが同じ体験を、同じ感動をその瞬間に共有し合える可能性を持ち合わせていた。

 

 愛斗は知っている。いつまでも色褪せることなく、確かに覚えている。

 初めて最推しであるVTuberの配信枠を開き、まるで初恋みたいに心奪われてしまったあの瞬間を。

 自分と同じように、多くの者が彼女に魅せられていた一時を。電子の海の途方もない広さを、無限の可能性に打ちひしがれてしまった一瞬を。

 

 無色愛斗が東京コロニーでのライブの中で、待っている観客に魅せたいのはあの日の体験。

 

 ナーゾちゃんの一挙手一投足にて、爆速で流れ続けたコメント欄のような熱狂を。

 終わったあと、まるで世界に一つ色が増えたみたいに浸れる感動を。

 今日まで生きてて良かったと。明日からも、彼女を見るためにもっと生きていたなと心の底から思えるくらいの希望を。

 

 自身のあの日の情動の何もかもを、ライブを通して伝えたい。同じ気持ちを抱いて欲しい。

 無限の可能性を持つ、あらゆる謎の探求者。

 あの日愛斗の心を奪った謎っ子ナーゾちゃんであれば、多くの人達が心を団結させ協力してくれれば。或いは偽物に過ぎなかったとしても、あのVTuberの奇跡を、きっと形に出来るはずなのだと。

 

「だから、頼む。好きとか嫌いの前に、同じ一瞬を味わうために。かつて配信者であったはずの貴方が、きっと見ていたはずの景色のために。どうか、俺達に力を貸して下さい」

 

 そうして、愛斗は深々と頭を下げる。

 それ以上の言葉はない。

 語るべき言葉を語り終え、あとはグズクマの答えを待つのみであると、無言で待ち続ける。

 

「……ククッ、クハハハッ! 可能性、可能性と来たか! 嗚呼、実に陳腐な言葉だな……!!」

 

 一秒、二秒、或いは両手の指では足りないほどか。

 無限に思えるほど重苦しい空白の後。

 目を押さえ、天を仰いだグズクマが発したのは──部屋を震わすほど、腹の底からの哄笑であった。

 

「吹けば飛ぶように軽く、(つつ)けば裂けそうなほど脆い! まったく人間というやつは! つくづくおこがましい! 傲岸不遜も大概にして欲しいものだっ!!」

 

 グズクマは吠える。狼の遠吠えが如く、目の前の人間へ、強く荒く吠えてみせる。

 

「……嗚呼まったく。そんな妄言をこの俺に宣った人間は、お前で()()()だ。……性も造形も心根も、何一つとて似通ってなどいないというのに、どうして言の葉は重なるのだろうな」

 

 けれど。

 呆れたとばかりの口調ながら、けれどグズクマが愛斗に向ける眼差しは酷く優しげなもの。

 まるでもう二度と手に入らないものへ手を伸ばすかのような。

 頭を下げる愛斗へ記憶の中の誰かを、かつて捨てたはずの慈しむべき誰かを重ねるかのような。

 

 そんな表情で手を伸ばそうとし──けれど鼻で鳴らしたグズクマは、手を下ろして立ち上がる。

 

「元よりジジイとの契約にけりをつけるつもりだったが……興が乗った。おい、ジジイに伝えろ。次のライブを地上で行わなかった場合、或いはお前達の求める大成功でなかった場合、俺は地下のライブステージを壊し、観客諸共ライブに携わった全員を皆殺しにするとな」

「な、えっ、なんでそうなる……!?」

「当然だろう? そも賽は投げたのはお前達だ。一度賭けの席に着いたのなら、あとは勝つか負けるか以外に必要ない。俺にそうまで宣ったのなら、半端な決着なんざあってたまるかよ」

 

 唐突すぎる理不尽な条件を突きつけられた愛斗は、顔を上げて詰め寄ってしまう。

 けれどグズクマは意に介さず。愕然とする愛斗を見下ろしながら、不敵に笑みを浮かべるのみ。

 

「豪語したのなら見せてみろ、人間。何も為せず多くを殺すか、それとも明日を見出し生かすのか。……この俺の手を、負け犬の血なんぞで汚させてくれるなよ?」

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