VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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前夜

 グズクマの了承と理不尽な要求は、愛斗を通してかみさまへと伝えられた。

 だが雲椅子の上で話を聞いたかみさまは、グズクマの無慈悲としか言えない要求を受けながらも、特別動揺や憤慨を晒すことはなく。 

 まるでそうなるのは想定内だったかのような、そんな冷静さで静かに頷き、地上ライブの決行をスタッフに伝達するのみであった。

 

 当然ながら愛斗は疑惑を抱いてしまうも、特別追求することはなく。

 伝えた本人だからこそ、かみさまの態度の裏に悪意はないと何となくではあるが察している。

 だから、今はいいと。追求するのは、ひとまずライブを越えてからで構わないと。

 

 考えるべきは、ライブのクオリティの向上。

 そして抱くべきは、自らが始めた企画のケツ拭き──いかづちちゃんを誘いきれなかった自分が、ライブに関わってくれる全ての人達を守り切らなければならないという、並々ならぬ覚悟。

 

 ライブのためだけに生きると。ライブが終わったら、数日くらいはぶっ倒れてやると。

 そんな言葉が似合うほど、レッスンにライブの宣伝、果ては企画や調整等々。

 大強襲以前は東京に山ほどいたはずの社畜の如き、多忙極まりないスケジュールをどうにかこなし。

 かくして激動の日々を気合いと維持で乗り越えてみせた愛斗は、あっという間に地上ライブ前日を終えようとしていた──が。

 

「……眠れない」

 

 目を閉じて、目を覚ませば本番を迎える夜の中、横になった愛斗はぽつりと呟いてしまう。

 興奮、緊張、不安。或いはそのどれも。

 混沌と形容出来るほどごちゃごちゃとした心による影響か、妙に目が冴えてしまっている。気分はさながら、遠足前日の小学生に戻ってしまったかのようであった。

 

 横になりながら目を瞑ったり、周りの迷惑にならないよう羊を数えてみたり。

 完全に眠気が覚めないくらいで、思いつく限りの細やかな抵抗を試みたものの意味はなく。

 気がつけば完全に冴えてしまった愛斗は、するりと寝袋の中から抜ける。

 

 そういえば、以前もこんなことがあったなと、どうしてか微笑んでしまいながら。

 もしかしたら、あの日のように彼女が外にいるかもしれないと。

 不用心だと自覚しつつも北区画を抜け、そのまま地上へと顔を出そうとして階段を上がっていく。

 

 

「ふぉっふぉっふぉ。ライブの主役が夜更かしだけではなく、地上への放浪とは……あまり褒められた行為じゃないのう」

 

 

 けれど、愛斗が地上に出ることは叶わない。

 まるで愛斗がここに来ると知っていたかのように。

 階段の頂上。地上への境部分にて、待ち構えるようぷかぷかと浮かぶ雲椅子の上に座っていた老人──かみさまが、愛斗を見下ろしながら穏やかな微笑みを向けたのだから。

 

「……あ、えっとですねかみさま、その──」

「よいよい。本番前日に昂ぶってしまうなど、心ある限りは避けられないものじゃからのう。……とはいえ、選んだのが地上というのは豪胆というか短絡的というか……見つけたのがウェザ子ちゃんではなく、儂の方で良かったのう?」

 

 どうにか誤魔化そうとした愛斗に、かみさまは顎髭を触りながら微笑むのみ。

 どうやら叱られるわけではないと。

 身構えてしまっていた愛斗が一安心とため息を零していると、かみさまがもう一つ雲椅子を出しながら「こっちへ」と優しく手招きしたので、ゆっくりと階段を上がり腰を下ろし──沈み込む。

 

 雲椅子のふかふかふわふわは、座ると駄目になると噂のそれより駄目になりそうなほど。

 この椅子さえあれば、不眠症の者でもイチコロだと。

 脳みそが微睡む。声が蕩ける。そんな痛みも揺れも一切ない、極上のマッサージチェアに、愛斗は眠りに悩まされていたとは思えないほどすぐに、瞼はとろんと落ち始めてしまう。

 

「儂の雲椅子であれば、三分もすればゆるりと眠りにつけるが……せっかくじゃし、愛斗君。何か、儂に訊きたいことがあったりせんかのう?」

「……訊いちゃっても、いいんですぅ?」

「ふぉっふぉっふぉ。神とはすなわち、人の祈りに耳を傾けてこその概念よ。……ま、応えられるかはまた別じゃがのう?」

 

 ふわついた意識の中で愛斗が聞き返せば、かみさまは愉快そうに微笑んでみせる。

 そんなかみさまを前にしながら、眠気と快適さで板挟みにされた愛斗は、つい思考ではなく反応でつい口を開いてしまう。

 

「……かみさまはグズクマが頷くの、分かってましたよね。なのに命じた、俺を試すために。違いますか?」

「ふぉっふぉっふぉ。否定はせんとも。もちろん今の言葉が、全てではないがのう?」

 

 悩む間などなく。愛斗の口をついて出てしまったのは、前々から抱いてしまっていた疑問。

 ちょっと訊きたいとは思いつつ、今訊く意味はあんまりないだろうなと。

 先送りにしていた、答え次第で何が変わるわけでもないどうでもいい問い。そんな問いが、夢心地と気の緩んでいる今だからこそ、つい尋ねてしまった程度のもの。

 

 そんな愛斗の一問へ、別段何か構えることもなく。

 あっさりと一答を返したかみさまはゆっくりと、幼子へ絵本を読み聞かせるように語り始める。

 

「……空に穴開きし時、可能性なき世界を救うべく、塔へ挑まんとする希望の仔が現れる。それが誰か()かみさま()になったその日に、初めて降りてきた神託じゃ」

 

 自身の事を語りながら、けれどどこか他人事のようだと。

 寝起きのようにふわふわの思考ながら、愛斗はかみさまの語りにそんな感想を抱いてしまいつつ、深掘りすることなく耳を傾け続ける。

 

「人類が敗北を遂げてより五年。そんな未来は来ないじゃろうと、儂でさえすっかり忘れかけておった。あの分厚い灰雲に穴が開く日など来るまいと。大敗を経てなお再び塔へ挑む者などおりはすまいと……ふぉっふぉっふぉ、如何に全能の権能(ギフト)を宿す身であろうと、まだまだ全知にはほど遠いのう」

 

 自嘲とばかりに微笑むかみさまに、そんなことはないと。

 そう反論しようとした愛斗だったが、かみさまの弱々しい表情に掛ける言葉を見つけられない。

 

 かみさまの権能(ギフト)、全能はどんなVTuberを凌駕しているであろう神の御業。

 だがその大奇跡も、所詮はVTuberの源泉たるV粒子ありきでしかなく。

 賄えるだけの対価がなければ、行使することさえままならない。それは心持つ生き物であれば、時に何も出来ないことより苦痛であろう。

 

 最強や無敵を超越した超常なれど、取りこぼしてきたものは多いのだろうと。

 全能を持つが故に、目の前で強いられた選択に、誰よりも心を痛めて今日があるのだろうと。

 

 全能を持たぬ愛斗には、例え変身出来ようと、根本超常を宿さない人間には共感は叶わない。

 だけど、だからこそ。

 それだけの苦悩を担う者の懺悔へ、愛斗は言葉を掛けるのではなく耳を傾けることを選ぶ。それしか出来ないと悲観するのではなく、それくらいなら出来ると寄り添うために。

 

「……儂に降りたのは、愛斗君と話すこの瞬間までじゃ。明日、儂らがどのような結末を迎えるかは……誰にも、それこそかみさまにだって視えてはおらん。……もしかすれば何も為せず、グズクマ君が手を下すまでもなく全滅……という未来も、有り得るじゃろうな」

 

 そう言ったかみさまは、どこか怯えたように、不安げな表情をみせる。

 丸まった背中。敬うべき者であると、愛斗に思わせた威光もこの瞬間だけは見る影もなく。

 見かけ相応の老人のようなかみさまに愛斗は僅かに首を振り、口元を緩める。

 

「……させませんよ。終わったら、シャンパンファイトで打ち上げするって決まったんですから。だから、だから……すうっ」

「ふぉっふぉっふぉ……おやすみ、愛斗君。希望の仔よ、どうか明日が良き日であらんことを」

 

 すうすうと、安らかな表情で眠りに落ちた愛斗。

 明日が全てを決める決着の日であるなどとは感じさせぬ、穏やかな寝息と顔の青年に、かみさまはどこか優しげに微笑みながら、孫を慈しむかのような手つきで、優しく頭を撫でた。

 

「……ところで儂、そんな愉快な催しなぞ聞いとらんけど? あ、さてはウェザ子ちゃんの提案じゃな?」

 

 

 

 

 

 東京コロニー、地上。

 灰雲に覆われ、夜空さえ偽りの暗黒に覆われた世界に、ぽつりと弾ける青緑の光が灯る。

 

「…………」

 

 青緑の弾ける光。稲妻を発する正体は、麦わら帽子を被った白ワンピースの少女。

 いかづちちゃん。

 東京コロニー最強とされた、儚くも苛烈なVTuberは壁に寄りかかり、一言さえなくただ座すのみ。

 まるで来るかも分からない誰かを、戻ってくるかも定かではない飼い主を待ち続ける忠犬のように一点──地下への入り口、その一つをじっと見据えながら。

 

 そんないかづちちゃんに、彼女の目が届かない方向から、真っ黒な影が迫り寄る。

 

「相変わらず、こんなにも夜の東京が似合わねえ女はいないな。いかづち」

「……ちゃんを付けて。殺されたいの?」

「湿気ったお前に()られるほど、自分の命を安く見積もるつもりはねえよ。いかづち」

 

 気さくに声を掛けた黒狼の獣人──グズクマに、いかづちちゃんは一瞥さえすることなく。

 バチリと。

 静電気の如き弾けた稲妻を以て返答とするが、見下ろすグズクマは別段動じることもなく、むしろ嘲笑とばかりに鼻で鳴らしてみせる。

 

「……それで、わざわざ何か用? 殺し合いをお望みなら、気分じゃないから断るけど」

「別に何も。ただ散歩がてら、最後に拝んでおきたかっただけだ。啖呵切りながら無惨に失敗し、俺が潰すことになるコロニー唯一の生き残りになるであろう女の顔をな」

 

 最後と。

 どこか当てつけのようにぶつけられた悪態に、いかづちちゃんはバチリと火花を散らす。

 

 歩道は砕ける。所々に辛うじて残っていたガラスの破片は、一層粉々と化す。

 恐るべき雷の力。絶対なる自然の暴威。

 大気さえ裂き、瞬きよりも早く訪れる必殺の刃に首筋に裂かれながら──それでもグズクマは動揺なく、意外とばかりに瞠目する。

 

「まさか、怒っているのか? 孤高を気取った臆病者が、あんな人間のガキのために?」

「……うるさい」

「はっ、笑わせる。触ることさえ叶わない稲妻が、あんなガキに絆されるとは。流石に、世も末──」

「黙ってっ、黙れよ」

 

 刹那、また一度、青緑の光が眩く弾け、グズクマのすぐ足下を吹き飛ばす。

 まるで雷が落ちたかのように轟くそれは、グズクマの言葉を聞きたくないと妨げるかのよう。

 

 だが、グズクマが表情を変えることはない。

 いかづちちゃんへ向けられたのは、敵意や嘲笑の類ではなく。

 親を捜して泣き歩く子供を目にしたときのような、まさしく癇癪を起こす小さな少女へ向けるな、そんな眼差しで、ジッと見下ろし続ける。

 

「……大多数は腹をくくった。ジジイもウェザ子も屍同然だった連中も……この俺でさえも、ついには突き動かされた。弱いだけの、可能性とやらを語るだけの人間一人にだ。……変化を拒むわけでもなく、足踏みしているのは、きっとお前だけだ」

 

 それだけ伝えた後、これ以上用などないと、グズクマはいかづちちゃんへ背を向ける。

 

「じゃあな最強。今のお前は紛れもなく、誰よりも利口な(いかづち)だろうよ」

 

 最後の一言は、吐き捨てるように。

 そうしてグズクマは去り、やがていかづちちゃんの周囲は、元通りの静寂を取り戻す。

 

「……うるさい。うるさいんだよ、どいつもこいつも……」

 

 ぽつりと、俯きながら呟かれた一言は、夜の東京に響くことさえなく。

 パチパチと、弱々しい火花を散らすのみだった。

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