VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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彼女について

 潜在的社会不適合者。

 VTuberになるずっと前、顔も覚えていない誰かの罵倒は、わたしという個体には適当だった。

 

 昔から会話が苦手だった。望まれた反応と、喜ばれる顔を作るのが嫌いだった。

 人も物も、知りたくもないものへ興味を抱こうと思えなかった。

 興味のない誰かと仲良しこよしで歩調を合わせることが、何よりの苦痛でしかなかった。

 

 寄り添うつもりがないのだから、友達なんて出来るわけもなく。

 特別何かに優れているわけでもないのだから、一目置かれるなんてあるはずもなく。

 両親が愛想の悪い自分よりも、要領の良い妹へ傾倒するのは自明の理でしかない。周囲は調子に乗ってると嫌がらせをしてきて、教師は見て見ぬ振りをして、それでもわたしはどうでも良かった。

 

 感情がないわけではない。ただ喜びも悲しみも、怒りも恨みさえも希薄な人もどき。

 死ぬまで生きるだけの屍。──あの一冊を目にしたあの日までは、確かにそのはずだった。

 

 自宅までの帰路の最中、偶然見つけた少年誌のある漫画に登場していた敵役の男。

 隔絶した強さが故に、周囲の全てを土塊と見紛うほどの孤高。

 無敵の相手を前にしながら、合理的な勝利を一蹴し、荒々しく叫びながら雷を昂ぶらせる強者。

 

 あの日のわたしのとって、何が刺さったのかはもう覚えていない。

 けれど凡庸な孤独でしかなかったわたしは、まるで雷に打たれたかのように胸を撃ち抜かれ──気がつけば、無我夢中で駆け出してしまっていた。

 

 何故選んだのはギターだったのかは、今でもよく分かっていない。

 

 より喧しく鳴り響くものであれば、何でも良かったのかもしれない。

 反発の象徴。声なき咆哮と言えばこれ、なんて安い印象が心の片隅にあったのかもしれない。

 

 けれどあの日、わたしは一考の余地さえなく、ギターを手に取ることを選んだ。

 音こそが自分の表情なのだと。ギターこそが自分の口と喉なのだと、わたしは少しだけ濃くなれた。

 

 あの日きっかけをくれた、わたしが一番好きなキャラをギターを弾くわたし──いかづちちゃんのVTuberのモデルをしたけれど。

 初めは確かに動画や配信、視聴者や収益の類はおまけに過ぎないものだった。

 わたしはただ、かき鳴らせればよかった。自分が叫んでいられれば、きっと死ぬまで生きていけた。

 

 ……けれど、一動画仕上げる度に、口元が緩むようになったのはいつだっただろうか。

 再生数が伸びる度に。

 動画や配信で称賛や激励のコメントを目にする度に。

 ありがとうと、心が温かくなるようになったのはいつ頃からだろうか。

 

 わたしは未だ、希薄なわたしのままだけど。

 それでもネットでギターを鳴らすわたし──いかづちちゃんは、あの日わたしを落ちた雷のように、確かに誰かへ衝撃を落とせる存在になっていた。

 

 自分の言葉を出さなくとも、誰かの(言葉)を借りれば知らない誰かと繋がれると。

誰かと繋がるのも悪くはないのかなと、少しだけ思えるようになってしまった。確証はないけれど、六桁にまで至った登録者数が、きっとそうなのだと教えてくれて、だからわたしは少しだけでも笑えていた。

 

 けれど、それはすぐに叶わなくなる。

 Vショック。世界を呑み込み作り替えた特異現象にて、わたしはいかづちちゃんになり──世界は、動画や配信という手段を制限した。

 

 これ以上の変異者を増やさないため、なんて大義名分を掲げ。

 結局はVTuber──肉と生を捨て、代わりに人を超えたわたしたちを恐れたが故に。重篤な病人であり、人間でなくなった異常者として、偏見と迫害を以て拒絶した。

 

 わたしは誰かと繋がる手段を──誰かへ感情を伝えるたった一つの術を、失った。

 いかづちちゃんとなったわたしは名前のとおり、誰も触れられぬ雷となり──孤独へと戻された。ギターを取る前の……いいえ、きっとそれ以下の奈落に落とされてしまった。

 

 繋がる温かさも。孤独の侘しさも。虚無が退屈であることを。

 何も知らなかったから、何も知ろうとしなかったからこそ希薄でいられたあの頃とが違う。

 

 知ってしまったのに取り上げられた。だから、もうどうでもよくなってしまった。

 人間もVも、天使も決戦も。世界の終わりも、周囲の全ての滅亡も、わたし含めた何もかもが。

  

 わたしよりも力のない多くの者が周りが奮起しようと、立ち上がろうとすら思えない。

 そのときようやく、自分は希薄なのではなく心が弱いだけなのだと気付いた。弱い自分を守ろうと、誤魔化していただけに過ぎなかかったのをついに理解し──だからどうしたと、既に目を閉じた。

 

 ある日、一人籠もるだけだった地下に、老人と美女が現れた──関係ない。

 老人と美女の尽力により、わたしだけの地下には、ぽつぽつと生存者が集まるようになった──関係ない。

 グズクマと名乗る黒狼の一党が、人間達を虐げるようになった──どうでもいい。

 

 関係ない。関係ない。わたしには、何一つとして関係ない。

 場所なら勝手に使え。諍いぶつかるのなら、好きに醜くやっていればいい。

 

 だからわたしに触れるな。わたしに触るな。……何人たりとも、わたしに、近づいてくるな。

 

『……また会いに来る! 君が嫌と言っても、君が呼んでくれる限り!』

 

 なのに。

 あいつは、あのジャージ姿の人間はわたしの心を、週刊誌を目にしたあの日のようにざわつかせる。

 

 わたしでも知っていた伝説のVTuber──謎っ子ナーゾちゃんへの変身能力を宿す人間。

 それ以外に何一つ特別なんてない、終わった世界でたまたま生き残っているだけの人間。

 周囲の大多数と同じ。雷に打たれれば一秒もかからず絶命するのに、ゴム手袋を付けて話しかけてきた変わり者の人間。

 

 何が変えられるわけもない。変えうるだけの強さなど、何一つ持ち合わせてない。

 脆弱で、矮小な、醜悪。滑稽なんて言葉の似合う、足掻くだけの道化。

 わたしにお礼を渡したり、ライブなんて開催するのだって軽い気持ち。ちょいと雷が落ちれば、吹けば飛んでしまうであろう安易な打算。

 

 ……だというのに。あなただってきっとその一人でしかないのだと、そう思っていたのに。

 観客のいないライブに折れることもなく、多くの障害を自らの足で越え続けた。

 愚直なほど前を向き、熱意で少しずつ賛同する者を増やし──ついには明日、何かを変えるか否を左右するほど、東京コロニー全体を巻き込んだ大規模ライブにまでこぎつけた。

 

『足踏みしているのは、きっとお前だけだ』

 

 グズクマの言うとおり。弱いのは、あなたではなくわたし。

 自分ではない誰かを弱いと侮り、人を土塊としか思うことでしか心を守れなかったわたし。

 孤高ぶって孤独に塞ぎ込み、立ち上がり方を知らないまま、誰の手も掴めないわたしの方なの。最強なんて呼ばれながら、このコロニーで誰よりも弱く醜いわたしなの。

 

 ねえ教えて。わたしの心をかき乱す、雷よりもなお眩しい、眩い太陽みたいに前を向く人。

 いかづちでしかないわたしは、どうすればいいの? 

 

 ゴム手袋をつけた手で、屈むばかりのわたしを引っ張り上げて。

 もう一度だけでもいいから、踏み出せないわたしの背中を押して。

 

 そしたらわたしは、きっとわたしは──。

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