VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
かくして、東京コロニーライブはついに七回目の当日を迎えた。
ほんの七年前まで変わらず健在であった、レンガ仕立ての建物は既に見る影もなく。
しかし東京駅の跡地には、代わりとでも言うかのように、巨大なライブステージが設営されている。
どこかかつての東京駅を想起させる、赤レンガ色の骨組み。
奥の壁は壁ではなく巨大なモニター。左右に一つずつ、ステージ横にもモニター。
駅ではない、新たな時代に求められる繋がりの場を。
そんなコンセプトを基にデザインされ、かみさま含めた数人のVTuberが自らの存在を削るほどに熱を注ぎ。
無からではなく、東京駅の残骸をギフトにより素材と変えて作成されたライブステージは、まさに傑作の一言としか言いようがない。
地下のステージがショッピングモールのイベントブースだとすれば。
東京駅跡に設営されたステージは、中規模の音楽イベントでさえ容易にこなせるほどのキャパ。
例え全員参加を達成しようと百余人程度しかいない今回の舞台としては、むしろキャパはむしろ大きすぎて規模に合っていないと、出演者が萎縮してしまいそうになる……なんて一幕もあったくらいだ。
「うーん本日はお日柄も良く! 相変わず変わり映えない、絶好のライブ日和だね!」
そんな立派すぎるステージ裏。ばたつく裏方からは少し外れた、出演者達の待機スペースにて。
片手を額に翳し、もう片手を腰に当てたウェザ子は、空を見上げながら華やいだ笑顔をみせる。
地上の空は依然曇点。分厚い灰雲に覆われて、太陽が顔を出すことはない。
強いて言えば雨が降っていないのは喜ぶべきか。そういえば、この雲から雨は降るのだろうか。
愛斗はそんな疑問を抱いてしまいながら、はしゃぐウェザ子に苦笑を浮かべてしまった。
「……大一番には、ちょっとどんよりしすぎじゃないですか?」
「ノンノン愛斗君。わかってないね。屋外ライブってのは曇点くらいがファンには優しいものなんだよ。……ああでも業が深いことに、炎天下に熱中症覚悟で臨むからこそでもあるんだけどね?」
ちっちっちと。
真っ直ぐ立てた人差し指を揺らしたウェザ子は、どこか自慢げに、まるで経験者のように語る。
生まれてこの方、生ライブの経験はなく。
また人混みが得意ではない愛斗にとって、ウェザ子の意見はいまいち共感出来るものではなく。
しかしながら、聞こえていたらしい一部の出演者が同意とばかりに首を縦に振ってみせるので、そういうものかと共感はなくとも納得は出来た。
「それに、今回は
「……ええ、まったく。曇りは晴らすためにあるんですから、勝手に晴れなくてよかったです」
ウェザ子の問いに、まったくだと笑みを浮かべてみせる愛斗。
緊張はある。けれどそれ以上に愛斗の胸は躍り、めらめらと高揚感の焔が揺らめいている。
ようやく迎えた本番を前にしながら、余計な気負いの一つもない。
自然体の一つ先。程良い緊張に身体を活を入れた、これ以上なくパフォーマンスを発揮する状態を迎えながら、静かに左手薬指──簡素な銀の指輪に触れ、ただ一言、唱える。
「──
魔法の呪文を言葉にすれば、眩い白光が愛斗を覆い──艶やかな黒髪宿した美少女が、顕現する。
存在感ある真っ黒な三角帽。
白と黒のコントラストで彩られる魔女服に、左胸に付いたはてなマークのブローチ。
ギリギリで絶対領域を死守するフリル付きミニスカートに滑らかな黒ニーソ。
無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子。
謎っ子ナーゾちゃん。たったの一年で登録者百万に至った伝説のVTuber。
そんな彼女の登場の一瞬に、例え正体を知っている多くの出演者であっても目を奪われてしまう。
「うんうん、今日もナーゾちゃんは抜群に可愛いね! あー可愛いね、もう食べちゃいたい!」
「ありがとっ♪ でもね、ウェザ子さんも私と同じくらい可愛いよ♪」
「はうっ! ああ、もう私、死んだっていい……」
ニコリと眩しい笑顔を返せば、ウェザ子は胸を撃ち抜かれたように崩れ落ちてしまう。
ちなみに、てえてえ……などという声がどこかから零れはしたが、愛斗達の耳には届くことはなかった。
「みんな一回集合ー! 最後にもう一回、円陣組もうー!」
我に返り、復活したウェザ子が手招きしながら待機スペース全体へと声を掛ける。
各々反応をみせつつ、それでも寄ってきた出演者達は、一人一人が肩を組み合い円を組んでいく。
人間。VTuber。
偏ることなく入り交じる円の一人として、ウェザ子は顔を綻ばせ頷いてから、全員に届くくらいの声で口を紡いでいく。
「やれることは、思いつく限り全部やった! 準備も万端、細工は流々! あとは司会やら進行やら何やらいっぱいな私と出演者の君達……それと、
そう言ったウェザ子に含みある視線を向けられた愛斗は、えへへと苦笑で誤魔化すしかない。
「しかし愛斗君も思い切ったことするねぇ? 結局最後まで口説き落とせなかったのに、わざわざとびっきりの席を用意しちゃうだなんて。もしかして、惚れちゃった?」
「あははっ♪ まあでも、否定はしませんよ。……本当は最後に自分で伝えたかったんですけど、上手くいくかはかみさま次第です」
ナーゾちゃんとしてではない、
心の底からの惜しみ、ライブ前における唯一の後悔をナーゾちゃんを貫通して零してしまいながら、それでも気丈に笑ってみせる。
ライブの最後の最後。
求められた際にのみ発生するアンコールに、愛斗は一人の少女を一緒にやらないかと誘おうとした。
麦わら帽子と白いワンピースが特徴の、雷が如くギターを奏でる青緑髪の少女。
彼女とやりたい。一曲、全力で交えてみたい。
だからライブの前に改めて声を掛けられればと思っていたが、残念ながらいつもの場所に彼女の姿はなく、多忙な愛斗では探すことは叶わなかった。
だから、かみさまに託した。
せめてもの手土産と共に、愛斗は彼女へ伝えて欲しいとかみさまに頼んだ。
あとはかみさまと彼女次第。自分に出来るのは、彼女がより来たくなるようなライブを作る。……いつかの夜に愛斗の心に震わせた彼女と、一緒にステージに立ちたいと願うからこそ。
「ま、あーし達はあいつ来ない前提でやっから心配すんな。何ならアンコ、代わってもいいんよ?」
「あははっ、そしたらみんなで一緒に歌おっか♪ それもまた最高だよね♪」
ミズキや他の出演者は、そんな愛斗の意志に不満や険悪の目を向けることはなく。
むしろ逆、軽口と和やかな雰囲気が場の緊張を解す。各々十全であると、空気をより充実させていく。
「よーし、じゃあ最後に主役のナーゾちゃん! バシッと締める言葉を、お一つどうぞ!」
「……最高のライブ、期待してるよ♪ さあみんな、楽しんでいこう♪ おー!」
『おー!』
愛斗の掛け声と共に、出演者達の雄叫びが上がり、全員の手が天へと掲げられ──動き出す。
気持ちは一つ。成功の一つのみを目指し、出演者達は各々移動を始める。
ライブの主役にして、要たる愛斗──ナーゾちゃんもまた、箒片手に所定の位置へ。
ステージに出る前から愛斗は察する。目や耳以前の感覚、肌が、そして心が確かに捉えてしまう。
初めてのときとはまるで違う。観客席の、両手両足の指で数えられないほどの人達の数を。
人間もVも関係なく。今か今かとライブの始まりを、ナーゾちゃんの登場を待ってくれている人々を。
地下の共用スペースの一角、ライブステージにはモニターとスピーカーが設置されている。
地上に出る決心のつかない者が、せめて少しでもライブに関わられるように。
そして今はまだライブに興味を持てない者が、もしも心変わりをした際に少しでも触れられるようにと、愛斗自らが提案してかみさまに設置してもらった設備がある。
警備は万全と、如何に事前に通告されていようと恐れるは心ある者にとっての道理。
それでも、多くの人達が地下ではなく地上へと出てきてくれた。
危機を顧みず。目の前のライブのために、安全とは言い難い地上へ、自らの足と意志で。
愛斗の心に揺らめく火が、一際勢いを増す。
彼らの期待に応えたいと、全身が武者震う。
刹那、けたたましいほど響く登場音が、一帯へ響き出す。
待機と始まりを強引に切り替える音。退屈な日常は終わり、華やかな一時の非日常が始まるのだと告げる音。
待っていた観客達から声が消える。僅か数秒で視線が、意識がステージ一点へと集まる。
地上に蔓延る、天使さえお構いなく。
今この瞬間、命の危機など眼中になく。
注目が興奮へ。そして興奮が緊張へ至ろうとした刹那。
ついに愛斗は──ナーゾちゃんは箒に跨り、力強く地を蹴り空へと飛び出した。
「お待たせみんな♪ それじゃあ一曲目、行っくよー♪」
空から登場したナーゾちゃんの一声で歓声湧き立つ中、挨拶と共に曲が流れ出す。
ライブで何より肝心な掴みは、示すべき感謝の気持ちは言葉ではなく確かな一曲で。
『しーくれっとうぃっち♪』。
謎っ子ナーゾちゃんの一曲目。始まりに相応しい、彼女を象徴付ける魔法が今、ライブステージ一帯へと響き始める。──東京コロニーの存亡をかけたライブは、ついに幕を開けた。