VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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VTuber

 少年の指示に従いながら、愛斗は無言で街を歩く。

 道中にはまだ黒いヒトガタが恐らく自分を探していたものの、どうやらこちらを見失っているらしいと安堵しつつ。

 それでも慎重に、接触しない道を進んでしばらく。

 他よりかは多少形こそ残しているものの、それでも倒壊している一軒家の敷地へと入った少年は、庭に貼られていた人工芝の一部を迷いなく剝がし、隠された床扉を外へと晒してみせた。

 

「ほら、早く入るといい。そんな場所で見つかれば、俺にとっても迷惑だ」

 

 扉が開き、するりと中へと入った少年に招かれた愛斗。

 少しだけ警戒しながらも、少年を信じて中へ続けば──広がる空間につい息を呑んでしまう。

 

 階段を降りた先。白色の天井灯に照らされた一室。

 そこは外の入り口の簡素さから思わせる、非難するだけのシェルターのような閉塞感はなく。

 

 端には二段ベッド。

 テレビに簡易コンロに小さなソファ。まばらに漫画の置かれている、小さな本棚。

 そして空気を入れるためであろう天井から伸びる太いホース。

 

 幼馴染の一与が作った第一ラボほどではないが、それでも地下としては生活に困らない環境。

 むしろ子供の頃に夢見るような、どこか安心感を覚えてしまう居住空間。

 秘密の遊び場。一言で言い表せる地下室が、少年によって招かれた、愛斗のいる場所であった。

 

「ふうっ。ようやく一息付ける。ああ、ベッドの下の段以外なら好きに座っていいぞ。そこに」

「あの、これって……地下シェルターってやつですか?」

「ああ。七年前からの事故物件だが、どうやら家族で入るために作られたものらしくてな。多少手を加えさせてもらってはいるが、まあ家主も許してくれるはずだ」

 

 どさりと、ソファに腰を下ろしながら、適当に手振りを示す少年。

 愛斗はなるべく階段に近い壁を背に、適当な床へと腰掛けながら、とりあえずはと一息つく。

 

 信頼は出来ない。けれど一応、信用は出来る。

 愛斗にとって、今の少年の評価はそんなもの。何かあった際、最も逃走の可能性を上げる場所が好ましいと、例え相手に不振を示す形になってもそれが妥当だと判断していた。

 

「……ああそうだ。言っておくが、水や食料には期待するなよ。こっちもちょうど持ち合わせが尽きてな。覚悟を決めて探しに出た矢先、君が天使共に追われているのに巻き込まれたせいで探索を中断せざるを得なかった。詰まるところ、素寒貧ってやつだ」

 

 そんな愛斗の姿勢に、別段何も言うことなく。

 ソファの背にもたれ掛かるほどに深く座しながら、どこか皮肉めいた口調と共に両手を上げてみせる。

 

「……すみません。ご迷惑、かけてしまったみたいで」

「ああ。だがまあ、いちいち気に病む必要はない。こんな時代だ。生き残りを考えて動けるほど余裕があるわけでもない。お互いにな」

 

 少年の言葉に申し訳なくなったのか、目を伏せながら謝る愛斗。

 しかし少年は本当に気にしていないとばかりに、むしろどこか少し優しげな声色で言葉を投げる。

 

「……あのこれ、良かったら。助けてもらったお礼と、迷惑掛けたお詫びです」

 

 そんな少年の大人の対応に、申し訳なさが芽生えてしまう愛斗。

 

 助けてくれた相手に対しての不躾な態度。

 邪魔をしてしまったことへの罪悪感。

 

 自身の非礼を恥じた愛斗は、バッグから水と缶詰を数個出し、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、どうしたと。

 ジロリと、警戒と興味の入り交じったような視線を愛斗へ向ける少年の下まで自ら歩き寄り、それらを差し出した。

 

「……君。もしかして本物の馬鹿なのか? それとも相当に抜けた性格だったりするのか?」

「はい?」

 

 水の入ったペットボトルと複数の缶詰。

 それらを差し出された少年は、一瞬大きく目を見開きながらすぐに平静を取り戻しつつ、じとりと呆れの混じった目を愛斗へと向ける。

 

「ああ、皆まで言わずとも結構。よくもまあ、そんなんで生き残っているものだ。……いや、そんなんだからこそ、生き残ってこられたというべきか。非合理だが納得だ」

 

 呆れたと。

 愛斗を鼻で笑いながらも、それでも「ありがとう」と差し出された水と缶詰を素直に受け取った少年は「……ツナ缶か」と静かに呟きながら貰った飲食物を優しくソファのそばへと置いた。

 

「さて、今更だが自己紹介がまだだったな。俺は田中(たなか)(まなぶ)。こんなナリだが、歳は五十も半ばだ。よろしく頼む」

無色(むしき)愛斗(あいと)、大学生です。……五十、五十ぅ!?」

 

 先ほどまでよりも、少しだけ警戒が解かれたのか。

 ほんの少しでも柔らかい雰囲気となった、田中と名乗った少年に差し出された手を、素直に握り返す愛斗。

 だが握手の最中、田中が口にした五十という容姿に合わない年齢を脳が咀嚼した瞬間、あまりの驚きから大声をあげてしまう。

 

「あまり声を上げてくれるなよ。それに驚くようなことか? 君の大学生アピールも、負けず劣らずの自己紹介だと思うが?」

「あー、そうなんですか?」

「……ああすまない。別に責めたわけじゃないんだ。こんな世界だ、以前に縋る気持ちは理解出来る。俺もこんな身体でありながら、未だ実年齢にこだわってしまっているからな」

 

 力なく笑う田中は、愛斗を励ますというよりかは、自らを哀れむかのよう。

 現状を何も知らない愛斗には、田中の言葉の真意は分からない。

 けれど少年の苦笑がからかいや謀りの類ではなく、紛れもなく本音であることだけは理解出来た。

 

「……あの、信じてもらえるか分からないんですけど、実は何も知らないんです。実は俺、十年前からタイムマシンに乗ってやってきたばかりなんです」

 

 気まずい沈黙が数秒続いた後、意を決したのか、愛斗は自らの境遇について語り始める。

 過去からタイムマシンで、頭のネジが抜けたのかと思えるほど滅茶苦茶な話を信じてもらえるとは思えない。

 それでも、まずは自らが寄り添い、目の前の齢五十を名乗る少年から少しでも情報を得ることを最善とした故の暴露だった。

 

「……タイムマシンで十年後に、か。なるほど、確かにそれなら無知加減や不用心さにも納得がいく。馬鹿とは言ったのは訂正させてくれ。確かに君は、ただの大学生だ」

 

 十年前、2025年の7月6日よりタイムマシンで未来に来たこと。

 幼馴染が十年後に世界が滅び、余波で十年前も消失してしまうと自作の演算装置で観測したこと。

 つい先ほど目覚めたばかりで、何一つ情報を持っていないことなど。

 

 所々を掻い摘まみながら。それでも包み隠さず、大体を。

 そうして愛斗が全てを話し終えたあとの田中の反応は、愛斗がしていた予想とは違うもの。

 笑うでもなく、嘲るでもなく、むしろ納得とばかりに顎に手を当てながら頷いてみせる。愛斗の話が嘘でも狂言でもないと、そう納得しているかのような態度だった。

 

「……信じるんですか? 自分で言うのもあれですが、相当に荒唐無稽だと思うんですけど」

「君はそういう人間ではないだろう? ……それにこんな世界になっちまうなんて、十年前に語ってたなら誰もが鼻で笑ってた。それでもなっちまったんだから……まあ、タイムマシンくらいは探せば普通にあり得るんだろう」

 

 とはいっても、他の人間であれば鼻で笑うかもしれないがな、と。

 田中は淡々とそう口にしてから、先ほど脇へと置いたペットボトルを手に取り、水を付けずに喉へと流し込む。

 ごくごくと。

 器用に口へ唇を付けずに飲んでみせた少年は、何かを決めたように頷いてから、「どっこいしょ」と風貌に合わない掛け声と共にソファから立ち上がる。

 

「……ふむ、ならばこうしよう。食料の礼に、しばし歴史の授業をさせてもらおう。きっと君には、何よりも価値ある対価になるはずだ」

「はい?」

「久しぶりだが、──授業開始(スタディスタート)

 

 パチンと、田中が指を鳴らした瞬間、室内の景色はガラリと変貌していく。

 

 先ほどまであった生活の場は、大きさそのままに学校の一室のような簡素な小教室へ。

 今の今まで田中が座っていたはずのソファは、馴染みある学習机へ。

 そしてソファの真ん前にはどこからともなくホワイトボードが現れ、田中はその前へと移動する。

 

「え、な、どうなって……?」

「簡易教室だよ。これでも元は登録者五桁の教育系VTuberだったからね。所詮は貼り付けただけの張りぼてに過ぎないが、多少の雰囲気を出すことくらいは出来るとも」

「ブイ、チューバー……?」

「そう、VTuberだ。十年前に起きた突然異変──VTuber現象、通称Vショック。それが今俺が見せた、君の持つ常識を超えた正体。世界の理を変えた、新たな理」

 

 周囲の突然の変化に周囲を見回しながら、突然に吐かれた単語に困惑する愛斗。

 警戒や恐怖というよりかは、困惑。

 唐突に出てきた単語を復唱してしまう愛斗に、田中はいたずらが成功したとばかりに微笑んでから、いつの間にか手にしていた黒の水性ペンにて、ホワイトボードに文字を書き込んでいく。

 

「さあ、席に着け。今日の授業を始めよう。一度知れば、楽しい歴史の勉強だ」

 

 キュッキュと。

 小気味好い音を鳴らしながらホワイトボードに文字を書き終えた田中は、愛斗へ向き直してニヤリと笑みを浮かべながら、愉しげな声色で授業の開始を告げる。

 灰色スーツを纏う少年は、あどけない面持ちとは思えないほど、確かな教師らしい風格を備えていた。

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