VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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裏側

 かつて東京駅のあった場所にて、盛大なライブが始まりを迎えて盛り上がるのと同時。

 音を、気配を、何よりV粒子を認識した周辺の天使は、釣られるようにライブ会場へと向かい出す。

 

 ──だが天使は一個体とて、ライブ会場へと辿り着くことはなく。

 

 巨大な四足の獣。

 天使の無機質な黒とは違う、上品でさえある艶やかな毛並みをした黒く大きな狼が街中を疾走し──抵抗する間もないまま、天使を次々と屠り続ける。

 

 黒狼の牙は、遮る障害の悉くを噛み千切る。

 黒狼の爪は、向かう無象の悉くを引き裂く。

 黒狼の進行は、何人も妨げることを許さず踏みつぶす。

 

 黒の暴威を前に、天使達には為す術もなく、黒狼が通る先に彼らが残ることはない。

 ライブ中盤を迎える頃には、五百を越えた数が黒狼の餌食となり、ついには周辺から姿を消す。

 かくしてライブステージ周辺二キロ。東京コロニー付近に存在していた下級天使は、人型獣型その他問わず、たった一匹の黒狼──グズクマによって大部分が掃討された。

 

「……なんだ、お前も祭りに興じていたのか」

 

 仕事を終えたグズクマは、二足の獣人姿へと戻り、中心であるライブ会場付近へと戻る最中。 

 興奮と不快。

 二つをごちゃ混ぜにしたような歪みに歪んだ笑みを浮かべながら、巨大な鎌で周囲を囲んでいた数体の天使を同時に屠る顔馴染み──カケルの姿へ、意外そうに首を傾げる。

 

「はっ、寒気がすること言わないでくださいよボス。これはただのストレス発散。ちょうどサンドバッグが集まってくるから八つ当たりしているだけで、あんな浮かれポンチ共に手を貸しているだなんて勘違いは不愉快極まりないんだよね本当にさぁ」

 

 グズクマへと顔を向けたカケルは、皮肉とばかりに口の端を吊り上げ、ネットリと悪態を返す。

 刹那、また一回。

 グズクマ達から少し離れた場所──音楽と光が溢れるライブ会場より、また一つ歓声が湧き上がる。

 

 百人にも満たないはずの観客。

 地上という、一つ間違えば容易に命の危機が訪れる開催場所。

 

 だというのに、どうしてか盛り上がりは右肩上がりに増すばかり。

 そんな東京駅跡にて行われているライブの盛況に、カケルは不快と露骨に顔を歪めてしまう。

 

「はっ、本当に度し難い連中だ。地上は危ないって子供でさえ分かる常識をほっぽり出してさ。純人間一人の馬鹿騒ぎに踊らされて頭を空っぽに出来る程度の知性と感性なケダモノ共。後生であれと同列に扱われると想像するだけで鳥肌が立ってしまいそうで嫌になってしまうものですよ」

「……同感だが、やはり世の中というのは馬鹿には優しく出来ていないようだ。……はっ、どうやら多少遠くのお客様を呼び込める程度には盛況らしい。結構なことだ」

 

 何かに気付いたと。

 ピクリと耳を動かしたグズクマは、尾を軽く揺らしながら、鋭い眼差しを遠くへと向ける。

 

 ズシンズシンと、押し寄せる数体の黒き異形。

 空舞う大鳥。不定形の靄。そして都市の残骸をより粉砕しながら進む、巨大な二足の怪獣。

 異形達の共通項は二つ。

 いずれも黒に塗り潰され、頭部に白い天輪を宿す意志なき怪物──天使であること。

 そしてただ一点──ライブ会場へ、まるで引きつけられるかのように迷いなく進んでいること。東京コロニーに湧いた希望の灯火を、喰らい呑み込まんと歩んでいること。

 

「中級複数に……上級、それも大型が一匹か。雑魚を任せる。精々死んでくれるなよ?」

「あのさぁボス、もしかして僕を舐めてません? 上級相手ならいざ知らず、そこいらの中級程度に後れを取るなんて有り得るわけがないんだよね。それともなに、自分以下の腕力と経済力な男は獣以下畜生なんてマウント今更取りたいんですか?」

「……はっ、変わらず好調なようだな。心底疎ましいが、それでこそというもの──」

 

 口角を吊り上げながら鎌を握り直すカケルに、微笑したグズクマが再び獣の姿を取ろうとした。

 

 刹那、轟音が轟く。

 空から落ちるのではなく、灰雲塗れの空へと落ちるの如く、青緑の電光が空へと突き刺さる。

 

 狼の咆哮は疎かライブ会場の歓声でさえも掻き消してしまう、天地を震わす大稲妻。

 中級相当六体、上級相当一体。

 グズクマが挑まんとした天使達は、いかづちという天災を前に、たったの一撃にて無に帰した。

 

「……湿気った導火線に、火が付いちまったようだな。我ながら、余計なことしたもんだ」

 

 目の前の轟雷を前に忌々しげに口を歪めたグズクマは、戦意を捨てて歩き出す。

 

「帰るぞカケル。いかづちが動いた以上、下らねえ仕事もこれで終わりだ」

「あーむかつく! むかつくむかつくむっかつく!! どいつもこいつも僕の苛立たせることばっかりしやがってさぁ! ああクソっ、今からでも大失敗しろっ、死ね、死んでしまえクソ共めっ!」

「……煩わしい。やはりお前の癇癪は、耳障りなだけだな」

 

 地団駄を踏むカケルを前に、グズクマはやれやれとため息をついてしまう。

 まさに今、自分達の頭上を一筋の稲妻が奔るのを知りながら、一切触れることはなかった。

 

 

 

 

 

 ライブは佳境を迎えた頃、原型を留めていた駅ビルの屋上に、青緑髪の少女──いかづちちゃんは一人佇む。

 下級数十体。中級相当二十六体。上級相当三体。

 本人達にそういった意図はなくとも、グズクマと交代する形で戦地に舞い降りた後、五分とかからぬ間に鏖殺せしめた後。

 あの女はビルを上り、ただ一点──地上にて行われているライブ、そのステージで歌い踊る黒髪美少女の小さな姿を、どこか寂しげな瞳で見下ろしていた。

 

 

「ふぉっふぉっふぉ。そんなに距離を置かずとも、もっと近くで見ればいいと思うんじゃが」

 

 

 そんないかづちちゃんの背後へ、どこからともなく声が掛けられる。

 穏やかな老人の声。

 ほんの一瞬、いかづちちゃんは警戒とばかりに火花を散らすも、けれどそれ以上動くことはなく。

 振り向くこともないまま、ただ静かに「……おじいちゃん」と呟くのみであった。

 

「……V粒子、集めてるんでしょう? なら、こんな所にいていいの?」

「既に察しているとは流石よ。だが心配はいらんとも。お主もVTuberであれば分かるじゃろう?」

 

 声を掛けた本人──かみさまは「ふぉっふぉっふぉ」と微笑みながら、いかづちちゃんの隣へと並び、同じようにライブ会場を見下ろす。

 

「……これほどまでにV粒子に満ちた空間、儂が生まれてから始めてじゃ。まさかここまで実りある結果に至るとは思わなんだ。ふぉっふぉっふぉ」

 

 歓喜とばかりに両手を広げ、称賛を零すかみさまの目は、満点の星空を宿したように輝く。

 けれど、そんなかみさまをいかづちちゃんは一瞥さえすることなく、ジッと下へと向き続ける。

 

「……それでわたしに何か用? わたしもグズクマも、役割は果たしたはずだけど」

「なあに、儂からはないとも。……ただ、いかづちちゃん宛てに一つ配達を頼まれていてのう?」

 

 含みありげに微笑むかみさまは、あるものをいかづちちゃんへと差し出す。

 ジロリと、初めて視線を移したいかづちちゃんが目にしたのは、小さな白い箱。

 鍵などない蓋のみの箱。何の変哲もない、お菓子の詰め合わせにでも使われていそうな長方形。

 

 受け取ったいかづちちゃんは、訝しげに蓋を開き──思わず、瞠目する。

 中に入っていたのは、大量の乾電池。

 単一から単四、更にはボタンやコイン型まで無数の電池が山ほど。如何にVTuberであれ、女性相手への贈り物としてはどうなんだと呆れられてしまいそうな実用品。

 

 だけど、電気を生命力──V粒子へと変換出来るいかづちちゃんにとっては別。

 そして、そんないかづちちゃんに電池を贈ろうとする者。

 少なくともこのコロニーの中で知っている者は──自らそれを求めたことのある者は、一人だけ。

 

「送り主からの伝言じゃ。──アンコール、待ってるとな?」

 

 ニヤリと、かみさまが意味ありげに微笑んでみせた直後、バチリと弾ける音が屋上へ響く。

 そして次の瞬間には、いかづちちゃんの姿はビルの屋上から姿を消え、青緑の残光が一瞬残るのみ。

 

「善き哉善き哉。これこそ青春……いや、アオハルじゃのう。ふぉっふぉっふぉ」

 

 かみさまは顎髭を触り、ライブ会場を眺めながらただただ微笑みながら見守り続ける。

 臆病で寂しがり屋な(いかづち)が、勇気を振り絞って自ら選んだ旅立ちを。

 確かに成功を示し、最終局面を迎えたライブ会場の──最後の大花火と言うべき一曲の、進退を。

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