VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
「……まさか、お前から尋ねてくるとは。明日は槍でも降ってきそうだな」
「……はっ、お前が消えたここを、俺を力で支配しないと思うのかよ?」
「……ちっ、最後までいけすかねえ。精々外で野垂れ死ぬんだな、元東京最強」
恐らく東京コロニーで暮らし始めてから、一番じゃないかと思える快眠の後。
地上へ出た愛斗は、ついに東京コロニーからの旅立ちを迎えた。
「みなさん、お世話になりました! どうかお元気で!」
北区画で親しくなれた数人の人間。斉藤やウェザ子、かみさまなど一部のVTuber。
少なくない数の見送りに手を振りながら、愛斗は塔への歩みを再開する。
数日前に駆逐されたからか、人型も獣型も、等しく天使の姿はなく。
見送りから少し離れてしまえば、物寂しい静寂と自身の足音のみが、愛斗の耳へと届くのみ。
そんな東京の道路を歩き、数十分。
愛斗は何事もなく再び目的の場所、かつて弾かれてしまった不可侵壁の目の前まで到着した。
「……ようやく、ここまで来た」
目も鼻も耳も。
自身の備わる五感の全てが一切感知出来ない、けれど確かに塔への道を遮る絶対の境。
為す術のなく後退を余儀なくされたかつてを思い出し、つい喉を鳴らしてしまいながら。
けれど、今は違うと。
自身のジャージのポケットに入っている銀色のバッジ。
かみさまから与えられた不可侵壁対策をギュッと握りながら、大丈夫だと自らを言い聞かせながら一歩踏み出し──境を、越えた。
「……何が変わるわけでもないんだな」
不可侵壁の先へと踏み入った愛斗は、別段変わることない光景に安堵の息を零してしまう。
境を越えた先。世界を滅ぼす元凶のお膝元。
そんな場所なのだから、隔絶した別世界になっていると。そんな不安を抱き、覚悟をしながら侵入をした身としては、拍子抜けと言っていいほどに差異がなかった。
ただし、唯一境の外と異なるのは、黒き異形──天使の有無。
空に鳥が。地に人と獣が。
先の駆逐により、道中一度も遭遇することなかった敵性体が、何十と待ち構えるように点在している。
そんな無数の天使の注目が愛斗へ──出現した生命、ただ一人の人間へと一斉に向けられる。
迫る様は、池に餌を投げられた鯉が如く。
本番と。愛斗も迎え撃つべく、左手薬指に付けられた銀色の指輪に触れ──。
「──呆れた。敵地なんだから、変身くらい入る前にしたらどう?」
愛斗が唱えるよりも早く轟音が──青緑の雷が、愛斗へと迫ろうとしていた天使を呑みこむ。
瞬きよりも刹那の閃雷が晴れれば、既に天使達の姿は残骸さえなく。
何が起きたのだと。
愛斗が状況を咀嚼するよりも前に、もう一度稲妻が奔り──次の瞬間には、透き通った声と共に愛斗の目の前に一人の少女が現れ出でた。
「遅い。こんなにもわたしを待たせるなんて、生意気よ」
愛斗を見上げながら不満げに睨むのは、麦わら帽子を首にかけた、白いワンピースの少女。
いかづちちゃん。
紛うことなき東京コロニー最強。何人も触れられぬ、雷の精霊とさえ形容してしまえる神秘と苛烈を兼ね揃えた少女の登場に、愛斗は思わず動揺を隠せない。
「……いかづちちゃん。どうして」
「……どこかの誰かが大量の電池を送りつけて来たの。ライブ一回、仕事一回の報酬としては割に合わないくらい大量の電池を。だからわたし、借りを返さないといけないの」
仏頂面で話すいかづちちゃんは、首に掛けた麦わら帽子を手に取り、愛斗へとちらつかせる。
麦わら帽子の側面に貼られていたのは、銀色のバッジ。
不可侵壁を越えるための唯一の術。愛斗のためにかみさまが作成した、世界にただ三つのみの代物。
察してくれと。変わらぬ表情のまま、どこか恥ずかしげに視線を逸らすいかづちちゃん。
言葉と態度。そして銀色のバッジを手にしている。
その三つから、愛斗は推し量り──もしかして、とつい思い至ったことを声に出してしまう。
「……えっと、つまり、一緒に来てくれると?」
「……迷惑、だった?」
「……いいや。とっても頼もしいよ。きみがいてくれるのなら、百人力なんて目じゃないとも」
少しだけ、ほんの少しだけ不安を醸しながらの上目遣いに、愛斗は首を横に振る。
塔への侵入は、言うなれば死地へ飛び込むのと同義。
かつての決戦でさえ落とすことの出来なかったそれは生存者達にとって、恐怖と滅亡の象徴以外の何者でもない。そんな場所へ一緒に来てくれと頼む選択肢など、端から愛斗の中には存在しなかった。
だからこそ、付いてきてくれるいかづちちゃんの存在は想像の外。
青天の霹靂とさえ表現出来るほどの衝撃。そして、一人じゃないという望外の安心感。
そんな感情に、自分は思いの外不安だったんだなと。
頬を緩めた愛斗は、心が少し温かくなったことを自覚しながら、いかづちちゃんへと手を差し出す。
「改めてよろしく、いかづちちゃん」
「ええ。……えっと、ねえ」
「……
「そう。……よろしく愛斗。それと握手はなし。……ごほんっ、わたしに触れると火傷しちゃうぜ☆」
けれど、いかづちちゃんが手を取ることはなく。
小さなため息の後、整えるように喉を鳴らしたいかづちちゃんは、片手のピースを目に当てながらウィンクしてみせる。
握手の代わりなのか、あまりに唐突に挟まれた決めゼリフ。
凍りついたように場に静まる。間もなく秋を迎えるせいか、木枯らしの音が虚しく響く。
呆気にとられた愛斗が何か言うべきだと、いたたまれない気持ちで頭を悩ませるも既に遅く。
「さ、行くわよ」と。
羞恥の欠片も匂わせず。むしろ満足とばかりに火花を弾かせたいかづちちゃんは、一人先へと進み始めてしまう。
「……ま、いいか」
そんないかづちちゃんの背に、呆けてしまいながら。
欠片も待ってくれないと、すぐに我に返った愛斗はナーゾちゃんへと変身し、後へと続いていく。
道中の天使達を退けながら、いかづちちゃんに置いていかれないよう箒で空舞う愛斗。
どうにか背中を捉えながら進んでいけば、あっという間に目的地──塔の根本まで到達した。
「ここが、塔……」
「そう。何の前触れさえなく、かつての国会議事堂を塗り替えるようにして現れた建築物。わたしの家を粉々にした挙げ句、日本をこんな風に変えた元凶よ」
灰雲を容易に突き抜ける、巨大な円形の塔。
進入を妨げる厳重な扉はなく。外敵の道を阻む門番がいるわけでもなく。
お好きにどうぞと、そう言わんばかりに鎮座している建物の迫力に、愛斗はごくりと唾を呑んでしまう。
「気味悪いほど順調ね。……罠かもしれないけど、それでも進むの?」
「それでも、行くしかないよ。……何かあったら、そのときはきみだけでも逃げてね」
そのつもりよ、と。
当たり前とばかりに愛斗へ告げたいかづちちゃんは、躊躇うことなく塔の中へと進む。
覚悟を決めた愛斗が後に続いて塔の中へと足を踏み入れれば、何かを潜る感触に全身をなぞられる。
不可侵壁を抜けたときと同じ、境を越えたという漠然ながら感触。
次の瞬間、愛斗の目が今まで映していたはずの視界──外側から見えていたはずの内装が、一変する。
『その昔、抜群の相性と潜伏能力を活かし、塔の中へと潜入しながら生還するという快挙を成し遂げた人間とVTuberのコンビがおってのう? 彼らの貢献のおかげで塔は侵入可能であると証明され、更には内部の構造を少しだけでも知ることが出来たのじゃ』
出発前。かみさまより事前に教えられたのは、かつての先人達による塔内の情報。
先人達よって調査されたのは五階層まで。
呑み込まれた国会議事堂を拡大し、そのまま迷宮として転用したかのような内部を進み、中央に聳える巨大な螺旋階段から次の階層へと進む──そのはずだった。
「何も、ない……?」
「……聞いていた話と違う。まさか、前と構造が変わっている……?」
二人の先に広がる景色は、既知による想像の範囲から大きく外れていた。
何もない白。道も壁も階段もない、ただ広大なだけで完結してしまっている白い世界。
登ることの出来ない行き止まりに、愛斗は理解が追いついてくれず、その場で立ち尽くしてしまう。
『ようこそお越しくださいました。我々はあなた方を、心より歓迎いたします』
次の瞬間、無機質な声が世界へ響く。
肉声のような抑揚を持ちながら、機械音声のように平坦にも聞こえる奇怪な音の羅列。
無色愛斗の記憶の中枢をざわつかせながら、たったの一音であってなお、強い拒絶で心をいっぱいにしてしまう響き。
元の姿であれば、身の毛もよだっていたであろうほどに愛斗は身構える。
いかづちちゃんがバチバチと、全霊の威嚇とばかりに、全身より青緑の火花を迸らせる。
「何者だ! どこにいる!!」
愛斗が声の主に問おうとした瞬間、バチリと、青緑の一筋が愛斗の目の前を走り抜ける。
いかづちちゃんの雷撃は、確かに人の姿を寸分なく切り裂いていた。
ただ見落としていただけのようにそこにいて、いかづちちゃんの雷撃で胴を裂かれた人の姿。
Dr.イヨ。
遺された映像越しでしか見ることの叶わない、無色愛斗の幼馴染である
少なくともこの2035年で会うことの叶わない、死人であるはずの彼女が愛斗達の目の前に出現し──無惨にも、稲妻によって引き裂かれてしまっていた。
「い、一与──」
『警戒の必要はありません。私は最初からここにあり、敵対の意志などないのですから』
次の瞬間、再び声が響いたその瞬間にはもう、裂かれたはずのDr.イヨの姿はない。
目の前にて凄惨な骸と化すはずだったDr.イヨは両手を腹部へ置き、澄ました笑顔で一礼していた。
第一ラボに遺された映像の中にあったDr.イヨ──天野一与と、寸分違わず同じ造形。
同じ姿。同じ声音。同じ眼差し。
同じ。同じ。同じ。──けれど違う。何もかもが同じだったとしても、何もかもが違う贋作。
真に迫るからこそ、なおのこと愛斗の琴線に触れる。
脳裏に浮かぶ天野一与を、幼馴染を愚弄されたような苛立ちに苛まれる。
奥歯を砕けそうなほどに噛みしめ、白い光──V粒子を全身から放出してしまいながら、必死に自分を律しながら、疑問を言葉に変えていく。
「お前は、何者なんだ……?」
『私はバベル。貴方方が塔と呼ぶ本建造物が搭載された、歓迎用対話機能です。どうぞ仲良くしていただけると嬉しいです』
恐怖か、怒りか。
変身しているナーゾちゃんさえ貫通し、声を震わしながら尋ねた愛斗の問いにDr.イヨを模した何か──バベルは丁寧に答えを返す。
天野一与が決して見せることはないと。
愛斗が本能的に忌避してしまうくらいには、人当たりの良い笑顔を晒し一礼しながら。