VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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バベル

 真っ白で何もない、それだけでしかない塔の中。

 そんな空間に突如として出現した、バベルを名乗るDr.イヨと瓜二つの存在の挨拶は、日常の一幕のようにあっさりとしたものであった。

 

『バベルに敵対の意志はありません。戦闘の必要はありません。衝突は対話によって回避出来るものです。ですので、警戒と戦意を収めることをおすすめいたします』

 

 なので、どうぞおかけを、と。

 気軽に言い放ったバベルがぱちりと指を鳴らせば、景色はまるで最初からそうであったかのように、白から青空広がる穏やかな草原へと塗り変わってしまう。

 そしてバベルが手を差した方向には、先ほどまでなかったはずのテーブルと椅子が用意されており、ティータイムでもどうかと誘っているかのよう。

 

「何なんだ、お前は。どうして、一与の姿をしている……?」

 

 先の宣言どおり、敵意の一切さえないほど親しげなバベルの招待。

 だが愛斗はテーブルに近づくことはなく。

 その場で立ち尽くし、瞼をひくつかせ、今にも溢れそうな怒りを無理矢理に押さえ込んだかのように声を震えさせながら、バベルへと問う。

 

 亡き天野(あまの)一与(いよ)の姿を、よりにもよって世界滅亡の、死の元凶が使う。

 それはまさしく、一与の歩んだ苦労と苦悩を嘲笑う所業。

 自身が眠っていた間、少しでもと足掻いた一与の足跡を踏みにじり、冒涜するとばかりの侮辱。

 

 無色愛斗にとって、推しへの変身さえ貫通し、合理を捨てるに値する地雷の一つ。

 返答次第では話し合いの一つもない、それほどまでの怒気を必死に押さえ込んでの問いであった。

 

『この姿は2030年にお越しになられた団体様の一人からお借りしています。ご不快ならば変更いたしますが、いかがいたしますか?』

「……変えろ。これ以上、お前なんかが一与を汚すな」

『かしこまりました。ご不快な思いを抱かせてしまったこと、心よりお詫びいたします』

 

 ドスの利いた愛斗の言葉に、バベルは一礼しながら謝罪し──呆気なく、姿を変える。

 Dr.イヨの姿より、紅色の髪を靡かせる美女へ。

 バベルの変貌に、今度はいかづちちゃんが「マリアン・ボンド」と、どこか苛立たしげに呟いた。

 

「絆姫とはいい趣味してるわ。今度はVTuber(わたし達)への当てつけ?」

『この姿もまた団体様よりお借りしたまでです。変更も可能ですが、如何いたしますか?』

「……いいわよ別に。彼女には同情するけど、それだけよ」

 

 かしこまりました、と。

 どうでも良さそうに吐き捨てたいかづちちゃんに、バベルは丁寧に一礼してみせる。

 

「……対話と、お前は言ったな。なら、訊けば何でも答えてくれるのか?」

『はい。答えられる範囲であれば全てに回答すると、バベルはこの場でお約束いたします』

「……なら、教えろ。この塔は何が目的で作られた? お前達は、世界を滅ぼそうとしているのか?」

『正しくもあり、間違いでもあります。簡潔に申し上げれば、バベルの至上命題、設立理由はVTuberの救済です』

「……はっ?」

 

 欠片も誤魔化す気配なく、当然とばかりに愛斗の質問に答えるバベル。

 だがそれを聞かされた愛斗は、一瞬の間を置きながら、それでも理解が追いつかないと呆けた声を漏らしてしまう。

 救済。滅亡とは正反対の、誰かを助ける行為。

 黒き異形、天使によってかつての繁栄の悉くを奪われた東京の惨状を見てきた愛斗にとって、例え言葉の意味が理解出来ようと咀嚼出来るものではない。

 

 ──そしてバベルの発言を拒むのは、愛斗だけではなかった。

 

「……ふざけないで。たくさん殺して、全部壊して、なのに救済なんて宣うの?」

 

 バチバチと。

 いかづちちゃんは、一切表情を変えることなく。

 けれど青緑の火花を激しく弾かせながら、凍りついてしまいそうな声音をバベルへとぶつける。

 

 隣で困惑と憤りに苛まれていた愛斗でさえ、つい冷静に恐怖を抱いてしまうほどの冷淡。

 敵意に留まることのない、いかづちちゃんの本気の殺気。

 だがそれを一身に受けてなお、バベルは何ら動じることなく笑顔を続けながら、ぺこりと首を縦に振る。

  

『その通りです。ふざけてなどおりませんよ、いかづちちゃん』

「黙れ。……お前に、名前なんて呼ばれたくない」

『失礼いたしました、アカウント番号57841様。ですが救済に間違いはありません。バベルの最終到達点は、必ずや全VTuberに繋がります。少し、説明をさせていただきますね』

 

 いかづちちゃんの拒絶を酷く簡単に流したバベルは、柔和な笑顔と共に説明を始めていく。

 

『創造主は常々心を痛めていました。偏見、迫害、差別。かつて同種であったはずの者への冷たい対応で追い詰められる多くのVTuberへ。そして同時に嘆きました。こんな世界は、間違っていると』

『故に創造主は強く願いました。こんな醜い世界さえなければ、私は楽になれるのにと。人間さえいなくなれば、VTuberはもっと安心して過ごせるのだと。両手を結び、夜空に浮かぶ星々を見上げながら、強く強く祈りを捧げ──バベルは、顕現するに至りました』

 

 すらすらと、けれど淡々と。

 感情と無感情。そのどちらとも取れる不可思議な声色で紡がれるバベルの説明に、愛斗をひとまずはと静かに耳を傾ける。

 

 真偽は不明。けれどひとまず、考察するための材料として。

 けれど情報として一つ一つ咀嚼していく愛斗とは異なり、いかづちちゃんは「ありえない」と、バベルの説明にバチリと一際強く放電すると共に、はっきりと断言する。

 

「おちょくってるの? たかがVTuber一人がこんな塔を、世界を滅ぼすほどの妄想を形に出来るV粒子を賄えるわけがない」

『その通りです。ですが、それだけ願う者は多かったのでしょう。多くのVTuberが自らの境遇を嘆き、残酷な世界を糾弾したのでしょう。創造主の祈りはあくまで要因の一つ。膨大なV粒子に形を与えるきっかけとなったに過ぎません』

 

 いかづちちゃんの問いにあっさりと答えたバベルは、「続けますね」と説明を再開していく。

 

『バベルは生命を燃料へと変換を完了した後、過去及び未来の一切を抹消します。その後現在を抹消し、2025年時点の日本と登録された全VTuberをバベル内部に再構成。バベルを世界と固定することで、VTuberのみの世界を構築すると同時に救済を完了します』

「……はっ?」

 

 バベルの語った内容に愛斗は、いかづちちゃんもまた呆然と言葉を失ってしまう。

 

「まだ、世界は滅んでいない? こんなになってなお、始まってすらいない……?」 

『2035年7月7日をもちまして、バベルは最終目的へ向けた第二段階、過去と未来の抹消へと移りました。第二段階完了及び最終段階への移行は2036年7月7日を予定しています』

 

 愛斗の掠れた呻きを目聡く拾ったバベルは、柔和な笑みを浮かべながら、一切の慈悲なく肯定する。

 

 天野(あまの)一与(いよ)によって告げられた、世界の滅亡。

 愛斗はそれを現状──天使によって蹂躙され、崩壊した2035年を指していると思っていた。

 

 しかしバベルの告げた内容は、そんな愛斗の前提を覆すもの。

 こんなにも終わっておきながら、世界はまだ終わりを始めてさえいない。

 生命、文明、平和。天使に──バベルによって多くのものが奪いながら、それらは所詮本命のための前座でしかないのだと。バベルの言葉を真実とするのなら、そう告げているに等しい。

 

「……理解、出来ない。過去と未来の焼却なんて、ないものをどうやって──」

『世界は一筋の道にて構成されています。過ぎ去った過去やいずれ訪れる未来。例え人類には観測出来なくとも、それらは軌跡として確かに存在し、それらによって世界という土台は保障されているのです』

 

 あり得ないと、僅かに眉をひそめつつ、はっきりと否定するいかづちちゃん。

 だがバベルはそんないかづちちゃんの反論を遮りながら、スラスラと説明を続けていく。

 

『現代のみを焼却し、現行の生命体を一掃するのは簡単です。ですが過去と未来が存在する限り、現在は容易に補完、補正されてしまいます。伸ばした糸の中心を切ったとして、糸さえあれば結び直せてしまう。それでは真に救済たり得ない。創造主から与えられた意義を完了出来ないのです』

『故にバベルは過去と未来を抹消し、バベルを世界の支柱として現在を再定義します。過去や未来に脅かされることのないVTuberの理想郷。それが創造主の望んだ世界。バベルが結論付けた、VTuberにとっての最良の救済です』

 

 全てを語り終えたバベルは、「何か質問はございますか?」と軽く傾聴者二人へ尋ねる。

 だがバベルの話を聞いた二人は、ただただ愕然と息を呑むのみ。

 

 愛斗もいかづちちゃんも、バベルの話を理解出来なかったからではない。

 むしろその真逆。

 言葉の意味を理解してなお理解出来ない、こんな世界であってもなお荒唐無稽でしかないスケールの話と理解してしまったからこそ、言葉を失う他の反応を起こせないのだ。

 

「……人間達は、VTuber以外の生き物は、どうなる?」

『申し訳ございませんが、バベルが保護対象とするのはVTuberのみとなります。ご了承ください』

 

 呆然と、絞り出すように疑問を呟いた愛斗に、バベルは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 申し訳なさそうに笑顔を沈ませ、お腹に手を当てながら、深い静かな一礼。

 一見丁寧と思えてしまうそれは、接客スタッフが悪質なクレーマーへとするよう指導された、予め用意された謝罪と同種。

 

 丁寧でありながら、けれど残酷な対話の打ち切り。

 人間だけに留まらず、VTuber以外の全てに価値はないというバベルによる一方的な突き放し。

 

 そんなバベルの物言いに、いかづちちゃんは「くだらない」と容赦なく吐き捨てる。

 

「随分とおめでたい頭。世界が消えるというのなら、当然VTuber(わたしたち)も死ぬ。あなたが帯槍に掲げている救済とやらは、保護と言う名の駆逐でしかないわ」

『ご安心ください。VTuberは生命ではなく観測情報体、肉体的生死に意味はありません。現在抹消後、バベルに記録された情報より再構成されたVTuberの連続性は確立され、同一個体としての活動に一切の支障は起きないとお約束いたします』

「……なるほど。おめでたいのではなく、イカれてるのね。壊れた機械に何を言っても無駄」

 

 満面の笑顔で返答したバベルに、いかづちちゃんに不快そうに舌を打ち、大きなため息を零した。

 

「答えろ! どうすれば塔を壊せる!? どうすれば、そんな馬鹿げた計画を止められる!!」

『最上階に設置されたメインコンソールを停止、またはバベルの心臓部(コア)が破壊されれば、全活動は停止されます』

「最上階へ行く方法は!!」

『存在しません。既に最上層、心臓部(コア)は完全に隔絶されています』

 

 声を荒げる愛斗へ、バベルは今まで通り、偽りなく答えを返す。

 止める方法は存在すると。けれど止める方法へ至る手段はないと。

 自信でなく、信頼でなく、矜持でもなく。当たり前の事実として、愛斗へ突きつける。

 

『計画の妨害はおすすめしません。交戦は無意味です。抵抗は無価値です。ご理解いただけたのでしたら、どうぞお引き取りを。そして救済を果たすその日まで、穏やかにお過ごしくださ──』

 

 バベルの言葉が、最後まで続くことはなかった。

 愛斗が手を出すよりも早く、青緑の閃光が空中を奔り──胴を貫かれたバベルは、霧散する。

  

 自らの手を拳銃に見立て、バベルのいた方向へと向けていたいかづちちゃん。

 バチバチと火花散る人差し指に息を吹きかけながら、煩わしげに鼻を鳴らし、愛斗へ視線を移した。

 

「もういい。これ以上の問答は無駄。道がないなら天井に穴でも開けて、上へ進んだ方が早い」

「……いかづちちゃん」

「さっさと行くわよ。……わたしから、これ以上一つでも奪わせてやる気はないの──」

 

 

『敵対行動を確認。交渉決裂を確認。残念ですが、物理的説得へと切り替えざるを得ません。──投影、開始』

 

 

 愛斗がいかづちちゃんに同意し、どうにか塔を上がる方法を探すために動き出そうとした。

 そのときだった。

 青空と草原の空間は白のみへと戻り、次の瞬間、二人の目の前にそれが姿を現したのは。

 

 長い金髪を靡かせる、翡翠瞳と三角耳を特徴とした美少女。

 愛斗は知らない。けれど、いかづちちゃんは知っている。覚えている。

 彼女の持つ剣の光を。その一振りにて多くの人々に希望をもたらした、英雄たるVTuberの名を。

 

「ルルラルル・ルーララー……!! 希望の勇者、大怪獣型を単独打倒したVTuber……!!」

『バベルに記録されている中で最も通常戦闘、使命遂行に長けたVTuberの再現体です。そして──』

 

 ルルラルル・ルーララー。

 元登録者、約九十三万人。大手三大事務所「New hope」所属。

 聖樹に選ばれたエルフ、小さな異世界を救った希望の勇者。そんな設定を持つVTuber。

 

 かつての決戦にて消滅を確認された、人類における最高戦力の一人だった少女の再現体。

 そんな彼女が、一人ではない。

 十、二十、四十。まるで白紙に点を打つかのように、かつての勇者は瞬く間に白い空間へと出現し、世界の仇敵たるバベルの傀儡として愛斗達へと歩き迫る。

 

「……お笑いね。囲んで脅しておいて、敵意がないとよく言えるわ」

『敵意ではございません。バベルは貴方方を──現時点で生存する全生命体、全VTuberのいずれも敵と認識するに至らないと結論済みです。これはあくまで、説得行為となります』

 

 苦々しげに口を曲げ、皮肉を漏らしたいかづちちゃんに、バベルは淡々と答えを返すのみ。

 

『抵抗はおすすめしません。戦闘が成立することはありません。速やかな降伏と理解を推奨します。聡明な判断を、おすすめします』

 

 そうしてバベルは無情に告げた直後、無数のルルラルルは一斉に飛び出し、愛斗達へと迫る。

 どうにか状況を切り抜けようと、愛斗が構える──それよりも、数瞬速く。

 

 無数の落雷が、青緑の閃光が愛斗の視界を染め上げる。

 轟音轟き、雷が迫るルルラルルを呑み込む最中、いかづちちゃんが愛斗に「退くわよ」と荒い声音で呼びかける。

 

「でも、いかづちちゃん……!」

「あれは東京奪還の英雄。一人でもきついのに、あんな数いたら勝てるわけが──ちっ」

 

 躊躇う愛斗を説得しつつ、いかづちちゃんは視線をずらした瞬間、忌々しげに舌を打つ。

 いかづちちゃんが視線を向けた方向──入り口があったはずの場所は、白で塗り潰されてしまっている。

 出口はなく、入り口もなく。あるのは穴一つない白。

 退路はない。進路もない。あるのはただ、バベルの差し向けた無数の勇者の接近のみ。もう間もなく訪れる、為す術のない全滅のみ。

 

「……わたしが時間を稼ぐ。どうにか無茶を通して、勝手に生き残りなさい」

「なっ、いかづちちゃん!」

「この前のライブ、悪くなかったわ。それじゃ、さよな──」

 

 返事を待つ暇もなく、愛斗へ背を向けたいかづちちゃん。

 一際激しく放電しながらギターを出現させ、強く弦を弾こうと腕を振り下ろした。

 

 

『こっち! 早く!』

 

 

 その瞬間だった。

 二人の、そしてバベルとも異なる声。この場にいるはずもない、誰かの声が二人へと届いたのは。

 

 悩む暇も、猶予もなかった。

 愛斗が指を鳴らし、白い光を煙へと変えて散布させ。

 そしていかづちちゃんが巨大な雷を地面へと叩き付け、青緑の閃光を周辺で覆わせる。

 

 隠蔽と逃走。

 刹那にて二人は同じ結論に至り、結果的ではあるが交わった白と青緑に二人の姿は紛れる。

 

 やがて煙が、そして光が晴れる頃には二人の姿はどこにもなく。

 無色愛斗といかづちちゃん。 

 塔──バベルへと挑み、圧倒的な戦力を前に死を迎えるはずだった二人は、白のみの空間より忽然と姿を消してしまった。

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