VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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鍵を託され、次へ

 世界滅亡の元凶たる塔の中、真っ白な空間にて。

 無色(むしき)愛斗(あいと)は、無数の勇者の刃によって為す術なく命尽きる──はずだった。

 

 けれど今、愛斗がいるのは先ほどまでの白い空間ではない。

 バベルの声が聞こえることはなく。無数の敵が目の前より迫ることもなく。

 上下左右。灰色のコンクリート壁に覆われた、窓一つさえ存在しない無機質な部屋。まるで独房のような、部屋というには何もない場所に倒れていた。

 

「ここは一体……そうだ、いかづちちゃんは!?」

「いるわよ。……お互い、悪運強いようで安心したわ」

 

 周囲を確認しようとした矢先、愛斗の心配に答えるよう、涼やかな少女の声が愛斗の耳に届く。

 愛斗が視線を声の方を向けば、白いワンピースの少女──いかづちちゃんが変わらずの無表情で、腕を組みながら立っていた。

 

 愛斗はほっと安堵の息を零しながら、安堵しつつ立ち上がり──ここでようやく、ナーゾちゃんではなく自身の姿へ戻っていることに気付く。

 

 両手は滑らかで美しい女性の手から、ごつごつとした男のものへ。

 服装もまた白黒の魔女っ子服ではなく、何の変哲もないジャージへ。

 

 ナーゾちゃんのときとは僅かに異なる、馴染み深い身体の感覚。

 人間とVTuber。言葉と意志が同じながら、それでも決定的に異なる構造の存在であると。

 ここに至るまで十を超えるほどの変身を経験している愛斗でさえ……否、或いは行き交うことを可能としている唯一だからこそ。

 微細な感覚の差異にいつまでも慣れることはなく、姿形を確認せずとも、どちらであるかを認識することは容易い。

 

 だが、愛斗にとって今、姿はどちらであるかは些事に過ぎず。

 現状を把握するのに、つい一瞬前までの光景を思い出しながら、状況の確認を最優先していく。

 

「……俺達って、()に入ったんだよな」

「ええ。急に現れた扉。ご丁寧にも声まで掛けてくれた、怪しさ全開の手招きに応じたの」

 

 愛斗の確認に、腕を組んでいたいかづちちゃんはどこか皮肉交じりに肯定を返す。

 

 愛斗の言葉は正しい。

 扉。どこにでもある、ごく普通の一枚の扉。

 白だけの空間に突如として出現した一枚の境が、絶体絶命の二人を間一髪あの場からの逃走を可能としたのだ。

 

「一応訊いておくけど、いかづちちゃんがやった……ってわけでもなさそうだな」

「わたしとしてはむしろあなたに問いたかったのだけど、その様子なら必要なさそうで何よりよ」

 

 僅かに首を横へと振ったいかづちちゃんに、愛斗は「やっぱり」と小さく呟きながら思案する。

 

 愛斗の──ナーゾちゃんの起こした、可能性の具現でもない。

 いかづちちゃんの雷を起こす、自然の暴威と呼ぶべき力でもない。

 

 どちらのものでもない正体不明の扉。そして真っ白でないだけで、どこか分からない空間。

 依然警戒を緩めることは出来ない、危機を脱してなどいないと。

 愛斗は緩みかけた警戒を深め直す最中、ほんの僅かに口端を緩めたいかづちちゃんは、愛斗から視線を外し、首だけで背後へと向けながら「それで」と虚空へと声を落とす。

 

「……それで、いい加減答えてもらえる? あなたは一体何者なの? わざわざ招いたのなら、何か用があるのでしょう?」

 

 バチリと、威嚇とばかりに青緑の火花を散らしながら、いかづちちゃんは淡々と問いかける。

 一体今、誰に問いを投げたのだと。

 愛斗が周囲を確認すれば、コンクリート壁に覆われた部屋にある異質──立てられた手術台に手足を拘束されながら、にこりと愛斗達へ優しげな笑みを向ける少年の姿があった。

 

「ええ。僕が貴方方を招かせていただきました。外にさえ出てしまえばバベルは、塔はそれ以上の干渉してこない……はずです。なのでまあ、ひとまずは安心してください」

 

 拘束された少年はいかづちちゃんの問いへ、笑みを崩さず、そして濁すことなく肯定する。

 

「……お前は、誰だ?」

「ああ、警戒しなくても大丈夫です。僕は貴方方の敵ではありません。……とはいえ、広い意味では人類にとって最大の仇敵に当てはまってしまうかもしれませんけどね。あははっ」

 

 警戒を強める愛斗に、少年はどこか自嘲混じりに話しながら、微笑みを浮かべてみせる。

 

 敵意はない。害意もない。目の前の少年は敵ではないと、何となくでもそう思えてしまう。

 だからこそ、或いは故にこそ余計に気味が悪いと。

 真意を掴めぬ以上、安易に警戒を解くのは不可能であると、腰元にに携えた拳銃へ手を翳してしまうのは、仕方のないことであった。

 

「……ええと、初めましてですね。いかづちちゃん、そして無色(むしき)愛斗(あいと)さん。Dr.イヨ……いえ、一与さんの希望。……嗚呼、ようやく僕も一つ償いを果たせそうです」

「……一与、だと?」

「はい。ああ、僕のことはゴミでもクズでもどうぞお好きに。ただ、もし呼び方に困るというのなら戦犯くんとでも呼んでください。世界にとって一番愚かで害なした僕を言い表すのなら、それで妥当ですから」

 

 拘束された少年──戦犯くんが不意に出した名前に、愛斗の身体と思考は固まってしまう。

 

 Dr.イヨ。天才。幼馴染。天野一与。

 愛斗にとって、決して聞き流すことの出来ない名前。両親に並ぶ、十数年一緒にいた旧友。

 

 冷静であろうとした思考が揺らぐ。

 用心を心がけようとしていた理性が緩む。

 

 無色愛斗にとっての地雷であり、理性を合理から離してしまう数少ない魔法の言葉。

 ここがどこで、出現した扉はどういったもので、戦犯くんは何者なのか。

 自身の、いかづちちゃんの名前を知られている事実さえ置き去りにしてしまうほど。基本的に冷静さ動揺を隠せなくなる理由としては、十二分と言えるものであった。

 

「……戦犯くん、さん? 一与とは、どういう……?」

「あははっ、さんは必要ないですよ無色さん。僕は敬われるに値しない愚物ですからね」

 

 だが、そんな愛斗に戦犯くんは気軽に笑みを浮かべるのみ。

 このままでは、埒があかないと。一与とはどういう繋がりなのか、詳しく聞かなければならないと。

 

 真に訊くべき問いを置き去りにしつつ。先ほどまで意識していた警戒さえ手放しつつ。

 愛斗が話を聞こうとし戦犯くんへ一歩近づこうとした矢先、隘路の目の前を青緑の閃光が奔り、強引にでも歩みを止める。

 

「愛斗。こいつはまだ、何一つ信用に足らない。安易に警戒を解くべきじゃない」

「いかづちちゃん、でも……」

「命を救われたからと言って心を許せるわけじゃない。Dr.イヨの名を出すだけなら、塔にだって出来る。わたしたちは依然、誰かの手のひらの上なままよ」

 

 淡々と、けれど言葉の刃を突き刺すように、浮き足立つ愛斗を責めるいかづちちゃん。

 透き通った声での容赦のない指摘に、うぐっとつい呻いてしまいながら。

 それでもひとまず血の上ってしまった頭を冷やし、どうにか冷静さを取り戻した愛斗に、戦犯くんは「そうですよ」と困ったような笑みを向ける。

 

「……そうですよ無色さん。いかづちちゃんが正しく、天野一与が絡んだ際に冷静さを欠くのは貴方の悪い癖です。田中先生がしてくれた忠告、お忘れですか?」

「……はっ?」

「貴方のことはずっと見ていました。貴方がAINS(エインス)より目覚め、久遠寺(くおんじ)クオンの一党と共に天使を打倒し、東京コロニーでライブを成し遂げるまでの一切を。貴方が経た多くの苦悩、そして成果を。貴方が気付くことがなかっただけで、開かずの扉はどこにだって存在していたのですよ」

 

 戦犯くんによって明かされた事実は、愛斗は目を大きく見開くほどに、驚愕を隠せない。

 

 確かに東京コロニーを訪れるよりも前、開かずの扉の都市伝説について愛斗は知らなかった。

 けれど今、必死に思い返してみても扉らしき姿を目にした記憶はない。

 

 あの場に、自分達以外の気配はなかった。

 あの場にいた久遠達もまた、それらしい発言をしたことはなかった。

 何度も命の危機はあった。あのときはたまたま上手くいっただけで、自分に関わった誰かが失われる。そんな可能性は幾度とあった。

 

 けれど、目の前の少年──戦犯くんが、助けを差し伸べることはなかった。

 塔へと挑んだ自分達のことは助けながら、それ以外の危機において見て見ぬ振りをしていた存在がいた。

 

 自身にストーカーがいたという事実。助けて欲しいときに、助けてもらえなかった事実。

 ゾッと全身に鳥肌が立ち、お門違いと理解しながら。

 命の恩人であることを重々理解しながら、それでも愛斗が怒りを抱いてしまう中。

 いかづちちゃんは合点がいったと、静かに、けれどどこか侮蔑混じりの冷笑を戦犯くんへと浮かべた。

 

「なるほど。都市伝説の真実は、あなたが外を覗き見るためだけの穴。ベッドに寝転がりながら安全圏での鑑賞が趣味だなんて、良い生き方してるわね」

「……否定はしません。多くの悲劇を目撃しておきながら、こんな拘束と約束を免罪符に、役目を果たすその日まで手を差し伸べることさえ選べない。償おうとしながら罪を重ねるのだから、本当に度し難い」

 

 いかづちちゃんの皮肉に、別段言葉を返すこともなく。

 戦犯くんは悲しげな表情で静かに首を振った後、「話を続けますね」と再開していく。

 

「扉は全国各地に転々と存在し、僕はいずれとも通じています。……とはいっても、流石に塔内部にはありません。今回はかつて一与さんに設置してもらったバックドアを用いた一度きりの裏技なので、次はないことだけはご留意ください」

「……あんたは、何者なんだ? 何故、こんなことをしている? 一与とは、どういう関係なんだ……?」

「それらの問いに答えは必要ありません。……嗚呼、誤解しないでください。語らないほど親密な……とかではありませんから。あの人がそういう目で見ていたのが誰か、貴方であればご存じでしょう?」

 

 戦犯くんは、どこか羨むかのように目を細めながら、愛斗へ笑みを向ける。

 どこか含みありげな少年からの追求染みた確認の意味の理解出来ない、愛斗ではなかった。

 

「僕と貴方が出会うのは、きっとここが最初で最後。僕はただ、一与さんとの約束を果たすだけの何かに過ぎない。それ以上の情報は、世界を救う上では一切の役に立たないものです」

 

 刹那、縛っていた拘束が消え、そのままベッドより投げされて地に倒れる戦犯くん。

 よろよろと、歩きを覚えたばかりの雛鳥のようにふらつきながらも立ち上がり。

 ゆっくりと、けれど愛斗の前へと辿り着いた戦犯くんは、自らの右手を差し出し、手のひらに載ったそれを愛斗へと差し出した。

 

「貴方にこれをお渡しします。バベルの……塔の圧倒的な力をその身で体感し、それでもなお立ち向かう心を失っていないというのなら、きっとあなたにとっての道しるべとなるはずです」

 

 愛斗が渡されたのは、金色の鍵。

 ヘッドからブレードまでの一切が眩い黄金にて作られながら、一片の歪みもない一本の鍵。

 鍵というよりかは、どこか芸術品に近しい一品であると。

 愛斗はその美しさに、黄金の魔力のつい魅入りそうになってしまいそうになるも、そんな場合ではないと握り混むことで戦犯くんへと意識を戻し、耳を傾け続ける。

 

「鍵を頼りに黄金の扉を探してください。常に鍵が指す、地上のどこかに置かれるただ一つの扉。その一枚のみがLV(ラブ)……Dr.イヨのラストラボ、貴方が求めるタイムマシンと彼女でさえ『悪魔』と呼んだ兵器が眠る場所です」

 

 どこか恐れるように、戦犯くんがそう言い終えた──まさにその瞬間だった。

 突如強い揺れが発生した瞬間、愛斗達のいる小さな部屋は、急速に崩れ始めていく。

 

 天井。壁。床。

 無機質な部屋を構成する何もかもが、崩れ落ちる砂の城とばかりに呆気なく。

 

「……時間ですね。もう少し話していたかったですが、僕には十分過ぎる慈悲でした」

「な、何が……!」

「僕を支柱としていた空間が崩壊します。たったの七年。開かずの扉は一つを除いた役割を──償いを、終えてしまったのです」

 

 直後、戦犯くんの──愛斗といかづちちゃんの足場もまた崩落し、三人共に落ちていく。

 吸い込まれるような落下に抗う術はない。

 落ちる先には大きな扉。一枚の、巨大な扉が、まるで吸い込んだものを吐き出そうとしているかのよう。

 

「身勝手ですが、後はお願いします。僕が壊してしまったこの世界を、どうか、どうか──」

 

 いかづちちゃんが手を伸ばすも、虚空を切るのみ。

 

 落ち行く最中。最期に愛斗が耳にしたのは、縋るような願い。

 そして目にしたのは、泣きそうながら懸命に笑みを作り消えていく、小さな少年の姿であった。

 

 

 

 

 

「……んんっ」

 

 愛斗の意識を起こしたのは、生温かくも塩辛い潮の香り、そして優しく肌を擽る感覚であった。

 目を覚ました愛斗は呻きながらも起き上がり、頭を抱えつつも周囲を確認する。

 ザアザアと、優しく打ち付ける波音。ガサリと、固い地面に付けたはずの手のひらが鳴らす草の音。そして未だ閉じた片方の手の中に感じる、確かな感触。

 

 未だ微睡みのような、そんなふわふわとした思考の中、愛斗は頭を振り返る。

 ここに至るまでの記憶を。塔に挑むも足掻きさえ許されず、偶然の扉に救われ、そして招かれた部屋は崩れ──。

 

「そうだ。確か部屋が崩れて、それで、それでここは……?」

『ようやく目を開けたか。我を前にしてその不遜とは……よほどの肝持ちか、相当の愚鈍よな』

 

 そこまで思考が辿り着いて、手の中にある黄金の鍵を確認しようとした。

 けれど、それが叶わない。

 まだ少しぼんやりとしていた愛斗の意識は、大気が震えたかのような、誰かの嘆きによって吹き飛ばされてしまう。

 

 全身に奔る警鐘。理性と本能、双方が死という結論を合致させるほどの恐怖。

 全身が硬直し、正体を見上げることさえ忌避してしまうほどの畏怖。

 

 神々しさにて平伏をかみさまとは違う、生物としての圧倒的なまでの差。

 愛斗は今、蛇に睨まれた蛙も同然。これだけの存在がそばにいながら、声を掛けられるまで認識さえしていなかった自分の愚鈍さに呆れを、それ以上に現状への諦観を抱いてしまっていた。

 

『まあいい。人の無礼なぞ、最早我が心を動かすささくれにもならぬ。……面を上げよ』

 

 声が、愛斗へ顔を上げることを許可する──否、顔を上げよと命令を下す。

 拒否権はなく。恐怖が吊り上げるかのように、本能的に顔を上げた愛斗は──目撃し、正体を理解する。

 

 それはまるでビルが横渡っているかのような巨躯。

 黒金、縦割れの(まなこ)。深い緑の皮膚──否、鱗に覆われ、尾を優美に靡かせる。

 

 愛斗は知っている。

 その生物の名を。空想に存在する生物の中で、間違いなく最強に位置するであろう存在の名を。

 

『……して、来訪者よ。答えることを許す。空より迷い出た貴様は、我が巣へ如何用か?』

 

 それはまさしく最強の象徴。あらゆる生物が恐れ戦くであろう、太古より紡がれる怪物。

 竜。愛斗の目の前には今、巨大な竜が、悠然と君臨していた。

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