VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
突然に現われた教室。唐突に始まった授業。
現実味のない現象を前に、愛斗の頭は依然追いついてくれず、ただ困惑を顔に映すばかり。
ただそれでも、今は理解よりも一つでも多くの知識を得ることが優先だと。
田中の指示に従い、用意された学習机の椅子へと腰掛ける。柔らかそうなソファであったはずのその椅子は、確かに高校生のとき教室にあった椅子と同じ座り心地をしていた。
「さて、今回の授業の要点は二つ。現代におけるVTuberについて。そして十年で世界がどうなったかの二点だ。歴史を嗜む身としては、教科書に綴られていない過程こそ知ってもらいたいのだが……今回は歯痒くも最低限の情報で、掻い摘まんで話していこう」
現代におけるVTuberについて。
世界の現状について。
黒の水性ペンにてホワイトボードへと書かれた、丁寧な文字で二行の見出し。
田中は手に持っていた水性ペンで上の行──VTuberについてをトントンと小突きながら、ゆっくりと語り始める。
「2025年7月7日。君が未来へ飛んで一日後、七夕の日に世界は一変した。一言で言えばな、VTuberとして活動していた人間が使っていたキャラになってしまったのさ。バーチャルじゃなく、現実でな」
「……は?」
田中が平然と口にした、突拍子もない情報。
授業を真面目に聞こうとしていた愛斗だったが、開幕から自身のタイムマシンに並ぶほどの奇々怪々な宣告に、思わずあんぐりと口を開け、呆けた声を漏らしてしまう。
VTuberとして活動していた人間が、現実で使っていたキャラになってしまった。
その情報は、田中にあまりに簡単に吐かれた話にしては、あまりに常識の枠から外れたもの。
田中に嘘がないと。
そう思えてしまっている愛斗だからこそ、例えタイムマシンなどという同等の超技術に心当たりがあったとしても、すぐには理解が追いつかない情報であった。
「……冗談、ではないんですよね?」
「残念ながらな。しかしいい反応だ。俺の授業は配信ではなく動画スタイルだったせいか、生徒のレスポンスというものが新鮮だが……こういうのも悪くない。本職の教師とは、常にこういう気持ちなのだろうな」
思わず顔を顰めてしまった愛斗。
そんな生徒の反応に、田中はくつくつと笑いを零しながら、けれど確かに肯定してみせる。
「人間、動物、昆虫、人外。種族問わず、様々なVTuberが電子の海から世へ飛び出した。現代におけるVTuberとは配信上の存在ではなく、成り代わってしまった者達の総称を指すわけだ。ここまでで質問はあるか?」
田中に振られ、静かに手を上げる愛斗。
田中は水性ペンで指しながら「どうぞ」と当てると、愛斗は手を下ろしながら口を開く。
「……つまり、田中さんもVTuberなんですね?」
「理解……いや、順応が早いな。問いの答えははいだ。受験生を対象にした歴史授業の動画投稿がメインで、生身よりガキ共の興味を惹きやすいと思ったからガワを被ってみたわけだが……気を衒わず人間にして正解だったというべきか、もっと設定を練っておくべきだったというべきか。残念ながら、こんな世界になってもまだ答えは出ずのままだよ」
愛斗の質問を肯定した田中は、ニヤリと皮肉げに笑ってみせるが、その表情はどこか硬い。
なれてよかったというよりかは、なってしまったのだと。
まだ出会って僅かでしかない愛斗ですら何となくでも苦悩を察することの出来てしまう、どんな憂いを帯びた表情であった。
「この簡易教室や外で君の発声を阻止したのは、ギフトと呼ばれるVTuberを構成する新たなエネルギー……V粒子を消費すること行使出来る力の一つだ。VTuberとなった者はキャラの設定や活動していたジャンルによって様々な能力を会得した。……いや、違うな。備わっていたんだ。つい昨日までなかったはずの魔法のような力が、まるで生まれたときから持っていたのが当然だと思えるほどに当たり前の力としてね」
そう言いながら、田中はおもむろに愛斗へ向き、綺麗な黒色の瞳でまっすぐと見つめ直す。
「……羨ましいと、そう思ったか? 自分を捨てて美少女や美男子、エルフやドラゴンのような超常の生き物になった人々のことを。元の人生を失ったおかげで魔法みたいな力を得た、俺達のことを」
教室へ響き、田中の問い。
無言の時が流れる。渇いた緊張が、息の詰まりそうなほどの静寂が教室を覆う。
今の自分を羨ましいかと。お前もこうなりたいかと。真剣な眼差しが、静かに愛斗を射貫き続ける。
「……いえ別に。今の自分、そこまで嫌いじゃないので」
時間にして、たったの数秒。
愛斗はさして迷う素振りを見せることもなく、田中をしっかりと見つめ返して首を横に振る。
愛斗にもナーゾちゃんという家族や幼馴染に引けを取らない、何なら別枠で一位な推しがいる。
けれど愛斗はナーゾちゃんになりたいなどと、VTuberになりたいだなどとは思わない。今の自分に不満などない。だからこその断言であった。
「……そうか。そう言いきれるだけで、君の人柄が何となくだが推し量れる。……眩しいな、本当に」
愛斗の聞いた田中は、顔に手を当てながら、僅かに口元を綻ばせる。
どこか嬉しげに、けれど悲しげに。今の自分の顔を見られたくないと、俯きながら。
「……とはいえ、世界は君のように強くはなかったのでな。あまりに大きすぎる変貌を前に、様々な問題と共に在り方を変化させていったわけだが……その辺りは、また別の機会取っておこう。君が真に知っておくべきはこのあと。十年でVTuberという新種の生き物が発見された。ひとまずの認識としては、それでいいとも」
数秒後、平静を取り戻した田中は、すっかり元通りの顔に戻りながら授業を進める。
もう役割は終わりだと。そして本番はここからだと。
水性ペンで上の一行に二重線で塗り潰してから、次の一行──世界の現状についてを、これが本題であると示すかの如く力強く叩いてみせる。
「2028年7月7日。何の因果かVショックと同じ七夕に、巨大な塔が聳え立ったことから始まった。国内最大の電波塔が爪楊枝に思えてしまう、宙まで続くとばかりに高い塔。そしてその塔から現われた黒い存在、天使と名称付けられた連中の襲撃によりこの国は甚大な被害を受けた。それが世に言う、日本大強襲だ」
そうして田中は告げたのは、先ほどの話と同じくらいの衝撃を持つ事実。
愛斗が地上に出た際、真っ先に目にした塔。そして愛斗を襲ってきた、マネキンのような黒いヒトガタ。
それらこそが、この時代の惨状の元凶であると。
薄々察してはいたものの、それでも愛斗はごくりと唾を呑み、田中の説明を聞く他なかった。
「……たくさんの命が失われた。たくさんの歴史が失われた。分厚い雲は、俺たちから太陽を奪った。やつらに通常の兵器は意味をなすことはなく、気まぐれな飼い猫がジオラマを破壊してしまうくらいあっさりと、東京含めた都市圏の大部分は壊滅的被害を受けてしまった。まさしく終わりの始まり……目を瞑れば、今でも鮮明に思い出せるとも」
襲撃で死んだ俺の家族もな、と、ぽつりと寂しげに漏らす田中。
だが愛斗は掛ける言葉など思いつかず。
顔を青ざめさせ、田中の声が遠くに聞こえてしまいながらも、ただただ口を手で押さえるしか出来ない。
愛斗の頭に過ぎったのは、父と母、そして幼馴染である
浮かべてしまう、最悪の想像を。
考えてしまう、悪夢の光景を。
そして至ってしまう、絶望的な結論に。
荒廃した街中で力なく倒れ、目の光を失わせ、二度と言葉を発さなくなる大事な人達の姿。
或いはあの黒いヒトガタに捕まり、凄惨な死を遂げる彼らの姿。
──例え十年後の未来であろうと、既に彼らが生きてはいない。そんな直視しがたい現実。
天才たる天野一与の発明と実験に巻き込まれながら育った愛斗は、確かに多少は他の人より物事への許容量や耐性がありはする。
だがそれでも、彼はやはり普通の大学生であった。彼の裡の器はもう、想像以上の情報の濁流を受け、限界に近かった。
「大丈夫か? 時間はある。休憩を取るのも、立派な勉強だと思うが」
「……大丈夫です。続けてください。その方が、ずっと楽だ」
それでも。
顔を青白くさせ、深刻な表情になりながらも顔を上げてはっきりと答える愛斗。
「……そうか。その方が気が紛れるかもしれないな。では、簡潔にだが続けていこう」
そんな愛斗の気丈とも言える態度に、それ以上の心配は野暮だと。
田中は何かを言いたげに顔をしかめるも、一度小さく頷いてから、表情を戻して授業を再開する。
「2030年。大強襲より二年経った頃、数人の人間とあるVTuberの尽力により、ようやく人類とVTuberは
そう語る田中はどこか寂しげでありながら、けれど既に悲観さえ枯れたとばかりに平坦で。
日本の敗北。
言葉にすればとてもシンプルで、だからこそより絶望を象徴する事実。そんな話を前にした愛斗は
けれど未来に来てからの全てを考慮し、たわいもない嘘だと否定することが出来なかった。
「その後、参戦したVTuberや人間の多くを失った日本に為す術はなく。2032年、人類の最終拠点とされていた京都は完全陥落。地上は非人類区域と定義され、日本は国ではなくただの自然へと戻り、そして今に至る。これが2025年より十年で起きた世の変化だよ。
全てを話を終えた田中が、パチンと指を鳴らせば、景色は一瞬で元の地下室へと回帰する。
「……ふうっ。久しぶりに展開してみたが、やはり簡易教室はどうにも身体に応える。心だけとはいえ、歳は取りたくないものだな」
「……疲れるなら、教室なしで良かったのでは?」
「なに、たまの運動代わり著雰囲気作りだ。視覚的情報による勉学への影響というのは単純なようで中々に効果的でな? ……何より、俺も一度やってみたかったんだ。最初で最後かもしれない、対面授業というやつをな」
愛斗の疑問に、二カリと満足とばかりに笑みを作ってみせる田中。
確かに簡易教室を見せられたことで説明の説得力は強まったと。そして本人が満足しているのなら、これ以上言うこともないと。
愛斗は「ありがとうございます」と感謝を告げながら、自らのバッグより水のペットボトルを出し、ひとまずは一息入れることにした。
「それで何か質問はあるか? 運のいいことに、今日の生徒は君だけだ。胸に抱いた疑問へは、満足いくまで付き合ってやれると思うが?」
「……じゃあ。大襲撃についてなんですけど、海外からの助けはなかったんですか?」
「残念ながら。とはいえ、別に見放されたわけでもない。……参考資料顕現。見てくれ、これがその理由だ」
愛斗の質問に、田中はどこからともなく、自らの手に一枚の写真を出して差し出す。
田中から手渡された一枚の写真。
水を一口含んだ愛斗は、差し出された写真を受け取り──写し出されていた光景に、思わず水を吹き出しそうになってしまう。
写真に写されていたのは、恐らく日本の周辺であろう大きな海。
けれど水平線は途絶え、ある地点より空白となってしまい、あったはずの続きがない。
まるでゲームでマップ外が一切作られていないのと同じように、日本の先が消えてしまっていた。
「けふっ。海の先が、ない……?」
「二百海里。つまり日本の経済的排他水域より先は消失してしまった。これはかつて自衛隊や飛行能力を会得したVTuberからの報告で確定されている。はさみで日本回りの地図をくり抜いたみたいな、そんな感じらしい」
口から吹きだしかけるも、どうにか堪えはしたものの、それでも驚きを隠せない愛斗。
そんな愛斗に、田中は静かに頷いてから、軽く手を叩いて地下へ音を響いた。
「……少し詰め込みすぎたな。ひとまず切り上げ、食事を摂ろう。時間はいくらでもある。……柄にもないが、まともなツナ缶なんて久しぶりで楽しみなんだ。こんな身体でなく、ウィスキーでもあればなお楽しいのだが──」
そうして、田中がクツクツと笑い、重苦しい空気がほんの少し弛緩した。──そのときだった。
カラカラカラッ!! と。
地下室の片隅。壁に括り付けられ、垂れ下がっていた空の空き缶。その全てが、突如けたたましく一斉に音を鳴り始める。
「な、何の音です……?」
「静かに。庭に貼っていた警報装置だ。それが鳴ったのなら誰かが庭に入った」
突然のすぐに立ち上がり、警戒心を強めながらどうしたのかと尋ねる愛斗。
そんな愛斗に、口元に指を立てて指示した田中は、目を瞑りながら思考し──すぐに至った結論に、唖然としながら口を押さえてしまう。
「猫とか他の人の可能性とか、そういうのはないんですか?」
「残念だがここ数年、この辺りでまともな動物を見かけた記憶はない。そして知る限り周辺の生き残りは数人だが、そいつらはうちの警報装置を不用意に鳴らす真似はしない。つまり他人か、人以外だ」
田中が戦きながら、それでも愛斗の言及した可能性を否定し、直ぐさま動き出そうとした。
けれど田中が動くよりも早く、ダンダンダンッ!! と。
階段先に備え付けられた扉。地上と地下室を繋ぐ唯一の境の叩き音が、地下室へと鳴り響いた。