VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
風雲急を告げる。
授業と対話で緩みかけた地下室の緊張は、反動のように、今にも破裂しそうなほどに張り詰める。
「
田中が唱えた直後、愛斗は自らの口が発しようとした音が声にならないことに気付く。
先ほどと同じ声の消失。喉までは確かにあるのに、口に出そうとすれば音に変わってくれない。
そんな不可思議の到来は、愛斗は例え二度目とはいえ慣れず、咄嗟に喉に手を当ててしまう。
「……やつらの生命への執着がここまでだったとは。我ながら見誤った……いや、抜け落ちる程度には浮かれていたわけだ。ざまあないな」
「っ!! っ、っ!!」
「静かに……と言っても喋れないか。俺が消せるのは声だけだが、やつらが一番敏感なのも音。だから静かにしていなさい。いいね?」
しっ、と。
人差し指を唇そばで立てた田中は、動揺する愛斗を真っ直ぐ見上げながら、大人が子供を安心させるときのような優しい声色で窘める。
「いいかい、よく聞くんだ。これから俺はあの扉を開け、外の状態を確認する。そして隙が出来たら合図するから、君はこの地下室を飛び出してそのまま逃げる。その際、あいつらには絶対に触れられちゃいけない。いいね?」
「っ、っ!!」
「大丈夫、これでも一応VTuberだ。戦闘はからっきしだが、それでも君よりかはどうにかなる。難しいだろうが、どうか信じてくれ」
微笑と共に背を向けた田中は、愛斗の返答を待たずして、階段を上がり扉へと向かおうとする。
そんな田中へと手を伸ばし、小さな肩を掴みながら、必死に首を横に振る愛斗。
信じるとか疑うとか、そういう問題ではなく。
助けてくれた恩人が、自分を助けるために自ら犠牲となろうとしている。あからさまな自己犠牲を許容出来ない。愛斗が胸に抱くのは、そんな他人の献身に対する忌避感でしかなかった。
「……君を見ていると、どこか息子を思い出す。だから、どうか生きてくれ。頼む」
僅かに振り向き優しげに微笑んでみせた田中は、それから愛斗の手を軽く払い、静かに扉へと寄る。
扉を開けるのではなく、壊してでも無理矢理にでも押し入ろうとしているのか。
外側で大きな音を鳴らし、徐々にへこむ地下室の扉は、もうじき限界を迎えようとしている。
そんな既に限界の近そうな一枚に田中は手を掛け、勢いよく押し込み──無理矢理に開かせる。
バタンッ、と。
弾かれるように開いた扉。
その反動にはね飛ばされたのは、一番近くにそばにいた天使と呼称される、白い天輪宿した黒いヒトガタ。
直後、外へと飛び出した田中が外を確認し──自らの見通しが甘かったと、音が鳴るほどに奥歯を噛む。
地下室の外。曇天に覆われた庭を囲むは、数十人の天使。
久しぶりに見つけた極上の餌を絶対に逃がさんとばかりに、田中の地下室の包囲していた。
「来るなッ!!」
声を上擦らせながらも、それでも必死で愛斗へと指示を伝える田中。
あどけない風貌ながら、利発そうな雰囲気の田中には似合わない、叫び慣れていない喉での叫び。
そんな灰色スーツの少年の決死の咆哮を受けた愛斗は、飛び出しそうになっていた身体が、縛り付けられたかのように硬直してしまう。
この状況での制止。そして田中の声から伝わる焦燥、絶望。外か僅かに聞こえてしまう、耳障りな不快音。
残念ながら、その意味を悟れぬほど、愛斗は愚鈍ではない。
すなわち、地上にはもう逃げ場などないと。自分達はもう、既に詰みの状況に陥ってしまっていると。愛斗は恐怖の片隅にて、俯瞰しているとばかりに他人事として、どこか納得してしまっていた。
「大丈夫、任せろ! ──
銃に手を掛けることさなく、そのまま下を向きかけた愛斗。
そんな田中は力強く叫びながら、今度は庭全体を包むほどに巨大な教室を映し出す。
「耳を塞んで身をかがめろ! これから大きな音が鳴る! その直後、君は外に出て全力で走るんだ!」
身体よりほんのり淡い白光を灯しだした田中は、大きな声ではっきりと、愛斗へと指示を送る。
愛斗は悟る。きっと田中には、何が手があると。
詰んでしまっている状況を打破する策が。恐らく自らを贄として、道を開く切り札が。
だからこのまま何もせず待っていれば、生き残れる可能性が一縷とはいえ、発生するかもしれない。彼がそうしろと言うのなら、従うことこそ彼に報いること。そのはず。
……だから田中を見捨てるのか。
このまま、あの人を願いのまま、お世話になった恩人に背を向け、この場を去ろうというのか。
愛斗は震えるほどに強く拳を握り、小さく首を横へと振る。
──嫌だ。それは、そんなの絶対に、許していいわけがない。許せない。
ここで逃げたら、俺はきっと後悔する。どんな幸福だろうと拭うことの出来ない、そんな後悔を。
自分は決して聖人ではない。全ての人間を分け隔てなく助けたいなんて、決して思えない。
だがそれでも。だけど、だからこそ。
俺は大事にしたい人を、お世話になった人を助けたい。少なくとも、今目の前で、天使なんてよく分からないに恩人を殺されることを、むざむざ許容出来るわけがないだろう。
どうする。どうすればいい。
考えろ、考えるんだ。
この状況の突破口が何かあるはず。どうにもならないとしても、これで頭が壊れようとも、今無理矢理にも絞り出せればそれで──!!
『──力が欲しい?』
脳の回路が焼き切れそうなほど、一秒が十秒と錯覚できるほど、必死に思考を巡らせる愛斗。
そんな愛斗の心に、誰かが言葉をかける、
愛斗にとって聞き馴染みがあり、聞くだけで心だけではなく魂が弾んでしまいそうな音。けれど今聞こえるはずのない存在──自身の推しであるナーゾちゃんの声が。
『助けたい? 進みたい? ……帰りたい?』
推しの囁き。自身の心の蟠りを解すような、自らへの問い。
その問いの全てを、愛斗は肯定する。言葉なく。けれど確かに心にて。はっきりと。
目の前の恩人を助けたいと。
この時代の滅びに抗い、自分の時代を守るために進みたいと。
そして何より、父や母、幼馴染が待ってくれているはずの未来へ帰りたいと。
『なら願って。思うまま、その言葉に出してみて。──信じて続けて、貴方の世界一の推しを』
「……
愛斗は唱える。
推しの挨拶。切羽詰まった危機的状況にそぐわない、場違いな叫び。
半ば無意識で。けれどどうしてか、それが正解であると。心よりもなおも奥──魂の熱に、その身を委ねながら。
そして光る。自身の左手薬指身につけていた指輪──幼馴染、天野一与の最後の餞別が。
持ち主の心に呼応したかのように。願いに応えたかのように。
膨れあがる白閃光は意図も容易く愛斗を包み、その勢いのまま地下室へと膨れあがり──地下室の天井を、そして誰かの庭ごと家の敷地を吹き飛ばす。
「──なぞな~ぞ♡」
声が響いた。女の声が。どこまでも響く、愛らしき少女の声が。
そして一人の少女がふわりと、ミニスカートをひらつかせながら、箒に跨り空へと漂う。
存在感ある真っ黒な三角帽。
白と黒のコントラストで彩られる魔女服に、左胸に付いたはてなマークのブローチ。
ギリギリで絶対領域を死守するフリル付きミニスカート。そして滑らかな黒ニーソ。
その姿、まさに美少女。
世界にも通用する所か、もしかしなくとも頂点だって夢じゃないかもしれないほどの美少女。
「……え。な、なにこれ。なにこれー!?」
その姿の名は、謎っ子ナーゾちゃん。
無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子。
愛斗の推したるVTuberにして、現実にあるはずのない虚構の姫。
それがこの世界へ姿を現し──その中身たる無色愛斗は、自らの声や諸々の変化に、可憐な驚き声を上げるしかなかった。