VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜 作:ゴマ醤油
願った直後、白い光に包まれたと思えば、次の瞬間には箒に跨って空へと浮く少女。
黒髪魔女っ子服の美少女VTuber──否、その姿をした
「な、なにこれ……? えっと、どうなってるの……?」
箒の上に器用に座る愛斗は、自らから発された戸惑いの声、そして目を下へ向けた際窺えてしまった手と恰好に思わず息を呑んでしまう。
白磁のように汚れのない、少女の華奢な手。
見慣れた白黒の魔女っ子服。そしてスースーと、慣れない感覚を下半身に覚えさせてくるフリル付きのミニスカート。
そして生まれてからずっとあったはずの相棒の消失。
空は水面とは異なり、覗き込もうと自らの姿を映すことはないのだから、そうした結論に至る要素がない。
だが愛斗の自分が今、箒に跨り空を飛翔していること。そして今し方自らから発された音が、覚えある推しの声──ナーゾちゃんの声帯にて発されている。
故にどれほど荒唐無稽だとしても、結論づけるしかない。
自分は今、何故かナーゾちゃんになってしまったのだと。
「……やれやれ。どういう状況なんだ、これは」
「え、あ、田中さん! 良かった、無事……無事なん、ですよね?」
早く降ろして欲しいのだけどね、と。
箒の後方。ちょうど穂先の部分に、吊られた猫のように垂れ下がっている灰色スーツの少年──先ほどまで共に地上にいたはずの、田中の姿が。
自らの助けようとしてくれた恩人、その無事に心より安堵しつつ。
けれどやっぱり、この状況に対する答えはなく。
むしろ自分の方が教えて欲しいくらいだと、愛斗はつい縋るような目を田中へと向けてしまう。
「しかし無色君。まさか、君もVTuberだったのかい……?」
「違いますって! 何がどうなってるか、俺も教えて欲しいくらいで……うわわっ、箒がっ!!」
愛斗が必死に首を振り、釈明しながらひとまず田中を箒の上へ引き上げようと手を伸ばした。
そのときだった。
今まで安定して滞空していた箒がガタンと揺れたと思えば、次の瞬間には地上に引き摺られるみたいに、落下を始めたのは。
「おーちーちゃーうー! だーれーかーとーめーてーっ!」
愛斗の抵抗虚しく、ひゅるりひゅるりと。
降りると落ちるの中間辺りの速度で落ちる箒は、さながら空を漂う鳥の羽のよう。
そうして落下と言うには遅い絶妙な速度のまま、二人の乗っていた箒は吹き飛んだ庭の中央──天井を失った地下室の床へと墜落した。
「いったたぁ……ってあれ、痛くない。どうなってるんだ……?」
落下の直後、立ち上がった愛斗は空を仰ぎ、両手の感触を確かめながら独り言つ。
自分は今結構な、少なくとも周辺の二階建ての住宅を越える硬度から落ちてきた。それは落ちていた最中に感じていた風の冷たさと、魂が抜けそうなほどの喪失感が嘘ではないと証明している。
だというのに、この身に骨折は疎かどこか痛めたという感覚はない。
一時期痛覚が麻痺するほどの重傷、というわけでもない。それは経験則から察せられる。
だからこそ、余計に奇怪な現状に困惑するばかり。
自らの変化。状況の急変。そして生存の安堵。愛斗は今、それらがない交ぜになっているせいで立ち往生に近い状態に陥ってしまっていた。
「……まったく、中々に無茶させてくれる。危うく潰れた蛙のようになる所だったよ」
「あ、田中さん! お怪我はありませんでしたか!?」
そんな空気の中、愛斗の思考を戻したのは、同じく地下室へと落下した田中。
灰色スーツの少年の呆れ混じりの声に我に返った愛斗は、急いで彼へと駆け寄りその身を案じ、ぱっと見どこにも異常のないことへ胸を撫で下ろす。
「大丈夫だ。ただ空を飛ぶのは初めてでね。ちょっと生きた心地がしなかっただけだ」
「……なんか、ごめんなさい」
「いや、すまない。そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだが……それでも、助けられた者の態度じゃなかったな。我ながら、浅慮だった」
苦言にしゅんと、肩を落とす愛斗。
ただの男子大学生が消沈をみせようが特別なことなどないが、残念ながら、今の愛斗はナーゾちゃん。
特級美少女の落ち込む姿が効いたのか、それとも関係はないのか。
いずれにしても、田中は愛斗へ申し訳なそうに顔を背け、そして真っ直ぐに向き直しながら、自らの手を伸ばした。
「──ありがとう。俺が助けるつもりだったのに、逆に助けられてしまったな」
実直な感謝の言葉。そして優しげな微笑と共に、差し出された田中の手。
小学生ほどの体躯の小さなそれに、愛斗は最初少し躊躇うも、けれどガッシリと握り返す。
「……それを言ったらお互い様です。田中さんも、俺の事を助けようとしてくれました。俺が貴方を助けられたのは、単なる偶然です」
「偶然だとしても、過ぎた謙虚は傲慢でしかないがね。……とはいえ、これ以上は野暮か。よしっ、ならばお互い様だ。これで貸し借りなし、共に上下なしの関係でこの話はおしまい。いいね?」
田中の申し出に「……はい」と、どこか納得出来ないながらも呑み込んで頷く愛斗。
愛斗にとっての田中は、二度に渡って自身を助けてくれた大恩人。
対して自分はそんな恩人の家を壊し、自分でも分からない何かによって、たまたま助ける結果になったに過ぎない。
けれどその全てを、自らの負い目や不満はもう、呑み込むしかない。
目の前の恩人が、これでしまいと切り上げてしまうのなら、それ以上は押しつけでしかない。
例えどれだけ負い目があろうとも、言葉も感情も自らの胸に納め、互いが助かったことを喜ぶ。そう切り替えることにした。
「しかし君の容姿、それにそのV粒子……まさか無色君、君はVTuberだったのか……?」
「いや、そんなことありませんって! こちとらただの大学生──あれ?」
じろじろと、まるで子供が動物園のパンダを見るときのように、訝しげに愛斗を観察する田中。
そんな視線に惑いつつ、両手を振って否定した愛斗。
だが次の瞬間、先ほどと同じように白い光に包まれ──すぐに光が止んだ後、同じ場所に建っていたのは。元の無色愛斗の姿そのものであった。
「何だったんだ今の光……って、戻ってる? あーあー……戻ってる。戻ってます、よね?」
「……ああ、戻ってるな。どこからどうみても、君は紛れもなく無色君だ」
再びの白光に困惑する最中、愛斗は自らの声が女性のそれではなく、自分のものであると気付く。
華奢且つ流麗な、白磁のような両手は大きくごつい男の手へ。
服も元通り。ひらひらしたフリル付きのスカートから感じられた慣れない感覚は、落ち着きのあるジャージの着心地へ。
まるで先ほどまでの変化が夢であったとでも言うかのような、まるで違和感のない元通りの姿。
そんな自分の状態に、愛斗はつい田中へと確認し、自らの疑問の回答に安心感を抱いてしまった。
「可逆のVTuber。人からVに、Vから人に移れるVTuber。……そんなものが、有り得るのか。だが今の君から紛れもなく、V粒子ではなく肉の身体。実例がある以上、信じざるを得ない。……無色君。もう一度、さっきの姿になれるかい?」
「え、あ、はい。えーっと確か……キャスト。キャスト、なぞなーぞ。……なれないですね」
記憶の中からつい先ほどの、無我夢中だったせいか若干曖昧な記憶から思い出しながら、探り探りで唱えてみるが何が起きることもなく。
空に届くかのような、白い光が発されることはなく。
胸の内へ、推しの声をした何かが囁いてくれるわけでもなく。
まるで手応えないまま数秒。吹いた風の音だけが、余計に場の虚しさを強調させてしまう。
ちなみになぞなーぞの部分は、他の部分に比べて少し声のボリュームがない。
いくら大好きな推しの挨拶と言えど。シラフな状態でいきなり振られて高らかに叫べるほど、愛斗はネジが飛んでいるわけでも度胸があるわけではない。
我が道を行く天才幼馴染とは異なり、いやそんな幼馴染がいたからこそ、大部分は常識の範囲で構成されている。それが無色愛斗であった。
「……どうやら、自発的に変身出来るわけではないらしいな。一度きりの奇跡。或いは何か条件を満たす必要が──」
「なんだこれ。先生っ! いるんですか先生ー! 返事をしてください、先生ーっ!」
田中が顎に手を当て、愛斗の変化について、思考を巡らせていた。そのときだった。
誰かを呼ぶ声が二人の耳に届く。先生と、誰かを探す人の声が周辺より聞こえ出す。
味方か、それとも敵か。
出来れば前者であることを祈りながら、けれどどちらであってもいいようにと。
愛斗は身構え、本能から拳銃を抜こうとしたが、隣の田中は「大丈夫だ」とその動きを制止させた。
「に、庭が……あ、先生! ご無事でしたか先生!」
やがて地上より空いた穴を覗き込み、愛斗達の前に姿を現したのは野性味のある人相をした、着物姿な赤髪の美青年。
軽やかな跳躍をみせた赤髪の青年は、愛斗達のいる地下室へと着地し、田中へと近寄る。
「……
「本当ですよ! 今日はクソ天使共が多いと思っていた矢先、いきなり先生の家の方から白い光が立ち昇ったから、何かあったのかと気が気じゃなかったんですから!」
久遠と。
そう田中に呼ばれ、返事をした赤髪の青年の姿を見た愛斗は、青年の容姿をつい見入ってしまう。
目を引いたのは、鮮やかな赤の着物─ではなく。
背に携えた無骨な大太刀──でもなく。
愛斗の目を奪ってしまったのは、頭部より生えた、どこか柴犬を思わせる三角耳。
臀部から生え、ゆらゆらと小さく揺れる、愛くるしい形状をした尻尾。
人にはないはずの獣耳。人にはないはずの獣尾。
まるでコスプレのような、けれど動きから本物であるのが一目瞭然なそれらを前にした愛斗は、彼もまたVTuberなのだろうと納得しつつも、それでも驚きを隠せずにいた。
「それで何があったんです? 尋常じゃないV粒子を感じましたが?」
「ああ、彼と天使に出会ってしまってね。ああそうだ、紹介しよう。彼は今日会った無色君。今日であったばかりの……人間だ」
安堵の息を零してから、何があったのかを田中へと尋ねた久遠。
そんな彼に田中はどうしてか少し言い淀んでしまいながら、それでも愛斗を手で差す。
「人間?」と、まるで聞きたくもない単語を聞いたみたいに、訝しげに顔を歪める久遠。
それでも田中の誘導に従い、ゆっくりと愛斗の方へと顔を向け──目が合った瞬間、ようやくこの場には田中一人ではないことに気付いたのか、「うわ」と嫌そうな声を漏らしてしまう。
「……うわっ、本当に人間だ。まだいたのかよ、野良の生き残り。それにこの
すんすんと。
数度鼻を鳴らした久遠は、まるで今にも背中の大太刀を抜きそうなほど疑いの視線を愛斗へと向ける。
「あの、無色愛斗です。よろしく──」
「挨拶なんて必要ないし、馴れ合うつもりもない。純人間なんかに、わざわざ名乗ってやる義理なんかないな」
どこか嫌われているなと感じつつ、それでも自己紹介と共に手を差し出した愛斗。
けれどその手が握られることはなく。
侮蔑を込めた嘲笑を発した久遠は、差し出された愛斗の手を軽く払いのけてしまう。
「久遠君。仲良くとは言わない。けれどあまり無碍にしないでやってくれ。彼は俺の恩人なんだ」
「先生に言われても、こればかりはどうにも。大体先生の家がこんな惨状になったのだって、どうせそいつのせいなんでしょう?」
まるで嫌悪を隠そうとしない久遠は、必要以上に強い口調で責めながら、ただ愛斗を見下しせせら笑う。
そんな赤髪の青年の露悪的な態度に、愛斗は反論しようとして──けれど言葉を詰まらせてしまう。
分かっている。目の前の赤髪の青年の態度は、理屈よりも先に感情から来るものでしかないと。
だが同時に、そんな言葉でさえ否定出来る材料は自分の中にはない。
今まで平穏に過ごせていた田中の家を壊す事態を招いてしまったのは他ならぬ自分なのだと。
何より天使の襲撃があったとはいえ、彼の拠点であった地下室とその庭を台無しにしてしまったのは他ならぬ自分なのだと。
心のどこかでそう考えてしまっていたのを、ピタリと言い当てられたような気がしてしまった。それ故の動揺だった。
「それは違うよ久遠君。この件は、俺の不注意で招いてしまったことだ。どうかそこだけは改めて欲しい」
「……どうだか。まあ先生がそう納得しているのなら、ひとまずはそういうことにしておきますけど」
愛斗が一歩退いてしまいそうなった矢先、田中が窘めたことでひとまず久遠の敵意が薄れる。
敵意を引っ込めたというよりかは、ただただどうでもいいという無関心。
相手にされていないと、そう感じながら。
それでも反論は喉から出てくれず。また一方的に敵意をぶつけてきた赤髪の青年に寄り添う気は起きないと、それ以上の言葉が続くことはなかった。
「それで何があったんです? この惨状はクソ天使だけじゃ説明つかない。それに先ほどのV粒子は一体……?」
「うむ。詳しく話せば長くなってしまうのだが、ここでは少々……そうだ久遠君。俺達を君達の拠点に匿ってくれないかい? そこで君達全員に事情を説明する……というのはどうだろう?」
突然の田中の提案に、愛斗と久遠の二人が僅かに顔をひくつかせる。
「冗談ですよね? 先生が来るのは大歓迎ですけど、こんなどこの馬の骨かも分からない人間を俺達の拠点に入れるのは……分かってくれません?」
「分かってはいる。だがそこを頼む。俺の恩人なんだ。お願いします」
「あ、頭を上げてください先生。そんな頼まれちゃ、たまんないですって」
綺麗な九十度で頭を下げる田中。
久遠は慌ててやめるように頼むも、田中は決して頭を上げようとせず、無言の刻が流れる。
「……分かりました。けど、他二人が嫌だと言ったらそのときは勘弁してください。俺一人なら我慢出来るが、あいつらには強いたくはないです。それで構いませんね?」
「ああ、もちろんだとも。ありがとう。本当に、感謝するよ」
少しの静寂のあと、先に折れたのは久遠の方。
困ったように頭へ手を置きながら、それでも仕方ないと提案を呑み、愛斗をほとんど睨みというくらい鋭い視線を向けた。
「先生に感謝するんだな。そして妙な動きを一つでもしてみろ? そのときは憂いなく俺が真っ二つにしてやるから、精々身の振り方には気をつけるんだな」
「ああ。……あの、ありがとう。受け入れてくれて」
「……ふん」
愛斗の礼への返答はなく、鼻を鳴らした久遠は愛斗から顔を
「……君に言うのは筋違いだと理解している。けれど、あまり悪く思わないでやってくれ。彼のように純人間を嫌うVTuberは今なお少なくない。それでも、決して悪いやつではないんだ」
そんな久遠の姿に、どう反応していいか掴みあぐねる愛斗。
そんな愛斗へ、無事だったらしい四次元バッグを拾った田中がバッグを返しながらそう話してくる。
申し訳なさそうで、けれど頼むような田中の言葉。
愛斗としては、依然印象が変わることはない。
ただそれでも、田中の頼みで折れてくれた久遠がそう悪い人物ではないのだと。そのことだけは素直に受け入れることが出来た。
「さて、話がまとまったのなら早々に脱出するとしよう。それで久遠君。本当にすまないのだが……」
「大丈夫分かってますから。……おい、口閉じてろよ。
「え、うわわっ!?」
有無を言う暇などなく。
久遠にささっと抱きかかえられた愛斗は、そのままお姫様抱っこの姿勢で地上へと運ばれる。
無色愛斗。二十歳。
寝落ちした幼馴染を運ぶことはあれど、抱かれるという発想さえ今この瞬間までなかった男。
そんな男の初体験は、自分を嫌う犬耳生やした青年によって奪われた。