VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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隠れ家

 久遠(クオン)と。

 別に直接名乗ってはいないのだが、田中がそう呼んだ赤髪の青年のあとに続いて歩く愛斗。

 

 その道中、先ほどまでたくさんいたはずの天使の姿がどこにもなく。

 時間も分からぬ曇天の中、彼ら三人がスムーズな足取りで辿り着いたのは、水飲み場の残骸くらいしか残るもののない、小さな公園に建った一人用のテントであった。

 

「テント……?」

「余計な詮索しなくていい。どうせお前じゃ、これの凄さなんて理解出来ないからな」

 

 見た目以上の情報が得られない、寂れた公園ぽつりと置かれただけの赤色のテント。

 そんなテントに首を傾げてしまう愛斗だったが、疑問への回答はなく。

 苛立ち混じりな舌打ちのみを返した久遠がファスナーへと手を掛け、ドアを開けて中を晒してみせる。

 

 とはいえ、中は外側どおりに物を置くには心許ない狭さ。

 黒い布の床があるのみで、他に何があるわけでもない……こともなく。

 テントの床。その中央に設置されている、異様な存在感を放つマンホール。道路にあるのとは少し異なる、言うなれば金庫の入り口のような、公園には似つかわしくない分厚めのマンホールであった。

 

「えっと、今回のパスワードは0302……よしっ」

 

 屈んでマンホールへと手を伸ばした久遠は、数字を呟きながらポチポチと、マンホールに付いた数字盤を指で突いていく。

 ピピピと、数度テント内に鳴る小気味好い電子音。

 そしてガシャンと何かが外れたような音が愛斗の耳まで届けば、次の瞬間にはマンホールは独りでに、中心から綺麗に開いてしまった。

 

「……なにそれ」

「人間みたいに軟弱じゃないんでな。ほら、とっとと入れ」

 

 背負っていた大剣が白い粒子となって消失させた久遠は、一言毒づいてから中へと飛び降りる。

 

 一切の説明もなく行ってしまった久遠に、若干の躊躇いのせいで一歩が歩めない愛斗。

 けれど、ポンと。

 軽く背中を叩いてきた田中に、「大丈夫だ」と幼子を安心させるような微笑を向けられた愛斗は、意を決してマンホールのそばまで足を運んでいき、恐る恐る中を覗き込む。

 

 中は空洞というよりは、先がない。

 簡素な梯子が少し伸びた先にあるのは地面ではなく、のっぺりとした黒い薄膜。

 底が見えないのとは違う。黒いシートで塞がれていると言われてしまえば、多くの人がそうかと信じてしまえる。そんな感覚の薄膜。

 

 愛斗は一度、田中の方へ首を向けてしまうが、田中は大丈夫だと小さく頷くのみ。

 意を決した、決めるしかなかった愛斗は躊躇いながらも梯子を下り──そして膜を突き抜けた足が、そして後に続いた身体の感じる空気が、外のそれとは異なるのを知覚する。

 

 梯子は思いの外短く。

 ひょいと飛び降りた愛斗は、広がる視界に「おおっ」と感嘆の声をあげてしまう。

 

 黒い薄膜を越えた先、底に広がっていたのは、平坦な地下室が一つ。

 広さは先ほどまでいた田中の部屋より少々広く、けれどある物と言えば部屋中央の焚き火とその周囲に置かれた寝具のみ。

 

 およそ数人が寝て起きて休むだけの場所。地下室と言うよりは、一時避難用の地下シェルター。

 率直な感想として、そんな一言で済んでしまうほど簡素な一室。

 だがそれでも、あのマンホールの中──公園のすぐ下にはあり得ない空間だと。

 初めて入った者が「何もない」という残念さよりも先に驚きを抱くには、十分過ぎる場所であった。

 

「どうなって──」

「おおーっ。これぞげに懐かしき、食欲ウハウハ人肉の香りと質感なり。そんなわけで、もぐりと」

「なっ!?」

 

 降りきった愛斗は、つい感想を漏らしそうになった。そのときだった。

 足下から聞こえた脳天気な声。そして愛斗が下を向くより早くに感じた、足のほのかな痛み。

 取るに足らない微痛ではあったものの。

 それでも驚きからつい足を振ってしまうと、小さな茶色の物体が空を舞い、くるりと一回転して綺麗に二足で着地してみせる。

 

 ──そこにいたのは、体長二十センチほど茶色毛玉。すなわち、もぐらであった。

 

「ホップステップジャンピング。もぐらも地ではなく空に潜る時代の到来ですな。もぐ」

「な、もぐらが、喋ってる……!?」

「そりゃ喋りますよ、もぐらはもぐらとVのハイブリッドもぐらなので。あ、ちなみにカニバる趣向は微塵も皆無なんであしからず。そしてもぐらのことは、どうぞ気兼ねなくもぐらと呼んでやってください。ネズミでもヒミズでもなくも・ぐ・ら。もーぐーらー、アンダースタン? あ、せんせーもおっすー」

 

 流暢を通り越して、濁流の如くペラペラと淀みなく話すもぐら。

 まずもぐらが喋っているという事実。奇怪な絵面。そして耳を通り抜けて仕方ない、もぐらの話す内容。

 それらの情報に押し潰されそうになっていた愛斗に、もぐらはなおもぶれずに言葉を続けていく。

 

「あ、はあ……えっと、どうも。俺は無色(むしき)──」

「ああ、名前は結構。もぐらの前では人は人でVはV。千差万別、一視同仁、されど本音は依怙贔屓。そんな殺生なもぐら識別なの、どうぞ笑顔でお手柔らかに……おおー摘ままれるー。キュートなもぐらばでぃがお空にー」

 

 愛斗の自己紹介を遮り、なおも話し続けようとしたもぐら。

 そんなもぐらの小さな体は部屋の奥から現われた、一人の美女によって抱きかかえられたことで中断される。

 

「まったくもぐらちゃん。初見の子相手にもぐら節全開じゃ情報処理が追いつかないでしょう? 初めての子には合わせてあげる。VTuberの鉄則を守れない悪い子にはぎゅっとお仕置きよん?」

「うおおアリスーの柔腕に抱かれもぐらるー。アリスーのお山で窒息するぅー。あ、抱かれてまうと言ったって、所詮もぐらはメスもぐらなんでベッドであはーんうふーんじゃありやせんけどね。しかし、おお、やはりお山の質量殺人は享楽だぜい……」

 

 ぎゅっと。

 そんな音が鳴っていそうなほど、美女の豊満な胸へと押しつけられ閉口するもぐら。

 

 金髪と縦ロール。青色ドレス。

 愛斗より頭一つ背が高く、そしてすらりとトップモデルのように長い手足。サテン生地の白手袋。

 包容力と高貴さを兼ね揃えた美女。そんな美女が、慈しみある優しい視線を愛斗へと向けた。

 

「まったくもう。……ごめんねぇ。この子も元は人間のはずなんだけど、どうしてか天然のもぐらってくらいマイペースなの。アタシは不思議谷アリス。気軽にアリスちゃんって呼んでねん?」

 

 パチリと。

 高貴さを損なうことなく、けれどお茶目なウィンクと共に挨拶し、手を伸ばす美女──アリス。

 わざとらしいほど艶のある声。けれど悪意のない挨拶だと思えた愛斗は、差し出された手を握り返す。

 

「えっと、無色愛斗です。よろしくお願いします、アリスさん」

「あら良い名前ね、隙になっちゃいそう♡ ささ、先生も。こんな所で突っ立ってないで、あっちで座ってお話ししましょう? とはいっても、お茶の一つも出せないけどねん?」

 

 アリスの誘導に導かれながら、愛斗と田中は焚き火の回りへと近寄る。

 焚き火は温かく、けれど燃焼特有の臭いがない。

 火ではなく、焚き火の形をした電気照明なのだと。室内で火を焚べられていることに納得しながら、アリスが敷いた薄っぺらい座布団に腰を下ろす。

 

「………」

「………」

 

 座った場所の正面。警戒を隠さず睨み付けてくる久遠に、どうにも気まずさを覚える愛斗。

 今にも射殺すとでも言うような、或いは視線で刺殺に臨もうとしているかのような。

 そんな鋭い目つきを前にすれば、強さ云々を抜きにしても、萎縮しないというのは無理があった。

 

「……改めまして、彼らの紹介をしよう。久遠。もぐら。そしてアリス。全員VTuberだが……知っている顔は、いたりするかい?」

 

 そんな緊張を解すような田中の質問に、愛斗は申し訳なさそうに首を横に振る。

 

 愛斗の正面。高難度ゲームと雑談専門。ゲーム系VTuber、久遠寺クオン。

 右隣。ギャップを狙ったけど結果的にテンプレ。機械弄り+日用品修理系VTuber、不思議谷アリス。

 右隣、アリスの膝上。穴掘りが呼吸です。穴掘り系VTuber、もぐら。

 

 残念ながら、愛斗の頭には三人についての情報はない。

 そも愛斗はナーゾちゃんが好きなのであって、VTuberへの知見は人並みでしかなかった。

 

「……それで先生。事情とやらを話してくれよ。この人間と、何があったのかを」

「ああ。とはいっても、内容自体はそう多くはないがね。……無色君、いいかい?」

 

 田中はそう切り出し、愛斗の方へ視線を向け、問いを投げる。

 話して大丈夫かと。

 そんな質問を受けた愛斗は少しの思考の後に小さく頷き、それを受けた田中は、ここに至るまでを三人へと語っていく。

 

 語ったのは、街で天使に追われている愛斗を田中が助けたこと。

 田中が自身の拠点へと連れて行き、そして天使達に囲まれてしまったこと。

 万事休すと思った矢先、突如愛斗が変身し、脅威を退けたこと。

 そして愛斗がタイムマシンによって過去からやってきた人間であること。全てを、包み隠さず。

 

「それでここに合流したと……ううっ、二人とも無事で良かったでお姉さん嬉しいわぁ」

 

 白いハンカチで涙を拭いながら、うんうんと頷きながら喜ぶアリス。

 はえーと、どうとも取れる顔と軽い反応しかないもぐら。

 そして信じるつもりはないのか。露骨に不信感を抱いていると、顔をしかめる久遠。

 

 田中の話が終わり、話を聞いたVTuberの反応は三者三様だった。

 

「はっ、何がタイムマシンだ! 可逆式のVTuberだ!! 下らない妄言で優しい先生の懐に潜るゲスめ! なあ、やっぱりここで殺しておくべきだ。人間なんて、どいつもこいつも碌なやつが──」

「駄目よん久遠ちゃん、自分の嫌を押しつけちゃ。それに貴方なら分かってるんじゃない? 匂いは目以上に語る。そうでしょう?」

「……ちっ」

 

 声を荒げながら立ち上がった久遠は、白光と共に出現させた抜き身の大太刀をの切っ先を、遮る火を貫きながら愛斗へと向ける。

 だがぴしゃりと。

 アリスはその場から動くことはせず。されど芯の通った声と共に、鼻を軽く指差しながら久遠を諫める。

 

 舌を打ち、大太刀を消失させた久遠は座るも、忌々しいとばかりに嫌悪の表情を愛斗へ浮かべる。

 一瞬、生きた心地がしなかったと。

 本物の殺意を向けられ身が竦んでしまっていた愛斗に、「大丈夫?」と隣のアリスが優しく声を掛けてくれる。

 

「ごめんねぇ愛斗ちゃん。久遠ちゃん、少しひねくれてるの。でも悪い子じゃないのよ? ただちょっと純人間が嫌いなのを割り切れないだけ。貴方が特別憎いだとかそういうのじゃないの。それだけは、どうか分かってあげて?」

 

 優しい声色で、けれど少し悲しそうに話すアリス。

 愛斗は納得出来ないと思いながら、それでもアリスが悪いわけではないからと、一応でも頷く。

 

「ま、人の心も所詮は弱肉強食。嫌われている側からしたら些末な違いを汲んでやる道理なんてないと、もぐらはいたく共感してやるですよ。けれど残念、もぐらは所詮ものぐのら。理解ある彼ピももぐらも存在しないと、好きなやつだけ後方理解もぐら面出来ればそれでいいと。古い事の記しにもそう書いてあったわけであわわーまたー」

「もう、うまくまとまったんだからかき乱さないの。お仕置きしちゃうわよん?」

 

 そんな愛斗の心を代弁するかのような、全然そうではないような。

 気ままなもぐらの言葉は最後まで続かず、再びアリスによって抱きかかえられ、豊満な胸の谷間にて封殺されてしまう。

 

「それにしても、合点がいったわ。どうして愛斗ちゃんが四次元バッグを持っているのかと疑問だったけど、過去からの持ち込みなら納得。貴方、Dr.イヨとはどんな関係なのかしらん?」

「……えっ」

 

 胸のもぐらはそのままに。片手を頬に当てながら、納得と頷きながら問いを投げたアリス。

 日常会話のような軽い質問。

 けれど愛斗は言葉を失ってしまう。──イヨと、発された二つの文字。幼馴染と同じ音をした、一つの名前に。

 

「ドクター.……アリスさん、もしかして一与(いよ)を知ってるのか!? 今どこに!? あいつは、あいつは生きて……!!」

「うおっ……けふけふっ、強引ねぇ。大丈夫。一つ一つ話してあげるから、少し落ち着きましょう? もちろん、久遠ちゃんもね?」

 

 ほんの一瞬、淑女らしからぬどこか野太い驚愕を漏らしかけたアリス。

 それでも次の瞬間には元通りの気品を取り戻した彼女は、身体を乗り出し両肩を掴んで詰め寄ろうとした愛斗を、そしてその愛斗の動きに立ち上がろうとした久遠の二人を落ち着きある声で宥めてみせた。

 

「……先生。もしかして、伝えてないのかしら? タイムマシンだなんて聞いた時点で察していたはずでしょう?」

「大まかな説明の際、細かい部分は省略したのでな。それに彼女については君の方が正確な情報を提供出来る。……すまない」

「……もう、相変わらずいけずな人ねん。お姉さん、そういうのよくないと思うわぁ」

 

 肩をすくめてみせた田中。

 アリスはやれやれと首を横に振ってから、ジッと愛斗の方へ身体を向け、蒼い瞳を真っ直ぐ向ける。

 

「ねえ愛斗ちゃん、一つ訊かせて? 貴方はDr.イヨ……貴方の知るイヨさんとどういう関係なの?」

「幼馴染で、家族と同じくらい大事な人です。それ以上でも、それ以外でもありません」

 

 真剣な顔での問いに、愛斗は迷いなく即答する。

 愛斗にとって、天野一与は幼馴染であり──同時に、家族と並ぶほどの関係の女性。

 或いはもっと別に、親愛とは異なる何かがあったとしても。それを自覚しながら、一切口に出すことはなかったとしても。

 

 この場の回答として、これ以上の答えはないと。

 そんな愛斗の即答に、何一つ揺らぎのないその顔を前にしたアリスは「そう」と一つ頷くばかり。

 

「……そう。いい答えね。だからこそ、どうか気を落とさないで。貴方にはきっと辛い話になるわ」

 

 悩むように顔を下げたアリスは、けれどすぐに真剣な眼差しを向け直し、そう前置く。

 愛斗の顔は僅かに強ばる。それでもなお、小さく頷くと、アリスは一つ息を置いてから話し始める。

 

「Dr.イヨはね、人類とVTuberの和解に導いた立役者の一人なの。大強襲以後、数年でも日本が抵抗を続ける事の出来た理由の一つとされるほどの天才。そして……五年前の決戦で死んでしまった過去の人。もうこの世にはいない、人類が失ってはいけない宝だったわん」

 

 地下空間の中へ響いた、残酷な事実。

 予想は出来た。けれど見ないように、考えないように努めてきた最悪の想像。

 幼馴染の死を突きつけられた絶望に、愛斗はグッと歯を食いしばり、堪えるしか出来なかった。

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