VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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提案

「あたしはね、五年前まで京都にいたの。そこでDr.イヨの研究チームのスタッフとして彼女の研究に携わっていたんだけど、その際にDr.イヨと偶然話す機会があったときに少し懐かれちゃったのよん」

 

 末端エンジニアだったけどねん、と。

 アリスは首に手を当て、どこかばつが悪そうに口元を緩めながら、話を切り出し始めた。

 

 京都──人類の最終拠点があったとされる場所。

 謂わば崩壊後における人類の総本山。戦いにおける、最前線と同等の渦中に幼馴染がいて、そして

 

 自分の好奇心と楽しみのまま研究に勤しんでいた、自由奔放の天才であった天野一与。

 そんな幼馴染が人類のために自らの頭脳を使っていた。

 そんな事実を前に、愛斗は嬉しくもありながらどこか寂しさを抱いてしまう。二人しか知らないタイムカプセルが、いつの間にか知らない誰かに掘られてしまっていたときのような、そんな感覚だった。

 

「どうしてかあの子、アタシが少し旦那さんに似ているから話しやすいって。何がそこまで似ていたのかしらん……って、あらん?」

 

 決して嫌ではなかったのだろう。

 少し困ったような、けれどどことなく優しげに微笑みながら話すアリスだったが、その途中で話の受け手である愛斗が、急に大口あけて唖然としてしまったので首を傾げてしまう。

 

「だ、旦那? あの一与(いよ)に、旦那……?」

「あらん、Dr.イヨが既婚者で今なお操を立てているのは結構有名な話よん? もしかして初恋だった? まあでも、人間もVも十年経てば変化はあるわよねん。ああ、思い返せばアタシもそうだった。学生時代の初恋の人と同窓会で再会したら、なんとその子はすっかり人妻。あの日無性に進んだ日本酒ほど、ほろ苦い味はなかったわぁ……」

 

 天井を仰ぎ、今度は憂いを帯びた表情と声色で語るアリス。

 だが愛斗にとって、今はそんなことどうでも良かった。人の過去なんぞ、入るわけがなかった。

 

 Dr.イヨが既婚者。それはつまり、幼馴染である天野一与もまた既婚者ということ。

 天真爛漫、自由奔放、天衣無縫。

 世界の平和より自身の探求。振り回されるは人の性。そんな幼馴染が、自分以外のやつと結婚した。出来た。その事実はどんな宣告より、愛斗の心に重くのしかかる。

 

『じゃあね、にじゅっさいになったらけっこん! ゆびきりげんまん!』

『あーくんあーくん! 結婚式がどこがいい? 私はやっぱりドレス着たいから教会かな……もー、なんで笑うのー!?』

『えっへへー。指輪はねー、お互いの骨から作ったダイヤを交換し合いたいなって! 大丈夫、骨の一本くらいちょちょいのちょいで再生出来るから! ちょっとー、顔逸らさないでよー!』

 

 愛斗の脳を瞬きよりも速く駆け巡るのは、幼稚園から本人的には本当に最近までの記憶。

 走馬燈のようなそれは虚しい妄想ではなく、紛れもなく、確かに過去にあった会話。

 

 例えるのなら、脳が破壊されてしまったかのような。

 淡い初恋を抱いていた図書室のあの子が、ふと屋上でサッカー部のイケメンに女の顔をしていたのを目撃してしまった。そんな瞬間のような。

 

 そんなどうしようもない、目の前の情報さえ処理出来なくなるほどの大ショック。

 愛斗にとって天野一与の結婚は、十年後の惨状やVTuberの実在に比肩する衝撃の宣告に他ならなかった。

 

「結婚したのか……? あの一与が、俺の知らないやつと……?」

「あらやだん。もしかして、想像以上のダメージ。大丈夫? 横になる? おっぱい吸う?」

「ノンノンだぜアリスー。哀れみからのパイタッチなど慰めではなく追い打ち。いくら迫るお山がエベレストだとしても、放って置かれたいのが弱者心というものだともぐらは思うかもしれない。もぐ」

「……そうね。アタシとしたことが、そういうデリケートな男心、すっかり忘れてしまっていたわぁ。ごめんなさい」

 

 アリスの大きな胸の谷間から顔を出しながら、どうでも良さそうに語るもぐら。

 そんなもぐらの言葉にこくりと頷いたアリスが謝罪をするが、肝心の愛斗は最早赤べこ同然。こくこくと反応で頷きながら、必死に現実を受け止めるのがやっと。

 

「……茶番だな。くだらねえ」

 

 そんな地獄のような沈んだ空気舞う部屋の中。

 対岸の火事だと遠巻きに眺めていた久遠は、顔を不快そうに歪めるばかりであった。彼の尻尾は今、へたりと垂れ下がってしまっていた。

 

「……でもそう。そういうことだったのね。ようやく、合点がいったわ」

「な、なにが……?」

「実はね、Dr.イヨはタイムマシンの開発に熱を注いでいたの。それも人類残党としてではなく、個人としてね。……その理由が今、はっきりと分かったわ。きっと、貴方のためだったのね」

 

 愛ね、と。

 熱を帯びた優しい眼差しで、長年の問いに答えが出たときのように晴れ晴れとした笑みをしたアリスは、一人しみじみと納得とばかりに頷くばかり。

 

 だが、そんなアリスとは対極的。

 不意に。何か、何か過ぎってはならない何が過ぎる。そんな感覚に愛斗は襲われてしまう。

 

 それに気付いてしまえば、何か大きな前提が覆ってしまう。

 それを知ってしまえば、辛うじて存在している自分の心の余裕の土台がすっぽりと抜かれてしまう。そんな漠然とした、本能に訴えかけるかのような警鐘。

 

 けれども愛斗の脳は、その何かに気付こうと思考を回してしまう。

 アリスの言葉を脳内で反復し、何か突っかかる点がないかを、どこか不安を伴いながら──。

 

「話を戻すわね。とにかくアタシは京都でDr.イヨと多少は話せる立場にあった。そこで聞かされたのよ。自身の故郷にあるという、誰も知らない研究所についての話を」

 

 ──けれども、愛斗の思考が答えに辿り着くよりも早く、アリスの話は再開される。

 頭を軽く振り、一度雑念を振り切った愛斗。

 もやもやは今だ心に燻り続けはすれど。それでも今はこちらが優先だと、再びアリスの話へと耳を傾けることを優先するを選んだ。

 

「通称AINS(エインス)。『希望』が眠っているとDr.イヨが教えてくれた隠し研究所。全国にいくつかある中で最も大事そうに話してくれたその研究所を一つ探しに、アタシはこの街へやってきたの。五年前に京都から離れ、一人各地を転々としながらね」

 

 アリスが語った研究所の名前。

 それを聞いた愛斗はごくりと息を呑み、けれど同時に、訪れた違和感に首を傾げてしまう。

 

「ちなみに久遠ちゃんやもぐらちゃんと知り合ったのは一年前くらいよん。アタシがしくじって天使達に襲われていたときに助けてもらったんだけど、そのときから流れで一緒にってわけなのん」

「元はもぐらと久遠ーの二人、いや一人一匹漫遊だったわけなのですがね。あ、匂わせはないのであしからず。いくらオスとメスと言えど、もぐらとワンコロのアブラブはちと前衛的すぎます。いやん」

 

 なおもマイペースを貫くもぐらの発言に、何とも言えない空気が周囲に走る。

 顔を押さえて天を仰ぐ久遠。あらあらと微笑ましそうにもぐらを撫でるアリス。愛斗に視線を送られた田中は、両手を上げて肩をすくめるばかり。真面目だった空気が、台無しだった。

 

「……それでなんだけど、心当たりとかないかしらん? この街に来てから一月近く経つけど、正直言って当てがないの。何か知っていたら、教えてくれると嬉しいわん」

 

 目を細めながら、なでなでを享受していたもぐらの頭から手を放したアリス。

 パチパチと響く、彼らに囲われた火が弾ける音。

 もぐらが弛緩させたとはいえ、それでも重苦しくあった空気の中で数秒。顎に手を当てながら悩む素振りを見せていた愛斗はゆっくりと口を開く。

 

「……ごめんなさい。そんな名前のラボは聞いたことないです。俺が知る限り、この街には俺の目覚めたラボ一つしかないですし、そんな洒落た名前をあいつではなかった」

「……そう。ありがとう。それだけでもとても参考になったわ。……でもそうね、確かに彼女にしては落ち着きある響きよねん。ふふっ」

 

 申し訳なさそうに首を横に振る愛斗。

 そんな愛斗をアリスは別段責めることはなく、優しくお礼を言い、そして同意と微笑んでみせる。

 

 確かに天野一与は現代の常識に喧嘩を売り、あっかんべーしても許される天才ではあったがそれでも弱点はあった。

 料理が下手。コミュ力がちょっと欠けている。零歳にして言語を発したため、気味悪がった家族に捨てられたなど。そしてその中に、命名センスが欠けているが存在している。

 

 例えば工業廃水でさえ常人が飲料可能な範囲まで浄水出来るハート型ボトル、のめるくん。

 例えば鳥の飛翔を人が体験出来る完全人工翼、とべるくん。

 

 その他諸々。数多く。

 天野一与の数少ない欠点ないし愛嬌たる命名センスから考えて、AINS(エインス)などという小洒落た名称のラボなど、愛斗の常識ではまるで想像さえ出来ないことだった。

 

 

「ふむふむ。どうやら一縷の望みも絶たれたご様子。捜索は難航、最早詰み盤面の打つ手なし。即刻投げてスマホにGO! というやつですな?」

 

 

 八方塞がり。それが如実に表れたような沈黙が場を包んだ、そのときだった。

 なおも空気を読まないもぐらは、アリスの胸の内のなかから、変わらずな声音で提案したのは。

 

「……もぐらちゃん、どういうこと?」

「何でも何故も、今の情報は値千金、謂わば徳川の埋蔵金だともぐらは思うのです。それはどうしてか? そこで暇していそうなせんせー、もちろんぷりーずあんさーおーけー?」

「……急に振られたが、答えよう。アリス君。君の聡さと物分かりの良さは美点であり、されど少々悪癖でもある。もう少し足掻くというのはどうだろうか?」

 

 足掻く……? と。

 急に振られてやれやれと額に手を当てた田中の言葉に、アリスは困惑の声を漏らしてしまう。

 

「なに、簡単なことだ。一度、そのラボとやらへ足を運んでみるといい。百聞は一見に如かず。ラボがどのような惨状であれ、Dr.イヨが残した物であれば何かしらの進展が見込める。愛斗君にとっては廃墟だったとしても、技術者である君からすればまた違うはずだろう?」

「……その通りね。アタシったら、何を大人ぶっちゃってるのかしらん。これじゃ、良い女とは呼べないわん」

 

 田中の落ち着きある諭しに、アリスは少し考え込んでから、納得したと小さく頷きを返す。

 

「……でも結構ボロボロで、もう電気も通ってないですよ。行ったって何が変わるわけでも」

「何も得られかったとしても、それもまた立派な成果だよ無色(むしき)君。それに君が乗ってきたタイムマシンはまだ残っているのだろう? それ一つでさえ我々にとっては計り知れないほど大きく、大幅な一歩と成り得るとも」

 

 まるで生徒の不安を拭わんと声掛ける教師のように、愛斗へ優しく話す田中。

 愛斗はそんな田中の説得に納得と、それ以上の反論をすることはなかった。

 

「さて、明日からの行動はまとまったな。出来れば全員で趣きたいものだが……天使を考えれば、余り表立って動くのは得策ではない。案内役を無色君。中の調査役をアリス君。そして彼らの護衛は君に頼みたいのだが、久遠君」

 

 田中の提案で、周囲の注目が一点──仏頂面で胡坐を掻く赤髪の青年、久遠へと向かう。

 だが久遠は田中の問いにもかかわらず、鬱陶しげな顔を浮かべながら、「はっ」と提案自体を鼻で笑い飛ばしてみせる。

 

「行くとなればアリスはもちろん守りますが、純人間なんかを守ってやる義理がないですね。そもそもの話、場所だけ聞いてここに置いておく方が利口だと思いますが?」

「最善はそうだが、実際にその場から来た彼に案内してもらうのが一番早い。景色こそ大分様変わりしてしまったが、それでも土地勘は働くだろうからね」

 

 じろりと。

 ほんの一瞬のみ愛斗を睨み付けながら、喜々とした様子で、饒舌に反論してみせる久遠。

 だが彼も理解しているのか。理性的に反論をする田中に、どこか疎ましげ顔を見せながらも、決して否定することはない。

 

「彼ら二人だけでは少々心許ないのは久遠君も察しているはず。そして君は確かに人間嫌いだが、同時に目の前の人を捨て置けない。違うかい?」

「……ちっ。敵わないなぁ先生には。まいっちまうよ、本当に」

 

 無言の見つめ合いが数秒。

 折れたとばかりに久遠は自身の前髪を掻き上げ、肩をすくめてから、冷めた目つきを愛斗へ向ける。

 

「仕方ねえ。なら可逆式VTuberってやつの力、頼りにさせてもらおうかね。なあ、純人間?」

 

 小馬鹿にしたように口を三日月に歪めた久遠は、もうこれ以上は話すことはないと。

 愛斗の反応を待たず背を向け、そのまま横になってしまう。

 

「もう、相変わらず素直じゃないわねぇ。憎まれ口叩けるほど悪者ぶれないでしょうに」

「どちらかと言えば素直だからあんなんなのだと、もぐらは常々思うわけです。いずざくとりー反抗期。あやつは犬、もぐらよりもなお獣。しかしもぐらよりも人なれば。世知辛い世の中でしょうな」

 

 人間嫌いだと、色んな人に言われたとて。

 それでも散々すぎる態度に、いい加減少しむかつきを覚えてきた愛斗。

 けれど一人と一匹がそんな仲間を同意するでもなく、むしろ駄目な子供へ呆れるかのような冷めた反応をみせたことで、どうにも毒気を抜かれてしまう。

 

「……さて、真面目な話はここで一区切りにしよう。無色君もひとまず休むといい。我々Vと違って、人間は身体を労らないといけない。恐らくだが、結構良い時間になってしまっているはずだからね」

 

 そんな様子に微笑を浮かべながら田中が行った矢先、くうぅと、可愛らしい音が周囲へ響く。

 羞恥から少し頬を赤らめた愛斗が誤魔化すように腕時計へ目を向けると、画面はちょうど十九時と三分を回った辺りを示している。

 

 空が分厚い雲に覆われていたせいか。それとも目まぐるしく状況が動いていたからか。

 ともかくまだ夕方くらいだと思っていた愛斗は、早すぎる時間の経過に驚きながら、適当な食料を出そうとバッグへ手を入れようとした。

 そんな愛斗のそばに、アリスの胸から飛び降りたもぐらが近寄り、真っ直ぐと見つめ出す。

 

「じー」

「……えっと、どうしたんです?」

「いえいえ何も。ところでひゅーまんげすと。厚かましく一つもの申したいのですが、そのバッグの中に昆虫は入っていたりは? 十年前であればセミやカブトムシなんかの非常食も現役オフコース。提供があればもぐらの好感度は破竹の勢いで加算され、特殊ルートのフラグも僅かばかり出現する可能性が那由多分の一くらいは存在するのですが、いかがです?」

 

 器用に二足で立ち、両前足を伸ばしながら、二つのつぶらな瞳を潤ませながら。

 何とも厚かましく、そして堂々と差し入れを所望する素振りを見せるもぐら。

 

 そんなもぐらに愛斗は苦笑しつつ、それでも少し考えてから、静かに首を横に振る。

 

「……ごめん。一与が入れたのなら、多分ないと思います。あいつ割と虫嫌いなので」

「もぐー」

 

 もぐらの鳴き声が虚しく響く。慰める者はおらず、皆反応に困るばかりであった。

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