永劫火継神話 アノール・ロンド -深淵の騎士-   作:海月マル

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狭間の森

 狭間の森、湖付近。

 

 

「はい、隠蔽の魔術は掛けたからさっきみたいに急に攻撃される……なんてことは無いはずだが、もう何が起こっても不思議じゃない。私から離れないこと、いいかいピグレット?」

 

愛豚(ピグレット)じゃないけど了解。……マシュは……」

 

「二度目の雷の直前、私がきみの手を引いたみたいに、シグルドもマシュの手を握っていた。どこに落ちたかは念入りに調べないとわからないが、少なくともシグルドと一緒にはいるはずだ。安心しなよ」

 

 

 藤丸とキルケーは森に落ちた後、すぐに木陰に隠れるとキルケーの魔術で気配を断ち、周囲に結界を張ることでひとまずの落ち着きを得た。

 シグルドとキルケーの咄嗟の判断により一人遭難する事態は防げたが、未だマシュたちの行方は知れない。こういう時、カルデアの通信があれば助かったのだが……。

 

 

「無いもの強請りは良くないぞ。そんなことより、今後の方針を決めないとだ。……あの雷のこともあるし」

 

「そうだ、あの雷……予兆もなく急に降ってきたけど、何だったんだろう」

 

「確実に私たちを狙っていたからね、間違いなく敵の攻撃さ。それにしても、即席とはいえ防壁は軽く破壊されたし、マシュの盾と魔剣グラムでも防ぎ切れないとか誰の仕業だ? ゼウスの雷霆かと思うほどに、威力も神気も込められていたが……」

 

 

 キルケーの言葉に、脳裏で第五異聞帯で相対した大神ゼウスが浮かぶ。凄まじい雷の雨、圧倒的な神威……確かにゼウスを思わせるような攻撃だった。

 だが、もし本当にゼウスの雷なら、ギリシャの大魔女にして神でもあるキルケーが見逃すわけがない。だとすれば────

 

 

「シオンが言ってた。この特異点は今の地球のどの土地にも該当しないけど、かつて地球の何処かに存在した神代の特異点じゃないか、って」

 

「その可能性はあり得るね。とすると、さっきの雷は現人類にとってまったく未知の神話体系の神が放ったもの、ということになる。まあ私もあらゆる神話に詳しいわけじゃないし、普通にどっかの雷神が撃ったものかもしれないが……」

 

 

 コン、と杖の石突を地に着けると、途端に真面目な顔になったキルケーが口を開く。

 

 

「なんにせよ、あの雷の槍は間違いなく神霊が放ったものだ。神代の特異点ということで恐れはあったが、やはり神霊と真っ向から敵対することになる。それも、レイシフトした直後に攻撃してくるような相手だ。十分に注意して行動する必要があるね」

 

「うん。とりあえず、第一の目標はマシュたちと合流すること。第二の目標はこの特異点と、雷の槍を放った神霊の情報を集めること。この二つを念頭に、慎重に動こう」

 

 

 この特異点は何もかもが未知だ。敵の正体もここの環境も何一つとして不明。なら、マシュと合流するのは最優先にしても、一つでも情報を集めなければ到底生き残れない。

 

 

「ふふ、花丸をあげようマスター! きみも成長したものだ。じゃあ早速だが動くとしよう。私たちが話している間に使い魔を放って周囲を索敵させていたんだが、どうやら多少の敵性エネミーがいるらしい。一体ずつ釣って、確実に仕留め中身を調査し────」

 

「よし、敵性エネミーは観察だけして極力避けよう。いくら隠蔽の魔術といっても、戦闘していたら目立つだろうし」

 

「……むむむ、確かにその通りだ。じゃあ私が安全なルートを模索するから、しっかり着いてきてくれよ!」

 

 

 ばさりと鷹の羽を翻したキルケーが前を進み、その後ろを藤丸が着いていく。こうして、二人による暗い森の探索が始まった。

 

 

「見えるかい? 結晶で作られたゴーレムのようだが、その作りは実に精巧だ。余程優れた術師が作ったんだろうが、この森に野放しにされているらしい。面倒なことをしてくれたものだ」

 

「アヴィケブロンがいたら興奮してそうだね」

 

「違いない。私の使い魔が発見したこの森のエネミーは、あの結晶ゴーレムと……」

 

 

 声を潜ませたキルケーが、杖で森の奥地を指す。

 そこにいたのは、全身を漆黒の甲冑で覆った大きな人影。盾と斧槍を持ち、彷徨う様は騎士の巡回のようにも見える。

 そして。その全身からは、只者ではない威容が溢れていた。

 

 

「あの黒い騎士だ。きみ、見覚えは?」

 

「……イングランドに、エドワード黒太子っていう黒い鎧を着けた騎士がいたらしいけど……多分違うと思います」

 

「だろうね。あの黒鎧、元は違う色だったものが焼かれて変色したものだろう。なぜそんなものを着てるのかは知らないが、話せる雰囲気じゃない。気にはなるけど無視するべきだね」

 

 

 感知されないよう、息を潜めゆっくりとその場を立ち去る。

 しばらく歩くと、僅かに森の雰囲気が変わり、より暗く異様な空気が満ちていくのを感じた。思わずキルケーに視線を向けると、キルケーも察知したようだ。

 

 

「さっきまでの森とは別だな。使い魔も……うん、変なエネミーを何体か見つけている」

 

「引き返して、別の道を探ろうか?」

 

「その方が良さそうだ。この森は嫌な感じがするからね」

 

「それは、魔術師的に?」

 

「本能的にさ。視界に影が多すぎる、暗殺者や狩人にはもってこいのフィールドだ」

 

「なら止めておこう、他に道があるかもしれない」

 

 

 虫の声ばかりが響く森の中は、太陽の光もそう多くは届いていないような心地がする。キルケーと二人森を歩きながら、油断などは一切できない。

 またしばらく歩くと、高い石壁が眼前に現れた。そして、塔に続く階段とその先の扉。

 

 

「なるほど、この森は最初に見えていた街の隣に位置してたらしい。この塔を登れば、あの街に辿り着けるだろう」

 

「森には現地人もいなさそうだし、この塔以外の道はさっきの暗い森しか無さそうだったし……キルケー、大丈夫そう?」

 

「特段強い脅威は感じない。反応は多いが、街だからねぇ。敵対するかどうかは彼らの常識と私たちの会話スキルに掛かっているとも」

 

「うん、じゃあ……進もう!」

 

 

 階段を上り、扉の取手に手を掛ける。

 がた、がた……軽く揺れはすれど、開く様子は無い。

 

 

「鍵が掛かってる」

 

「任せてくれマスター、こんな扉あっという間さ!」

 

 

 キルケーが魔杖を掲げると、強い光が扉を包む。扉は一切揺れず光に纏われるままで……ガチャン、と何か重い物が落ちた音がした。

 はるか彼方で鳴り響く鐘の音をバックに、得意そうな笑みを浮かべたキルケーがこちらに振り返る。

 

 

「鍵を一時的に外した、これで問題無く通れるだろう。魔術的な防御もされてない扉なんて私にかかればこんなもんさ!」

 

「さすが大魔女、頼りにな……ん?」

 

 

 ガシャン、ガシャン……先ほどまで二人で歩いていた森の奥から、金属の打ち合うような音がする。

 今までの旅でも聞き覚えのある音だ。それは、鎧を纏った騎士が勢いよく駆けてくる時などに聞こえる音。

 

 

「……私の後ろに隠れてくれ、何か来る」

 

「わかった、援護は任せて」

 

 

 木々の先、森に茂る草木を強引に引きちぎり─────突如、先ほど視認した斧槍を持つ漆黒の騎士が、凄まじい勢いで突撃してくる。

 

 

「今更追って来るとはね!だが、大魔女相手に一人とはいい度胸だ。褒美に、私の全力を喰らいたまえ!」

 

 

 魔杖を前方に構え、高速神言にてAランク級の大魔術が一瞬で構築される。空中に連なった陣の中心、魔杖の先に紫電が集中し───

 

 

「魔力、解放ッ!」

 

 

 放たれるは魔力の奔流。強大な戦士が放つ大振りの一撃にも相当する破壊力を内包した、ビームの一撃。

 それは黒騎士目掛け一直線に撃ち放たれ、騎士の全身を覆い隠す────

 

 

「今のうちに、俺も……!」

 

 

 右手の甲に刻まれた紅い紋様───令呪を掲げれば、黒い影が一つ、キルケーの隣に現れた。

 シャドウサーヴァント、今回召喚したのは剣士(セイバー)のサーヴァントたる勇士、フェルグス・マック・ロイ。本人ほどの洞察力、戦闘力は無論発揮できないが、本来シグルドが担当するはずだった近接戦闘力をこれで補えるだろう。

 

 大剣を構え戦闘態勢を取るフェルグスの影、その眼前にいたはずの黒騎士は果たして……。

 

 

「おや、意外と効いてるね? 頑丈な鎧と見たが、もしや魔術は苦手かな?」

 

 

 盾を構え未だ生存していながら、全身より煙を放ち地に膝を突く黒騎士の姿がそこにはあった。

 どうやらキルケーの魔力砲は想像以上に通用したらしく、あれではフェルグスの影単騎でも打倒し得るだろう。

 

 存外呆気ない──────そんなことを思ってしまったからだろうか。黒騎士の背より、地を揺らし迫り来る影が複数。

 

 

「まずいな、今の一撃で結晶ゴーレムが集まって来ている。さっさと黒騎士を倒して、塔に……」

 

「キルケー、塔の中の反応ってもう一度見れる?」

 

「ん?そりゃまあいいけど……」

 

 

 立ち上がらんとする黒騎士、その頭部に勢いよくフェルグスの影が大剣を振り下ろすと、咄嗟に防御せんと突き出した黒騎士の盾が腕ごと呆気なく断ち切られる。

 続く一撃で今度こそ頭部の粉砕を狙うフェルグスの影、その大剣を黒騎士がギリギリで回避すると、返す刃で放たれた斧槍がフェルグスの影の右足──────太ももを裂いた。

 

 

「……!」

 

 

 たまらずフェルグスの影は態勢を崩し、逆に片腕を失いながらも黒騎士は完全に立て直す。

 隙を晒すフェルグスの影、その胸に斧槍を突き出し、致命の一撃を撃とうとして…………その動きを予測し"敢えて"隙を晒していたフェルグスの影のカウンターが、ようやく黒騎士の頭部を破壊した。

 

 シャドウサーヴァントといえど、元の英雄が備えていた戦闘技術、技能は有している。今回で言えば【心眼(真)】。

 Aランクでこのスキルを有するフェルグスは、その影であってもあらゆる状況から望む結果を手繰り寄せる可能性を得る。近接戦闘において無類の強さを誇る理由の一つだが……にしても、驚くべきは黒騎士の動きだった。

 

 影とは言え、フェルグスの態勢を崩したのは本物だ。それに、キルケーの最初の一撃に耐え切ったのも。……それは、ただ森の巡回などに留まらない、英雄としての実力。黒騎士は確実にそれを有していたのだから。

 

 

「……なっ!? どういうことだ、これは!」

 

 

 塔の反応を再確認したキルケーが思わず声を上げる。同時に魔杖の石突で地を打つと、塔に続く扉に陣が敷かれ────結界が張られた。

 

 

「扉の先には誰もいないが、塔の上は敵性反応塗れだ! さっきまでは無かったはずなのに、一体どうして……」

 

「多分、黒騎士が来たのと同じ理由だ。さっき鳴ってた鐘の音……」

 

 

 キルケーが鍵を外した辺りで、遠くに聞こえた鐘の音。あれが鳴ってから黒騎士は迫り、塔の上でも何かしらが起きたと考えられる。

 おそらく、黒騎士は自分たちを追って来たのではなく、この塔の上を目指して来たのだろう。

 

 

「黒騎士は塔を目掛けて来た、か。確かに、そう考えれば辻褄が合うな」

 

「うん、とりあえず塔の近くにいるのは危険かもしれない。ここを離れて、森の方に行こう!」

 

「……良い判断だが、遅かったみたいだ」

 

 

 階段の下には、先ほどまで見ていた結晶ゴーレムが並び……そして奥には、何やら巨大な猫っぽい化け物や、大きな騎士が見える。

 礼装を起動し、フェルグスの影が負った傷を回復させると、一度深呼吸をし──────もう一度令呪を煌めかせる。

 

 狂戦士(バーサーカー)、呂布奉先の影。

 シャドウサーヴァントの数を増やすのは負荷も大きいが、今はそんなこと言っていられない。呂布は三国志における猛将、軍勢を単騎で相手取るほどのサーヴァントだ。

 その分、過剰に動かすのは身体が保たないけど……今は、少しの時間があればそれで十分。

 

 

「シャドウサーヴァントでエネミーを抑える。キルケーは、俺を抱えてここを離脱してほしい。いいかな?」

 

「ああ、それが最善だろう。……君の負担は大きくなるが……」

 

「今は気にしてる場合じゃない、早速───」

 

 

 その時だった。

 遠くに見える石の騎士、その一人が背後から何者かの大剣に貫かれ、大きな衝撃と共に地に伏せる。

 

 驚いた大猫も、その大剣からは逃れられず体を斬られ、鳴き声をあげて逃げていく。ゆっくりと振り返った一部の結晶ゴーレムは、鋭く重い大剣の一撃を受け、思わずよろめき木に体を打つ。

 

 大剣の主は、一人の騎士だった。

 青い布、銀の鎧、兜より垂れる一房の毛。見に纏う甲冑、その造りには神の如き熱が感じられ、騎士の威容を高めている。

 騎士は大剣を下さず、言葉も語らぬまま勢いよく前に駆け─────的確に、結晶ゴーレムの体を斬り砕いていく。

 

 

「なんだアイツ、どことなく神性を感じるが……」

 

「ひとまず、この機に乗じて脱しよう!」

 

 

 シャドウサーヴァントに指示を与えると、フェルグスの影と呂布の影は無言で結晶ゴーレムに迫り、自らの巨大な得物をもって対象の身体を砕きながら、横へ横へと押し込んでいく。

 結晶ゴーレムは相当の耐久力があるようだが、動きは緩慢だ。大剣と方天画戟という大きな得物を持つフェルグスと呂布の影は相性が良く、次から次へと結晶ゴーレムを薙ぎ倒し、道を作っていった。

 

 

「よし、行くぞマスター!」

 

 

 キルケーが翼を広げ、自らとマスターに防御の魔術を掛けると、勢いよく空を飛び木々を幾つも抜けていく。

 二騎のシャドウサーヴァントは自分たちが抜けた時点で消滅させると、結晶ゴーレムの群れを抜け、先ほど踏み込んだ別の森……暗い森の方まで退却する。

 振り返ってもエネミーの姿は見えず、どうやら逃げ切れたらしい。

 

 

「よし、もういいだろう。隠蔽の魔術を掛け直すから、少しじっとしていてくれ」

 

 

 崖を背に極力隠れるようにしながら、キルケーの魔術を大人しく受ける。鐘の音はとうに止み、森の喧騒も消え去ったようだ。

 結晶ゴーレムたちはまだ多くが存命していたが、損傷したことで湖の方へと逃げていったようだ。

 

 

「ふう、助かった。しかし、こうなると塔の方に行くのは危険かもしれないな。あの鐘が鳴って、またさっきみたいに敵塗れになったらどうにもならない」

 

「それに、さっきの騎士……俺たちを味方してくれたのかな?」

 

「私たちを追いかけては来なかったし、そうじゃないか? 見たことない英雄だが反応はあった。間違いなくサーヴァントだろう」

 

 

 大剣を迷いなく振り回し、単独で複数のエネミーを相手取っていたサーヴァント。クラスはセイバーだろうか。

 協力者ならいくら望んでも足りないほどに欲しいものだが、まだ近くにいるだろうか。この地に以前から召喚されていたはぐれサーヴァントなら事情に詳しいかもしれないし、ぜひ話を聞きたいところだ。

 

 

「サーヴァントなら、近くにいるサーヴァントの反応がわかる。特に私は大魔女だからね、ここら一帯の感知は容易いものさ!」

 

「おお、じゃあ騎士さんが近くにいるかも……」

 

「すぐそこにいるな。ほら、あそこ」

 

 

 キルケーが指差した先を見ると、大剣を肩に担いだ先ほどの騎士が暗い森の方に歩いて行く姿が見えた。これを逃す意味はない。

 

 

「追いかけよう、キルケー!」

 

「了解だ、しかし極力慎重に行くぞ!」

 

 

 かくして二人は騎士を追い、暗い森の奥へと足を踏み込んだ。

 木々の罠、絶好の狩場。狩猟団の縄張りに。

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