永劫火継神話 アノール・ロンド -深淵の騎士- 作:海月マル
森の奥へと去った騎士の影を追い、キルケーを先頭に俺たちも暗い森へと勢いよく足を踏み入れた。
瞬間、背中に氷が差し込まれたような感覚が身を襲う。誰かに見られている感覚。いや、見られているというより、これは……。
「狙われているな。普通に音を立てて追っているとはいえ、隠蔽の魔術は効いているはずなんだが……」
キルケーが首を傾げ、魔杖を軽く振ると僅かに俺の体が光を宿す。何かしらの魔術を追加で掛けてくれたのだろうか?
「防護の魔術だ、アサシンの刃でも一度は防ぎ切るだろう。ついでに感知の範囲も広めてね、一瞬だが周囲のエネミーの数は把握できた」
「どうだったの?」
「うん、既に結構な数に囲まれている。即ち、敵襲だ!」
前後左右から放たれる短刀。暗く鋭い刃は森に紛れ、視認も難しいが────キルケーの魔杖より放たれた暴風がその尽くを容易に弾き飛ばす。
慌ててこちらも令呪を掲げ、召喚するはスパルタの王、レオニダスのシャドウサーヴァント。
形を成した戦士の影は大きなラウンドシールドを瞬時に構えると、空から"何か"を受け鉄の打たれた音を鳴らす。
「気をつけたまえマスター! 気配遮断とは似て非なるが、姿が見えにくい敵がいる! そのレオニダスもどきから絶対離れるんじゃないぞ!」
魔杖の先端より放たれた紫電が木々の間を縫うように駆け回ると、確かに何も無いはずの空間に分たれた電の一つが衝突し、その輪郭を浮かび上がらせる。
レオニダスの影が盾で受け止めたのは騎士の剣だ。俺たちが追っていた騎士とはまた別の、盾を備えた重厚な騎士。
その剣が円盾にて押し返されると、レオニダスの影が放った足蹴によって騎士が後方に大きく退いた。
「話を聞いてください! 俺たちは────」
「無駄だ、あっちから襲って来たんだぞ! ひとまずここを切り抜けて……」
「────いや、そこの彼の判断が正解だ。ここの連中と敵対する価値など銅貨一枚ほども無い。どうか杖を収められよ、魔女殿」
俺たちの背後から駆け抜ける影。
その影は胸ほどもある大盾を持ち出すと、木陰より迫る青白い光を容易く受け止め霧散させ、手に持つ大剣を振り下ろして俺に放たれた矢の尽くを斬り落とした。
──────その姿はまさしく、俺たちが追っていた大剣の騎士。
「狩猟者たちよ、刃を収めよ! この者たちは彼方より参った超常の戦士。お前たちが敵う相手ではなく、敵対する意味も無い! それでも刃を向けるというなら─────この私が相手になろう」
ぴたり、と狩猟者たちの動きが止まる。
大剣の騎士は間違いなく手練れの戦士だ。なら、その彼を警戒するのは当然だろう。
……しかし、気のせいだろうか。狩猟者たちが動きを止めたのは、騎士の実力を警戒してのことではないように感じられた。
数秒の沈黙。枝葉を踏み締める音がその空気を破ると、音の主である一人の影が木々の奥からこちらへと歩み寄ってくる。
どことなく和の雰囲気を纏っている、大きな曲刀を担いだ鎧の男。恐らくは、狩猟団のリーダー格か。
「どういうつもりだ? そこの連中は黒い森の庭の侵入者だ。俺ら狩猟団が狩る理由は十分にある。それを阻止するというなら、俺たちはアンタも狩らなきゃならないんだが」
「言った通りだ。そこの女性は私と同じ超常のモノ────サーヴァントだ。戦闘になれば、仮にお前たちが勝利したとて狩猟団の壊滅は免れない。それが避けられるのならば、お前たちとて願ったりだろう」
断固とした様子の騎士の姿に、鎧の男が首を傾げる。
「なぜそこまで肩入れする。そいつらはアンタを追って森に来た連中だ、間違いなく大王の追手だろう。なら、むしろアンタは俺たちに協力してそいつらを殺るべきじゃないのか」
「彼らは黒騎士に襲われていた、大王の追手ではない。であれば引き入れるべきと考えたまでだ」
思わず、鎧の男が溜め息を吐く。
「アンタを仕留めるためのフリかもしれないだろう。どちらにせよ、急に現れた奴らだ。そうすぐ信用するのは悪い癖だぞ」
そう言うと、鎧の男がこちらに一瞬だけ視線を寄越した。
「……そこの騎士が預かるなら、狩猟団も手は出せない。だが、この森に置いておく義理も無い。ここまで言えばわかるな?」
「ああ、思いもよらず長居が過ぎた。世話になったな、シバ。アルヴィナにも伝えておいてくれ」
シバと呼ばれた鎧の男が腕を上げると、囲んでいた狩猟者たちは森に溶けるように去っていく。
騎士がこちらを向くと「こっちだ」と短く声を掛け、暗い森を背に光の方へと歩んでいった。
「よくわからないが、ちょうどいい。あの騎士にこの土地について思う存分聞いてやろうじゃないか」
「うん、早く追いかけよう」
なんとなく背後を一瞥すると、鎧の男──シバが未だ去らずにこちらの方向を見つめていた。警戒心ゆえか、あの騎士を見送っているのか。
「マスター、どうかしたかい?」
「いや、あの人……装いがどこか日本っぽいな、って」
「そうかい? サーヴァントじゃないのは確かだよ。この森についても知り尽くしているようだし、日本には縁もゆかりもないと思うけど」
興味なさげに背を向けると、キルケーはいくつか言葉を囁く。何かしらの魔術を掛け直したのか、カルデアのサーヴァントとして彼女も気を張り続けているらしい。
シバに会釈すると背を向けて走り、キルケーとともに騎士に追いつく。この特異点の事情について、多くを聞く必要があるのだから。
♦︎
群青の布を靡かせた騎士は、迷いなく森を歩み続ける。時折、騎士の身の丈ほどもあろうかという大剣を振り下ろし、森に現れる植物型のエネミーを頭から叩き斬りながら。
「不思議な生物だ。低級の幻想種だとは思うが……」
むむ、と唸りつつキルケーは術式を走らせる。魔術で周囲の索敵をしているようで、最適な道を選択する騎士の存在も相まり道中の危険度は著しく低下していた。
「この森は敵対的な生物は多いが、今のロードランでは比較的安全な土地だ。塔の辺りは厄介だがな」
「ずいぶんとこの辺りの事情に詳しいみたいだね? ぜひとも話を聞かせて欲しいものだが」
口調は軽いが、キルケーには一切の油断が無い。マスターからは決して離れず、魔杖の先も意識の半分は騎士の背に向けられている。
「その前に、確認する」
「……何をですか?」
「貴公らの意思だ。この異常を解決しに訪れたのか、また別の目的を抱いているのか」
顔の見えない兜を傾け、騎士は問いを投げかける。兜の奥の暗闇は騎士の心を映さない深淵そのものだ。
キルケーの目配せを感じながら、こちらも動じない瞳で相対する。
「俺たちの目的はこの特異点の解消です。だけど、今はそれより優先したいことがあります」
「それは?」
「俺たちの仲間と合流することです。この森に来る前にはぐれてしまったので」
特異点の攻略はもちろん大事だが、その前にマシュたちと合流しなければならない。こちらは現状なんとかなっているが、マシュたちも同じとは限らないのだ。最悪、あの雷の主に狙われているかもしれない。
答えを聞いた騎士は一度軽く頷くと、再び背を向けて緑一色の景色を歩んでいく。
「私も協力しよう。仲間の生存は優先すべきだ」
「ありがとうございます。……ええと、何と呼べばいいですか?」
「む」
そういえば、と言った感じに騎士が立ち止まった。
そうして改めて振り返ると───騎士の装いはどことなく不思議な空気を纏っていた。紛れもなく鎧であるのに、印象としては深海を思わせる。何より────異世界の騎士のような、未知の感覚。
「私の名はアルトリウス。騎士ではあるが、仕えている主はいない。……セイバー・クラスのサーヴァントだ」
♦︎
森を行く騎士──アルトリウスによれば、狩猟団の縄張りである「黒い森の庭」は既に抜け、「狭間の森」と呼ばれる地域に入っているらしい。キルケーと二人で不時着した森がそれであり、さらに「飛竜の谷」と呼ばれる場所から安全な拠点に移動するとのこと。
「ずいぶん遠回りだが、それだけ危険な土地って訳か」
「ああ、不死街を行ければ少しは早く着くだろうが……」
アルトリウスがちらりと上を見遣ると、森を見下ろす位置に建物が辛うじて見える。おそらくアレが不死街───アルトリウスの話の通りなら、"敵"の軍勢に侵攻されている戦場、ということになる。
「しかし、信じがたい話だね。座に記録が無い───失われた神話体系がここまでの影響を人理に及ぼすとは」
「英霊の座、人理といった話には疎い。サーヴァントとして得た記録もこの特異点のものに集中しているからな」
森の奥、足を踏み外せば即死は免れない高さの足場でも、アルトリウスは躊躇なく歩み続ける。
先ほどまでアルトリウスが説明したこの土地、ロードランの話はまさに一つの神話そのものだった。
古竜のみが在った灰の時代、そこに生じた「はじまりの火」───そこから見出された王のソウルによって、火の時代を創った神々。しかし後に火は衰え、呪いが蔓延ったというが……。
「火の時代、ロードランが貴公らの歴史を蝕んでいる理由は知らない。だが、首謀者であれば思い当たる」
「特異点の主───聖杯の所有者か」
凡そ特異点とは、魔力としての聖杯が起こした歪みだ。ならば、聖杯を用いて歪みを生み出した者───聖杯の所有者がいるのは道理。それはこの「幻影特異点」においても例外ではなく。
じっと見つめたアルトリウスの背中から、淡々とした声が響いた。
「現在、不死街は古き神の城───アノール・ロンドの騎士たちに侵攻されている、と言ったな」
「不死街とやらを支配するために送り込まれた騎士と現地の勢力で戦争が起きてるっていうのは聞いたね」
「では、騎士たちの主とは何者か」
緑に覆われた大地に穿たれたような横穴、そこに足を踏み入れたアルトリウスが、その歩みを止め振り返る。
「アノール・ロンドの主はかつて神々の王だった。強大な王のソウルを有し、雷の力を操り、銀騎士を束ねた大王。灰の時代に古竜を斃し、この土地を作り出した神────」
並べられる偉業に息を呑む。
それが真実であれば、敵はこの時代、この土地における最高存在と言っていい。それこそインド異聞帯のアルジュナ、ギリシャ異聞帯のゼウスのように。
加えて雷を操るというのなら、空中でカルデアを襲撃した相手もまた同じ────
「太陽の光の王、グウィン。奴は間違いなく聖杯を有している」
火の時代の神、その頂点。それが雷を放った敵の正体だと、アルトリウスは躊躇いなく言い放った。