永劫火継神話 アノール・ロンド -深淵の騎士- 作:海月マル
その城の威容は空間さえ染め上げているようだった。
光。輝き。煌めき。眩く瞬くソレは如何なる言葉でも形容し難い。故にこそ、「神の城」と呼ぶに相応しい別格さを保つ。
───神城、アノール・ロンド。
「身を失った後も、仕える機会に恵まれるとは」
城外の見張り台で男が呟く。開けている見張り台はその大部分が男によって占拠されており、まるで男のために用意された台座のようにも見える。巨大な弓を握る男は、弓以上に巨大な己の身体を大樹の如く揺らし、穴も無い兜を傾けて天地を臨む。
「この先、私の弓が必要とされることなど無いと思っていたが……」
見えぬはずの兜で天を眺め、空を駆ける翼を視る。広大な空に比してあまりに小さな体で天を駆け回るソレに、男は歓喜をもって弓を向ける。
構え、絞り、射出。
言葉にすればそれだけの短い動作で、柱のような矢が大気を裂き、空を飛ぶソレを串刺しにする。叩かれた虫のように呆気なく墜落するソレは、火の時代で「飛竜」と呼ばれる生物であった。
「竜がいるならば、それを狩る騎士がいる。喜ばしいことだ」
グウィン王の四騎士が一人、鷹の目ゴー。それがアノール・ロンドの見張り台に座する巨人の正体であり……今は、グウィン王に召喚されしサーヴァント────
地を見下ろせば、同じように王に仕える騎士……銀騎士たちが身の丈以上の大弓を構え、力いっぱいに大矢を放っている。放たれた矢が狙うのは、やはり飛竜。
現在、アノール・ロンドは飛竜による襲撃を受けている。それも連日、野生らしからぬ"戦術"を駆使する飛竜たちは、銀騎士の矢をすり抜けて雷の
古の時代、こうまで知恵を巡らせる竜を見ることはなかった。飛竜たちは軍となって天に群れ、同じく軍である銀騎士に抗している。
元より生物としての性能では竜に分があるのだ、それが知性をもって襲いかかれば竜狩りなど容易く反転する。事実、飛竜に喰い破られ、雷に身を焦がす銀騎士も少なくない。
「王を得ればこうまで見違えるものか」
「───鷹の目では手に余るか、統べられた飛竜どもは」
呟きに応じた声は、見張り台に姿を見せた黄金の騎士のものだ。獅子を模した兜を動かし、騎士はゴーに声を投げかける。
「ふ。竜狩りの異名は貴公に取られたが、ああも目立つ竜を撃ち墜とせぬなら鷹の目も名乗れまいよ」
兜の奥から笑みが溢れる。巨弓を持ち上げ、構え、絞り─────瞬時に複数の矢が天を裂く。
音を超え、暴風と衝撃を纏って空を荒らす鷹の目の矢は、隊となって銀騎士を襲う飛竜の群れを瞬く間に撃ち払った。虫を叩くというよりは、もはや塵を掃くかの如く。
生き残った飛竜どもは退散し、此度の襲撃もアノール・ロンドの勝利に終わる。彼方から竜を指揮していた者も、おそらくは去っただろう。
「…………」
「……貴公はかの神の筆頭騎士でもある。心中穏やかではいられぬか」
「余計な気を回す必要は無い。王の敵は討つ、それだけだ」
獅子兜の騎士───グウィン王の四騎士の長、竜狩りオーンスタインの声に迷いは無い。王の騎士として彼方に目を向け、竜どもに対する策を練り続ける。
ゴーもまた彼方を眺め、鷹の目で捉えた影……敵の姿を思い起こした。旧い記憶。竜狩りの全盛に想いを馳せて。
「二度目の生で相対するとは、因果よな」
鷹の目にとっても、竜狩りにとっても。……あるいは、アノール・ロンドの王にとっても。
♦︎
「太陽の光の王、グウィン────」
アルトリウスが告げた名は、直前に火の時代の神話を語られていたためか、余計に重く藤丸立香の頭に響いた。
雷の槍で古竜に勝利し、時代を創り、この世界を拓いた神。聖杯を回収することがカルデアの目的である以上、その持ち主と目される大王グウィンとの対決は避けられない。
「まあ、格の大きい相手と戦うのはいつものことさ。未来を先読みして行動してくるとか、この土地のどこで何してるか瞬時にわかる能力とか持ってるなら困るけどね?」
「私の知る限りそのような能力は無いな。大王グウィンの異能は純粋な力と………強力な騎士たち、と言ったところだ」
「騎士、っていうと……」
「ひとつは、銀騎士と呼ばれる大軍。こちらは雑兵のようなものだが、一人一人の実力は油断できない。古い時代、大王グウィンと共に竜狩りを行った騎士たちだからな。それと……」
アルトリウスが足を止め、視線の先にあるモノに手を触れる。先ほどまでの自然とは色の違う、狩猟団のいた黒い森の庭で僅かに見た雰囲気の石造りの装置。
アルトリウスが触れたレバーをきっかけに作動した装置は、地の底から音を上げて台を持ち上げる。この台に乗って上下を移動する装置ということだろう。
「なんというか、素朴な機構だね。ギリシャくらい派手にしたらどうだい?」
「私が作ったわけでは無いからな……」
アルトリウス、キルケー、そして藤丸立香を乗せて台は下に降りる。先ほどの説明によれば、この先は飛竜の谷と呼ばれる場所らしいが……。
「名前の通り飛竜が棲みついていた谷だが、襲われる心配は無い。大王グウィンに敵対する者にとっては寧ろ安全な場所と言っていい」
「ふうん? それも気になるけど、さっきの話の続きは? 銀騎士とやらの他に気をつけるべき敵がいる風な口振りだったが」
台から離れ、地を二つに裂いたような巨大な谷を前に、キルケーは話を戻す。藤丸としては谷に架けられた橋の先……暗く澱んだ空気の遺跡も気になったが、口を閉じて耳を傾けた。
「ああ、厄介なのは銀騎士ではなくもう一つの方だ。大王グウィンに仕える四人の騎士、王の四騎士と呼ばれている」
「なるほど、四天王」
「精鋭がいるのは道理だね。察するにとんでもなく強いんだろう? 英雄って呼ぶのが相応しいくらいにさ」
片目を閉じて息を吐くキルケーにアルトリウスは首肯で答える。大橋を渡り、暗い遺跡……小ロンド遺跡に進みながら、アルトリウスはさらに語る。
「王の四騎士とは言うが、現在グウィン王の精鋭として猛威を振るっている英雄は五人いる。奴らは命を落とし、この地を去ったはずだったが……大王グウィンの帰還、アノール・ロンドの復権と同時に復活したらしい。その実態は、大王が召喚したサーヴァント……と言ったところだろう」
「おそらく最高位の神霊のグウィンに、それに従う五騎の英霊、そして油断ならない雑兵多数が敵か。なかなかハードな相手じゃないか、マスター?」
肩の力が入ったこちらを案じてかキルケーが軽口を叩く。だが、藤丸は話を聞いた上でもそう悲観してはいない。
アルトリウスが語った情報は厳しい状況を示しているが、話は未だ相手側のものだ。アルトリウスのように特異点の修復を望む英霊の情報───この先の拠点について、詳しい話は聞けていない。
「む、そうだったな。我らの拠点はこの小ロンド遺跡の上にある。今のところ協力的なサーヴァントは私を含めて三騎、他に英霊ではない味方二人を加えて、計五人で対抗していた」
「五人で対抗してたのか!? 強力な神霊と英霊複数、それに大軍を相手に、堂々と拠点を構えて!?」
キルケーの驚きは当然だ。アルトリウスたちがやっていることは、無数に爆弾を用意できる大軍相手に援軍無しで籠城を続けているに等しい。普通に考えれば、力のまま強引に擦り潰されるしかない戦力差。それでも残り続けているということは、それほど個々の力量が突出しているのか。
「私を除く二騎のサーヴァントは別格と呼ぶのが相応しいが……実のところ、我らが壊滅していないのは大王の思惑ゆえだろう」
「大王の、思惑?」
「我らは不死街を戦場に抵抗を続けているが、大王の軍勢は最高戦力と呼べるものではない。無数の銀騎士が送られてくるだけで、王の四騎士も一騎とて顔を見せない」
暗く湿気の強い遺跡を上るアルトリウスの動作には僅かな警戒が滲んでいた。それを察知しキルケーも魔術を起動させるが、アルトリウスが口にしないということは大きな危険は無いのかもしれない。もしくは、アルトリウスが滲ませた警戒は舌に乗せた大王の思惑に向けたものか。
「大王グウィンの狙いは時を稼ぐことだろう。戦力を温存し、戦場を停滞させる理由などそれしか思い至らない」
「話を聞く限りは同感だが、これは好機だね? 相手が舐めてくれるなら突ける隙も大きいというわけだ」
その通りだと最後尾を歩くキルケーに賛同する。そして、戦力が貴重なら尚のことマシュたちと合流しなければならない。
「……今更ですけど、この遺跡は安全なんですか? 幽霊とか出そうな雰囲気ですが」
話題も尽きてきたところで、アルトリウスの警戒の理由をそれとなく聞いてみる。先行するアルトリウスは兜を傾け、ぐるりと周囲を見渡し。
「鋭いな。幽霊は大量にいたんだが、ここ最近は見ない。ダークレイス……住み着いていた勢力も消え去ったようだな」
「本当に幽霊いたんだ……」
半ば冗談だったのだが、ロードランにも
「きみの警戒の理由はその類のエネミーかと思ってたんだが、そうじゃなかったのか?」
「今の小ロンド遺跡で敵対してくる生物はそういない。故に、先ほどの森よりも警戒心は薄めていたが……それでも警戒はすべきだ」
「それは、何で?」
背後からの問いに、アルトリウスは振り返ることなく鎧を鳴らし。
「サーヴァントだ。我らに協力せず、かといって敵対もしないサーヴァントがここに居着いている」
「え?」
意外な言葉に声を上げる。そして水を差したように、途端に思考が回っていく。居着いたサーヴァント、消えたエネミー、これは話の流れから察するに……。
「そのサーヴァントが小ロンド遺跡のエネミーを消して回ったってところか。協力はしないが掃除はするとか、どんな英霊だ?」
「そのサーヴァントの姿に私は見覚えが無い。この土地の英雄か、外の英雄かも判別つかん」
アルトリウスの警戒はどうやらそのサーヴァントに向けているもののようだ。口振りからして相対したことがあるのだろう、件のサーヴァントの性質がアルトリウスに警戒を抱かせる要因になったのは聞くまでもない。
小ロンド遺跡を歩み続けて数分。そのサーヴァントの気配や痕跡は未だ感じられず、不気味なほどに静まり返っている。
「拠点に着くまでに出くわす可能性もある。覚悟はしてお───」
「そこッ!」
────キルケーの杖から迸る紫電が空気を焦がす。
アルトリウスの付近に弾けた紫電は小ロンド遺跡を一瞬照らし、吹き荒れる光と衝撃がアルトリウスの次に近くにいた藤丸立香を吹き飛ばし───風に包まれるようにして、緩やかに遺跡の壁に倒れ込む。瞬時にキルケーが魔術で身体を保護したようで、キルケー自身は魔杖を構え藤丸立香の正面で険しい表情を見せていた。
キルケーの眼前。そこに、大魔女が神代ギリシャの魔術で抗した、恐るべき襲撃者がいる。
「ソウルの魔術ではないな。貴公、外の理の魔術師か」
女の声はそれ自体が刃のように冷えきっていた。
蒼い装束は小ロンド遺跡の闇に紛れ、白い面と美しい金の髪だけがぽっかりと浮かんでいるようだ。その手には、女の髪以上に美しく、故に恐ろしい黄金の曲剣。
「大魔女を侮ったね。自動迎撃、攻性防御の術式なんて簡単に張れる。まさか、サーヴァントを相手に易々と暗殺できると思ったかい?」
強気に応えるキルケーの頬には微かに冷や汗が垂れている。その背後にいる藤丸でさえ理解できた、目の前の相手はただの暗殺者ではない。それは、警戒をしていたにも拘らず寸前まで暗殺に気づかなかった気配遮断を評価してのことではない。
純粋に、目の前の相手は戦士として卓越している。神話の魔女とはいえ戦士ではないキルケーでは、藤丸立香を守りきれないと即座に察知できるほどに。
「魔女はこちらでは重い名だ、そちらこそ容易に使わない方がいい。貴公の実力の程度も知れる」
一歩、踏み出す。黄金の曲剣をゆらりと揺らし、光の軌跡が思考を蝕むように目に焼きつく。暗殺者が、歩み寄る音だけが耳に残る。
「散れ、背後の人間と共に」
暗殺者とキルケー、両者が瞬時に得物を振り上げる。
魔杖からは幾つかの魔術陣が放たれ、暗殺者を五つの方向から迎撃するように方角を決定、そのまま空間に固定される。瞬時に装填されるは紫の魔弾、陣自体に魔術が施されているのか装填された魔弾には自動追尾・防御貫通など複数の性質が宿る。超高速で陣は加速、魔弾もまたアーチャークラスが放つ矢に劣らぬ光弾となって暗殺者に襲いかかる。
─────それを、暗殺者は曲剣の一閃ですべてを弾く。
「くッ……!」
「凄まじいが、遅い」
曲剣の光が視界に瞬く。暗闇に踊る黄金の光は、優雅なままに命を刈り取る、残酷なる必殺の刃────
「ッ──!」
突如、暗殺者が地を蹴り跳ね、背後からの大剣を素早く躱す。踏ん張りの効かない空中、一瞬の無防備。そこを突くため、元より大剣は二撃の軌道で放たれている。
暗殺者は身を捻ると、刃を持たぬはずの左手────否、見えていなかっただけの暗い短刀で斬り上げられた大剣を弾き、その衝撃をもって遺跡に降り立つ。
「……もう立てるか」
「倒れるには早すぎる。そうだろう───王の四騎士が一騎、王の刃キアランよ」
グウィン王の四騎士、雀蜂の指輪を王より賜った暗殺者。アサシンのサーヴァント、王の刃キアランは二刀を手に悠然と立つ。
目の前の騎士……狼騎士アルトリウスを、疎ましげに見つめながら。