永劫火継神話 アノール・ロンド -深淵の騎士- 作:海月マル
小ロンド遺跡、その一角で対峙する三者の
キアランに対する二騎───大魔女キルケーと騎士アルトリウスは互いの得物を構え、自然に前衛と後衛に別れ位置していた。キルケーはカルデアの旅路で積まれた豊富な多人数戦闘の経験から、アルトリウスはこの特異点での戦闘経験からか、無意識に戦術的に有効な位置へと移動していたのだ。
「手練れだな。流石はカルデア───と言っておこう」
「………」
二騎の背後で立ち上がり、いつでも体を動かせる態勢で備えていた藤丸立香がその声に反応する。
なぜカルデアを知っているのか。疑問は浮かぶが、悠長に答え合わせができる相手ではない。煌めく残光は目に残り、くらくらと藤丸の頭を回すようだ。遺跡の壁に手をつき姿勢を正すと、手の甲の令呪を掲げ。
「───パーシヴァル」
藤丸の傍に、闇をそのまま切り取ったような人型の影が現れる。大槍を払い堂々とした構えで暗殺者に対する
真名をパーシヴァル。円卓の騎士にして、もう一つの聖槍の担い手である聖なる騎士。守護騎士(聖槍)のスキルを持つパーシヴァルのシャドウサーヴァントは防御に秀で、後衛のキルケー及び藤丸立香の守護。そしてアルトリウスの援護をも可能とする中衛として機能する。
独自の召喚術を目にしたキアランは、無言かつ丁寧に二刀を持ち上げると───弾かれたように加速、黄金の斬撃を空に走らせる。
「ッ!」
二人の騎士を一刀で仕留める軌道。残光しか見えぬ曲剣の一閃は、それぞれの大剣と大槍に阻まれる。だが、それこそが狙いであったと言うように身を捻る暗殺者は、素早く抜き放った鉄光───投擲ナイフで二者の肉を見事に削ぐ。
血を散らすも瞬時の対応で傷を浅くし、反撃に移行せんとして、アルトリウスは暗殺者の狙いに気づく。
ナイフの投擲動作は次の布石。身の捻りは更なる身体の運動を呼び、ぐるりと回転した暗殺者の鞭の如き脚がアルトリウスを遺跡の壁へと打ちつける。
パーシヴァルの影が即座に大槍の刺突をキアランに見舞うも、影に挟んだ暗銀の短刀が槍の穂先を打ち上げ、返す刃で槍騎士の横腹を斬り裂き。その動作のままに残光を携え、キアランは藤丸立香へ駆け出して───
「侮るなと言ったはずさ!」
藤丸立香を囲む結界。キルケーの魔術によって空間そのものが異界と化したような魔力の渦が巻き起こり、瞬きのうちに数十の小爆発が連鎖する。
それをキアランは黄金の曲剣で容易く斬り裂くと自ら地を蹴り後退、復帰したアルトリウスの大剣を片手間に弾き、再び遺跡の壁へと降り立った。
「賢明だね? 強引に突っ込んでくれたなら話は簡単だったんだが」
「やはりか。私にとって……いや、
「へえ、時間をかけたら仕留められるって?」
「それができぬ者は、王の四騎士に数えられん」
二人の騎士を潜り抜け簡単にこちらに迫った暗殺者は、キルケーの魔術を見て最初の狙いを変更する。その視線の先にいるのは、大剣を両手で握る騎士───アルトリウス。
「何度見ても、見下げ果てるな」
「……」
「その鎧。その剣。その振る舞い。すべてに、貴公は相応しくない」
キアランの声は侮蔑に満ちていた。アルトリウスを見下し、罵り、まともに意識することさえ嫌っているほどに。
その声を受けてなお、アルトリウスは動じず。無言を貫き、ただ大剣を構えるのみ。両者の関係は不明だが、キアランにとってアルトリウスが疎ましい存在であることは間違いない。
「残光に散れ」
短い声を引き金に黄金の刃が天地を踊る。小ロンドの闇を舞う残光はただ美しく、思考を蝕み、視界から存在までを眩ませる。
アルトリウスの大剣に揺らぎが生じると同時に、キアランは高速で接近。アルトリウスの全身を斬り刻むが如く、十を超える斬撃を鎧の上下に打ち込んでいく。
「ぐッ……!」
「アルトリウス!」
思わず発した声に応え、キルケーとパーシヴァルの影が援護に回る。アルトリウスの防御性能の強化、全身を覆う物理防護の魔術。そしてキアランの身体を狙う大槍の薙ぎ払い。
槍を避けたキアランの隙を逃さず、なんとか致命傷は避けていたアルトリウスが大剣を斬り上げるも───不自然にぐらりと揺らいだ大剣はキアランを捉えずに空を薙ぐ。
「おい嘘だろ!」
今度はアルトリウスが隙を晒し、そこに致命の一撃を撃ち込もうとしたキアランを慌てたキルケーの紫電が襲う。目で追うのも困難な足捌きで魔術を回避したキアランは、続けて二刀で襲いかかり────
「ガンド!」
藤丸立香の指に従い、キアランの動きが停止。驚愕の顔を浮かべる間もなく、パーシヴァルの影が大槍でキアランの身体を裂こうと走り───不自然にも間合いを見誤った影は、槍の柄の部分でキアランを強打、遺跡の奥に吹き飛ばした。
逃さずキルケーが放った風の刃が倒れ込んだキアランを襲うも、痺れから復帰した暗殺者は身体全体で遺跡を跳ね、すんでのところで事なきを得る。
瞬時に交差する攻防は、しかし許容不可能な混乱に満ちる。その元は言うまでもなく、アルトリウスとパーシヴァルの影に起きている異変である。
「流石に看過できないぞ。なんだい今の体たらくは!」
「……言い訳のようだが、私にもわからない。確かに奴を斬るため大剣を振ったのだが───」
大剣は届かなかった。否、外したのだ。軌道を曲げられたわけでも回避されたわけでも無い。単純にアルトリウスは振り上げる軌道を誤り、大剣を外してしまった。
サーヴァントらしからぬ攻撃のミスだが、アルトリウスの実力不足とは思えない。今まで見たアルトリウスの剣は多くのサーヴァントを見てきた藤丸立香やキルケーをしてなお紛れもない戦士の剣と言えるものだったからだ。
「なら、何かしらの絡繰りがある。この場合は……」
「アルトリウスの感覚の異常か、あるいは精神的な異常」
「その通りだマスター。そして、その手にはめっぽう強いのが大魔女さ!」
♦︎
グウィン王の四騎士。その一人、王の刃キアラン。
元々、王の刃とはキアラン個人を指す異名ではなかった。蒼の装束を身に纏い闇に紛れる女性の暗殺者集団───それが「王の刃」である。
その中でも特に秀でた実力の持ち主だったキアランはグウィン王に招集され、スズメバチの指輪を与えられたことで王の四騎士として迎えられた。元が暗殺者であったキアランは、勇壮なる男たちと肩を並べ最上位の騎士に叙されたことに惑った。元より自身は暗がりに刃を潜ませる術ばかりを持ち、堂々と身を晒す栄誉など程遠い。そう思っていた。
────王の四騎士の一人。大剣の騎士と出会い、語らうまでは。
♦︎
一瞬、朦朧とした意識を覚醒させ、反射的にキアランは跳び上がる。王の四騎士とはいえ、小さな体躯のキアランは肉体の耐久力において他の騎士に劣っている。大槍を受けた衝撃は意識を一瞬刈り取るには十分な重さであった。
だが、これはただの幸運。本来であれば意識どころか命まで貫かれていただろう。カルデアのマスター……何らかの装備によるものか、あそこまでの魔術を扱えるとは想定外だった。槍騎士の影にも残光の幻惑が通じていたからこそ生じた幸運。
「使えるものは、何であれ使うとも」
呟いて、キアランは二刀を持ち上げる。
───英霊となり、アサシンのサーヴァントとして召喚されたキアランの刃は宝具へと昇華されている。闇を舞う光……「黄金の残光」もまた宝具のひとつ。
ゆらりと刃を艶やかに揺らし、薄れゆく残光を網膜に残す。相対する敵たち───カルデアの人間、魔女、槍騎士の影、騎士⬛︎⬛︎の視界にたっぷりと黄金を塗し、目を塞いでいくように。
成った、と直感すると同時にキアランは駆ける。前傾姿勢での高速移動に先んじてナイフを数本投擲、二人の騎士に対応を強制しながらリアルタイムで相手の動きに合わせ複数人を同時攻撃、複数の対応を要求する攻撃の軌道を脳内で構築する。
ナイフを弾きながらこちらに斬りかかる騎士の大剣、その柄を咄嗟に足で押さえ、即座に刃の腹を蹴り上げて影が放つ大槍と打ち合わせる。魔女の魔術が地上に走ったのを視界の端に捉え、跳躍しては今度は槍騎士の影の大槍の足場としさらに跳躍。魔女の眼前に不死狩りの護符を投げつけ、生じた煙を目眩しとし、降下しながら護符を投げた動きのままに身体を捻り────後方からの大剣を弾くと同時に投擲したナイフで魔女の脚を裂く。
発動した魔女の魔術、その射角を目視で確認し死角に逃げつつ、追い迫る大剣をいなし騎士の腹を蹴りつけ、槍の間合いの外から放たれた光の穂先を二刀で斬り払う。
目まぐるしく変わる状況、しかしキアランは追い詰められているとは感じない。それは未だ思考と肉体に余裕があるという事実からであり、戦いが長引くほど黄金の残光───精神の幻惑が徐々に進行し敵の能力が低下するという計算からである。
二人の騎士の戦闘能力自体はキアランと大差はない、どころか槍騎士の影の方は明確にキアランを上回る身体能力を発揮している。だが、身体を動かす頭、身についた戦闘経験、手に持つ得物を活かした最適な戦術への適応の差が、複数対一ながらキアランの余裕を保たせていた。
槍騎士は影だからか複雑な思考はしておらず、もう一人の騎士は逆に身体能力で劣っているも並外れた経験や無意識で補って戦闘している。────そのような継ぎ接ぎでは、王の四騎士には届かない。
「フン───!」
「ぬッ……」
残光に裂かれ、肩付近から騎士が血を噴かせる。
サーヴァントであれば死には至るまいが、有効打であることに変わりはない。仰け反った騎士の横腹を続けて裂き、流れる動作で放った回し蹴りで頭を打ち、トドメの一撃は控えて後退。他サーヴァントの援護・攻撃を受け流し、着実にダメージを蓄積させる。
幻惑と負傷、既に一騎は追い詰めた。槍騎士の方も幻惑は進行しているだろう。槍の刺突を尽く回避し、首元を暗銀の刃で抉ろうとし────
「ッ!?」
背後から"過たず"振り下ろされた大剣をすんでのところで躱し、同時に繰り出された槍騎士の太い脚がキアランの腹を蹴り飛ばす。
短刀を盾にし辛うじて受けるも、飛ばされた先───遺跡の壁面には魔女の魔術が糸を張っている。
背を壁に打ちつけた瞬間、身体を縛る青い糸。魔力で編まれた拘束はキアランの力では引きちぎれず、完全に身動きを封じていた。
「終わりだな、暗殺者。この大魔女と相対したのが、きみの運の尽きという訳だ!」
鼻を鳴らす魔女───キルケーは自慢げに言い放つ。黄金と暗銀、キアランの二刀も腕を縛られては振るえず、叶う抵抗は言葉のみ。しかし、恨み節の前に脳を染め上げる疑問がある。
「貴公ら、何故───」
「その金の曲剣による幻惑だろう? 武器を介してのものであっても、効果自体は魔術的なものだ。大魔女に通じる技じゃないね」
キアランは再び目を見開いた。初めて対した外の世界の魔術師───否、魔女の魔術とはここまで多彩なのか。
幻惑を見破ったとしても初見の短時間で対策することは不可能。そう考えていたキアランを真っ向から打ち破る魔女の技。対幻惑、対精神異常に特化した結界が騎士や魔女の体に揺らめく。
「……しくじったな」
呟いたキアランは騎士の一人に目を向けた。膝をつき息を荒くする騎士に、カルデアのマスターが癒しの魔術をかけている。その様を見つめた後、眼前のキルケーと槍騎士の影に視線を刺して。
「だが。侮りが過ぎるぞ、魔女」
ころりと、キアランの服のうちから火炎壺が転がり落ちる。それを微かに動かせる短刀の刃で引き裂いて────瞬時に、キアランが磔になっていた遺跡の壁が爆散する。
「な───」
魔女の声が発されたと同時に
次に黄金の曲剣で魔杖を弾き、魔女の隙を生み出すと続ける刃で胸を裂き、その中心を刺し抉る───瞬間に魔女の足元で作動した魔術が炸裂。仕留め損ないはしたが、炸裂した魔術を完全回避したキアランに対し、魔女キルケーは瀕死。魔杖も手を離れ、戦闘不能には変わりない。
「終わりだ、カルデア」
自ら爆破させた火炎壺によって腕が焼かれているというのに、キアランの動きに淀みは無かった。黄金と暗銀に力を込めて、膝をつく騎士と側の人間に歩み寄る。
騎士には大した力は残っていない。こちらを見つめる人間、カルデアのマスターも暗殺者に抵抗する力は無い。
「……終わりじゃ、ない」
「貴公が動く前に仕留めるだけの速さはある。恨むなら、貴公らの油断を恨むことだ」
二刀を持ち上げると、最低限の治療は済ませていたのか、手負いの騎士が立ち上がる。先ほどと異なって大盾を片手に掲げる騎士は、戦うまでもなく拙い足取りで背後の人間の盾となった。
「醜いな」
「……だとしても、だ」
暗殺者と騎士が短く言葉を交わす。それが合図だった。
───放つ身体を弾丸とし、キアランは正面から騎士を……アルトリウスを砕きにかかる。この暗殺者に大盾など意味を為さない。素早く迫る雀蜂は盾をすり抜け人を刺す。それが道理だ。故にアルトリウスは、決してこの相手に盾を見せなかった。
では、なぜ大盾を掲げたのか。決まっている。少しでも時間を稼ぐ肉壁となることを、アルトリウスが受け入れたからだ。
言葉もなく、カルデアのマスター……藤丸立香が令呪を掲げる。礼装の魔術を複数使用した上で二騎目のシャドウサーヴァントの召喚───負荷に鼻血が流れるも、それに惑うことはない。
秒単位で迫る死。圧倒的なまでの危機。呼吸に合わせて、魔力が全身を駆け巡り──────
「オォ゛ォ゛ォ゛オオオオオッッ!!!!!」
地を揺るがす咆哮が、戦場の空気を一変させた。
暗殺者と騎士は互いに全力で飛び退き、天から落ちる咆哮の主にすべての意識を集中させる。
小ロンド遺跡に響く轟音、立ち昇る土煙……それでさえ姿を隠しもしない、恐るべき巨躯。遺跡の闇に合った黒肌と、煌めく黄金の装飾。
その姿に、藤丸立香は無意識に声を発した。この相手の真名を。
「ダレイオス……!?」
小ロンド遺跡に居座り、あらゆる敵を殲滅した逸れの英霊。アケメネス朝ペルシャ最後の王、征服王の軍勢に対した暴風。バーサーカー・ダレイオス三世が、炎の滾る一対の巨斧を携え、戦場のすべてを見下ろしていた。
「逸れのサーヴァント、まだ残っているとは思わなかったが───」
「…………ォ」
「
「オ、オオオッ!」
短く放った言葉を最後に、キアランはより大きく背後に跳び───瞬間、先ほどまでキアランのいた位置がダレイオスの巨斧に砕かれる。破壊された遺跡の一部は魔力と炎を帯び、斧を戻す勢いで後退するキアランに礫となって襲いかかる。
それを二刀で器用に弾きあるいは躱せば、次の瞬間、キアランの気配は絶たれていた。先ほどまであった緊迫感も、すべて途端に失せて……。
「……逃げたか」
再び膝をつくアルトリウスが、危機の終了を告げていた。しかし警戒は緩めぬまま、その視線は遺跡に君臨した狂戦士……ダレイオス三世に向けられている。
「キルケー……!」
シャドウサーヴァントの召喚を中断し体力を温存した藤丸は、仰向けに倒れる大魔女に駆け寄り治癒の術式を走らせる。魔女のそれに比べればささやかなものだが、カルデアの魔術礼装が発揮する治癒魔術も侮れるものではない。
自ら引き起こした魔術的な爆発に巻き込まれたキルケーだが、幸いにも致命傷を負ってはいなかった。これなら十分回復できる。
その様を金塊の如き眼で見つめる巨躯、ダレイオス三世。アルトリウスの警戒を物ともしない暴風王は、踵を返して小ロンド遺跡の奥へと去っていく。王の向かう物陰には幾人もの骸骨兵───ダレイオスが召喚しただろう不死隊が蠢き、王の帰還を待っていた。
「……小ロンドの新たな王、というわけか」
アルトリウスは呟いた後、見てくれだけは整えた体を藤丸に向け。
「我らの拠点はすぐそこだ。貴公と魔女は安全な場で落ち着く必要があろう」
兜を鳴らし、視線を上げた先……陽の光に照らされた明るい緑が小ロンドの石の先に見えていた。アルトリウスの言う、複数のサーヴァントが集った拠点。その名前は知らされていない。
「うん、できる限り急ごう」
未だ目を開かないキルケーを藤丸は背負い、アルトリウスに応える。この状況で頼りにできる戦力はアルトリウスだけだ、彼には警戒と先導をお願いする以上キルケーを運ぶのは藤丸の役目となる。
「……貴公は頑強だな」
「まあ、慣れたものなので」
アルトリウスの言葉に苦笑し、よっ、と力を込めて小ロンド遺跡を歩む。最初の位置からどんどんと上に上がり、暗がりの遺跡から上の陽射しを目指す様は地下から這い上がる虫のようだ。
一歩、一歩。王の刃の襲撃を潜り抜け、一行は光を目指す。小ロンドの闇から遠ざかるように、光の王へと至るように。
時系列的にFGOに実装されてないサーヴァントも影鯖として出ることがありますが、その辺りは早めに召喚されたんだと思ってください