永劫火継神話 アノール・ロンド -深淵の騎士- 作:海月マル
「我らの拠点は火継ぎの祭祀場と呼ばれる。かつては、使命を帯びた人間たちの拠り所の一つだった」
「今は、そうじゃなくなった?」
「使命が消えれば、その拠り所も意味を失う。大王グウィンが帰還した時、使命を帯びた人間もまた失せた。……故に今は使命ではなく、ただ自らの意志によって人間とサーヴァントが集っている」
小ロンド遺跡に架かる道を歩みながらアルトリウスは口を開く。警戒はしていたものの新たな敵と遭遇することはなく、二人は既に拠点……火継ぎの祭祀場のすぐ近くへと迫っていた。
暗い湿気に包まれた遺跡の最後、視線の先にあるのは狭間の森でも見かけた石のリフトだ。
「これ、どこにでもあるのかな……」
「……基本、どこにでもあるな……」
アルトリウス、続けて藤丸が石の台に足を掛けると、鎖の巻き取られる音と共に台座ごと身体が昇っていく。小ロンド遺跡特有の暗い湿気が遠のいて、森とも違う、暖かい陽射しの匂いが近づいていた。
踏ん張って石の階段を上り切り、その景色を認識する。
光。太陽。緑。
ここには警戒すべき敵意が無い。命を脅かす自然の牙も、軍靴の音も失せている。ただ、いくつかの気配が有り─────。
「───あ」
目の前の、薄い紫髪の少女を、見る。
「────先輩っ……!!」
「マシュ!!」
幻影特異点にレイシフトしてすぐに別れた、無二の後輩にしてファースト・サーヴァント、マシュ・キリエライトの姿がそこにあった。
側に立ち再会に微笑む
「先輩!? それに、キルケーさんも何が……」
「緊張が解けたのだろう、彼に大きな傷は無い。だが疲労と負荷は激しいはずだし……魔女の方はいち早く休めた方が良い。貴公らは仲間のようだが、回復させる術はあるか?」
どう見ても真っ先に回復が必要な様子の甲冑姿で、アルトリウスが言葉をかける。その姿を眼鏡越しにじっとシグルドが見つめると、アルトリウスはガシャリと鎧を鳴らし、
「私はアルトリウス、その二人に協力していたサーヴァントだ。元々は此処にいた者でもある。私の負傷は気にせず、二人に気を遣ってやってくれ」
「では言葉に甘えよう。マシュ殿、当方のルーンにて傷を癒す」
「は、はい。また後でお話ししましょう、アルトリウスさん!」
アルトリウスが祭祀場の奥へと姿を消すと、シグルドが指先で文字を描く。神代の魔術刻印、それも戦乙女ブリュンヒルデから賜った原初のルーンによりキルケーと藤丸の両者に癒しの魔術が施される。
「ありがとうございます、シグルドさん。ストームボーダーから回復の術式を補充できれば良かったのですが……」
「通信が不可能な以上仕方のないこと。ルーンによる支援もまた当方が求められた役割の一つだ、存分に使用するとも」
「ありがとう、シグルド。……キルケーは……」
徐々に楽になった頭を動かし、藤丸は背後の大魔女キルケーを見る。うむむむ……と唸っている大魔女は、微かに瞼を開き始めて……。
「はっ!? おのれ暗殺者! よくも私の拘束を抜けて……って、うん?」
「おはよう、キルケー」
「うん。うん?」
「思考が上手く回っていないようだ。軽度の衝撃を加えれば再稼働も期待できるが……」
「シグルド、大丈夫」
シグルドを抑えつつ、無事な様子のキルケーに笑みが溢れる。マシュもほっ、と息をつけば同じように笑みを浮かべていた。
幻影特異点。この土地のことを教えてもらった今となっては「ロードラン特異点」と呼称すべきかもしれない。そこにレイシフトして後、初めての安息だった。
♦︎
「なるほどね。逃げられたのは癪だが、甘く見た私の失態か。問答無用で麻痺させるべきだったよ」
キルケーが目覚めた後、カルデアの四人は火継ぎの祭祀場の円形広場にて情報を共有した。藤丸とキルケーは森に落ち、騎士アルトリウスに出会い、王の刃キアランに襲われ、ダレイオス三世に救われたこと。
「王の刃キアラン……この土地の英雄、王の四騎士の一人ですね」
「知ってるの、マシュ?」
「ある方に教えていただいたんです。私とシグルドさんは、不死街というところに落ちてしまって……」
不死街。火継ぎの祭祀場から見える石壁を超えた先にある街は、おそらく森の上に位置していた建物がある場所でもある。
そこで二人は襲ってきた銀色の騎士と交戦。その最中に火継ぎの祭祀場を拠点とするサーヴァントと出会ったという。しかし、まさかそのサーヴァントというのが─────。
「感謝するといいのだわ、私がいなかったら大挙してた銀騎士に囲まれていたんだから」
カルデア一行に馴染んで声を挟む凛とした声。
赤紫の外套を羽織り、金の髪を靡かせた女性は威厳を漂わせながらも、どこか親しみやすい空気を纏っている。その雰囲気は火継ぎの祭祀場よりも、小ロンドの闇に近いように感じられた。
メソポタミアの神霊、冥界の女主人エレシュキガル。
彼女こそマシュとシグルドを不死街にて助けたサーヴァントであり、火継ぎの祭祀場を拠点として大王グウィンに反抗するサーヴァントの一騎である。
「アルトリウスが別格って言ってたけど、まさかエレシュキガルがいるなんて……」
「……もしかして、期待ハズレだった?」
「まさか。とても頼りになるよ、エレシュキガル」
「───と、当然だわ! ウルクの冥界を預かる者として、他所の神にいいようにはされないんだから!」
胸を張るエレシュキガルを見つめつつ、藤丸は少し考える。
アルトリウスによれば、火継ぎの祭祀場を拠点とする仲間のサーヴァントはアルトリウスを除いて二騎。どれも別格のサーヴァントだと言っていたから、もしかして……。
「ここにいるもう一騎のサーヴァントも、神霊だったり?」
「……そうね。嫌がるだろうけど、もう一人も間違いなく神霊よ。
「……この土地の神霊が、堂々と大王グウィンに歯向かってるのかい? グウィンは神王って話だったが」
「その辺りは複雑な事情があるのだわ。それに、歯向かってるだけじゃない。私たちは不死街で銀騎士と戦ってるだけだけど、あの神は今日も大王グウィンの根城────アノール・ロンドを直接攻撃している」
エレシュキガルの言葉に思わず息を呑む。口振りから察するに今日に限った話ではなく、既に複数回行っているのだろう。
それは即ち、その神霊が大王グウィンに正面から対抗できるほどの実力を有していることの証明だ。
「驚いたな。ロードランの神話にそれほどの神がいたことも、この特異点に召喚されて味方についてくれていることにもね」
「まあ、詳しくは戻ってきた時に聞けばいいのだわ。今は、今知るべきことを考えるのが先決よ」
そう言うと、エレシュキガルはカルデア一行を見渡して、ゆっくりと唇を開いた。
「アルトリウス。……あのサーヴァントについて知りたいなら、知ってる限りは教えるのだわ」
それは避けては通れない、現状の謎の一つだった。