【名誉クズ】転生~百合ハーレム系ラノベの百合に挟まろうとするかませイケメンになってしまったので、やりたいことのために全力で頑張ってみようかなって~ 作:ゴマ醤油
つい先日十を迎えたクー・ズーハルトは、その日少し憂鬱な気分で馬車に揺られていた。
「……ララ。引き返したいのだが、許されるだろうか」
「駄目ですよ。本邸からのお呼び出しを拒否すれば、更に不利になるのはクー様です。キース様が様子を窺いに来てくださるときとは違うのですから」
呟いた一言をララに拒否され、ふて腐れたように頬杖を突き直し、窓の外をぼんやりと眺める。
(ズーハルト家。ご存じ【めがゆりTS】の基本舞台となるユリユリ公国にて、それなりに力のある貴族。そして【名誉クズ】ことクー・ズーハルトが、ああも歪みゲス顔を晒すに至ったとされる最大の要因。……原作では弟以外はチラリと言及されただけだったが、果たして如何ほどのものか)
クーは記憶から【めがゆりTS】の原作を掘り起こしながら、静かにため息を吐いた。
「ところでララ。俺が本邸へ赴かねばならないその理由、是非とも答えてみてくれ」
「いきなりなんですか。……当主であらせられるキース様、そしてマリアナ様との間にて約定です。別邸での生活を許す代わりに、外出は一切認めない。そして一年に一度、本邸へ赴き長女、レオネ・ズーハルト様と決闘をしなくてはならない。……本当に、酷い仕打ちですね」
「まったくだ。不出来な兄の心を折りつつ常人の試金石とし、才に溢れた妹に勝利の自信と優越感を与える。獣二人の調教としては実に効率的、実に母上らしい合理な提案よ」
ララの憂いた表情を、クーは軽く鼻で笑ってみせる。
「……いいですかクー様? 本邸の中では何卒、最近の言動はお控えください。余計な波風を立てマリアナ様の怒りを買えば、更に立場が不利になるのはクー様なんですからね?」
「ああ、もちろんだとも」
「……本当に分かってるんですかねこの人は。無礼を承知で言いますが、ララは不安で胸がいっぱいです」
ララは大きくため息をつき、しばらくすれば馬車はズーハルト家の本邸へと到着する。
(……でかいな。うちの屋敷も前と比べれば大豪邸だったが、所詮は別邸というわけか)
馬車から降り、手を取ってララを降ろしたクーは、屋敷を見上げながら感慨に耽る。
「それにしても……出迎えはなし、か。仮にも長男の帰還だというのに、中々に手厳しい歓迎だと思わないか?」
「言葉を控えさせていただきます」
「冷たいな。ここは盛大に笑い飛ばす所だぞ? それこそお前がたまに厨房でつまみ食いをしているときのような、至福と言わんばかりの笑みを──」
「控え、させて、いただきますっ!!」
クーはララをからかいながらも、出迎えのない屋敷の扉を勢いよく開け、中へと進んでいく。
「ひそひそひそ……」
「ひーそひそひそひそ!!」
クーが廊下を歩きながら感じるのは、こちらへ会釈をしながらも、不自然な使用人達の注目。
(しかし……なるほど。この息の詰まるような空気による閉塞感。周囲の憐憫、嘲笑と比較。齢一桁の少年では、性根がねじ曲がるには十分だろうな)
クーは元のクーに心の中で手を合わせて同情しつつ、屋敷内をズカズカと歩いていく。
「クー様? ラービ様達のお待ちしている居間は、あちらですが……」
「そうだったか。久しぶりだったので迷ってしまったな。心配せずとも、覚えているとも」
「……そちらのお部屋は、お手洗いですが」
「はっはっは」
ララに辛辣な視線を送られようと、クーはめげずに目的地である居間へと到着する。
「ではララ。ここからは一人故、ゆるりと大船に乗ったつもりで待っているといい」
「……クー様、どうかご武運を」
「もちろんだとも。──ごほんごほんっ!! ……失礼します。クー・ズーハルト、入室します」
扉の前で喉を鳴らして整えたクーは、自ら扉を開け、堂々たる足取りで居間へと進んでいく。
「………」
「……ちっ」
「ふわぁ」
中には三人。申し訳なさそうな表情のラービ母上と、露骨に顔を歪める長い金髪の美女と、退屈そうに欠伸をかく短い金髪の少女。
(あれがクー・ズーハルト三人目の母にして、問題の
クーは冷静に視認しつつ、さしたる動揺もなく、堂々と彼らの前へと辿り着く。
(それにしても、【めがゆりTS】の原作やこの一年で把握はしていたが、まさか本当に女性同士で籍を入れ子を成せるとは。正直直視するまでは信じきれていなかったが……つくづく異世界というやつは面白い。だが少し疑問なのだが、女性同士の場合、夫婦という関係性はどう形容していいのか──)
「クー?」
「失礼しました。ラービ母上、マリアナ
以前と異なる常識との直面、カルチャーショックを受けながらも淀みなく頭を下げるクー。もしもララがこの場にいれば見てくれだけは百点と、真顔で皮肉を口にしていただろう。
「……ふんっ、随分と気に入らない目をしているわね。長男のくせにズーハルトの固有魔法、
「止さないか、マリアナ。子供相手に、レオンだっているというのに」
「いいえラービ、だからこそよ。どちらにもきっちりと差を理解させねば、ズーハルトの。それとも、私の言葉に不満でもあるのかしら?」
キースはマリアナを諫めようとするも、逆に嘲るような眼光とキンキン声での圧に、それ以上を呑み込んでしまう。
(哀れなものだ。通常、ズーハルトの当主であるラービ・ズーハルトの発言力が一番高いの道理。だがマリアナ・ズーハルト……否、マリアナ・アリアンデルは【めがゆりTS】の原作でも言及されているように少々特殊な体質の家系。例えズーハルトの家の中であろうと、ラービ母上より強い影響力を持ててしまう。……全てはクー・ズーハルトに固有魔法の素質がないせい。元のクーは庇ってくれないラービ母上を恨んでいたかもしれないが、俺からすれば申し訳なさが勝ってしまうな)
クーはマリアナへ頭の上がらないラービへ憤りではなく、ほんの少しの同情を向けてしまう。
(にしてもこのマリアナ、実にキンキン声で耳に障る。今日ここ泊まるの嫌だなぁ。うちのコックであるエーエーの料理が恋しい。別邸のマイベッドとマイ枕が恋しいなぁ……ふわぁ)
とはいえ今のクーは原作とは違うので、肝心の内心の大体は、こんなものでしかなかった。
「……もういい。クー、下がりなさい。あとで書斎へ呼ぶから、話はそこでに──」
「待ってよラービお母様! ボク、もう待ちきれないよ!」
話が終わろうとした中、この冷え切った緊張を切り裂くように、幼子が高らかに声を上げた。
「……レオネ。待ちきれないとは、何がかな」
「なにって決闘だよ決闘! 今年も楽しみにしていたんだから、早くやろうよ! 今から!」
レオネは目を輝かせ、屈託なく笑う。悪意なく、されど慈悲もなく。
「レオネ!」
「あら、いいじゃない。どうせやるのだもの。レオネのやりたいときにやるのが、当然よね?」
叱咤で声を荒げようとしたキースに、マリアナは嘲笑いながら、レオネの案を押し通そうとする。
「……っ、マリアナ。君は、どこまで──」
「ラービ母上、大丈夫ですよ。どうせやるんですから、今日も明日も変わりませんよ」
憤るラービの言葉を遮りながら、クーはあっけらかんと、レオネの提案を了承する。
「今からやりましょうか、今年の決闘。俺も今日済ませて、明日はとっとと帰りたいので」
どうでも良さそうに話すクーだったが、口元はただ愉しげに、三日月形に歪んでいた。