「はぁやれやれ、びしょ濡れですよ。風邪を引いてしまいます」
そんな愚痴を言いながらゴクチョーは器用に羽を羽ばたかせ机に着地するのを見ながら私も椅子に再び座わった。
目の前のフクロウを最後に見たのは何ヶ月前だろうか…
変わってない。
視界に映るゴクチョーの姿は牢屋敷で見たあの姿から何一つ変わってない姿だ。
故に思いだす。牢屋敷で起こった数多の悪夢の日々を、この世界で起きなかった凄惨な過去の出来事を。
思わず顔を顰めてしまうと、ジロジロとした視線に気がついたゴクチョーが嘴を開いた。
「裸を見られると少し気恥ずかしいですねぇ」
ゴクチョーはそう言い、パタパタと体についた雨粒を振るい落とす。
...鳥が裸などと何を言ってるんだ??
色々言いたくなるが、こんな奴と無駄話をしている暇はない。
「それにしても、よく私が来るとわかりましたねぇ」
ゴクチョーのボヤキに私はすぐに答えた。
「この事件。明らかに魔法が関係した事件だ。だから魔法を知った誰かしらが来るとは思っていた。だが…キサマが来るとはな」
「随分と嫌われている様で」
「嫌われない自覚があるのか?」
「牢屋敷の事は私がやり始めたわけではないですよ?」
「誘拐し蠱毒に詰め込み死を願ってきた相手にそう言われて納得する被害者はいないと思うが?」
「願ったのはワタシではなくメルル様ですし、私としても手間がかかるので殺しは止めて欲しかったのですが…」
「その言葉…今までの被害者全員の前で言えるか?」
「言ったら焼き鳥ですねぇ」
「わかってるじゃないか」
「はぁ、そう恨まれましても私は命じられてやっただけです。それでこうも嫌われては嫌になりますねぇ」
ゴクチョーはそう言い嘆くが、その声も仕草も全く嘆きを感じさせず通常運転である事が一目でわかる。
...やはりコイツとは無駄話などするべきではないな。
私は腕を組みゴクチョーに話を促すことにした。
「それで?」
「それで、とは?」
「この事件...何が起こっている?」
「何と言われましても私達の方でも突然の事で困っているのですよ」
ゴクチョーは毛繕いをしながら答える。
その言い草は困っている...様ではない。
まるでこちらがどこまで把握しているのか確認する様な言い草であった。
気に食わない。
思わずそんな考えが表情に出るが、そんな事を意にも返さずゴクチョーが言葉を続ける。
「それにしても、ヒロさん手伝ってくれるのですね。とても助かります」
「手伝う?」
「あれ?手伝って頂けるから事件の概要を知りたかったのでは無いですか?」
ゴクチョーはそう言い首を傾げた。
誰がお前の手伝いなどするか。
そう言いたくなるが、そうもいかない。
「目の前で正しくない事が起こり巻き込まれた。貴様らの手伝いをする気はないがこの事件を見逃す。正しくない事から目を背ける事を私はしない」
理路整然と私はゴクチョーに告げる。
それが私だ。いくら死のうがこの考えだけは変えられない。
私がそう言い切るとゴクチョーは翼を拍手する様にパタパタと動かした。
「相変わらずですねぇ。流石ヒロさんです助かります」
「それに----お前達に任せたらこの魔法を起こした子がどうなるか分かったものではない」
「犯人も庇うおつもりで?」
「死んでいい魔女などいない」
「あ、そうですか。はい」
興味がなさそうなゴクチョーの返答。
どうせこういった反応をするのは分かっていたが頭にカチンとくる。
だが、改めて自身のスタンスを告げておく事は大事だ。牽制にもなる。
とはいえ、牽制ばかりでは話が進まない。
故にさっさと話を進める事とした。
「それで...お前は何をしっている?」
単刀直入な質問。
そんな質問にゴクチョーは答えた。
「何、と言われましても。知っている事しか知りませんよ?」
「だからその知っていることを話せ。それとも話せないのか?」
「こちらとしても色々としがらみがありましてねぇ。どこまで情報を出していいのか、貴方に話していいの判断がつかないのですよ」
「全部だ」
「とは言いましてもねぇ。まずはヒロさん貴方の話から...事件の最初から語っていただいても?そこから知っておきたいので。それを元に話せる内容を決めます」
本日何度目かもわからない要求が私の耳に入る。
表情が歪む。
私が何故コンビニに行く必要があり、コンビニで傘を盗まれた話。
もう嫌と言うほど先程の刑事に私はこの話をしているのだ。
また話すのは面倒だ。面倒すぎる。
そんな思いが表情に出ていたのであろう。
ゴクチョーの嘴がうごく。
「中々味のある表情の様で」
「またか...すでに把握していたりはしないのか?」
「もう1人の窃盗犯の話の内容は届いていますが、それ以外は何も」
「...いいだろう」
私はそう言いどっしりと背もたれに背をつけた。
今日何度目かもわからない話を口にしようとして---ふと思い立った。
この話をする前に知っておきたい事がある。
この部屋に来るまで得た情報、そしてゴクチョーの口振り。そこから推測はできるが、その推測が正しいかどうかで話は変わる。
私は自らの推測が正しいのかゴクチョーに尋ねた。
「話の前に一つ聞きたい」
その言葉にゴクチョーは難色を示す。
「できればヒロさんの話を聞いてからにしたいのですが...」
「何度目だこの事件は?」
ゴクチョーの返答を無視した一言。
そんな一言にゴクチョーは疑問符で返す。
「何度目?」
私は言葉を続ける。
「今回の消失事件、今まで何回起こっている?と聞いている」
「...なぜそう思ったのですか?」
ゴクチョーは首を傾げながらつぶやいた。
---そう答えるということは
「その返答を答えと捉えてもいいか?」
「構いませんよ...あれ?もしかしてハッタリでしたか?」
「そうだな...ただおおよそ想像はしていた」
ゴクチョーがハッとした様子で翼で口を覆うがもう遅い。
ゴクチョーの様子から、この事件は何度も起こっている事に確信を持つのは容易であった。
ゴクチョーは私が情報を求めた時、コイツは『どこまで情報を出していいのか』と言った。
つまり取り捨て選択が可能な量の情報を所持している可能性がある。そして事件後、現場に警察が到着し私が警察署まで移動するまでの間、警察官達を見て気がついたことがある。
妙に警察達の手際が良く、人が1人消えたというのに慌てる様子もなかった。
手際がいいのはまだわかる。だが、人が消えたと窃盗犯の片割れと被害者が言っているのに訝しげにもしないのはおかしい。
その様子から、もしやと思いカマをかけてみたが...どうやら当たりだったらしい。
「はぁ。私は牢屋敷の皆さんみたいにヒロさんと言葉尻を追う様な討論をしたくないのですが」
ゴクチョーが呆れた声を出すが知った事ではない。
こちらとしては、出す情報を渋る仕草をされていては協力する気も失せる。
まぁ、嫌と言ってもこの事件を正すために私は協力するつもりだが...
それはそれとして、一度釘を刺しておくとしよう。
「私だってしたくないさ。だが---貴様、本当に事件を解決する気はあるのか?」
「ありますよ。だから言ってるじゃないですか、ヒロさんが私達が知っている情報を話してくれたら話すと」
「なら情報を出しそぶる仕草をするな。疑念の種になる」
「そんなに信用できません?」
「...その言葉は冗談か?今までの行動を思い返してみろ」
「...え〜とですねぇ」
ゴクチョーは悩む様なジェスチャーをするが、おそらくポーズだけだろう。
そう判断し私は話を続ける。
「牢屋敷での私を知っているなら理解しているはずだ、私はこんな正しくない事件を見逃すわけがない。貴様らのどんな話を聞こうが嫌がろうが関わらせてもらう。だからよこせ。知っている事全部。私もお前も余計な時間をかけたくないだろう」
私はそう言い放ち睨みつけた。
こいつはいつもそうだ。
最低限以外の事は語らず、言われた事、聞かれた事のみ対応する。
それがどんな悲劇だろうと言われた通りの仕事をする。
----気に食わない。
牢屋敷でもそうだ。皆んなが感情や悪意、狂気に振り回され翻弄されて事件を起こす中、コイツだけは悪意や妬みなどの感情を含まずいつも淡々と行動してきた。
だが、それ故に信用できる。
こいつの行動は感情移入など一才せずに行なっているもの。ただの業務の一環だ。
牢屋敷の最後では色々な事が起こった。互いに色々と言いたい事はある。
しかし、ゴクチョーが自らの感情を元に行動する事は無いはずだ。
こいつがここに来たのも仕事の一環だろう。
その仕事はこの事件の解決。
ゴクチョーはこの事件の解決を望んでいる。
だから、解決のため情報を寄越せと言っている私の提案を無意にすることはない…はずだ。
そんな考えを頭の中で回していると、ゴクチョーはやれやれと首を振り答えた。
「はぁ。しょうがないですねぇ私も知っている事は少ないですよ?」
「いらない御託はいい。話せ」
「しょうがないですねぇ」
ゴクチョーはそう言うと、身だしなみを整える様にブルリと体を震わた。
これでやっと本題に入れる。
必要のない前置きが終わりやっと話が進む事に、私は軽いため息をこぼしながらゴクチョーの声に耳を傾けた。
「この消失事件はおそらく今まで5件発生しています。被害者は皆、名前どころかあらゆる経歴が消えていますねぇ」
------は?
思考が止まった。
今の私の表情が固まっているのだろうと容易にわかる。そんな私の様子を見ているのにも関わらず、ゴクチョーは話を進めていく。
「なので何方が消えたのか把握できなくなっていまして困っているのですよこちらも。時間が経てば経つほど証拠どころか被害者、事件すらも消えてしまいます」
「待て...」
「そして今回が6件目ですが、すでに同じ事が起こり始めてま---」
「待てと言っているっ!」
思わず静止する。
そんな私の言葉にゴクチョーは可愛らしく小首を傾げて疑問符を口に出した。
「ん?どうしました?」
どうしたもこうしたもないだろうっ...!
私は混乱した頭を整理しながら、なんとか言葉を紡ぎだす。
「...どういう事だ?」
「どうとは?」
今日何度目かもわからないゴクチョーからの返答。
いい加減暴力に出てもいいかもしれない。
内から湧き出る苛立ちが煮立つのを感じながら私は言葉を紡ぐ。
「いちいち聞き返すな。私が聞きたいことはわかっているだろう?」
「いえ、一応確認をと思いまして」
「まどろっこしいっ!---『おそらく』とはどういう事だ?『名前を含めた経歴全てがわからなくなった』とはなんだ!?」
「その言葉通りですよ」
「言葉通り...?」
「はい。この消失事件---消えるのは体だけじゃないのです」
ゴクチョーは一言区切ったあと、淡々と...いや、若干めんどくさそうに私に告げた
「名前も....記憶も....雨の中に消えていくのですよ。まるで元からいなかったように」
ゴクチョーの機械的な声が部屋に響く。
人が消える。
人一人が、忽然と、突然と。文字通り跡形もなく。
それも、物質としてだけではなく、概念としての消失。
ザアザアと雨の音がバックコーラスのように聞こえる。
その音は数時間前と変わらない。
目の前でビニール傘と共に少女が消えた時と同じ音だ。
あの時の少女は…窃盗犯は消えてしまった。
私は覚えている。
肩を掴もうとした手が空振りしたのを。
目の前から少女が消え、彼女の持っていたビニール傘が浮かんでいたのを
そして地面に落ちると共にビニール傘も消えてしまったのを。
私は最初窃盗犯が、魔法を使い透明になったのかと思った。
次に、別の誰かが魔法を使い窃盗犯を瞬間移動させたのかと思った。
だが違う。
現に私は今思い出せない。
私の怒りに火をつけたはずの窃盗犯が浮かべていた。あの嫌な笑みを。
彼女の表情を思い出せない。
まるで記憶の中からいなくなったかのように。
それを認識すると同時に、私は背中に嫌な汗が浮かび上がるのを自覚した。
そして思い出す。
牢屋敷で、他の世界で体験した様々な魔法たちを。
『ダストシュート』『湖』『エレベーター』
恐ろしい私の結末たち。
これはそれらと同じだ。
不意に訪れる理不尽だ。
「それで聞きます?情報?思った以上に穴だらけですが…それでもよろしければ」
ゴクチョーの声に私は唾を飲み込み答えた。
「ああ…どんな穴だらけでもいい。全部見せてくれ」
その時の私の声は震えていなかったと思う。
どうやら….予想以上に今回の事件は厄介ごとらしい。
そう自覚し、苦々しげに私は唇を噛んだ。