話し始めてどれほどの時間が経ったのだろうか。
雨音の演奏はいまだに続いており、フィナーレが奏でられるのはまだ先になりそうだ。
ちらりと窓から外を見ると、外はすでに暗闇に染まり、窓枠という額縁の中にあった風景画はほとんどが黒一色となっている。
「そしてお前が窓からやってきたと言うわけだ」
私はノートパソコンのディスプレイに映し出された資料に視線を戻しながら、そう話を締め括る。
語った内容は事件に巻き込まれて今に至るまで。
資料を見ながら語ったにしては、上手く話をまとめれたと思う。
それにしても、初めて話をしたにしては妙に上手く話がまとまっている気がする。
そんな奇妙な感覚が頭に浮かぶ。
もしかしたら小さな頃からエマに様々な事を説明や、説教をしていたが故に、容量良く話をまとめて教えることが得意になっているのかもしれない。
そんな取り留めない事が頭に浮かぶと同時に心配事も浮かんでくる。
そうだ…エマだ。彼女は今何をしているのだろうか。
この部屋に連れられてくる前に経緯を説明し、今日遊べなくなった事を伝えてはいる。
そして私を待たずに帰宅して欲しい事、また今度遊ぼうと通話で伝えている。
普通なら家に帰るだろう。
だがエマの事だ。もしかしたらこの警察署内、最悪喫茶店か駅でまだ私を待っている可能性すらある。
一度確認する必要性があるな...
そう思考が事件からエマに引っ張られそうになった時、その思考はゴクチョーの声によってすぐに引き戻された。
「なるほど。そう言うことだったんですねぇ」
理解したのかしていないのか、判断のつかない声色でフクロウの声が部屋に響く。
視線をそちらに向けると、ゴクチョーが頷く様に刻々と首を振っていた。
「これで私が話すべき事は話した。なにか質問はあるか?」
「...いえ、私は別に?」
---なんだ?
一拍置いて返答したゴクチョーの返事に妙な違和感を覚えながら私は返答する。
「そうか」
「そちらはどうです?ヒロさん」
ゴクチョーから尋ねられ私は再び視線をディスプレイに戻した。
目に入るのは、ここ数ヶ月の捜査資料。そして五つの学校から集められた資料。
私は苦々しく思いながらも口を開く。
「分かっていて聞くが...この資料は正しく作られた物なのか?」
「もちろんですよ」
私の質問にゴクチョーは憂鬱そうに答えた。
その返答に私は顔を顰めるしかない。
視界に入る全ての資料。それらはこの消失事件について調べられている。
捜査資料には、事件が起きた日時、天気、場所、関与した人物。
ごく普通の捜査資料に見えるが、そのどれも資料として正しくない物になっている。
それは何故か。
それは、その全ての情報に『おそらく』という注釈が書かれているからだ。
『おそらく』この日時に、『おそらく』この天気の時に、『おそらく』この場所で、『おそらく』この人物が見ている目の前で事件が発生し、『おそらく』この警官達が対応した。
どれもこれも情報の信頼性を欠損させる前置き、『おそらく』が頭についている。
その最たる例が----被害者の存在すら『おそらく』がついている事だろう。
そう、今まで起きた事件の全ての被害者5名全員の顔名前年齢が不明なのだ。
彼女達の経歴が消失している。
「体だけでなく、消えた人物の記憶も紙媒体も電子データすら時間経過とともに消してしまう---ひどい魔法だ。なんでもありだな」
「ヒロさんが言うと納得がありますねぇ」
私に向けられた余計な枕詞がついた言葉を無視する。
今茶々に付き合ってる余裕はない。
改めて穴だらけの資料を見返す。
あまりに理不尽な魔法の被害を見れば見るほど一つの可能性が頭に浮かぶ。
「この魔法の規模と範囲...」
「多分魔女化してますよね。これ」
ため息のようなゴクチョーの声が耳に入る。
あらゆる媒体に対して適応される消失の魔法。
消された事すら認識できなくなる。
まさしく、人がいなくなる魔法。
魔法だとしても一個人が持つにはあまりに強すぎる力。
だが、そんな力の手に入れ方は存在する。
魔女化。
思い出したくもない現象だ。
私もなったし、させた事もある。
禁忌の現象。
だがそれなら説明もつく。
被害者がいた事すら消してしまう隠蔽力が常識を逸している力。
この魔法の使い手はすでに魔女化している。
そう考えても間違いではないだろう。
しかし、そんな力が使われた被害者の数が5名と資料が告げている。
それは何故か?
そしてなぜ『おそらく』とつくが、消されたはずの事件についてを断片的に残せているのか。
実は消失魔法の力は弱い?
それは違う。現に先ほど発生した被害者の身体的特徴を私は一切思い出せない。それに過去の被害者達のデータは実際に残っていない。
強い、強い魔法の力だ。
だがそれゆえに分かる。理解できる。予測できる。
これが----『消失』の魔法だから解るのだ。
つまり
「たとえ物が消えたとしても、それ以外が分かれば認識はできる...か」
私はそう言いながら、捜査資料の更新履歴を見た。
最新の更新日は1日前。履歴を見るにこれらの資料は今まで1日もかかさずに毎日更新が行われ、過去の資料も別データとして別途保存されている。
マウスを動かし、捜査資料が作られた最も古い記録を呼び出す。
そこには私が先ほどまで見ていた資料と同じ内容が書かれているはずだ。
だが実際は違う。
『おそらく』という注釈は一切存在せず、代わりに何も書かれていない行間が多数存在し、そしてかろうじて存在する文章には途中に数多の空白が存在している。
もはや資料どころか文章として成立していないデータがそこにある。
「消えた方の情報はありとあらゆる媒体から消 消えちゃいますが、書き換えや辻褄合わせは発生しません。だから『誰が消えたか?』はわかりませんが『誰か消えた』は分かるのですよ」
ゴクチョーの言葉を聞きながら、学校資料に目を通す。
そこには様々なデータがあった。
何故か空白のある生徒名簿。
記憶障害を訴える生徒達のカウンセリング記録。
誰のかもわからない靴箱や机。
明らかな欠員がいる部活のチーム。
そして、地域住民から寄せられた不審な情報提供。
『何故か家に覚えのない部屋と貴方の学校の制服やバックなどがある』
消失魔法を知っているがゆえに、その情報提供の無情さに気がつき私は表情を歪めてしまう。
違和感を隠しもしない空白の情報。
その空白が物語っていた。
これらの情報が教えてくれる空白には誰かが存在していた事を。
消えた人物の輪郭を
「消えた被害者の関連する情報がどこまでの範囲消えるかは判断つかないが、違和感が残る程度には残ってくれると考えてもいいか?」
私が尋ねるとゴクチョーは頷いた。
「はい。直接的なものは全部消えますが、関連情報はある程度残ってくれますね」
「...これが書き換えや辻褄合わせも引き起こす情報なら終わっていたな」
「逆に書き換えてくれた方が楽だったかもしれませんね。私たちが気が付かないので仕事が減りますし」
「---ゴクチョー」
私が睨みつけると戯言をほざいていた嘴が閉じた。
その嘴を延々に黙らせたいが、そうもいかない。
私は話を進めるために口を開いた。
「共通点はいくつか分かったが...それでも情報が足りないな」
「共通点。天気とか事件の発生場所とかですか?」
「ああ」
私はそう頷き改めて捜査資料を最新のものに戻す。
消失事件の発生時間はバラバラ、発生場所もバラバラ、そして共通して事件に関わっている目撃者はいない。
だが共通点は存在する。
それはこの消失時間が発生場所はバラバラだが事件はこの市内でしか起こっておらず、雨の日限定で発生している事。
「他の共通点に心当たりはないか?」
私がゴクチョーに尋ねるとゴクチョーは悩みながらも答えた。
「そうですねぇ。性別でしょうか?」
ゴクチョーの言葉に私は眉を顰める。
「性別?」
「はい、被害者は全員中学から高校生の少女です」
ゴクチョーはそう言いきる。
...捜査資料には魔法の影響で被害者の一切の情報は載っていない。なのに何故被害者が少女だとわかる?
そんな疑問を私が口にする前にゴクチョーが突然、肩に飛び乗ってきた。
ズシンとした重量が突然右肩にかかる。
...重い。
文句を言いたくなるがその時間がもったいない。
「そこと...そこのファイルを開いてください」
耳元から聞こえるゴクチョーの指示に従いデータファイルにマウスカーソルを動かし指を動かす。
軽い音が2回響き、ファイルが開かれる。
...ああそう言うことか。
開いたファイルを一眼見て私は理解した。
「男女別の生徒名簿か」
「それと被害者だと思われる方が残した物品の種類ですね」
映し出されたのは5つの学校の男女別身体測定のデータと写真。
そのデータにおいて、男児身体測定の生徒名簿には空きはないが、女児の方のデータには奇妙な空白がある。
そして写真に映し出されたのは皆、女性ものの物品ばかりだ。
「これらの事から被害者5人は別々の学校ですが皆さん少女だと思いますよ」
ゴクチョーは言葉を紡ぐ。
別々の学校だが、全員女性。
これが偶然か、必然か。
頭を悩ませていると、ゴクチョーの言葉が続く。
「それにしてもみーんな少女ばかり。そういった趣味でもあるんですかねぇ?」
肩から呆れた声が聞こえた。
確かにその可能性もある。だがそれ以外も考えられる。
「少女しか消せない可能性もある」
そんな私の言葉にゴクチョーが首を傾げる。
「少女を消す魔法って事ですか...ずいぶん限定的ですね」
「それか条件を満たしたのが被害者の彼女達だけだったというのもあるな」
「条件ですか?」
「ああ、たとえば魔法を使うには雨が振っていなければならないとかか?」
「それだと消えたのが、少女だけなのが説明つかないですよ?」
「雨に濡れた少女しか消せないとかか?」
なんて自分で言っていてバカらしくなる条件なんだろう。
そんな私自身も半信半疑な可能性を聞いたゴクチョーは悩むようなジェスチャーする。
「うーん。そもそも魔法に発動条件とかありましたっけ?」
そんなゴクチョーの疑問に私は答える。
「全員ではないが、いく人かの魔法のは発動条件は存在する」
「おや?そうでしたっけ?」
「ナノカやメルルは接触しなければならなかった。アンアンは声が聞こえる必要があった。そして私は死ぬ必要があった」
「確かに言われてみればそうですねぇ。つまり消えた彼女達はなんらかの条件を満たしてしまったと?」
「その可能性がある...と考えることもできる」
「...可能性どころか妄想に近くありません?その可能性」
何処か呆れの混じったゴクチョーの言葉に私は頷いた。
「ああ、だが一つ一つ可能性を虱潰しに考えるのも一つの手だと思うが?
「たらればを考えても無駄な労力になってしまいません?」
「解決の手立てが見当もつかない故に様々なアプローチはすべきだ。そのためにも情報は必要だ。それで、他に何か共通点はないのか?」
「一応あと一個ありますよ?」
「一応?」
「はい、全員共通の病院に通った形跡があります」
「病院?」
「はい。大学病院です。ヒロさんも知っているでしょう?」
そう言ってゴクチョーが名を出した病院は私にも覚えがある。
この市で1番大きな病院だったはずだ。
「ヒロさんそこのフォルダ解凍してみてください」
「これか?」
私は促されるままにマウスを動かし、資料データの隅にあった圧縮フォルダを解凍する。
すると幾つかの写真データが出てきた。
「これは。カルテか?」
「はい」
そこには5人分の穴だらけのカルテがあった。
名前も住所も何も書かれていない。書かれているのはカルテナンバーと検査項目のみ。それ以外は検査結果を含めて空白。
だが、何を検査したかでこれが何のカルテがはすぐに理解できる。
これは
「学校健康診断のカルテ...つまりさっきの資料と同じか」
「はい。さっきのは学校で保管されていたデータ。こちらはその病院のデータです。ここの病院、学校指定の医療機関なのでこの市内の学校の健康診断は大体ここなんですよ」
「それはこの市内の学生なら全員この病院を受診しているという事だな?」
「ですねぇ」
つまり、この市内の学生全員の共通点でもある。
確かに共通点だ。
だがそれは先ほどから見ている五つの学校資料によって、すでに知っている情報でもある。
成る程、『一応』とつけるわけだ。
思わずため息をつく。
そんな私の姿に疑問を抱いたのかもしれない。ゴクチョーが私に向けて嘴を開いた。
「ずいぶん急いで解決しようとしてますが、どうしました?」
確かに焦っているようにも見えたかもしれない。
確かに少し焦っている。
私はその感情とその理由を正直に口にした。
「どんどん頭から情報が『いなくなって』いる気がする。もしかしたら今この瞬間にも解決のための情報が頭から『いなくなって』いるかもしれない」
「それはあり得ますねぇ。メモでもとっておきます?」
「さっき記録はした」
「なるほど流石ですねらヒロさん。それにしてもそうですね。最悪、なんでこの部屋にいるのか忘れてしまうかもしれませんねぇ」
「そうなれば、私はどうするか。見当もつかないな」
「エマさん連れて家に帰ってしまうのでは?」
「...なんでそこで、エマが出てくる?」
「え?エマさん下で待ってますよ?」
「は?」
ゴクチョーの言葉に呆けた声が出てしまう。
...嫌な予感がする。
その予感に促されるようにポケットから携帯を取り出し、メッセージアプリを起動する。
そこには、遊べなくなった事と待たなくていいと伝えた私とエマの通話記録。
そして未読状態のエマのメッセージと写真が送られていた。
『下で待ってるね!ヒロちゃん!』
そのコメントともにゴクチョーを膝に乗せたエマの自撮りが映されている。
背後の光景は見たことがある。
この警察署のロビーだ。
「どういう事だ?」
「どういう事とは?」
「何故お前が写真に写っている」
「私からもエマさんに説明して警察の方々にも気にかけて頂くように伝えたのですよ」
「そうじゃない。何故お前が写真に写っている?この時間はこの部屋にいたはずだろう?」
「ここにも下にも私がいるだけですよ」
「...」
「どうしました?」
ゴクチョーの惚けた声が真横から聞こえる。
...そういえばこいつは複数いるのを忘れていた。
はぁ、と深いため息をつく。
あれほど通話で家に帰ってろと言ったのに。
やはりエマは強情だ。
もう一度帰れと言っても帰らないだろうし、下手したら手伝おうとするかもしれない。
私としては正直もう魔法に関しては彼女に関わってほしくない。
「どうします?エマさんにも手伝ってもらいます?」
「だまれ」
ふざけたフクロウの提案を一蹴して、目尻を強く揉む。
予想外の話で話がそれた、今はこの事件の解明が先だ。
そう思考を正し、今得た情報を頭の中で整理する。
私の目的は何だ?
事件の解決だ。
そのためには何をする必要がある?
この魔法を使っている魔女を確保する必要がある。
確保するにはどうする?
魔女を見つける必要がある。
見つけるには?
手がかりが必要
手がかりとは?
事件の資料。
事件の資料からわかる事は?
---そこが穴だらけになって消失している。
だがら完全に消えたわけではない。今ゴクチョーと話したように判明している情報は存在する。
一つ。消失の魔法は人を消す。
二つ。消失の魔法は消した人間の情報を人の記憶、紙の資料。電子機器問わず消去する。
三つ。消えた情報は消えたままとなり、それを隠すような辻褄合わせや書き換えが発生する事はない。それ故に消えた情報の輪郭から消えた情報がどのようなものかおおよそ推測できる。
四つ。事件は全てこの市内で発生している
五つ。被害者は全員少女である。
六つ。被害者は全員別の学校の生徒である。
七つ。被害者は全員市内の大学病院に通院した記録がある。
八つ。事件は雨の日にしか発生しない。
この八つの情報から魔女への手がかりを掴まなくてはならない。
だがどうやって?
圧倒的に情報も繋がりも足りない。
そしてもう一つ。魔女への手がかりとなる疑問がある。
それは
「何故少女達はいなくならなければならなかった?」
この事件が無差別でないのなら何かしらあるはずなのだ。被害者達が消される理由が。
それが分かれば、おそらく事件は解決する。
だが、今の所それは見当もつかない。
情報が...足りない。
「それは私も知りたいですね」
肩からゴクチョーの同意が聞こえる。
だが、その同意で事件が解決へと進展する事はない。
何か見落としはないだろうか...
そう考え、考え、考える。
そんな時だった。
----ピロリン♩
軽やかな電子音をパソコンが奏でる。
画面の隅に通知が一件来ていることを示すアイコンが現れる。
「これは?」
私は疑問を抱きながらそのアイコンをクリックした。
するとすぐに新たなデータが画面に映し出される。
それは、様々な写真データであった。
分類や種類など分けられておらず、乱雑に大量の写真データがフォルダ内に散らかっている。
「よかったです。間に合いましたね」
ホッとするようなゴクチョーの声を聞きながら私は一つの写真をクリックした。
そこに映し出されたのは恐らくどこかの高校の学園祭での写真をさらに撮影した物。
目を引くのは顔が塗りつぶされるように消えている1人の生徒-----ではなくその制服。
私はこの制服を見たことがあった。
それも今日の昼間に。
「さて、ヒロさん。----これで今の私達が出せる情報の全て出揃いましたよ?」
ゴクチョーが私にそう告げる。
ゴクチョーは約束を守った。
私に5人分の被害者の資料を渡し。
そして今6人目の情報を提示した。
事件発生から半日も経過していない。だがそれでも、彼らから渡された新たなフォルダの写真データはあまりに膨大な数だった。
これだけの情報をこの時間で集めるに一体どれだけの労力が必要だったのだろう。
その組織力、情報収集能力に冷や汗が出る。この力が私たちを牢屋敷へと誘ったのだと。
だがそれと同時に今だけ...今だけはその力を心強く感じた。
ならその労力に私は応える必要がある。
応えなければ正しくない。
「10分くれ。全部見る」
私はそう宣言し、目を皿にしてマウスを動かす。
ゴクチョーからの返事はない。
だが先程まで煩わしかった肩の重みをいつの間にか私は気にしなくなっていた。