カチリカチリといった軽い音、マウスが机をする音のみが部屋に響く。
外からの雨音が窓を叩いている。どうやら激しさを増してきているらしい。。
そんな考えが頭の片隅に浮かぶのを自覚しながらも、ワタシは目の前の情報に目を通していく。
消えた彼女の直接的な情報はすでに消え始めている。
だが、他の消えてしまった被害者たちよりは、はるかに残った情報量が多い。
他の被害者の情報をエメンタールチーズと呼称するのなら、彼女の情報はドーナッツだ。
名前のみ消えてそれ以外の情報は写真を含めてほとんどが残っている。
「『消失の魔女』の魔法は瞬時に全部が消えるのではなく、時間経過で消えていくのですねぇ。媒体によって違うのでしょうか?」
ゴクチョーの呟きが耳に入る。
その言葉の中に聞き慣れぬ単語があったがゆえに私は彼に尋ねた。
「『消失の魔女』?」
「はい。『犯人』ではなく、そう呼称した方がわかりやすいでしょう?」
ゴクチョーはそう答えた。
確かに、いちいち犯人や消失の魔法を使う魔女と呼ぶよりも、名称をつけて話した方がわかりやすい。
「確かにな」
それが人であるのならそうなのだろう。
ゴクチョーの言葉と激しい雨音を聞きながら、私は再び資料に目を通す。
残った情報は名前だけでなく、あらゆる写真から姿を消え、そして関連情報もいくつかの資料に穴ができ始めている。
だがそれでも、該当者の名前が不自然に消えた反省文や教師間の報告書からある程度、彼女の学校での素行は予測はできた。
彼女は裕福な家庭の出身であった。
何も不自由なく生まれ成長してきたのだろう。
お金にも食事にも困らず学生生活を謳歌していた事が、彼女の自宅や自室の写真、所持していた物品、そして名無しの誰かについて書かれた小中学校の記録から推測できる。
順風満帆な人生だ。
だが唯一不幸な点があるとすば両親が共働きであり、両親共に一切の学校行事に参加した経歴がない点だろうか。
彼女の両親は仕事一筋だった。
休日も旅行や遊びに行った記録はなく、長期連休どころか年末ですら子供を家に置いて仕事をしていた記録がある。
それが子供のためなのか、はたまた子供よりも優先する事項だったのかは資料からは読み取れない。当の両親に聞いても無駄だろう。何せすでに子供の事など記憶から消えているだろうから。
だがどちらにしろ、彼女にとってその理由はどうでもよかったのだろう。ただあらゆるイベントで両親が自分より仕事を選んだその事実が重要だった。
故に彼女は繋がりを外に求めた。
そしてその結果、彼女は高校入学と同時に途中からガラの悪い友人と付き合い始めた。
「高校入学後からの学校での内申点がすごいことになってますねぇ」
共に画面を見ていたゴクチョーがぼやく。
授業態度の悪さや身だしなみの悪さだけではない。遅刻早退無断欠席など当たり前。
中学まで品性良好だった素行が嘘のような不良生徒の現状が映し出されていた。
その経歴に思わず顔を顰めてしまう。
正しくない。私が忌み嫌うような経歴が記録されている。
彼女は高校でできた1人の友人と共にそういった素行不良は限度を知らず悪化していき、新たに画面に映し出されたのは、警察の補導歴と調書。
補導歴は深夜徘徊、調書が取られた理由は窃盗容疑。
窃盗された物は傘や自転車。
被害者がコンビニに寄る際に一時的に置いたものを彼女は被害者の目の前で持って行っていき、逃げ周り最後には被害者自身に捕まっている。
だがそれは全ての事件は被害者側の勘違いだったとされている。
窃盗などされていない、傘や自転車は最初からコンビニに置かれたままであり被害者が彼女が盗んだと勘違いしたとされている。
そんな事件は約9件。
「不自然だな」
「多すぎますよねぇ」
「そっちもだが…調書内容が変だ」
「内容ですか?」
ゴクチョーからの問いを聞きながら私が逆に問い返す。
「ゴクチョー。君は傘ならまだしも自転車を他人のものと間違えるか?」
「うーん。1回や2回ならあるのでは?それにたまたま彼女たちが持って行った物が同じものだった可能性もありますし」
「4回も間違えることは?」
「なくはないのでは?」
「間違えていなかったのなら?」
「…ああ、そういうことですか」
ゴクチョーが理解したのか、ポンと翼で手を打つ。
そのためにも必要な情報がある。
「この調書が取られた事件時の監視カメラのデータはあるか?」
「えーと...なさそうですねぇ」
目をギョロリと動かし画面を見たゴクチョーが呟いた。
ないか...ならば別の日ならどうだ?
「今日の事件の監視カメラデータは?」
「今日のですか?ちょっと待っててくださいね」
ゴクチョーが肩から机に降り立ち、器用に足でマウスを動かすことでディスプレイに映し出された画面がスクロールしていく。
そんな画面の移り変わりを見ながら私は思考を巡らせる。
調書内容は窃盗被害の勘違い。
窃盗されたのが傘なら勘違いしたのはわかる。
だが自転車という大きな物を盗まれたと間違えるか?
一回ならまだ可能性はある。だが自転車が該当する事件は4件も発生している。
あんな大きなものを4回も果たして間違えるのだろうか?
それに、勘違いとはいえ彼女たちは別のものを持って行っている。
それが彼女たちの持ち物ならいい。
だが、それが彼女たちのものでないのなら?別人のものなら盗まれた本来の被害者はなぜ被害を報告しない?その自転車や傘はどこに行った?そしてそれらのものについて一切の記録がないのは、調書や記録を取った警官の内容の問題か?
また調書を取った警官の記録から、彼女達は窃盗犯だと勘違いした被害者たちは全員が過剰なまでに彼女たちに謝罪を行っている。老若男女どれも同じく、怒り狂っている人だろうとなんだろうと、勘違いだと判明すると人が変わったかのように彼女たちに負い目を感じ始めてたらしい。
そしてそんな被害者たちに彼女達は、嘲笑しながら土下座を強要し、それを行わせたり、警官に止められている。
違和感のある勘違い。過剰なまでの謝罪。
二つの異常。二人の少女。
まさか、まさかだと思うが——そうなのか?
「う〜ん。ないですねぇ」
その時、ゴクチョーの残念そうな声が耳に入る。
コリコリとマウスのホイールを足の爪で動かしているが、見つからなかったらしい。
状況の詳しい確認のために欲しかったがしょうがない。まだ事件発生から数時間しか経っていないのだ。データがない事を責めるのは酷だろう。
そう考える私にゴクチョーは話を続けた。
「すこし時間がいりますが、監視カメラのデータ回収してきましょうか?」
「できるのなら頼む」
「わかりました。それにしても今日は徹夜になるかもしれませんねぇ。帰りは大丈夫ですか?」
ゴクチョーから心配をするような声がかけられる。
とはいえどうせゴクチョーの事だ、ただ一応心配の声をかけてみただけだろう。
そんな彼の言葉に私は雨音を聞きながらすぐに答えた。
「気にするな。どうせこの後の予定などない。一人で帰——っ!?」
視界が回る。
喉の奥が乾き、心臓をつかまれたようなる強烈な気持ち悪さが襲う。
思わず胸を掴み俯く。
なん——だ?
呼吸が荒れるのを自覚しながら私は足元に視線を落とし考える。
意味のわからぬ気持ち悪さ。
なにかやってはいけないような事をやったような、罪悪感のような焦燥感。
そんな感情が湧き上がる。
「ん?どうしましたヒロさん?」
心のこもらないゴクチョーの声が聞こえる。
だが、答えようがない。わからないのだ。この突如湧いた感情が。
ゆえに私はこう答えるしかない。
「大丈夫だ気にするな。」
そう私は言い、ディスプレイに私は視線を戻した。
呼吸を落ち着かせ再度確認する。
監視カメラで確認したい事、それは。彼女たちが何を持って行ったのか。
今日の昼。私がコンビニに入った時、傘立てに一つビニール傘が入っており、その傘立てに私は持っていた傘を入れた。
そしてその二つの傘は、今回の被害者たちよって持ち出され、私が追いかけ、追いつき、ビニール傘を持っていた彼女が消えた。
彼女たちの結末は知っている。だが知りたいのはそこではない
傘の行方が知りたいのだ。
傘がどこに行ったのか….そして本当にそこにあったのか。
それが知りたいが、監視カメラのデータは今は手元にはない。
なら別の手を使うとしよう。
「ゴクチョー。それなら消えた彼女と一緒にいた、もう一人と喋ることはできるか?色々と聞きたいことがある。確か私と一緒にこの警察署に来ていただろう」
そう、もう一人いた窃盗犯。
私の傘を奪い二人で逃げたうちの一人。
おそらくその一人が、経歴で書かれていた消えた彼女が高校で仲良くなった友人なのだろう。
彼女に話を聞き、先ほど思いついた一つの可能性を確かめることができるだろう。
もし本当にそうならば彼女は自白するのを躊躇するかもしれない。だがそれでも吐かせて見せる。
それはあまりに可能性が低いことだ。ここは牢屋敷ではない。それが起こる可能性は限りなく低い。
だが、もしそれが、正解であり。間違いではないのだとしたら——
———なぜ少女たちが消えたのか説明がつく。
それが分かれば、あとは解決まですぐに
「もう一人?」
ゴクチョーの疑問符が聞こえた。
「なに言って——」
その言葉に返事をしようと口を開いたところで私の動きを止めてしまった。
外から雨音が聞こえる。
昼間ですら激しかったが、それよりも音が激しくなった気がする。
そんな状況でもなお、それは聞こえた。
それが、自身の心臓の音が聞こえる気がした。耳鳴りが聞こえる気がした。
ゴクチョーの返事から猛烈な嫌な予感が体を駆け巡っている。
ゆっくりとゆっくりと記憶を振り返る。
記憶を振り返り——確認する。
穴がある。いなくなっている。
バクバクと音を立てる心臓を抑え、深呼吸をする。
一回、二回と呼吸を落ち着かせる。
そして——私はゴクチョーに尋ねた。
「ゴクチョー……私の傘を盗んだのは何人だ?」
声が響く。
その声への返答はすぐには行われない。
ただ雨音が部屋の中で奏でられる。
いつもはすぐに返答するであろう、ゴクチョーがなぜすぐに返答しないのか。
それは容易に想像することがでいた。
おそらくこいつも気がついたのだろう。
ゴクチョーは視線を画面から私に移した。
その表情はいつもと変わらず変化のしない無表情であったが、その感情はなんとなくわかった。
そんなゴクチョーは嫌そうにその言葉を口にした。
「一人のはずですが?」
違う。
思わず表情を変化させた私を見てゴクチョーも確信を得たのだろう。
彼の深い深いため息が聞こえた。
思い浮かぶのは、二人。
私が怒りを覚えたはずの二人の表情。
それが一切思い出せない。
表情だけではない。その姿形まで一切思い出せないのだ。
消えている。一人追加で消えている。
いつだ?いつ消え始めた?
強烈な悪寒が背筋を走る。
「もしかして、もう一人消えてます?」
ゴクチョーの質問に私はコクリと頷いた。
ゴクチョーのため息がまた聞こえる。
「まさか二人も同時に消えてるとは…予想外でしたねぇ」
彼の言葉に私は今度は首を横に振った。
「同時ではない。消えたのは一人目が消えて、その後だ。先ほど話しただろう」
「覚えがありませんねぇ。それにしてもその後?一人が消えた後、すぐにもう一人消えたのですか?」
「違う。彼女も警察署に来ていた」
「一緒に来たのですか?」
「いいや違う。別室で錯乱しながらも話をしていたと聞いている」
「その話、誰から?」
「誰からって、それは----っ!」
気がついた。
記憶に空白がある。
ゾワリとした気持ち悪さが心に広がった。
誰だ?私は、彼女が警察署に来ていた事を、他の部屋で事情聴衆がおこなわれている事を誰に聞いた?
気がついていなかった自らの忘却に、穴だらけな記憶に恐怖する。
「いやはや。まずいですねぇ。」
ゴクチョーは嫌そうに呟く。
そうだ。かなりまずい状況だ。
被害者がもう一人いて、忘却もかなり進んでいる
「ああ、もう一人消えた人物の詳細を今からでも集めなければ。色々と取りこぼすぞ」
焦りながら答えた私の言葉。
そう、いつ消えたかはわからないが、消えたことに気がついたもう一人の彼女は、先ほどまで議題に上がっていた彼女予定も後に消えている。
ならば、まだ消えきっていない情報も数があるはずだ。
今のうちにその情報を集めなければ。
だが、その言葉にフリフリとゴクチョーは首を横に振るった。
「それもなのですが、まずいのはもう一つの方です」
「もう一つ?」
私が疑問を口にするとゴクチョーは答えた。
「ヒロさんがいうには、今消えらことがわかった彼女。警察署にいたのですよね」
「ああ….」
「なら、その彼女は警察署で消えているのですよね」
「だからそうだ…と….」
紡いでいた言葉が止まる。
ゴクチョーの言いたい事を理解する。
そうだ。彼女はこの警察署で消えた。
この警察署で『いなくなった』
『いなく』なられた。
消された。
つまり
「『消失の魔女』この警察署にいません?」
——————ッ
頭が真っ白になる。
だがそれでも体は動いた。
なぜかはわからない。わからないが1秒でも早く、瞬時にポケットから私は携帯電話を取り出さなければならない焦燥感と使命感に体が動く。
椅子から立ち上がり、ポケットから携帯を取り出す。
早く…早くっ!
焦燥感に煽られるように、それでも正確に私は画面に表示されたパスワード入力画面を打ち込み、一つのアプリを起動した。
起動したのはメッセージアプリ。
そのメッセージフォルダにはさまざまな人物のフォルダがある。
家族や、友人、そして牢屋敷での仲間たち。
個人のフォルダもあれば、グループのフォルダもある。
そんな人物たちのフォルダが人数分ある。
そんなフォルダの一番上。
最も最近連絡を取り合った人物の欄。
空白を見つけた。
氏名が消えている。メッセージフォルダを見つけた。
「————っ」
呼吸が荒れる。視線が固定される。
震える指でそのフォルダを私は押した。
それに反応し、フォルダが….開かない。
何かエラーを起こしたのかローディングを示す円が表れぐるぐると回る。
一回転二回転と回転する。
そしてそのメッセージが現れた。
『エラーが発生しました。該当のフォルダを消去します』
力が抜けた。
崩れ落ちそうになるが、パイプ椅子に手を伸ばし、なんとか体を支える。
気持ち悪い。吐きそうだ。
先ほどの人が消えた事に気づかず記憶に穴ができた事を自覚した時の気持ち悪さの比ではない。
穴が空いている。一つや二つではない。私の今までの記憶が穴だらけになり、まともに思い出せる記憶がほとんど存在していない事を自覚する。
誰に対して抱いたかわからない怒りがある。誰に対して抱いたかわからない殺意がある。誰に対して抱いたかわからない悲しみがある。誰に対して抱いたかわからない喜びがある。
誰かもわからない顔がある。
今にも吐き出し、倒れ、これが嘘だと眠りたい。
だが、だがそんな事許されるわけがない。
「突然携帯取り出して。どうしましたヒロさん?」
ゴクチョーからの形だけの心配する言葉。
確認だ。
確認をしなければ。
私はゴクチョーに対して口を開く
「ゴクチョー。質問だ」
「なんでしょう?」
口が乾く。知りたくない気持ちが湧いてくる。
だが、この記憶は無くしてはいけないものだと。この人物が消えてはいけないのだと。私の魂が言っている。
だから私は、お互いが間違えるわけない質問を口にした。
「牢屋敷に連れてこられた『魔女候補』は…私達の魔女裁判は…何人だった?」
「12人でしょう?」
雨音が激しく響く。
その音は、雨は、事件は、まだ終わらない。終わるわけはいかなくなった。
この瞬間から私は強く自覚する。
死ぬべき魔女は存在しない。
その気持ちは変わらない。
だがそれと同時に
『消失の魔女』はこの瞬間から、私の『敵』になった。