『それは大変だったわねぇ』
「…楽しそうだなマーゴ」
『だって聞く分には面白いもの』
クスクスと楽しそうな笑い声が通話越しに聞こえ、思わずため息をついた。
自室のベッドに腰掛けながら掛け時計を見る。
時刻は深夜2時を超えており、本来ならば寝るべき時間。
そんな時間に夜更かししながら友人と電話をするなんて正しくない行為だ。
だか—今日に関してはしょうがない。
協力してくれた友人に事の顛末を話さず就寝する方が正しくないと私は判断している。
あの時、エマが消えたのを自覚した時、私はすぐに牢屋敷のみんなを頼った。
全員がエマの事を忘れているかもしれないという恐怖があった。確かに幾人かはエマのことを認識できなくなっていたが、それでも何人かの仲間が記憶を保持していた。
だからこそ、とんとん拍子に話が進み、最終的に『消失の魔女』との議論中に彼女の妹を見つける事ができたのだ。
本当にいい友人達を持ったものだと思う。
ゆえに、私は就寝する前に今日の世話になったマーゴに連絡をした結果、こうして一時間も会話は続いている。
『消失の魔女』が崩れ落ち、私がエマと再会した後、すぐに部屋にゴクチョーの関係者たちが部屋に入ってきた。
『消失の魔女』を消すために来たのかと警戒したがそうではなく、事件を収束するための事情聴取と口裏合わせのために来たのだとゴクチョーは語った。
『消失の魔女』が妹の声を聞いた時、彼女が消していた全ては元に戻った。
収集されていた資料やデータ、各人の記憶、そして『いなくなった』本人達。
『いなくなって』いた少女達は自身に消された場所に突然現れたらしい。
消された本人達は消されていた時の記憶はなく、消されていた自覚もなかった。健康状態も至って健康。すぐにでも社会復帰できるのだが、魔女因子のことがあるため、安全が確認できるまではゴクチョーに監視され定期的に病院に通院することが決まったらしい。
そんな中エマと私は他の少女達と違い無事に自宅に帰ることができた。
エマも私も牢屋敷から帰ってくる時、嫌というほど検査も調査も受けている。それに魔女因子がすでにない事も確認されている。そのおかげですんなり帰宅することができた。
とは言っても、監視はされているはずだ。
そう考え、ちらりとカーテンが閉まった窓を見る。
このカーテンを開いたら、あの忌々しい鳥顔が目に入るに違いない。
思わず小さなため息をついた。
『あらヒロちゃん。そんなにため息をついていると幸せが逃げてしまうわよ?』
「もう逃げた後だよ」
マーゴの揶揄いに私は力無く堪えた。
いつもならマーゴの揶揄いに様々な返答をしたと思うが、今日はもうそんな元気はない。
マーゴに今日の経緯を話したことで、改めて今日起こったことを振り返り思ったのだが、こんなにも、喋り、考え、嘘をついたのは久しぶりだ。本当に疲れた。
思わず背中からベッドに倒れる。
ボスっという音と共に心地のいいマットレスの感覚が体を包む。
このまま眠りに堕ちたくなる。
—だが、まだ話さなければならないことがある。
「マーゴ…今までの私の話を聞いて疑問に思うことはあるか?」
ぼんやりと天井の明かりを見つめながら呟く。
その返事はすぐに耳に入った
『あるわ….別に今言ってもいいけれどヒロちゃんお疲れでしょう?明日にしたほうがいいんじゃない?』
気遣いを含んだ声色。
心配してくれいるのだろう。
その気遣いに心が温かくなるのを感じながら私はその気遣いを断った。
「いや、今聞きたい」
『そう、なら遠慮なく言うわね』
マーゴはそんな私の言葉に短く返事をすると語り始めた。
『ボロボロな仮説、ハリボテの偽証、無理のある話の進め方、いくらでもあるわよヒロちゃん?』
「まずは私のことか…手厳しいな」
『ただの愛の鞭よ♡』
楽しそうにマーゴは語る。
相変わらずな態度に思わず苦笑してしまう。
クスクスと彼女は笑ったあと本題を口にした。
『でもヒロちゃんが聞きたいのは….どうやって少女達のことを知ったのか、魔法のステッキは一体なんなのか?』
ニヤリと笑っているマーゴの顔が目に浮かぶ。
私もその声に無言で頷いた。
『消失の魔女』が起こした消失事件。
人を消す傘を使って彼女は、彼女の妹のようにゴクチョー達に誘拐される予定の少女達を事前に消してきた。
だがこれには二つの疑問が残る。
一つ目。どうやって少女達に魔女因子があると彼女は知ったのか。
警察資料で?それとも病院のカルテを見て?
馬鹿を言ってはいけない。後から分かったことではあるが『消失の魔女』の警察官としての階級は巡査。最も低い階級だった。
そんな階級の彼女が魔女因子などという社会に隠されている情報を手に入れる機会などある分けがないし容易に盗み見できるところに情報を置いているわけがない。
ならば、ゴクチョーの関係者かと思い一応ゴクチョーにも確認を取ったが、彼女が協力者ではないことも確定している。
二つ目。魔法のステッキの存在。
『いなくなる』事ができる魔法のステッキもとい魔法のビニール傘。
この傘について彼女に聞くと、どうやらこの傘は突然事実に現れ、手にした時に牢屋敷での妹の記憶と傘の使い方が頭に浮かんだらしい。
この話を聞いた時、魔女化した妹が傘に魔法を残し、その後、他者の何らかの魔法で姉である彼女に送り届けられた….そう考えていたが。
「マーゴ、ホノカは何と言っていた?」
私の問いにマーゴはすぐに答えてくれた。
「ヒロちゃんの予想通りね。妹ちゃんはホノカちゃんと同時期に連れてこられた、そして同時期に連れてこられた子達、妹ちゃんも含めて『消失』の魔法も『物を送り届ける』魔法も、それに似た魔法を持っている子は1人もいなかったわ」
淡々と事実を告げるマーゴの答え。
その答えが、自身の予想が当たった事に思わず表情が歪んでしまう。
それが本当なら、あの傘は何だったのだろうか。
誰が作り、誰が何のために姉に届けたのだろうか。
疑念が湯水のように湧いてくる。
だが、それを調べようにもその手段はない。
傘はエマ達が帰ってきた時にその力を失ってしまっていた。
唯一わかるのは、事件はまだ終わっていないと言うことだけ。
『ねぇヒロちゃん』
先ほどとは違った揶揄いを含まない、むしろ心配をしているようなトーンの声が受話器から漏れる。
「なんだマーゴ」
『貴方の性格からして無理なのはわかるけれど、あまり深く首を突っ込まないほうがいいと思うわ。せっかく牢屋敷から帰る事ができて、今回の事件だって解決したのだから、無理して危険な事件に手を伸ばさなくてもいいと思うのよ』
諭すような説得するような語りかけにマーゴの優しさを感じる。
彼女は私のことを心配してくれているのだろう。
確かに、このままこの事件に深く首を突っ込めば今度はただでは済まない可能性がある。
被害を被るのは私だけならいい。だが他の仲間達も巻き込まれる可能性はある。
だからわざわざ危険な場所に進む必要はない。
だけれどだ。
「マーゴ…2人なんだ」
『2人?』
マーゴの困惑した声が聞こえる。その声を聞きながら私は目元を隠すように片腕を瞳に当てつぶやいた。
「『消失の魔女』が今日より以前に消した少女の数は2人だけなんだ」
通話越しから息を呑む音が聞こえる。
最後に『消失の魔女』と別れる時に彼女は言っていた。
『二階堂ちゃん…さっき8人消したって言ってたけど。私が過去に消したのは2人なんだよね』
その言葉の真偽はすぐに判明した。まだ穴だらけな情報がある。まだ誰かもわからない痕跡が3人分ある。
まだ『いなくなった』ままの子が存在する。
その事実が私の心を荒らす。
「だから…私は『消失の魔女』を捕まえなければならない。こんな間違った事は正さなければならないと思っている。まだ止まれないんだよマーゴ」
私は、あの最悪の感覚を思い出しながらそう告げる。
大事な人が頭の中からいなくなる感覚。
あれは絶対に正しくない物だ。
もう感じたくない。だから…私が止めなければならない。
そんな決意を持った答えに対して、携帯は沈黙を保っている。
マーゴも事件が終わっていない事に困惑し言葉を選んでいるのだろう。
無理に納得してもらう必要はない。それにできるなら私以外に『消失の魔女』がらみには関わってほしくない。仲間に消えてほしくない。
私はその旨を伝えようと続きを口にした。
「マーゴ。この事件は私で解決する。皆にはこんな危ない事件に関わって欲しくはない。手伝わなくてもいいんだ」
言葉にする事で決意する。
そうだ。ここでこんな正しくない事を正さないのは私ではない。絶対にわたしがこの事件を——
『わかったヒロちゃん!ノアも手伝うね!』
『——っ!?』予想外の声に飛び起きた。
一瞬天井の光に目が眩むものの慌てて携帯の画面を見る。
するといつの間にか、ビデオ通話になっており、そこには幾人もの人物がいた。
ニヤニヤと笑っているマーゴ。
自身気に胸を張るノア。
優しい目で私を見つめるナノカ。
やれやれとでも言いたげなアンアン。
牢屋敷のみんながそこにいた。
「聞いていたのか!?」
まさかマーゴ以外に聞かれていたとは思いもせず目を見開く。
その言葉にナノカは頷いた。
『ええ、最初から聞いていたわ』
「なっ!——盗み聞きをしていたのか!」
『貴方の通話相手のマーゴがわざと聴かせてきたのよ、決して盗み聞きではないわ。文句はマーゴに言いなさい』
「マーゴ!」
私が問い詰めるとマーゴは楽しそうに微笑む。
『それならエマちゃんにも文句を言ってもらってもいいかしら?』
「エマ?何でエマがここに出てくる」
『エマちゃんから先に聞いてたのよ。ヒロちゃんの様子が変だって。それと事件の顛末をね♡」
まさかの言葉に頭の中で『ごめんねヒロちゃん!』と可愛らしく謝るエマの表情が浮かぶ。
イラっとする。そんな自家産エマに憤りを感じていると、マーゴが再び諭すようなトーンで話し始めた。
「だからねヒロちゃん——こんなにも心配する人がいるの。手伝わないでくれと言ってもみーんな貴方に手伝う気しかないわよ」
「だ、だが…」
あまりのことに言葉が続かない。そんな私を見てアンアンはため息をついた。
「貴様が何を言おうが全員手伝うとのことだ」
そう言いながらアンアンは自分の携帯を手に持ち画面を私に見せてくる。
そのトーク画面には幾人もの人物がいた。
その全員はエマ、レイア、ミリア、シェリー、アリサ、ハンナ、ココ。
今は牢屋敷にはいない7人のグループトークが映され、そこには各人のメッセージが残っていた。
『一緒に頑張ろう!ヒロちゃん!』
『1人で目立とうとするのは、ズルいじゃないかヒロくん!』
『おじさんも頑張るよ!』
『名探偵シェリーの出番ですね!』
「しょうがねぇ。手伝ってやるよ」
『任せなさいですわ!』
『動画のネタになりそうだし〜手伝ってやんよ』
十人十色のメッセージ。だが全員手伝うと言ってくれている。
突然の事に声が出ない。
すると、ノアは私に笑いかけた。
「一緒にがんばろっ!ヒロちゃん!」
手伝いへの嘆願でもなく、私が1人事件に首を突っ込もうとしたことへの注意でもなく。
ただただ楽しそうにノアは言う。
楽しそうなノアの笑み。
その満面の笑みを見ていると、色々考えていた事がバカらしくなってくる。
私は様々な物事や気持ちを含んだ深い深いため息をゆっくりと吐く。
先ほどまであった、小さな焦燥感も消えている気がする。
『いなくなる』恐怖に駆られ、また1人で猪突猛進するところだった
それを優しく引き留めてくれた仲間達の暖かさに私も口角が上がってしまう。
そして私はそのまま口を動かした。
「ああ、一緒に頑張ろう」
その一言で画面の向こうで明るい声が沸くのが聞こえる。
さて、始めようか。
いや、見つけようか『いなくなった』被害者を
そして——『消失の魔女』を
*後書き
この度は『そして窃盗犯はいなくなる』を読んでいただきありがとうございます。
事件の真犯人、傘を送った『消失の魔女』が誰なのかは判明してませんが、ヒロちゃんの話としてはここで完結です。
このssは今年(令和八年)の夏コミで出す予定の短編集【そして窃盗犯はいなくなる】の最初の短編です。
とはいえ、作業が難航しており夏コミに間に合わない可能性もあり、その場合は魔法少女ノ魔女裁判オンリーイベント 『異ノ祭2』で出そうと思います。
〈作品について〉
夢水清志郎シリーズのパロディです。
とは言ってもタイトル以外にパロディ要素はほぼないですが。
この作品を書き始めた理由として、なんか短編を書きたいと思い、夢水清志郎シリーズと【十二人の怒れる人】を見た事で、一つの部屋で完結する話を書きたい意欲が湧き挑戦してみたのが本作です。
まだまだ未熟だなとは思いつつ、ある程度納得のいく内容にできたかなと思います。
悔いはゴクチョーを上手く動かせなかった事でしょうか。
仲間では決してないゴクチョーとヒロとの距離感が中々掴めず、最後まで悩みました。
なんか色々なバディ物みて勉強しようかな。
〈今後について〉
〆切と仕事に追われているので頑張ろうと思います。はい
それではこの度は、本当に読んでくださいありがとうございました。
よければ、今後も私の作品をよろしくお願いします。
令和8年7/20 haguruma03
そしてSwitch版まのさば発売おめでとう!!!