オペレーター・スペースマリーン 作:SECOND
「ひっ……ぐ……えぐ」
エンジン音と啜り泣く声だけが響く機内。
その中で、ハルト伍長はラスガンを胸に抱きながら静かに考えていた。
ヴァレリウスが殿を務めたことで自分達はタルラから生き残ることができた。混乱の中でメンバーは散り散りになり、ある者たちはScoutというオペレーターが身代わりになったことで生き延びたと言っている。
結果的に生存者は再集結し無事に脱出できたものの、少なくない犠牲と禍根を残した。
「
タルラの暴火に一人で立ち向かうあの背中は今も目に焼き付いている。
マクラーグの惑星防衛軍の兵士であった彼に、ウルトラマリーンの精鋭であるヴァレリウスが死ぬところなど想像ができなかった。
今でも覚えている。
友軍の機甲部隊を蹂躙し、要塞の装甲壁を紙のように引き裂いた
「大丈夫だ。アイツはあんなので死ぬような奴じゃない――それはお前が一番分かっているんじゃないか?」
ハルトの呟きを聞いていたのか、隣に座っていたAceがそう励ます。
彼の言葉にハルトの顔にも少しだけ元気が戻る。
だが、未だ気持ちは落ち込んでいた。
敵は異端者に圧倒的力を持つミュータント。
異端者は焼かれ、戦争によって毎日膨大な人間が死に、一般兵はゴミ以下の力しか持たない。そんな世界で生きてきた。
だからロドスを見た時、心から驚いたのだ。
純粋な善意で弱者に手を差し伸べ、部下を人間として扱い、温かい食事と清潔な寝床が提供される。他人を守るためだけに命を掛ける人々。
ハルトは、この世界であれば自分でも人々を救い、英雄になれるのではないかと思った。
だが、タルラのあの火力を見てすっかり畏怖してしまった。
所詮は自分も一般人にすぎない。現に、ロドスのオペレーターにも複数の犠牲者が出ている。
啜り泣くMedicを抱きしめるアーミヤを見ながら、ハルトはこれからの自分の行く末を憂いていた。
「……ここまでしてなお止まらぬ、か」
黒蛇は静かに呟いた。
戦場だった場所は既に原形を留めていない。天災によって崩壊したチェルノボーグ市街は瓦礫の海と化し、炎と煙が至るところから立ち上っている。砕けた建造物の残骸が幾重にも積み重なり、陥没した道路には赤熱した亀裂が走り、街全体が巨大な墓標のような静かな死を湛えていた。
その中心に、ヴァレリウスは立っていた。
いや、辛うじて立っていると言うべきか。
足元は分厚い氷によって完全に固定されている。フロストノヴァのアーツによって生成された氷は膝下を覆い、砕けた地面と一体化していた。巨体を支えていたパワーアーマーの脚部サーボは既に断続的な警告音を発し、内部機構の幾つかは完全に沈黙している。
それでもなお、彼は倒れていない。
ロドスが撤退した後、ヴァレリウスはたった一人で戦場に残った。黒蛇の炎を受け止め、フロストノヴァの氷を打ち砕き、レユニオン兵の波状攻撃を退け続けた。通常の兵士ならば数秒と持たない戦場を、彼は文字通り一人で支え続けていた。
しかし、いかにアスタルテスといえど限度はある。
彼は転移直前までマクラーグにて数週間にわたってティラニッドと死闘を繰り広げていたのだ。
パワーアーマー内部では既に複数の機能が停止している。右腕のサーボは著しく損傷し、生命維持装置も断続的に異常を報告していた。正常な状態であれば、既に技術司祭による整備と祈祷が必要な段階だった。
それでもなお、ヴァレリウスは剣を手放さない。
「もうよい、異界の戦士」
黒蛇がゆっくりと歩き出す。
その足元では炎が揺らめき、融解した路面が赤熱している。
彼女の手には再び形成された歪な炎の剣が握られていた。熱気が周囲の空気を歪ませ、赤い光が瓦礫の山を不気味に照らしている。
「お、おいタルラ!! まだソレは――ッ!?」
フロストノヴァが思わず声を上げる。
だが、黒蛇は振り返る。
冷え切った赤い瞳が向けられた瞬間、フロストノヴァの言葉は喉の奥で凍り付いた。
(やはり今のタルラは様子がおかしい……一体何が……?)
フロストノヴァは既にタルラもとい黒蛇の異変を察知していたが、ヴァレリウスというそれ以上の異物が存在している以上、深い追求はできなかった。
黒蛇は瓦礫を踏み砕きながら、ヴァレリウスの前へと辿り着く。
彼の脚部出力は既に限界に達していた。サーボは沈黙し、動力供給も著しく低下している。装甲の隙間からは蒸気が漏れ、内部機構の異常を示す警告音だけが断続的に鳴り続けていた。
そして黒蛇は、静かに剣先を彼の胸部装甲へ当てた。
「貴様の力には目を見張るものがある。ロドスを逃がし、殿を務めてもなお複数の幹部の攻撃を凌ぐとはな」
炎が剣を包み始め、熱が周囲へ広がる。
空気が揺らぎ、地面に落ちた氷が音もなく溶けていく。
「だが、貴様は私の計画において大きな危険要素だ。ここで消えてもらう」
炎はさらに膨張する。
赤熱した光がヴァレリウスの装甲を照らし、焼け焦げた青い塗装を赤く染め上げる。
「せめてもの敬意を払って、楽に死なせてやろう」
ヴァレリウスは動かない。
だが次の瞬間、ゆっくりと首を動かし、視線を横へ向けた。
「……何を見ている」
黒蛇が眉を顰ませ、彼に問いかける。
死を目前にした戦士が錯乱したとは思えない。ヴァレリウスほどの男ならなおさらだ。
彼女は剣先を外さぬまま、その視線の先を追った。
そこにはなおも天災の余波が残っていた。
黒雲、巨大な雷光、渦巻く暗雲。その内部では無数の稲妻が絶え間なく走り続け、空そのものが軋んでいるかのようだった。
その時。
「な、何だ!?」
「天災は終わったはずじゃ――!?」
突如、雲から火に包まれた物体が現れた。その物体は錐揉み状に回転しながらもゆっくりと平行に姿勢を変えていき、近くの広場へと落下。轟音と破片が巻き散らかされる。
(今の挙動……源石塊ではないな。明らかに意思を持っていた。まさか、航空機か?)
黒蛇は心の中で考察する。
その瞬間、チェルノボーグの廃墟へ重い銃声が響き渡る。
幾重にも重なる発砲音、獣じみた咆哮、金属を叩き付けるような衝撃音。そして空へ向かって撃ち上げられる無数の曳光弾。赤い軌跡が暗雲を切り裂き、煙に覆われた空を照らし出した。
「新手か!?」
フロストノヴァが振り返る。スノーデビル小隊が即座に戦闘態勢へ移行し、周囲のレユニオン兵達も一斉に武器を構えた。緊張が走り、誰もが煙の向こうを睨み付ける。
だが、黒蛇だけは動かない。
ゆっくりと視線をヴァレリウスへ戻す。
「貴様、何をした?」
その問いに、ヴァレリウスは静かに答えた。
「分からぬ」
そして、ゆっくりと空を見上げる。
既に黒い雲は消え、そこには何の変哲もない空だけが広がっていた。
「短い間だが〈歪み〉の力を感じた」
沈黙が落ちる。
風が吹き、遠くで再び銃声が響く。
「よもや……また繋がったのか?」
黒蛇は意味を理解できなかった。
しかし、一つだけ確信する。これはヴァレリウスの策ではない。そして、自分の計画にも存在しない想定外の事態であると。
「穢らわしい
怒声と共にフレイマーが咆哮した。
高圧燃料によって噴射された液状火炎が広場を薙ぎ払い、迫り来るホーマゴーントの群れを一瞬で飲み込む。焼け爛れた甲殻が弾け、肉が炭化し、断末魔にも似た甲高い悲鳴が夜空へ響いた。
燃え上がるティラニッドの身体が地面へ転がり、その上をさらに後続の個体が踏み越えていく。
その中心には複数の人影が立っていた。
緑色の装甲。
黒い肩当て。
火竜の紋章。
サラマンダー戦団のアスタルテス達だった。
彼らの背後には半ば横倒しになったサンダーホーク・ガンシップの残骸がある。機体の殆どは原型を保っていたが、補助翼が破損して火花を散らし、機体内部では未だ火災が続いていた。
大亀裂の発生後、ティラニッドの新たな群巣艦隊“リヴァイアサン”は銀河の下から襲来し、多くの惑星を喰らい尽くした。
その中で、サラマンダー戦団の第一中隊のいくつかの分隊は様々な惑星に分散して防衛任務にあたっていた。
その最中、リヴァイアサンの侵攻を受けた惑星の一つ、タラスの防衛任務にあたっていた第一中隊の
だが、アスタルテスは墜落程度では死なない。
黒煙の中から現れた巨人達は即座に戦闘態勢へ移行し、群がる異種族を一体ずつ着実に屠っていった。
ターミネーターアーマーの巨大な足が地面を踏み砕く。パワーフィストが飛びかかってくるホーマゴーントの頭部を握り潰し、ストームボルターが至近距離から胸部を粉砕する。
「ブラザー、周囲の様子が変だ。タラスの街並みではない」
「同感だ。まさか、局所的な〈歪み〉の嵐にでも巻き込まれたのか?」
隣に立つアスタルテスが低く応じる。
ターミネーターアーマーのセンサーは正常に作動している。だが送られてくる情報は理解不能なものばかりだった。
未知の街並み、解読不能な文字。
そして周囲には未知の鉱物反応が広がっている。
「ティラニッドの様子もおかしい。明らかに理性を失っている……シナプスから切り離されていると見ていいだろう」
分隊長らしきアスタルテスがそう言う。
目の前のティラニッド達は異常だった。
本来ならば統率された群体意識の下で戦うはずの個体群が、今や完全に統制を失っている。
崖上から機体へ飛び乗り、弱点を狙い、包囲しながら獲物を追い詰めていたホーマゴーントもティラニッド・ウォリアーも、今ではただ目の前の生物へ噛み付くだけの獣に成り下がっていた。
「異常はそれだけではなさそうだ」
低い機械音声が響く。
サンダーホークの残骸の側に立つスキタリ・レンジャーだった。
赤いローブの一部は焼損しているが、機械義肢は未だ正常に動作している。ガルヴァニック・ライフルの銃口からは白煙が立ち昇り、幾つもの機械眼が周囲を絶え間なく観測していた。
「たった今、全ての通信が途絶した。軌道上艦隊、惑星防衛軍、いずれとも接続不能」
分隊長が沈黙する。
試しに通信システムを起動すれば、確かにスキタリの言う通り、
「理解不能な事態だ。周辺情報の収集を最優先する」
スキタリは言葉と同時に飛び掛かってきたホーマゴントをタサー・ゴードで打ち払う。高圧電流が異種族の神経系を焼き、痙攣した個体が地面へ倒れた。
続いて頭部ユニットの複数のレンズが開く。
『スキャン開始――距離測定、熱源解析、大気分析』
チェルノボーグの崩壊した街並みが次々とデータ化されていく。
その間にもティラニッド達は後退していた。
シナプス統率を失った群れはアスタルテスという圧倒的な暴力を本能的に恐れ、徐々に散り散りになっていく。
分隊長はその様子を見て判断を下した。
「ブラザー・ダキール、ブラザー・ドラク。逃走した個体を追え。この未知の生態系へ侵入を許すな」
「「了解」」
二人のターミネーターが重い足音を響かせながら瓦礫の中へ消えていく。
残った分隊長はスキタリへ視線を向けた。
「サンダーホークの修理は可能か」
「推定値三四・二パーセント。だが現状では情報不足だ」
分隊長は唸る。
三割であれば緊急修理を行えば短距離の飛行は可能。だが、この未知の土地で飛び立ったところで、その後のことは未知だ。
「ならば、まず情報収集を優先する。良いな?」
「承知した」
スキタリは静かに頷き、再びセンサーを起動した。
次回の話も続いて今日中に投稿します。
・サンダーホークガンシップ
アスタルテス戦団が運用する主力輸送機。惑星軌道上のバトルバージ(強襲揚陸艦)から直接大気圏へ突入し兵員を戦場へ輸送できる。基本的には約30人のアスタルテスや複数の戦術輸送車輌を搭載可能であり、同時にアダマンチウム製の優れた装甲を持つ。
・群巣艦隊リヴァイアサン
ティラニッドの群巣艦隊の一つ。その規模は史上最大規模であり、コデックスではこのリヴァイアサンすらもティラニッドの先遣隊にすぎないと繰り返し示唆されている。銀河の下から同時多発的に惑星を襲う事で帝国軍の防衛線を無視して地球(テラ)へ接近しており、複数のアスタルテス戦団が壊滅的な被害を受けるなど、銀河規模の脅威となっている。
・サラマンダー戦団
ノクターンを母星とする第一次創設のアスタルテス戦団。民間人を守ることを重視する慈悲深い気質で知られ、戦場においても帝国臣民を見捨てない数少ない戦団のひとつである。一方で敵に対しては苛烈な怒りを見せ、ひとたび激昂すれば容赦のない炎と槌によって敵を殲滅するため、「キレたら怖い」戦団としても知られている。
・
アスタルテスが運用する最重装型の戦術装甲。極めて高い防御力を誇り、通常のパワーアーマーでは耐えられない激戦地や艦内戦、強襲任務などで用いられる。強固な装甲と強力な内蔵機構によって重火器やエネルギー兵器にも耐えうる一方、着用を許されるのは戦団内でも特に経験を積んだベテランに限られる。圧倒的な耐久力と火力を兼ね備えた、アスタルテスの象徴的な戦闘装備である。
・ホーマゴーント
ティラニッド群体を構成する代表的な突撃生体のひとつ。鋭い鎌状の爪と俊敏な機動力を持ち、大量の群れを形成して敵陣へと殺到する。個体としての戦闘能力は限定的であるものの、シナプス生物の指揮下では恐れを知らない兵器として機能し、数の暴力によって敵を圧倒する。ティラニッドの無尽蔵ともいえる生体兵力を象徴する存在である。
・ティラニッドウォリアー
ティラニッド群体における中核的なシナプス生物のひとつ。優れた戦闘能力と高い知性を兼ね備え、ホーマゴーントなど下位個体を統率しながら戦場全体にハイヴマインドの意思を伝達する。近接戦闘用の生体武器から射撃用の生体兵器まで多彩な武装を扱うことができ、状況に応じて柔軟に役割を変化させる。ティラニッド軍勢の指揮官であり戦士でもある、群体の要となる存在である。