オペレーター・スペースマリーン   作:Sanctum

19 / 29
残酷な描写注意です。


黒き騎士Ⅰ

 

「なん、ですか……これは……」

 

 アーミヤが顔を青ざめさせながら、口元を手で抑える。

 フランカやリスカム、エクシア、テキサスはもちろん、ミーシャ奪還のために現れたスカルシュレッダー率いるレユニオンの兵士たちまでもが、目の前へ現れた異様な存在に言葉を失っていた。

 

 瓦礫の散らばる路地の中央。

 

 そこに、一人の巨人が立っている。

 純白と漆黒に塗り分けられた巨大な装甲。その肩には黒い十字架が刻まれ、全身を覆う重厚な装甲には幾多の戦場を潜り抜けた傷跡が無数に刻まれていた。

 

 その威容は、アーミヤたちが知る青き巨人――ヴァレリウスと酷似している。

 

 しかし、決定的に違っていた。その場へ立つだけで周囲を圧迫する殺気、獣のように荒々しく今にも全てを薙ぎ払わんとする敵意。

 

 彼は最初から、誰一人として信用していなかった。

 

 巨人の足元には、既に数名のレユニオン兵だったものが転がっている。

 四肢は千切れ、胴体は裂け、誰であったかすら判別できないほど原形を失った肉塊だけが石畳を赤黒く染めていた。

 

 そして、その鋼鉄の手にはなお一人の兵士が吊り上げられていた。

 首を掴まれ、宙へ浮かされたレユニオン兵は必死にもがくが、巨人の指は万力のように食い込み、僅かたりとも緩まない。

 

「異端者め……皇帝陛下の天使たる我々に背くことは、その身を滅ぼすと知れ」

 

 低く、怒りを押し殺した声が響く。鋼鉄の指先へさらに力が込められた。

 

「――ぁ、がっ!!」

 

 骨が軋み首の骨が悲鳴を上げ、顔面はみるみる赤黒く変色していく。

 

 その光景に誰も動けない。

 

 戦場には死がある。

 それを知るオペレーターたちですら、この処刑めいた光景には息を呑むしかなかった。

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

 耐え切れなくなった数人のレユニオン兵が怒号と共に飛び出す。鉈を振り上げ、刀を構え、一斉に巨人へ襲い掛かった。

 

 次の瞬間だった。

 巨人は掴んでいた兵士を投げ捨てることすらしなかった。

 

 その頭部を握り潰したのだ。

 

 熟れ過ぎた果実が弾けるような鈍い音。頭蓋は一瞬で砕け、鮮血と脳漿が鋼鉄の籠手を赤く染める。

 

「ひっ……!」

 

 エクシアの喉から小さな悲鳴が漏れた。

 

 だが巨人は振り返ることすらしない。視線は既に次の敵へ向いていた。

 

 彼は腰へ吊るされた巨大な剣を抜き放つ。

 それはアーミヤ達が知る、ヴァレリウスの持っていたパワーソードではなかった。

 

 無数の鋼鉄の歯が並ぶ異形の剣――チェーンソード。

 

 轟々と唸る駆動音が響き、鋸刃が猛烈な勢いで回転を始める。

 

 一閃、横薙ぎに振るわれた剣は突撃してきたレユニオン兵を抵抗する暇すら与えず両断した。肉が裂け、骨が砕け、鮮血が霧となって路地へ舞う。

 

 辛うじて斬撃を避けた最後の一人も、恐怖に顔を歪めたまま後退する暇はなかった。

 

 巨人が鋼鉄の拳を思い切り振り払う。

 ただそれだけで、砲弾にも匹敵する質量を帯びた拳が胸部へ叩き込まれ、肋骨も内臓もまとめて押し潰される。

 

 男の身体は折れ曲がったまま吹き飛び、石壁へ激突して動かなくなった。

 巨人は返り血に濡れたチェーンソードを静かに下ろし、その兜越しの視線だけを生存者へ向けた。

 

「もう一度問う、異端者どもよ。この場所は〈歪み〉の内部か? それとも、貴様らの穢らわしい妖術師(サイカー)が私を別の場所に転移させたのか――答えろ」

 

 返り血に濡れた巨人――ブラックテンペラー戦団のアスタルテスは、駆動を続けるチェーンソードを片手に下げたまま、兜の奥から生存者たちへ冷え切った殺意を向けていた。

 

 足元に広がる血溜まりからはまだ湯気が立ち昇り、荒々しい機械音と、鉄臭い血の臭気だけが狭い路地を満たしている。

 

「……待ってくれ」

 

 重苦しい沈黙の中、ドクターが一歩前へ出た。

 無数の視線が集まり、巨人の兜がわずかに動いて赤い眼窩をこちらへ向ける。その瞬間、全身を直接押さえつけられたような圧迫感が襲い、喉が強張った。それでもドクターは退かなかった。

 

「私たちは異端者でも、君の言うサイカーでもない。すべてを説明するには時間が足りないが、少なくとも君の敵ではない。まず武器を下ろして、話を聞いてほしい」

 

 声は震えていた。だが、その言葉はどうにか途切れずに巨人へ届いた。

 

 ドクターの脳裏には、チェルノボーグで見た青い巨人の姿が浮かんでいた。

 アウルス・ヴァレリウス――人の枠を遥かに越えた膂力と、戦況を瞬時に読み取る冷徹な判断力を備えながら、ロドスの者たちを一方的に敵と見なすことなく、対話と観察を選んだ戦士だった。

 

 目の前の存在も、外形だけを見れば彼と同種に思える。

 装甲の構造も、常人では扱えないであろう巨大な武器も、そして何よりその身から発せられる生物としての圧力も酷似していた。

 

 ならば、突然の時空間異常に巻き込まれ、敵味方の区別もつかぬまま攻撃を受けたことで混乱と警戒が頂点に達しているだけかもしれない。最初に襲い掛かったのはレユニオン兵であり、この巨人は少なくとも周囲の全員を無差別に殺してはいない。

 

 交渉の余地は、まだ残されているはずだった。

 

 だが、アスタルテスはドクターの言葉を聞いても、武器を下ろそうとはしなかった。

 

「敵ではない、だと」

 

 低い声が、チェーンソードの駆動音に混じって響いた。

 

「ならば説明してみせろ。貴様らの肉体に現れた、その忌まわしい変異は何だ。獣の耳、角、尾――それらが〈歪み〉による汚染でないとするなら、何だという」

 

 黒い視線がアーミヤの長い耳を捉え、次いでフランカ、リスカム、テキサス、ミーシャへと向けられる。エクシアでふと目線の動きが止まったが、直ぐに再び動き出した。

 

 彼の問いに、ドクターは答えようとした。

 しかし、どこから説明すればよいのか、瞬時には言葉が見つからない。

 種族という概念、テラの人々の身体的特徴、アーツと源石技術――それらすべてを、この状況で、しかも相手の知識体系に合わせて説明することなど不可能に近かった。

 

「ち、違います!」

 

 言葉に詰まったドクターを庇うように、アーミヤが声を上げた。顔から血の気は引き、指先も震えていたが、それでも彼女は両足を踏み締めて巨人を見返した。

 

「私たちは変異したわけではありません。生まれつき、こういう身体なんです。テラにはいくつもの種族がいて、それぞれ違う特徴を持っています。あなたが何を見てきたのかは分かりません。でも、私たちはあなたが考えているような存在では――」

 

「私を愚弄するな!」

 

 怒号が路地を震わせた。

 

 アーミヤの言葉は最後まで続かなかった。

 巨人の一喝とともに空気そのものが叩きつけられたように震え、近くの窓枠に残っていた硝子片が細かく鳴った。ミーシャは息を呑み、エクシアも反射的に銃へ手を掛ける。

 

「その程度の戯言で、皇帝陛下の天使たる私を欺けると思ったか。獣の姿を持つ者どもが群れ、妖術を振るいながら、それを生来の性質だと言い張る――自らが口にしている言葉の意味を理解しているのか!」

 

 ヴァレリウスもまた、立っているだけで周囲を圧倒する戦士だった。

 しかし、その威圧感は研ぎ澄まされた刃のように制御されていた。必要以上に振るわれることはなく、常に理性によって鞘へ収められている。

 

 目の前の巨人は違った。

 

 同じほどの力を持ちながら、その内側には燃え上がる信仰と憎悪が満ちている。

 怒りは抑え込まれているのではなく、明確な方向を与えられていた。彼にとって異端とは疑う対象ではない。発見し、断罪し、滅ぼすべき敵だった。

 

「私は貴様らを見ていた」

 

 アスタルテスは、血に濡れたチェーンソードの切っ先をわずかに持ち上げた。

 

「この路地へ入る前からだ。あの仮面の者どもも、盾を持つ女も、そしてその獣の娘も、目に見えぬ力を操っていた。火花を放ち、大気を歪め、己の肉体から異能を引き出していた。それをサイカーと呼ばずして何と呼ぶ」

 

 リスカムの盾へ一瞬だけ視線が向き、続いてアーミヤへ戻る。

 接触する以前から、彼は路地の陰に潜み、レユニオンとロドスの戦闘を観察していたのだ。アーツという概念を知らぬ彼にとって、その光景は〈歪み〉の力を引き出すサイカーの所業以外には見えなかった。

 

「身体の変異に加え、妖術まで行使する。これほど明白な証拠を前にして、なお自らを潔白だと言うか」

 

 ドクターは口を開きかけたが、その前にフランカが低い声で制した。

 

「……もういいわ、ウサギちゃん。アイツに話は通じない……私達が抑えるから、今のうちにあの子(ミーシャ)を連れて逃げなさい」

 

 彼女は巨人から目を離さぬまま、テルミットレイピアへゆっくりと手を添えた。

 普段の軽薄さは消え失せ、細められた瞳には戦場の傭兵としての冷静さだけが残っている。

 

 リスカムが震える手で拳銃を構え直し、フランカに続いた。

 

「私達がここで抑えます。ドクターとミーシャさんを連れて逃げてください」

 

「ですが、それでは皆さんが……!」

 

「全員で残れば、全員まとめて殺される」

 

 アーミヤの叫びに答えたのはテキサスだった。

 片手剣の柄へ指を掛け、いつでも抜き放てるよう重心を落としている。彼女の声は平坦だったが、視線は巨人の肩、足運び、剣の位置を絶えず追っていた。

 

「対話が成立しない以上、目的を優先するしかない。ミーシャを連れて離脱する――私たちは、その時間を作る」

 

「ですが……」

 

 アーミヤはなおも反論しようとした。

 

 フランカ達もテキサス達も、この巨人を相手にどれほど危険な役目を引き受けようとしているのか、分からないはずがない。ヴァレリウスの戦いを知っているからこそ、その同類と思しき存在を足止めすることがほとんど死地へ残るに等しい行為だと理解できてしまう。

 

 それでも、言葉は続かなかった。

 

 フランカの横顔にも、テキサスの目にも迷いはない。

 リスカムは既に盾を前へ出し、エクシアも震える指を押さえ込みながら銃を構えていた。誰もが恐怖している。それでも、ミーシャとドクターを逃がすためにここへ残る覚悟を固めていた。

 

 アーミヤは唇を噛み、ゆっくりと拳を握り締めた――その瞬間、耳をつんざくような連続爆発が路地を揺るがした。

 

 複数の源石爆弾がほとんど同時に炸裂し、紅蓮の閃光と黒煙がアスタルテスの巨体を呑み込む。爆風は瓦礫を巻き上げ、周囲の壁面を削りながら、その場にいた全員へ叩きつけられた。

 

 アーミヤたちは咄嗟に腕で顔を覆い、吹き飛ばされぬよう踏み止まる。

 

 攻撃を仕掛けたのは残存するレユニオン兵と、その先頭に立つスカルシュレッダーだった。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 煙の向こうに浮かぶ影を見て、レユニオン兵の一人が声を震わせる。

 

「スカルシュレッダー様の源石爆弾をまともに受けて……まだ立っているだと!?」

 

 爆煙の内側では、漆黒と純白の巨体が微動だにせず立ち続けていた。

 装甲の表面には爆発の焦げ跡が刻まれているものの、その姿勢には崩れた様子すらない。

 

「怯むな!」

 

 動揺を断ち切るように、スカルシュレッダーの怒号が響く。

 

「重装兵は前へ! 術師は間断なく撃ち続けろ! 奴をここに釘付けにするんだ!」

 

 命令を受け、レユニオン兵たちが一斉に動き出す。

 盾を構えた重装兵が前へ進み、その背後では術師たちが再び源石術式を組み上げていく。

 

 ロドスを助けるためではない。

 目の前の巨人が、自分たちにとっても等しく危険な敵だと理解しただけだった。

 

 だが、その一瞬の介入はアーミヤたちにとって何より貴重な退路となった。

 

「ドクター、早く退避を――きゃっ!」

 

 新たに放たれたアーツが近くの壁を吹き飛ばし、砕けた石片と熱風が襲い掛かる。

 アーミヤは咄嗟に身体を投げ出し、ドクターを庇うように前へ出た。

 

「アーミヤ!」

 

「大丈夫です! 急いでください!」

 

 痛みに顔を歪めながらも立ち上がり、彼女は呆然としているミーシャの手を強く握る。

 

「走れますか?」

 

 返事を待つ余裕はなかった。アーミヤはミーシャの身体を引き起こすと、ドクターを促し、爆音と怒号が渦巻く路地から駆け出した。

 

 その背後では、レユニオン兵の砲撃を突き破るように、低く獰猛なチェーンソードの駆動音が再び鳴り響いていた。




ようやくウォーハンマーらしいキャラを出せました。

・ブラックテンペラー戦団
帝国におけるアスタルテス戦団の一つ。皇帝への狂信的な信仰で知られ、“異端者、ミュータント、異種族は滅ぼすべし”を地で行く武闘派集団。〈ホルスの大逆〉で皇帝の近衛として戦った英雄シギスムンドを始祖とし、現在も終わりなき〈永遠の十字軍(エターナル・クルセイド)〉を続けている。規範書であるコデックス・アスタルテスの定員すら実質的に無視するほどの膨大な戦力を持つとも噂され、祈りを捧げながらチェーンソードを振り回し、ボルトガンを撃ち込み、敵へ一直線に突撃する姿はまさに宇宙騎士。サイカーを強く忌避する一方で、皇帝の加護だけは本気で信じており、その勢いと気迫で本当に不可能をねじ伏せてしまう場面も少なくない。まさしく“信仰とは最大の武器”を体現した戦団である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。