アーミヤたちの姿が路地の奥へ消えていく。
巨人の赤いレンズが、行く手を塞ぐ四人を順に捉えていく。
「逃亡を助けるか」
「仕事だから」
短い返答。巨人はしばらく動かなかった。
路地の奥から吹き抜けた風が、黒い装甲に吊り下げられた祈祷文を揺らす。赤い蝋印同士が小さく触れ合い、乾いた音を立てる。
その紙片に書かれた言葉の意味をテラに生きる者たちは知らない。
それが入団の時に誓われた宣誓であり、そこに慈悲や退却という文言が一つも含まれていないことも。
「ならば、貴様らもまた我が敵である」
「散開!」
リスカムの声と同時に、四人が動いた。
エクシアが引き金を絞る。
銃声が連続して弾け、無数の弾丸が黒い巨人へ殺到した。
狙いは頭部、肩関節、胸部中央。僅かな時間に撃ち込まれた弾丸は、一般的な防具であれば原形を留められないほどの密度だった。
リスカムも盾の脇から拳銃を連射する。
銃火が薄暗い路地を白く明滅させた。
だが、巨人は腕で顔を覆うことすらしなかった。
弾丸が黒い装甲へ衝突するたびに橙色の火花が散る。
頭部へ命中した弾丸は潰れ、胸甲に当たったものは甲高い音と共に明後日の方向へ弾かれた。肩口や膝関節へ撃ち込まれた弾丸も、装甲の隙間へ食い込むことなく石壁を穿つ。
黒い塗装の表面へ、白い擦過痕が増えていく。それだけだった。
「うっそ……」
エクシアの口元から声が漏れた。
銃撃の中を、テキサスとフランカが駆ける。
テキサスは右へ、フランカは左へ。射線を避けながら黒い巨人の死角へ回り込み、ほぼ同時に踏み込む。
先に仕掛けたのはフランカだった。
細身の刃が黒い装甲の脇腹へ向かう。一見すれば小さな隙間。
だが人体の可動域を確保する以上、どれほど分厚い装甲であろうと、関節部には必ず脆弱な箇所が生じる。
そのはずだった。
巨人の左腕が動く。
フランカの目にすら、途中の動作を追うことはできなかった。
巨大な手甲がレイピアの刀身を掴む。
「――なっ」
刃は装甲の隙間へ届く寸前で静止していた。
フランカは剣を引こうとする。
だが、動かない。
両手で柄を握り、全体重を掛けても、刀身は黒い手甲の中に固定されたままだった。まるで剣そのものが巨大な岩盤の内部へ埋め込まれたかのように、僅かにも揺らがない。
その隙に、テキサスが剣を振り下ろす。
狙いは兜と胸甲の間。いかに強固な装甲であろうと、人間に近い構造をしている以上、頭部を動かすための隙間まで完全に塞ぐことはできない。二本の刃は僅かに角度をずらし、片方を防がれても、もう片方が首元へ届く軌道を描いていた。
だが、黒い巨人は振り返らない。代わりに右手を開いた。
握られていた巨大な剣が落下する。高速回転する鋸歯が石畳へ触れる寸前、柄頭と手甲を繋いでいた黒い鎖が張り詰め、重い金属音を響かせた。
その音を認識したときには、巨人の拳が動いていた。
振り返ることも、テキサスの姿を確認することもない。黒い装甲に覆われた右腕が背後へ振り上げられ、死角から迫っていた彼女の身体を正確に捉える。
「――ッ!」
剣が首元へ届く直前、巨大な拳がテキサスの胸部へ激突した。
肺の中の空気が一瞬で押し出される。視界が白く弾け、身体の感覚が途切れた。次の瞬間、テキサスの背中は石畳へ叩きつけられていた。
衝撃によって路面が陥没する。
彼女を中心として亀裂が放射状に走り、周囲に積もっていた砂塵が薄い輪となって舞い上がった。手にしていた二本の剣は衝突の瞬間に弾かれ、甲高い音を立てながら路地の両端へ転がっていく。
「テキサス!」
エクシアの叫びが響く。
テキサスは起き上がろうとした。
だが、全身へ走った激痛によって肘が折れ、再び地面へ崩れる。咄嗟に取った受け身が衝撃を分散していなければ、それだけで胸郭を粉砕されていた。呼吸を試みるたび肺が引き攣り、喉の奥から鉄臭いものが込み上げてくる。
攻撃が来ることを知っていた。
どの角度から、どの瞬間に踏み込んだのかも理解していた。
それでも届かなかった。
黒い巨人は、最後まで彼女を見てすらいない。
「余所見している場合?」
フランカがレイピアの柄を捻る。
刀身の内部機構が作動し、金属の表面へ赤い光が走った。接触部分から高熱が黒い手甲へ伝わり、塗装の一部が僅かに焦げる。通常の装甲であれば、構造材の強度そのものを低下させるだけの熱量だった。
だが、巨人の指は開かなかった。
フランカはさらに出力を上げる。焦げた金属の臭いが漂い、赤熱した刀身から白い煙が立ち昇る。それでも分厚い手甲は刃を掴んだまま微動だにしない。
赤いレンズがフランカへ戻る。彼女の背筋を冷たいものが走った。
「やっば――」
巨人が腕を引いた。
レイピアを手放す暇もなかった。フランカの身体が強引に前へ引き寄せられ、両足が地面から離れる。黒い巨体が視界を埋め尽くした直後、装甲靴が彼女の腹部へ突き刺さった。
鈍い衝突音。
フランカの身体が折れ曲がり、砲弾のように後方へ吹き飛ぶ。積み上げられていた木箱を粉砕し、廃材の山へ背中から突っ込んだ。腐食した金属板や木片が崩れ落ち、その姿を覆い隠す。
手放されたレイピアが石畳へ落ちた。
黒い巨人は足元に転がった刃を踏みつけ。金属が悲鳴を上げた。
レイピアは完全に砕けこそしなかったが、刀身が大きく湾曲し、内部機構から火花を散らした。武器として再び使用できる状態ではない。
この間、僅か十数秒。
テキサスとフランカが二方向から仕掛けてから二人とも戦闘不能に追い込まれるまで、それだけの時間しか経過していなかった。
「リスカム!」
「分かっています!」
エクシアとリスカムは射撃を止めない。
弾倉を交換し、狙いを関節部へ集中させる。銃弾が肩や肘、膝へ次々と命中し無数の火花を散らした。弾頭が潰れ、破片となって周囲の石壁へ突き刺さる。
なおも巨人は揺るがない。
頭部の赤いレンズが、射撃を続ける二人へ向けられた。
その姿勢が僅かに低くなる。
リスカムは即座に盾を地面へ固定した。装甲板の裏側で補助機構が作動し、展開された固定具が石畳の隙間へ食い込む。表面を走る電光が急激に強まり、盾の周囲へ青白い火花を散らした。
「来ます!」
その瞬間、黒い巨人が地面を蹴り、石畳が爆ぜた。
全高二メートルを超える装甲の塊が、視界から消える。
エクシアは反射的に引き金を引きながら後退する。だが、銃弾が黒い胸甲へ届くより早く、巨人は彼女たちとの距離を半分以上詰めていた。
一歩ごとに路面が砕ける。
黒い装甲の重量と、内部で駆動するサーボモーター、そして遺伝子改造された人工筋肉が生み出した推進力が巨体を前方へ射出していた。
人間の走法とは根本から異なる。
加速のための助走も、身体を安定させるための細かな動きも必要としない。踏み出した最初の一歩から、その速度は既に全力疾走する車両に等しかった。
「下がって!」
リスカムがエクシアの前へ出る。
次の瞬間には、黒い巨人が盾の目前まで迫っていた。
振るわれたのは武器ではなく、腕だった。左腕が横薙ぎに払われる。
リスカムは盾を傾け、衝撃を受け流そうとした。これまでにも巨体を持つ感染生物や、重装備を身につけた敵の突進を受け止めてきた。正面から力を競わず、足元へ逃がす。それが大型盾を扱ううえで身につけた技術だった。
だが、技術には前提がある。
受ける側の構造が、衝撃に耐えられるという前提が。
黒い腕と盾が激突し、鐘を内側から殴りつけたような轟音が路地を満たす。
盾の表面を覆っていた電光が一瞬で弾け、青白い閃光となって巨人の腕を包み込んだ。高圧電流が黒い装甲を走り、周囲へ稲妻を放つ。常人であれば筋肉を硬直させ、意識を奪うだけの電撃だった。
それでも黒い巨人は止まらない。
リスカムの両足が地面から離れた。
盾に備わった固定具が石畳を抉り、砕けた破片を巻き上げる。彼女は盾ごと路地の反対側まで吹き飛ばされ、建物の外壁へ激突した。
壁面が大きく陥没する。
遅れて周囲の煉瓦が崩れ落ち、リスカムの身体と盾を埋めていく。彼女の右腕には盾越しに伝わった衝撃が残り、指先の感覚が完全に失われていた。
「そんなっ!」
エクシアが銃口を上げる。
その時には既に黒い巨人は目の前にいた。
黒い胸甲が視界を埋め、頭上から赤いレンズが彼女を見下ろしている。あまりにも近い。銃を構えたままでは、銃口が相手の胸部へ触れてしまうほどの距離だった。
エクシアは後方へ跳びながら引き金を絞る。
至近距離から放たれた弾丸が胸甲へ衝突し、連続する閃光が二人の間を照らした。跳弾が頬のすぐ横を通過し、赤い髪を数本切り飛ばす。
一発が兜の眼部へ命中した。
赤いレンズの表面に小さな傷が入り、光が一度だけ明滅する。巨人の頭部が僅かに傾いた。
――効いた。
だが、そう考えるより早く巨大な左手が伸びてくる。
エクシアはさらに後退しようとした。だが、背中が石壁へ当たる。左右は廃材と崩れた建物に塞がれ、逃げ道はない。
(まさか……行き止まりに誘導された!?)
再装填する時間も残されていなかった。
空になった銃を投げ捨て、腰のもう一丁へ手を伸ばす。
その瞬間、黒い手甲が彼女の頭部を掴もうと迫った。
「エクシア……!」
地面に倒れたテキサスが呻きながら手を伸ばすが、届かない。
フランカも廃材の下から身体を起こそうとしていたが、腹部へ力を込めた瞬間に激しく咳き込み、再び膝をつく。リスカムは瓦礫を押し退けようとしているものの、痺れた右腕では盾を持ち上げることすらできなかった。
巨人の指がエクシアの頭部へ触れようと伸ばされる。
その瞬間、背後で光が弾けた。
爆発と衝撃波が黒い巨体を包み込み、路地の窓という窓を一斉に吹き飛ばした。燃え上がった破片が周囲へ飛散し、黒煙が渦を巻きながら建物の隙間を駆け上がっていく。
エクシアは咄嗟に身を屈め、次の瞬間に頭上を無数の石片が通過する。
黒い巨人の手は、彼女へ届く寸前で止まっていた。
「撃て! あいつを殺せ!」
路地の奥から怒声が響く。
生き残っていたレユニオン兵たちだった。
その中心には、杖や源石製の術具を構えた複数の術師が並んでいる。彼らの装備には戦闘の痕跡が残り、何人かは負傷した身体を仲間に支えられていた。それでも、黒い巨人へ向けられた目には恐怖を上回る怒りが宿っている。
「仲間の仇だ!」
「アーツを集中させろ! 装甲ごと焼き尽くせ!」
術師たちの周囲に赤熱した炎が集まり、圧縮された空気が唸りを上げる。地面から引き剥がされた石片が宙へ浮かび、鋭い杭のように形を変えていく。
幾つものアーツが同時に放たれた。
火炎の奔流が黒い巨人の背中へ直撃する。続けて飛来した石の杭が炎の中へ突き刺さり、爆発によって亀裂の生じた壁面が内側へ吹き飛んだ。
二度、三度。
術師たちは攻撃を止めなかった。
炎が路地を埋め尽くし、黒煙が天井のように頭上を覆う。爆発のたびに地面が揺れ、周囲の建物が崩れていく。積み重なった瓦礫すら砕け、燃え上がった木片が赤い火の粉となって舞い上がった。
「エクシア、こっちへ!」
テキサスの声に、エクシアは我に返る。
壁際から身を離し、煙の外へ転がり出た。拾い上げた銃を支えにしながら立ち上がり、仲間たちのいる場所まで後退する。
「皆、生きてる?」
「どうにかね……」
廃材の山から這い出したフランカが、腹部を押さえながら答える。口元には血が滲み、立っているだけでも身体が揺れていた。
リスカムも瓦礫の下から姿を現した。盾は手放していなかったが、右腕は力なく垂れ下がり、左手だけで重量を支えている。
「……右腕の感覚がありません。骨折している可能性があります」
「テキサスは?」
「肋骨を何本かやられた。動けないほどじゃない」
そう答えながら、テキサスは落ちていた剣を拾い上げる。呼吸のたびに胸部へ鋭い痛みが走っていたが、顔には出さない。
エクシアは黒煙を見つめた。
「あれで……倒れたと思う?」
誰も答えなかった。
答えを口にするまでもなかったからだ。
炎の中で、黒い人影が動く。
最初に聞こえたのは、重い足音だった。
瓦礫を踏み砕く音が一度響くたび、術師たちの顔から怒りが失われていく。燃え上がる炎が揺らぎ、その奥から巨大な影がゆっくりと現れる。
黒い装甲の表面には煤が付着し、背部から白い蒸気が噴き出していた。腰から垂れ下がっていた白布の一部は炎に焼かれ、祈祷文の記された紙片も幾つか失われている。背部装甲には石の杭が砕けた跡が残り、黒い塗装の下から鈍い金属色が覗いていた。
だが、損傷はそれだけだった。巨人は倒れていない。膝をついてすらいなかった。
「馬鹿な……」
一人の術師が後退する。
「直撃したはずだぞ」
「もう一度だ! 早く――」
黒い巨人が、ゆっくりと振り返った。
赤いレンズが、レユニオンの術師たちを捉える。
その視線には冷静な敵意ではない、長い歳月をかけて骨の髄まで刻み込まれた憎悪。存在そのものを許さず、言葉を交わす余地すら認めない、焼け付くような殺意が込められていた。
装甲内部で低い呼吸音が響く。
「……忌まわしい
巨人が右腕を引く。
手甲と柄を繋いでいた鎖が鳴り、地面へ垂れ下がっていた巨大な剣が跳ね上がった。彼は振り返ることなく柄を掴み、指を駆動装置へ掛ける。
鋸歯が回転を始めた。
低い駆動音は瞬く間に獣の咆哮へ変わり、周囲に残っていた炎を震わせる。
「
レユニオンの術師たちが一斉にアーツを放つ。
黒い騎士は炎の中へ踏み込んだ。
火球が胸甲へ直撃する。爆発によって上半身が煙に包まれるが、速度は僅かにも落ちない。石の杭が肩へ命中し、先端から粉々に砕け散る。
術師たちとの距離が一瞬で消える。
黒い刃が横一文字に通過した瞬間、高速回転する鋸歯が術具を噛み砕き、そのまま防具と肉体へ食い込んだ。刃は対象を滑らかに切断しない。肉を引き裂き、骨を砕き、巻き込んだものを無理やり内部へ引きずり込む。
血液が壁面まで噴き散った。
隣にいた兵士が悲鳴を上げるより早く、黒い手甲がその頭部を掴む。そのまま地面へ叩きつけられ、石畳が赤黒く染まった。
「散れ! 囲まれるな!」
誰かが叫ぶが、既に遅い。
黒い騎士は術師たちの中央へ到達していた。
チェーンソードが唸るたびに人影が倒れる。鉄製の盾は鋸歯によって削り取られ、槍の穂先は手甲で握り潰された。背後から飛び掛かった兵士は、振り向きざまに振るわれた肘によって胸部を陥没させられる。
アーツを放とうとした術師へ、腰部から抜かれた銃口が向けられた。
重い発砲音。
拳銃らしき形からは想像できない爆音と共に、術師の上半身が内側から爆ぜた。命中した弾丸が体内へ食い込んだ後、その内部で炸裂したのだ。赤い霧と砕けた装備が周囲へ降り注ぐ。
エクシアの顔から血の気が引いた。
「なに、あれ……銃弾じゃないの?」
「恐らく、着弾後に炸裂しています」
リスカムが苦しげに答える。
「防弾装備では防げません。あの口径では、盾でも直撃を受ければ……」
言葉の続きは必要なかった。
目の前で起きている光景が、すべてを説明している。
黒い騎士にとって、レユニオン兵は戦う相手ですらなかった。進路上に存在する障害物に過ぎない。銃を向けた者は撃ち砕かれ、接近した者は装甲に覆われた腕で薙ぎ払われる。逃げ遅れた術師には、唸りを上げる刃が追いついた。
テキサスが剣を杖代わりにして立ち上がる。
「……今のうちに退く」
「レユニオンは?」
「私たちが残っても状況は変わらない。アーミヤたちとの合流が先だ」
冷静な判断だった。
彼女たち四人が完全な状態であっても、黒い騎士の進行を止めることはできなかった。今は全員が負傷している。再び注意を向けられれば、今度こそ誰かが命を落とす。
リスカムも僅かに迷った後で頷く。
「同意します。フランカは私が――」
「その腕で私を支えるつもり? 冗談は後にして」
フランカは口元の血を拭い、自力で立ち上がった。腹部の痛みに顔を歪めながらも、辛うじて歩くことはできる。
エクシアが地面に落ちていた弾倉を拾い、周囲を見渡す。
「こっち。建物の間を抜ければ、さっきアーミヤたちが向かった道へ――」
次の瞬間、彼女の言葉が止まった。
戦場の向こう側から、新たな音が聞こえたからだ。
無秩序な足音ではなく、一つの大きな足音を中心として、数十人分の靴音が一定の間隔で重なっている。金属製の装備が触れ合う音。地面へ突き立てられる槍の石突き。重量のある盾が、歩調に合わせて揺れる鈍い音。
散り散りになりかけていたレユニオン兵たちが、その音を聞いた瞬間に立ち止まる。ある者は振り返り、ある者は安堵したように膝をついた。
黒い騎士も殺戮の手を止めた。
燃え上がる廃材の向こうから、幾つもの巨大な盾が姿を現す。
分厚い装甲に身を包んだ兵士たちが盾を並べ、路地を塞ぐように前進していた。
前列は歩調を揃え、後列は射線を確保しながら進む。負傷した兵士を見つけた者は隊列を乱すことなく回収し、盾の内側へ引き入れていく。
隊列の中央を、一際大きな影が歩いてくる。
周囲の兵士たちよりも頭一つ以上高い巨体。僅かに黒ずんだ白い重装甲。片手には巨大な盾、もう一方の手には長大な槍が握られていた。頭部にはウィンディゴの特徴である巨大な角が生え、赤いモノアイが目の前の巨人を見据えていた。
一歩踏み出すたび、地面が低く震える。
彼が通るだけで、周囲のレユニオン兵が道を空けた。命令されるまでもなく、負傷者を運ぶ者と前線へ加わる者に分かれ、整然と配置についていく。
ある兵士が声を漏らす。
「ぱ、パトリオット……遊撃隊が来たのか……?」
パトリオットは周囲に倒れた兵士たちを見た。
チェーンソードによって切り裂かれた遺体。拳で叩き潰された者。巨大な銃弾によって原形を失った術師。助けを求める者へ遊撃隊員が駆け寄り、盾の内側へ運び込んでいく。
彼の表情は装甲と仮面に覆われ、外から窺うことはできない。それでも、空気が変わった。
「負傷者を、後方へ」
源石の侵食により傷ついた喉から絞り出される声は途切れ途切れだった。だが、遊撃隊の全員がその言葉へ即座に従った。
「術師は、下がれ。盾兵は、前へ」
巨大な盾が一斉に地面へ下ろされる。
鈍い音が重なり、盾が隙間無く路地に並べられる。一瞬にして路地を横断する防壁が築かれた。
パトリオット自身は隊列の前へ出た。
黒い騎士と、白い騎士。
二つの巨体が、燃え続ける路地の両端で向かい合う。
黒い騎士の兜が僅かに動く。
赤いレンズがパトリオットの身体を走査していた。異常なまでに発達した肉体。人類の基準から大きく逸脱した骨格。頭部に生える人間らしからぬ巨大なツノ。
既知の人類亜種に該当せず。
未知の変異。
異端の可能性、極めて高し。
「この兵らを率いる者か」
機械処理された声が、炎の向こうから響く。
パトリオットは答えない。
視線は黒い騎士の足元に倒れている術師へ向けられていた。術師はまだ息があった。砕かれた脚を押さえ、血溜まりの中で僅かに身体を動かしている。
黒い騎士が、その者へチェーンソードを向ける。
「その者は異端者である。異能を操り、人ならざる力へ身を委ねた。魔女を庇護する者は、その罪を共有する」
「違う」
パトリオットが一歩踏み出す。
「彼は、感染者だ」
「呼称に意味はない。穢れは穢れである」
黒い騎士の声には、僅かな迷いもなかった。
穢れ、という言葉にパトリオットの槍を握る手に力が込められる。
背後に控えていた遊撃隊員たちが盾を構え直す。黒い騎士の圧力を前にしても、後退する者は一人もいない。
彼らは知っている。
パトリオットが立っている限り、自分たちの前に築かれた防壁が崩れることはない。ウルサス軍の砲撃も、凍てつく雪原も、その背中を越えることはできなかった。
黒い騎士がチェーンソードを持ち上げる。
「退け、異形。さもなくば汝もまた、皇帝の名において浄化する」
パトリオットは倒れた兵士たちから視線を上げた。
仮面の奥にある目が、赤いレンズを正面から見据える。
「感染者であり、生きている、私の、同胞たちだ」
「ならば汝も、魔女と同じ墓へ入ることになる」
「そうか」
巨大な盾が持ち上げられる。
縁の欠けた盾がパトリオットの前へ構えられ、長槍の穂先が黒い騎士の胸部へ向けられた。何千、何万という戦場で繰り返されてきた彼の戦闘姿勢だった。
「ならば、来い」
風が吹き抜ける。
黒い騎士が剣の駆動装置を押し込み、鋸歯の回転が限界まで上がり、獣の咆哮に似た音が路地を震わせた。
パトリオットの背後で遊撃隊の盾兵たちが一斉に足を踏み締め、地面が鳴る。
巨大な盾が僅かに前へ傾き、回転する刃が炎を切り裂く。
そして二人の間に残されていた石畳が、黒い騎士の最初の一歩によって粉々に砕け散った。
今こそ、魔女の眷属を討ち滅ぼしたまえ。
我らに、その穢れし肉を貫く力を授けたまえ。
彼奴らの大地を、冒涜者どもの蒼白き屍で埋め尽くす力を。
銃砲の轟きを、断末魔の絶叫で掻き消す力を。
炎の嵐をもって、その城塞を灰燼へと帰す力を。
残された同胞の胸を、報われぬ悲嘆によって引き裂く力を。
荒廃した故郷の荒野へと彼奴らを追い立て、襤褸をまとい、飢えに喘ぎ、魂を砕かれ、苦難に疲れ果て、ついには墓のみを安息と乞い願うまでに打ちのめす力を。
我らはこの願いを、怒りの御心をもって捧げる。
おお、人類の帝よ。
――ブラック・テンプラーの誓約"Abhor the Witch, Destroy the Witch"
この誓いの文を見るだけでも、彼等の異種族・サイカー嫌いが分かりますね。……これで主人公サイドってマジ?