ヴァレリウスはあの後──この話の数十時間前にケルシーやドクター不在のロドスと合流し、簡単な補給や修理を受けた後にドクター援護のために龍門にすっ飛んできたという感じです。
サンダーホークの推進音が、スラム街の上空をゆっくりと遠ざかっていく。
機体は地上へ降りることなく再び高度を上げ、周囲を警戒するように旋回を始めた。噴流によって巻き上げられた砂塵が薄い霧となって路地へ漂い、炎に照らされた四人のアスタルテスを覆っている。
誰も動かなかった。
パトリオットは巨大な盾を構えたまま、突如として現れた三人の巨人を見据えている。その背後では遊撃隊の盾兵が負傷者を守るように陣形を組み、術師と弩兵が武器を向けていた。
テキサスたちも、容易にはその場から離れられない。
深緑のターミネーターアーマーをまとった二人だけでも、先ほどの黒い騎士に匹敵する脅威に見える。さらに、その中央へ降り立った青い巨人には見覚えがあった。
「……あの人」
リスカムが掠れた声を漏らす。
「チェルノボーグで、ロドスと行動していたという……」
「行方不明になっていた青い巨人?」
エクシアが尋ねる。
リスカムは小さく頷いた。
自分達も龍門でロドスと協力作戦を展開するにあたって、ロドスから話は聞かされていた。もし青い巨大なパワーアーマーを纏った巨人と遭遇したら、直ぐに報告せよ、と。
ヴァレリウスは周囲へ視線を巡らせていた。
兜の赤いレンズを通して、戦場の状況が次々と解析されていく。
倒れたレユニオン兵。盾を並べる遊撃隊。チェーンソードを構えた黒いアスタルテス。そして、壁際に集まっている四人の負傷者。
拡大された視界が、彼女たちの装備に刻まれた紋章を捉える。
ペンギン急便。
ブラックスチール・ワールドワイド。
数十時間前、ロドス本艦で受け取った簡易資料との照合が行われる。
両組織ともロドス・アイランドとの協力関係を確認。
敵対記録なし。
識別――協力組織。
続けて、パワーアーマーのセンサーが四人の状態を走査する。
リスカムの右腕には骨折の疑い。テキサスは胸部を負傷し、呼吸機能が低下。フランカにも腹部の損傷が認められる。
ヴァレリウスは左腕のストームシールドを下げ、外部通信をロドスの緊急周波数へ接続した。
「ロドス・アイランド、こちらヴァレリウス・アウルス。応答せよ」
短い雑音の後、通信回線が開く。
『こちらロドス。ヴァレリウスさん、ご無事ですか?』
「我々に重大な損傷はない。現在、龍門スラム街で交戦の痕跡を確認した。座標を送信する」
兜内部の記録装置が現在位置を通信へ添付する。
「ロドス協力組織に所属する四名が負傷している。少なくとも二名は早急な治療を必要とする状態だ。救護班を寄越せ」
『了解しました。付近のオペレーターへ連絡します。救護班が到着するまで、可能であれば負傷者の安全を確保してください』
「承知した」
通信を終えると、ヴァレリウスはエクシアたちへ視線を向けた。
「ロドスへ救護を要請した。動ける者は負傷者を連れ、建物の陰へ退避せよ」
「え……?」
エクシアが目を瞬かせる。
「私たちを助けてくれるの?」
「汝らはロドスの協力者だと確認した。ならば保護の対象となる」
ヴァレリウスはそれだけ告げると、彼女たちから視線を外した。
赤いレンズが、路地の中央に立つ黒い騎士を捉える。
白い肩当てに刻まれた黒十字。
腰から垂れ下がる祈祷文。
手甲へ鎖で繋がれたチェーンソード。
その姿は、数多存在するアスタルテス戦団の中でも特に強固な信仰と、苛烈な戦闘姿勢で知られる者たちのものだった。
「ブラックテンプラー戦団か」
ヴァレリウスの声が路地へ響く。
黒い騎士は答えなかった。
赤いレンズがヴァレリウスの装甲を見つめている。
青いパワーアーマー。左肩に刻まれたウルトラマリーン戦団の紋章。金色の装飾と、戦団長直属の近衛であることを示す意匠。
やがて黒い騎士は、チェーンソードの駆動装置から指を離した。
鋸歯の回転が緩やかに低下し、獣の咆哮にも似た駆動音が消えていく。
彼は刃を下げた。
そしてパトリオットや遊撃隊が見守る中、ヴァレリウスへ向かって片膝をついた。
右拳が胸甲へ添えられる。
「ウルトラマールの尊厳の護り手に、皇帝陛下の御名において敬意を」
先ほどまで異端と呼んだ者たちを一方的に屠っていた戦士と同一人物とは思えないほど、厳粛な所作だった。
ブラックテンプラーの声には、紛れもない敬意が込められている。
「辺境の戦場で誇り高きオナーガードと相見える栄誉を賜るとは。この邂逅を、皇帝陛下へ感謝いたします」
「敬意は受け取ろう、ブラックテンプラー」
ヴァレリウスはストームシールドを構えたまま答える。
「だが、その姿勢を取る前に武器を完全に収めよ。ここでの戦闘は終了した」
黒い騎士は僅かに顔を上げた。
「恐れながら、尊厳の護り手よ。一つ、御身へ問うことをお許しいただきたい」
「申してみよ」
「何故、御身ほどの戦士が異端を庇護されるのか」
エクシアたちの表情が変わる。
黒い騎士は片膝をついたまま、赤いレンズだけを彼女たちへ向けた。
「獣の徴を宿す変異種。正体不明の異形。そして、魔術を操る者ども。あれらが穢れた存在であることは明白です。にもかかわらず御身は、彼奴らを協力者と呼び、保護を命じられた」
遊撃隊の間にも小さなざわめきが生じる。
パトリオットは沈黙していた。
しかし盾を握る左腕に力が込められ、槍先が僅かに黒い騎士へ傾いている。
ヴァレリウスは動じなかった。
「最初に訂正する。彼らが異端であるという確証はない」
「しかし――」
「最後まで聞け」
低い一言に、黒い騎士が沈黙する。
「我々は未知の空間現象に巻き込まれ、この惑星へ転移した。帝国の星図に該当する天体はなく、アストロノミカンとの接続も確認できない。戦団艦隊、帝国軍、アストラ・テレパシカ。そのいずれとも通信は途絶している」
ヴァレリウスは周囲の建物へ視線を巡らせる。
「この惑星の住民は、ここをテラと呼んでいる」
「な……」
黒い騎士の兜が上がる。
「テラ、ですと?」
「無論、皇帝陛下の御座所たるホーリーテラではない。名称が一致しているだけの別世界だ。ここには人類の帝国も、帝国行政局も、我々の知る歴史も存在しない」
「あり得ぬ……」
「事実だ」
ヴァレリウスの声に迷いはない。
「彼らの身体的特徴も、我々が知る変異や混沌の汚染とは異なる。獣の耳や角を持つ者であっても、これがこの世界における人類の一般的な形質だ。少なくとも、外見のみを理由として異端に認定することはできない」
黒い騎士は沈黙した。
赤いレンズが、エクシアの頭上に浮かぶ光輪と翼へ向けられる。続けてテキサスの耳、フランカの尾、リスカムの角を捉えた。
それらが混沌による変異ではなく、この世界ではありふれた特徴だという。
帝国で培ってきた常識から、あまりにも大きく外れている。
「この者たちが扱う異能も同様だ」
ヴァレリウスは続ける。
「彼らはアーツと呼んでいる。オリジニウムという未知の鉱物を媒介とし、物理現象へ干渉する技術だ。サイキック能力と似た結果を生じさせるが、〈歪み〉との接続を確認できない事例が多い」
「歪みを介さぬ、魔術……」
「我々の知識では説明できない。故に、既存の基準のみで断罪することは適切ではない」
長い沈黙が訪れた。
ブラックテンプラーは片膝をついたまま俯き、ヴァレリウスから告げられた情報を整理している。
皇帝の光が届かない世界。
帝国の記録に存在しない人類。
歪みを介することなく異能を操る者たち。
やがて彼は顔を上げた。
先ほどまでの動揺は消えている。
代わりに、赤いレンズの奥には新たな熱が宿っていた。
「ならば、成すべきことは明白です」
ヴァレリウスの兜が僅かに動く。
「何?」
「皇帝陛下の御威光が届かぬ世界であるならば、我らがその光をもたらさねばなりません」
黒い騎士の声が強さを増していく。
「この惑星の人類は、帝国信教を知らぬまま偽りの歴史を歩んでいる。魔女と異形が都市を闊歩し、異端の技術が当然のように扱われている。これを放置することこそ、アスタルテスとしての使命に反する行い」
彼は片膝をついたまま、右拳を強く胸甲へ押し当てた。
「我らはこの地へ帝国信教を広め、皇帝陛下の御名の下に人々を統合するべきです。服従する者には加護を。抗う異端には浄化を」
その言葉に、路地の空気が変わった。
「そして、このテラへ十字軍を」
遊撃隊の武器が一斉に持ち上がる。
「十字軍……?」
エクシアが思わず聞き返した。
「それって、まさか……」
「この惑星全体に対する武力侵攻を提案しているのでしょう」
リスカムが険しい表情で答える。
「話の規模が大きくなりすぎじゃない?」
フランカは腹部を押さえながら乾いた笑みを浮かべたが、目は少しも笑っていなかった。
パトリオットは黒い騎士を見据えたまま、槍をゆっくりと構え直す。
「この地を、侵略する、つもりか」
「侵略ではない」
黒い騎士が即座に答える。
「人類を正しき支配の下へ導く聖戦だ」
「同じ、ことだ」
パトリオットの背後で、盾兵たちが足を踏み締める。
再び戦闘が始まりかねない空気の中、トゥシャンは僅かに兜を傾けた。
「嫌な予感が現実になったな、ブラザー」
外部へ聞こえない部隊内通信で、彼はダキールへ語りかける。
「ブラックテンプラーが十字軍を口にした時点で、予感と呼べる段階は過ぎている」
ダキールが低く返す。
「ヴァレリウスが穏便に済ませることを祈ろう」
「この状況でか?」
「望みが薄いからこそ祈るのだ」
二人のサラマンダーは武器を構えていなかった。
だが、黒い騎士と遊撃隊の双方を警戒し、いつでも間へ割って入れる位置を取っている。
ヴァレリウスは短く息を吐いた。
「ブラックテンプラー。汝の熱意は理解した」
「ならば――」
「だが、現状を理解していない」
黒い騎士の声が止まる。
「我々には戦団艦隊がない。軌道上からの火力支援も、補給も、増援もない。サンダーホークは損傷し、辛うじて大気圏内飛行が可能な状態へ戻したに過ぎない。弾薬も有限だ」
ヴァレリウスはパトリオットと、その背後に並ぶ遊撃隊へ視線を向けた。
「一方、この惑星には広大な国家と無数の移動都市が存在する。軍事組織の規模も、我々が容易に打倒できるものではない。個人が携行する武器やアーツの中にも、パワーアーマーへ損傷を与え得るものが確認されている」
「数の差など、信仰を退ける理由にはなりません」
「数だけの話ではない」
ヴァレリウスの声が僅かに重くなる。
「この世界には、サイカーに相当する戦闘能力を持つ者が大量に存在する。チェルノボーグでは、パワーアーマーを内部から凍結させる冷気を操る者と、我が装甲を焼損させるほどの炎を操る者に遭遇した」
パトリオットの指が、僅かに動いた。
フロストノヴァとタルラ。
名を出されずとも、誰を指しているのか理解できた。
「さらに、ティラニッド個体の転移も確認している。現状では小規模な個体群に限られているが、それが全てである保証はない。この惑星には、我々の想像を超える脅威が既に存在している」
黒い騎士は答えない。
「僅かなアスタルテスだけで、この世界全域へ十字軍を行うことは不可能だ。信仰の有無ではない。戦力、補給、情報、その全てが欠けている」
「ならばこそ、我々は戦いながら足場を築くべきです」
「敵と味方の区別すらついていない状態でか?」
ヴァレリウスの言葉が、黒い騎士の主張を遮る。
「最初に出会った者を異端として殺し続ければ、この惑星の全勢力を敵に回す。我々は戦力を失い、帰還する手段を得る前に弾薬を使い果たすだろう」
ヴァレリウスはエクシアたちを見る。
「現地勢力との協力が必要だ。彼らの歴史、技術、地理、政治、そしてオリジニウムについて知るためにもな」
「故に、ロドスとやらと?」
「現状、最も協力できる可能性が高い組織だ」
ヴァレリウスは迷わず答えた。
「ロドスは我々を保護し、医療と補給を提供した。未知の存在である我々へ無条件に武器を向けることもなく、対話を選んだ。帰還手段を探すためにも、彼らとの協力関係は維持する」
黒い騎士の姿勢は変わらない。
なおも片膝をつき、誇り高きオナーガードへ敬意を示している。
だが、手甲に覆われた指がゆっくりと握られていく。チェーンソードを繋ぐ鎖が小さく鳴った。
「……理解できませぬ」
機械処理された声が、先ほどより低く響く。
「何がだ」
「異端へ手を貸し、異端から施しを受け、あまつさえ彼奴らを庇護するなど」
ヴァレリウスは黙って聞いている。
「御身はウルトラマールの尊厳を守る者。人類の帝国が誇るオナーガードであるはずだ。アスタルテスの使命は、人類の敵を滅ぼし、皇帝陛下の領域を守護すること」
黒い騎士の声には、抑え込まれた怒りが滲んでいた。
「未知を理由に刃を鈍らせ、異端の言葉へ耳を貸す。それは慎重さではない。使命の放棄です」
トゥシャンの兜が黒い騎士へ向けられる。
ダキールも無言のまま、アサルトキャノンを僅かに持ち上げた。
「言葉を慎め、ブラックテンプラー」
トゥシャンが警告する。
「我々は皇帝陛下への務めを忘れてはいない」
「ならば、何故その者たちを生かしている!」
黒い騎士がヴァレリウスの前で、初めて声を荒らげた。
「魔女を庇い、異形を友軍と呼び、帝国信教を知らぬ者どもへ頭を下げる。その行いのどこに、アスタルテスの使命があるというのか!」
静かな音が響いた。
ヴァレリウスの右手に握られたパワーソードが起動する。
青白いエネルギーフィールドが刀身を包み、周囲の空気を震わせた。電光が刃の表面を走り、砂塵の中へ淡い光を放つ。
遊撃隊員たちが一斉に身構える。
ブラックテンプラーも反射的にチェーンソードの柄を握った。
しかし、ヴァレリウスが刃を向けた先はパトリオットではなく、片膝をつく黒い騎士だった。
「私が使命を忘れたか否かを、汝に量らせるつもりはない」
ヴァレリウスが一歩踏み出す。
ストームシールドを左腕へ構え、パワーソードの切っ先を僅かに下げた戦闘姿勢。歩みはゆっくりとしていたが、装甲越しに発せられる圧力が路地全体を満たしていく。
「私は数世紀にわたり、人類の帝国の敵と戦ってきた。異種族、異端者、混沌の僕、そのいずれともな」
さらに一歩。
「故に理解している。敵を正しく見定めることもまた、戦士の責務だ」
ブラックテンプラーは立ち上がった。
チェーンソードを手にしているものの、まだ駆動装置は起動していない。赤いレンズが、迫るヴァレリウスを真っ直ぐに捉えている。
「選べ、ブラックテンプラー」
ヴァレリウスは彼の目前で足を止めた。
二人の間にある距離は僅か数歩。
どちらかが踏み込めば、刃が届く。
「我々と協力し、元の世界へ帰還する手立てを探すか」
パワーソードの青白い光が、黒い装甲へ映り込む。
「それとも、ここで私と刃を交えるか」
沈黙が落ちた。
黒い騎士の指が、チェーンソードの駆動装置へ触れる。
彼の信仰は揺らいでいない。目の前のオナーガードが異端へ近づいているという疑念も、消えたわけではなかった。
だが、その相手は名もなき兵士ではない。
ウルトラマリーン戦団のオナーガード。原体ロブート・グィリマンの遺伝子を受け継ぎ、数世紀にわたって帝国の敵と戦い続けてきた戦士である。
背後には、サラマンダー戦団第一中隊のターミネーターが二人。
彼らもまた、皇帝陛下への忠誠を疑う余地のない古参のアスタルテスだった。
ここで刃を交えることは、異端を討つ行為ではない。同胞同士の殺し合いとなる。
長い沈黙の後、ブラックテンプラーの手が駆動装置から離れ、チェーンソードが下ろされる。
「……御身の判断へ、直ちに賛同することはできませぬ」
「構わん」
「彼奴らを潔白と認めるつもりもない」
「それも今は求めていない」
黒い騎士は不満を隠そうとしなかった。
それでも刃は下げたままだった。
「帰還の手立てが見つかるまで、御身らと行動を共にいたします」
ヴァレリウスは数秒、彼を見つめる。
やがてパワーソードを下げ、刀身を覆っていたエネルギーフィールドを停止させた。
「賢明な判断だ」
「……ただし」
黒い騎士の声が続く。
「明確な異端の兆候を確認した場合、私は我が誓いに従います」
「そのときは、確認した事実を我々へ報告せよ。独断での粛清は認めん」
「……承知しました」
僅かな間を置いて、黒い騎士はチェーンソードを腰部へ固定した。
そして再び右拳を胸甲へ添える。
「ブラックテンプラー戦団、イニシエイト。ディートリヒ・アイゼンヴァルト」
初めて彼は自らの名を明かした。
「惑星タラスへ向かう途上、艦隊がティラニッドの襲撃を受けました。交戦の最中に生じた異常現象へ巻き込まれ、気づいたときにはこの地に」
「我々と同様か」
トゥシャンが呟く。
ヴァレリウスも短く頷いた。
「アウルスヴァレリウス。ウルトラマリーン戦団、オナーガード」
続けて、左右に立つ二人を示す。
「カール・トゥシャン。そしてシャル・ダキール。共にサラマンダー戦団第一中隊の戦士だ」
「兄弟たるアスタルテスと再会できたこと、皇帝陛下へ感謝を」
アイゼンヴァルトはそう告げると、ようやくヴァレリウスから視線を外した。
赤いレンズがパトリオットへ向けられる。
パトリオットは、なおも盾と槍を構えたままだった。遊撃隊も陣形を解いていない。
彼らにとって、帝国の戦士同士の争いが一時的に収まっただけである。自分たちへの敵意が消えた保証は、どこにもなかった。
ヴァレリウスは身体の向きを変える。
パワーソードは下げたまま、パトリオットと向き合った。
「貴様らはレユニオンか」
「そうだ」
パトリオットが短く答える。
「私は、パトリオット。遊撃隊を、率いている」
「その名はロドスで聞いている」
ヴァレリウスはパワーソードを腰部へ戻した。
「我々は貴様らと戦うために来たのではない。サンダーホークが大規模な戦闘反応を捉えたため、状況を確認しに降下した」
「お前たちが、戦いを始めたとは、考えていない」
パトリオットの視線がアイゼンヴァルトへ向く。
「だが、その黒い者は、私の兵を、殺した」
「彼の行動については、今後私が監督する」
「監督で、死者は戻らない」
ヴァレリウスはすぐには答えなかった。
路地には、アイゼンヴァルトによって殺害されたレユニオン兵の遺体が幾つも残されている。武器を向けた者だけではない。倒れた後に止めを刺された者や、アーツを使用したという理由だけで斬り捨てられた術師もいる。
「その通りだ」
ヴァレリウスは静かに認めた。
「既に生じた犠牲を取り消すことはできない」
アイゼンヴァルトが僅かに顔を動かしたが、口を挟むことはなかった。
「だが、これ以上の犠牲は防げる。互いに武器を下ろせ。負傷者の救護を優先するべきだ」
「我々だけに、武器を下ろせと?」
「こちらから攻撃する意図はない。必要ならば、我々が先に武器を収めよう」
ヴァレリウスがトゥシャンとダキールへ視線を向ける。
トゥシャンはヘヴィーフレイマーを下げた。
ダキールも数秒の躊躇の後、アサルトキャノンの銃口を地面へ向ける。
アイゼンヴァルトだけはパトリオットを警戒していたが、既にチェーンソードを腰部へ固定している。
それでもパトリオットは槍を下ろさなかった。
「まだ、下げることは、できない」
「理由を聞こう」
「タルラから、命令を受けている」
その名が出た瞬間、ヴァレリウスの赤いレンズが僅かに明滅した。
ダキールもゆっくりと顔を上げる。
「どのような命令だ」
ヴァレリウスが尋ねる。
声は変わっていない。
だが、傍らにいたトゥシャンは、その僅かな変化を感じ取っていた。
パトリオットは答える。
「“鍵”を、確保する。それと同時に……」
槍を握る手へ力が込められる。
「チェルノボーグで、現れた、青い巨人」
仮面の奥から、パトリオットの視線がヴァレリウスへ向けられる。
「発見し次第、捕らえるか、殺害せよと」
沈黙。
上空を旋回するサンダーホークの推進音だけが、遠く響いている。
その一言と同時に、ヴァレリウスの纏う空気が変わった。
動いてはいない。腰へ戻したパワーソードへ手を伸ばしてもいない。
それでも周囲の者たちは、本能的に身を強張らせた。
チェルノボーグで対峙した炎の使い手。少女の身体を借り、他者の意志を弄び、戦乱を拡大させようとしていた存在──不死の黒蛇。
その気配を、ヴァレリウスは既に知っている。
隣に立つダキールの反応は、さらに明確だった。
ターミネーターアーマーの手甲が強く握られ、関節部のサーボが低く唸る。装甲内部から漏れ出した機械音が、静まり返った路地へ響いた。
「……タルラ」
ダキールがその名を呟く。
声に込められていたのは、戦場で敵へ向ける冷静な警戒ではなかった。
深く、消えることなく残り続けていた憎悪。
かつて共に戦った兄弟を奪った者へ向ける、サラマンダーの怒りだった。
トゥシャンが無言でダキールを見る。
アイゼンヴァルトも、二人から発せられる殺気を感じ取り、再びチェーンソードの柄へ手を置いた。
遊撃隊の盾兵が身構える。
再び一触即発の気配が路地裏を包んだ。