龍門のスラム街で起きた騒動から、数時間が経過していた。
ブラックテンプラーとの交戦で負傷したエクシア、テキサス、フランカ、リスカムの四人は、龍門市内の病院へ搬送されている。ロドスから派遣された医療オペレーターと龍門の医師が共同で治療に当たり、全員の命に別状はないことが確認されたものの、戦闘へ復帰できる状態ではなかった。
特にリスカムとフランカの負傷は重く、リスカムは盾ごと吹き飛ばされた際に左腕と肩を損傷し、フランカは腹部へ受けた打撃によって内臓を傷めている可能性があった。テキサスも全身に強い打撲を負っており、少なくとも今回の作戦が終わるまでは病院を離れられない。
彼女たちが治療を受けている間、龍門近衛局本部の上層階では、今後の作戦方針を決めるための緊急会議が開かれていた。
窓の外には、暗闇の中で無数の光を灯す龍門の市街地が広がっている。遠方では移動都市の各区画を繋ぐ高架道路を車輌が行き交い、戦闘の痕跡を残すスラム方面には近衛局の非常灯が赤く明滅していた。
ブリーフィングルームの中央には、龍門周辺の立体地図を投影する大型卓が置かれている。
その一方には、ドクター、アーミヤ、ケルシー、Aceを始めとするロドスの者たちが並び、反対側には近衛局を代表してチェン、スワイヤー、ホシグマが立っていた。
そして、部屋の奥を占めるように、異世界から転移してきた兵士たちが控えている。
ウルトラマリーン戦団の〈尊厳の守り手〉アウルス・ヴァレリウス。
サラマンダー戦団第一中隊に所属するカール・トゥシャンとシャル・ダキール。
ブラックテンプラー戦団のイニシエイト、ディートリヒ・アイゼンヴァルト。
スキタリ・レンジャーのシグマ=17・ヴァロクス。
そして、今ではロドスのオペレーターとなったマクラーグ惑星防衛軍伍長、エドワード・ハルト。
通常の人間に合わせて作られた椅子では、アスタルテスの体重にも巨体にも耐えられない。そのためヴァレリウスとアイゼンヴァルトは壁際に立ち、さらに巨大なターミネーターアーマーを纏うトゥシャンとダキールは、開け放たれた両開きの扉付近から会議へ参加していた。
二人が身動きをする度に装甲内部の駆動音が低く響き、ただ立っているだけで部屋の一角が狭く感じられる。
ヴァロクスは立体地図の制御端末へ細い接続端子を伸ばしていたが、龍門側の技術者から勝手に接続するなと止められたため、現在は青く光る機械眼で投影された地図を観察している。彼の頭上では一基のサーボスカルが浮遊し、龍門の通信規格や地形情報を記録していた。
彼らを運んできたサンダーホークは、近衛局本部の屋上へ駐機している。
機体があまりにも巨大だったため、通常の小型飛行車輌用区画では収容できず、屋上の緊急輸送機用発着場が丸ごと一つ封鎖されていた。損傷した推進器からは今も僅かに黒煙が漏れ、機体の周囲では近衛局の技術者たちが、見たこともない構造を遠巻きに観察している。
会議室内にいる者たちの視線は、立体地図へ集まっていた。
龍門の市街地と外壁、その周囲に広がる荒野が淡い光で再現され、複数の地点にはレユニオンの出現が確認されたことを示す赤い印が表示されている。
「先ほどの戦闘は、独立した小規模な襲撃とは考えにくい」
最初に口を開いたのはヴァレリウスだった。
機械処理された低い声が、ブリーフィングルームへ響く。
「敵は龍門の内部へ複数の部隊を潜入させ、同時にミーシャという少女を確保しようとしていた。失敗後も大部分の兵力は都市周辺から撤退していない。これは継続的な作戦の一段階と見るべきだ」
「同意する」
立体地図を見つめていたドクターが答えた。
「レユニオンがミーシャを奪い返したのは、単に仲間だからではない。彼女を確保すること自体が、今後の作戦に必要だった可能性が高い」
「彼女がチェルノボーグの重要情報を持っているからでしょうか?」
アーミヤが尋ねる。
「その可能性はある。だが、それだけなら龍門へ残っている部隊の数が多すぎる」
ドクターは立体地図へ手を伸ばし、龍門外縁部に残る複数の赤い印を指した。
「ミーシャの奪還だけが目的なら、既に任務を達成した部隊から順次撤退させるはずだ。だが、実際にはスラム街や外壁付近でレユニオンの動きが続いている。潜伏したまま連絡を絶った部隊もいる」
「次の命令を待っているということか」
Aceが腕を組む。
「あるいは、最初から別の命令を受けている」
ドクターは答えた。
チェンが立体地図の表示を切り替える。
龍門の主要な交通路、発電区画、通信施設、医療機関、近衛局の分署が新たに表示された。その多くは、レユニオンの目撃情報が集中している区域と近接している。
「近衛局でも同じ結論に達している」
チェンは室内を見回した。
「レユニオンは龍門内部の構造を事前に調べていた。無秩序に侵入しているように見えるが、部隊の大半は交通と通信を遮断しやすい場所へ集まっている。次に大規模な攻撃が行われた場合、奴らは外壁を正面から破るだけでなく、市街地の混乱を利用して内部から防衛機能を崩すつもりだろう」
「ならば、ミーシャの奪還だけに戦力を集中させるべきではない」
ケルシーが言った。
「レユニオンの次の行動を警戒しながら、同時に彼女を救出する必要がある。どちらか一方を後回しにすれば、相手へ自由に動く時間を与えることになる」
「部隊を二つに分けるしかない、ということだな」
Aceの言葉に、チェンが頷く。
「一方はミーシャの奪還。もう一方は龍門の防衛だ。問題は、それぞれにどの戦力を割り当てるかになる」
「その前に、小官から偵察結果をご報告します」
ホシグマが一歩前へ出た。
彼女が操作すると、立体地図の表示が龍門から外部の荒野へ移動し、都市から離れた場所にある大きな窪地が拡大される。
かつて源石の採掘に使われていた場所だった。
採掘設備の大部分は放棄され、地表には崩れかけた作業棟や運搬用の軌道が残っている。地下には複数の坑道が伸び、その一部は天災の影響によって崩落していた。
「小官の部下が、龍門から撤退するレユニオン部隊を追跡しました。敵は複数の経路へ分散しましたが、ミーシャと思われる人物を運んでいた部隊は、龍門北西部の源石採掘場跡へ入ったことが確認されています」
ホシグマは採掘場の入口を示す地点へ指を向ける。
「現在、採掘場に駐留しているのはスカルシュレッダー率いる部隊と、Wというサルカズが指揮する傭兵部隊です。周辺にパトリオット遊撃隊やスノーデビル小隊の姿はなく、レユニオンの主力も確認されていません」
「敵の正確な人数は?」
ドクターが尋ねる。
「地上で確認できたのは五十名ほどです。ただし坑道内にも潜伏している可能性があるため、実数は七十から百名程度と見積もっています」
「……特段、大部隊というわけではないな」
Aceが地図へ目を落とす。
「はい。しかし、少ないからといって安全とは限りません」
ホシグマは表情を引き締めた。
「Wの部隊は坑道の入口と作業棟へ爆発物を設置しているようです。近づく者を迎撃するだけでなく、必要なら採掘場そのものを崩落させる準備をしている可能性があります」
「人質を抱えている場所に爆弾を仕掛けるなんて……」
アーミヤが不安げに呟く。
「Wは味方を巻き込むことにも躊躇しない傭兵だ」
チェンが答えた。
「追い詰められれば、保護対象を連れて別の坑道へ逃げるか、採掘場ごと我々を埋めようとするだろう。人数だけを見て戦力を投入すれば、相手の思う壺になる」
「だからこそ、少数精鋭で侵入する必要があります」
ホシグマが続ける。
「大部隊で包囲すれば、こちらの動きはすぐに察知されます。外部で退路を封鎖する部隊と、内部へ入りミーシャを確保する部隊を分けるべきかと」
「私は採掘場へ向かわない」
ヴァレリウスが唐突に告げた。
室内の視線が青い巨人へ集まる。
スワイヤーが僅かに眉を上げた。
「ずいぶん急な結論だわ。理由を聞いても?」
「タルラは私の殺害に固執している」
ヴァレリウスは立体地図の採掘場を見つめながら答えた。
「フロストノヴァとパトリオットの証言から見ても、その執着はレユニオンの作戦上の必要性を超えている。私が採掘場へ向かえば、タルラ自身か、私を殺すための部隊が後を追う可能性が高い」
「向こうから出てきてくれるなら、好都合ではないの?」
スワイヤーの問いに、ヴァレリウスは赤いレンズを向けた。
「戦場にミーシャがいなければ、な」
機械処理された声が、僅かに低くなる。
「タルラの力は広範囲へ及ぶ。彼女が私を狙って採掘場へ現れれば、坑道も地上施設も戦闘に耐えられない。保護対象を巻き込み、救出作戦そのものを失敗させる危険がある」
ヴァレリウスはチェルノボーグで受けた炎を思い出していた。
舗装路を溶かし、建物を内部から焼き、ストームシールドの防御機構さえ限界へ追い込んだ高熱。
源石採掘場の地下で同じ攻撃が放たれれば、ミーシャを守りながら戦うことは不可能に近い。
「さらに、黒蛇は私が龍門にいることを把握すれば、こちらを優先して攻撃する可能性がある。ならば私は市街地へ残り、敵の注意を引きつけるべきだ」
「自分を囮にするつもりか?」
チェンが尋ねる。
「敵が私を狙うならば、戦場を選ぶ権利はこちらにある。市街地であっても、住民の避難を済ませた広い場所へ誘導できれば、採掘場より戦いやすい」
「君一人を狙ってタルラが出てくるという保証はないと思うが」
「保証は不要だ。可能性があるだけで、私をミーシャの近くへ置く理由はなくなる」
チェンは暫く考えた後、反論せずに立体地図へ視線を戻した。
「私も、ヴァレリウスさんたちは龍門に残るべきだと思います」
アーミヤが口を開く。
「ミーシャさんは連れ戻すべき相手であって、倒すべき敵ではありません。採掘場にいる他のレユニオン兵も、可能な限り殺さずに制圧する必要があります」
アーミヤの視線が、ヴァレリウスたちの武器へ向けられる。
パワーソード。
ボルトピストル。
アサルトキャノン。
ヘヴィーフレイマー。
チェーンソード。
いずれも敵を負傷させて動きを止めるためではなく、強固な装甲や巨大な怪物を確実に破壊するために作られた武器だった。
「ヴァレリウスさんたちの武器は、坑道のような狭い場所で使うには威力が高すぎます。特にWが爆発物を設置しているなら、流れ弾や爆炎で誘爆させる危険もあります」
「魔女どもを殲滅するのであれば、火力が高いことは問題にならない」
アイゼンヴァルトが低く言う。
アーミヤの表情が僅かに強張った。
「私たちは殲滅に行くのではありません。ミーシャさんを助けに行くんです」
「敵の手に戻り、自ら奴らへ協力している者を救助対象と呼ぶのか」
「彼女が自分の意思だけでレユニオンにいるとは限りません」
「本人が刃を向けたとしてもか?」
「それでもです」
アーミヤはアイゼンヴァルトの赤いレンズを見上げた。
巨人から向けられる圧力に身体を硬くしながらも、視線は逸らさない。
「ミーシャさんが混乱しているなら、まず武器を下ろさせて話をします。殺してから事情を確かめることはできません」
「甘いな」
「イニシエイト」
ヴァレリウスが制止する。
アイゼンヴァルトはアーミヤを見据えたまま沈黙した。
「彼女の判断は、この作戦の目的に合致している。捕縛が優先される戦場に、貴様を投入するつもりはない」
「……御意」
不満が消えたわけではなかったが、アイゼンヴァルトはそれ以上反論しなかった。
「サラマンダーも龍門へ残ろう」
トゥシャンが言った。
深緑のカタフラクティ型ターミネーターアーマーが僅かに動き、床へ重い振動が伝わる。
「この都市には多くの民間人がいる。敵が大規模な攻撃を行うならば、我々の力は彼らを守るために使うべきだ」
「異論はない」
ダキールも短く同意した。
「タルラが現れるならば、なおさら我々が残る理由になる」
その声には抑え込まれた怒りが残っていた。
ヴァレリウスはダキールへ顔を向けたが、今は何も言わなかった。
「それなら、救出部隊の構成を決める」
チェンが立体地図を操作し、採掘場周辺へ複数の進入経路を表示させた。
「ドクター、アーミヤ、Ace。ロドスからは君たちと、捕縛や狭い場所での戦闘に適したオペレーターを出してもらう」
「分かりました」
アーミヤが頷く。
「近衛局からは私とホシグマが行く。外部の封鎖と坑道への突入には、それぞれ選抜した部隊を使う」
「了解しました」
ホシグマが答えた。
「ちょっと待ちなさいよ」
スワイヤーが腕を組み、チェンを睨む。
「アンタとホシグマが二人とも採掘場へ行って、私はここに残れっていうの?」
「そうだ」
「どうしてアンタが勝手に決めるのよ」
「龍門の防衛指揮を任せられる者が本部に必要だからだ。お前なら各分署と警備部隊を動かせる」
「褒めているつもり?」
「事実を言っているだけだ」
「相変わらず言い方が気に入らないわね」
「お前の好みに合わせて作戦を決めるつもりはない」
「まあまあ、お二人とも」
ホシグマが二人の間へ穏やかに声を挟む。
「今回の作戦は、どちらも欠かすことができません。チェン隊長には小官が同行します。スワイヤー警司には、近衛局本部から各地区の指揮をお願いできれば、小官たちも安心して採掘場へ向かえます」
スワイヤーはホシグマを見た後、小さく息を吐いた。
「ホシグマにそう言われたら、断りにくいじゃない」
「では、決まりだな」
「アンタは少しくらい感謝しなさいよ!」
チェンは返事をせず、地図の表示を戻した。
スワイヤーは不満げに尻尾を揺らしたが、作戦そのものへ異議を唱えることはなかった。
「ケルシー先生はどうしますか?」
アーミヤが尋ねる。
「私は龍門に残る」
ケルシーは即答した。
「レユニオンの大規模侵攻が始まれば、負傷者が急増する。ロドスの医療部隊と龍門側の医療機関を連携させる者が必要だ。それに、彼らの兵站についても確認しなければならない」
ケルシーの視線が、ヴァレリウスたちへ向けられる。
会議の開始前、彼女はヴァレリウス、トゥシャン、ダキール、アイゼンヴァルト、ヴァロクス、ハルトから、それぞれが所属していた勢力と、彼らの銀河に関する基本的な説明を受けていた。
百万を超える惑星を支配し、銀河規模で戦争を続ける人類帝国。
人間を遥かに超える身体能力を持つアデプトゥス・アスタルテス。
技術と機械を神聖なものとして扱うアデプトゥス・メカニカス。
そして、人類を外部と内部の敵から守るという名目のもと、想像を絶する数の兵士と資源を消費し続ける終わりの見えない戦争。
説明された内容の全てを事実として受け入れるには、あまりにも規模が大きかった。
だが、目の前に立つ巨人たちと、屋上を占有するサンダーホークを見れば、単なる誇張として退けることもできない。
「確認したいことがある」
ケルシーはヴァレリウスへ向き直った。
「君たちの戦闘能力が高いことは理解した。しかし、どれほど強力な武器であっても、弾薬と整備部品がなければ永続的には使用できない」
「その通りだ」
「君たちは、この世界に補給拠点を持っていない。ロドスが回収した物資と、サンダーホークに積まれていた予備弾薬を使い切った後はどうするつもりだ?」
ヴァレリウスはすぐには答えなかった。
ロドス本艦には、ハルトと共に転移したマクラーグ防衛軍の物資や、チェルノボーグから持ち帰ることのできた装備が保管されている。サンダーホークにも、サラマンダー戦団が作戦で使用するための弾薬や燃料が積まれていた。
だが、その量には限りがある。
ボルト弾、アサルトキャノン用の実体弾、フレイマー用燃料、プラズマガンの充電設備。パワーアーマーやターミネーターアーマーの部品も、損傷する度に交換できるわけではない。
「現時点で保有している物資だけでも、複数回の大規模戦闘には耐えられる」
ヴァレリウスは答えた。
「だが、この惑星へ長期的に留まることになれば不足する。特にボルト弾とアサルトキャノンの弾薬は、現地で代替品を用意しなければいずれ失われる」
「ハルトの武器は?」
「ラスガンの蓄電池は、龍門やロドスの設備でも充電できるはずです」
ハルトが答える。
「多少の調整は必要でしょうが、電力さえあれば当面は使えます。ただ、蓄電池にも寿命があります。部品まで壊れた場合、俺だけでは完全な修理はできません」
「つまり、君たちは早い段階で、この世界の技術者を必要とすることになる」
「否定はしない」
ケルシーはヴァレリウスの返答を聞き、さらに踏み込む。
「修理や弾薬製造を依頼するなら、武器の構造や使用している素材について、一定の情報を現地へ渡さなければならない。君たちは、それを許容するのか?」
「断じてならぬ」
ヴァレリウスが答えるより早く、アイゼンヴァルトが声を上げた。
「人類帝国の神聖な技術を、素性も知れぬ異界の者へ渡すなど言語道断だ。ボルトガンもパワーアーマーも、皇帝陛下の恩寵によって我らへ与えられたもの。それを異端者どもに分解させることなど認められん」
「分解しなければ、修理できない場合もある」
ケルシーはアイゼンヴァルトの威圧を意に介さず答えた。
「その時は、壊れたまま使えということか?」
「我らは与えられた武器と共に戦い、修復が叶わぬならば、最後までその命を全うさせる」
「合理的とは言い難いな」
「信仰を合理性で測るな」
アイゼンヴァルトの声が低くなり、手がチェーンソードの柄へ近づく。
「イニシエイト、ここは戦場ではない」
ヴァレリウスの一言で、その手が止まった。
「だが、技術の受け渡しについては私も否定的だ」
ヴァレリウスはケルシーへ視線を戻した。
「この惑星の勢力関係を、我々はまだ十分に理解していない。高威力の兵器や動力機関の製造技術を安易に渡せば、現在の軍事的均衡を崩すことになる。ロドスが正しく扱ったとしても、情報が外部へ流出しない保証はない」
「もっともな懸念だ」
チェンが言う。
「……完全な技術共有は、非推奨」
それまで沈黙していたヴァロクスが発言した。
機械処理された声が、一定の抑揚で室内へ響く。
「ただし、限定的な技術交換と共同解析には、高い価値が存在する」
ヴァレリウスとアイゼンヴァルトが、同時にヴァロクスへ顔を向けた。
「スキタリよ」
アイゼンヴァルトの声に、明確な非難が混じる。
「貴様は機械神に仕える者でありながら、異界の技術を帝国の機械へ混ぜるつもりか」
「訂正。無秩序な混合を提案しているのではない」
ヴァロクスの機械眼が明滅する。
「テラの技術体系は、人類帝国の標準技術と大きく異なる進化を遂げている。オリジニウムを介したエネルギー伝達、携帯端末、移動都市の制御機構、アーツとの接続。これらには既知の
「未知の技術は、汚染の可能性を持つ」
「同意。しかし、未知であることは、価値がないことを意味しない」
ヴァロクスは赤い外套の内側から細い義手を伸ばし、立体地図を投影する装置を指した。
「龍門の投影技術は、演算効率において帝国製の戦術表示装置へ劣る。一方で、小型化と操作性には優位性が存在する。ロドスの医療機器とオリジニウム解析技術についても同様。帝国技術との適切な融合は、新たな機能と知識を生む可能性を有する」
サーボスカルがヴァロクスの頭上を旋回し、短い電子音を発する。
「それは、オムニシアによる祝福となり得る」
ケルシーは何とも言えない表情でヴァロクスを見た。
「技術的な可能性を議論している時に、宗教的な祝福を持ち出されるとは思わなかった」
「技術と信仰の分離は不可能。全ての機械には魂が存在し、知識の探求はオムニシアへの奉仕である」
「君たちの文化では、そうなのだろう」
ケルシーはそれ以上、機械の魂について議論しようとはしなかった。
「だが、私が求めているのは神学上の結論ではない。君たちがこの世界で戦闘を継続するために、どこまで情報を開示できるかだ」
ヴァレリウスは暫く沈黙した。
彼自身、帝国の技術をテラへ広めることには強い懸念を抱いている。ボルト兵器やパワーアーマーが大量生産されれば、感染者と非感染者の対立どころか、国家間の戦争そのものを大きく変える可能性がある。
しかし、帝国との連絡手段がなく、帰還の見通しも立っていない以上、全てを拒絶するだけでは自分たちの戦力が少しずつ失われていく。
「兵器そのものの製造技術を、無制限に渡すつもりはない」
ヴァレリウスは答えた。
「だが、弾薬と燃料を現地で確保するための限定的な情報共有は必要だ。口径、薬莢の強度、推進薬の性質、フレイマーに使用可能な燃料。それらを我々の監督下で研究し、製造場所と使用者を制限する」
「ボルト弾の構造も渡すのか?」
ケルシーが尋ねる。
「完全な構造は開示しない。現地の設備で製造可能な代替弾を用意する。威力が低下したとしても、補給を失うよりは良い」
「アサルトキャノンについては?」
「通常の実体弾に近い。製造精度と素材の問題を解決できれば、代替品を作ることは可能だろう」
「プラズマ兵器は」
「対象外だ」
ヴァレリウスは即座に答えた。
「あれは僅かな設計不良や整備ミスだけでも、使用者と周囲を巻き込んで爆発する。製造設備も扱う知識もない状態で再現を試みれば、事故では済まない」
「……賢明だ」
ケルシーは小さく頷いた。
「パワーアーマーやサンダーホークの動力系統も、同様に非公開と考えていいのか?」
「そうだ。装甲の修理に必要な素材加工については共有を検討するが、動力炉、人工筋肉、神経接続、武器制御に関わる情報は渡さない」
「妥協点としては理解できる」
「私は認めません」
アイゼンヴァルトが再び口を挟んだ。
「たとえ威力を落とした代替品であろうと、ボルト兵器の模倣を許すべきではない」
「汝の武器を分解させるつもりはない」
ヴァレリウスはアイゼンヴァルトを見た。
「だが、我々全員の継戦能力を、貴様一人の信仰だけで失わせることも認めん」
「信仰ではなく、人類帝国の法です」
「我々は今、その法を執行する機関も補給を受ける拠点も存在しない場所にいる」
「だからといって――」
「帰還の手段が明日見つかる保証はない。数年、あるいは数十年をこの惑星で過ごす可能性も考慮する必要がある」
ヴァレリウスの言葉に、室内が静かになった。
トゥシャンとダキールも反論しなかった。
彼らにとって、帝国へ帰還できないという可能性は容易に受け入れられるものではない。だが、サンダーホークが大気圏を離脱できず、軌道上にも味方が存在しない以上、現実として向き合わなければならなかった。
「限定的な共有については、後で条件を詰める」
ケルシーが話をまとめる。
「ロドスのエンジニア部だけでなく、龍門側にも協力を求める必要があるだろう。情報の管理方法については、三者で取り決めを作る」
「協力する。ただし、ヴァロクスを全ての工程へ立ち会わせる」
「同意する」
「待ちなさい」
スワイヤーが指先で立体地図の縁を軽く叩いた。
「異世界の技術と機械神について、いつまでも話し続けるつもり? 興味深い話ではあるけれど、今決めるべきなのは龍門をどう守るかでしょう」
「話を逸らしたのはケルシーだと思うが」
チェンが言う。
「必要な確認事項だ。戦闘の途中で弾薬切れを起こす部隊を、戦力として計算することはできない」
ケルシーは平然と返した。
「それでも、今すぐ全てを決める必要はないわ」
スワイヤーはヴァレリウスたちを順番に見た。
「私はアナタたちが恐ろしく強いという報告しか聞いていないの。市街地の防衛へ組み込むなら、具体的に何ができるのか説明してもらわないと、配置の決めようがないわ」
「具体的に、とは?」
トゥシャンが尋ねる。
「何人の敵を相手にできるのか、どのくらいの範囲を守れるのか、移動速度はどれほどなのか。アナタたちを一つの部隊として使うべきか、分散させるべきかも分からない」
スワイヤーは屋上を指すように天井へ視線を向けた。
「それに、あの巨大な飛行機械もよ。あれを龍門の中で飛ばして、本当に建物を吹き飛ばさずに運用できるの?」
「着陸地点さえ確保できれば、限定的な低空飛行は可能」
ヴァロクスが答えた。
「推進器の噴流は周辺構造物へ損害を与える可能性あり。狭い路地への着陸は不可能。しかし、兵員は機体を着陸させずに降下できる」
「さっきのスラムでやったように、屋根の上から飛び降りるということね」
「肯定」
「普通の部隊を運ぶには?」
「サンダーホークは、人類帝国の兵士を輸送する能力を有する。ただし、現在は機体損傷と重量配分の問題がある。最大搭載量での飛行は非推奨」
スワイヤーはヴァロクスの説明を聞きながら、立体地図上の複数地点へ印を付けていく。
「なら、基本的にはアナタたち専用の移動手段として扱うべきね」
「それが最も合理的だ」
「肝心の戦闘能力について、まだ答えを聞いていないわ」
スワイヤーの視線が、ヴァレリウスへ向けられる。
ヴァレリウスが答えるより先に、ハルトが口を開いた。
「閣下たちアスタルテスが複数いるなら、移動都市一つを制圧することも可能です」
何気なく告げられた言葉に、近衛局側の三人が同時にハルトを見た。
「……今、何と言ったの?」
スワイヤーが聞き返す。
「移動都市を制圧できる、と言いました」
「この人数で?」
「都市にいる全住民と一軒ずつ戦う、という意味ではありません」
ハルトは慌てて説明を付け加える。
「指揮所、動力区画、通信施設、防衛設備を短時間で制圧し、敵の指揮系統を破壊するんです。アスタルテスは、そういう戦いを何百年も続けてきた兵士です」
「何百年……」
スワイヤーはヴァレリウスたちを見回した。
彼女の視線が、最も古い形式の重装甲を纏うトゥシャンで止まる。
「冗談には見えないわね」
「我々は少数で敵中枢へ突入し、指揮官と重要施設を破壊するために作られた」
ヴァレリウスが言った。
「十分な情報と装備があり、民間人への被害を考慮しないのであれば、移動都市の機能を停止させることは可能だ」
「今回は民間人への被害を考慮してもらうわよ」
「当然だ」
「それなら心強いわ」
先ほどまで険しかったスワイヤーの表情が、目に見えて明るくなる。
「龍門全体を守るには人数が少ないと思っていたけれど、都市の要所を奪い返せる戦力なら話は変わるわ。近衛局の部隊を無理に集中させずに済む」
「楽観するのは早いと思うが」
チェンが冷静に指摘する。
「敵の数も侵入経路も判明していない。タルラや遊撃隊、スノーデビル小隊などの幹部陣営が同時に現れれば、いくら彼らでも全てを防ぐことはできない」
「分かっているわよ。アンタはいちいち水を差さないと気が済まないの?」
「過大評価を防いでいるだけだ」
「過小評価して手遅れになるよりはいいでしょう?」
「お二人とも、配置を決めましょう」
ホシグマが再び間へ入る。
「スワイヤー警司の案を基に、近衛局が各地区の警備と避難誘導を担当し、ヴァレリウス殿たちには即応部隊として動いていただくのが良いかと思います」
「即応部隊か」
ヴァレリウスが地図を見る。
「はい。敵がどこから攻撃するか分からない以上、最初から一箇所へ配置するより、襲撃を確認してから重要地点へ向かっていただく方が効果的です」
ホシグマは龍門の中央区、工業区、発電区画、外壁付近を順番に示した。
「近衛局の部隊は、主要な道路、避難所、病院、発電施設、通信施設を守ります。敵の主力や幹部が確認された場合は、そこへサンダーホークで移動していただく。近衛局だけでは対処できない戦力を、優先的に排除してもらいます」
「妥当だ」
ヴァレリウスは頷いた。
「ただし、全員を常に同じ地点へ投入する必要はない。状況に応じ、二つの戦闘単位へ分けることもできる」
「私とダキールが一組となろう」
トゥシャンが提案する。
「ターミネーターアーマーは機動力で劣るが、防衛線を維持する戦いに適している。敵が多数集まる地点か、避難中の民間人を守る場所へ投入してくれ」
「私はアイゼンヴァルトと行動する」
ヴァレリウスが続ける。
「敵幹部への対処と、突破された区域の奪還を担当する。イニシエイト、異論はあるか」
「異端者の軍勢を討つのであれば、異論はありません」
「命令なく追撃することは許さん。市民と降伏した者への攻撃も禁止する」
アイゼンヴァルトは僅かに間を置いた。
「……承知しました」
「ヴァロクスはサンダーホークを操縦し、各部隊の輸送と回収を担当。ハルト伍長はロドスと近衛局との連絡に当たれ」
「了解しました!」
「受諾。龍門の通信周波数と、識別信号の共有を要請する」
「こちらで用意させるわ」
スワイヤーが答えた。
「近衛局の連絡員を何人かサンダーホークへ乗せる。地理を知らないアナタたちだけで飛び回るより、その方が早いでしょう」
「合理的提案」
ヴァロクスの機械眼が明滅する。
「ただし、機内の設備へ無許可で接触する行為は禁止」
「近衛局の隊員に、妙な機械を持ち帰らせるつもりはないわよ」
「妙な機械ではない。全ては機械神の聖別を受けた神聖なる機構である」
「そういうところが妙だと言っているのだけれど」
スワイヤーは小さく肩を竦めた。
立体地図上には、それぞれの部隊が担当する予定の区域と、サンダーホークが着陸または滞空できる地点が表示されていく。
中央行政区の広場。
工業区の資材集積所。
外壁上部の大型車輌用通路。
発電区画に隣接する整備場。
いずれも周囲に一定の空間があり、サンダーホークの推進器が建物を直接破壊する危険が比較的低い場所だった。
「次は、各地区の防衛部隊と避難経路を――」
スワイヤーが詳細な配置へ移ろうとした、その時だった。
遠くで、低い音が響いた。雷鳴にも似ていたが、空には雲がない。窓ガラスが僅かに震え、卓上に置かれていた資料の端が揺れる。
室内にいた全員が同時に動きを止めた。
「今のは……」
アーミヤが窓へ顔を向ける。
次の瞬間、龍門の東側で赤い光が膨らんだ。
遅れて爆発音が到達し、今度は床そのものが小さく振動する。窓の向こうで黒煙が立ち上がり、周囲を走っていた車輌の光が乱れ始めた。
続いて二つ目の爆発が南部の高架道路付近で起こり、続いて工業区でも炎が上がる。さらに離れた場所から複数の爆音が重なり、龍門各地の照明が不規則に明滅した。
ブリーフィングルームの照明が一度消え、非常用電源へ切り替わる。
赤い警告灯が点灯し、けたたましい警報音が本部全体へ響き渡った。
「爆発を確認! 東部第三区、南部高架道路、工業区第六区!」
廊下から叫び声が聞こえる。
「複数の分署との通信が途絶! 外壁付近でレユニオンの部隊を確認したとの報告です!」
会議室の扉が開き、近衛局の通信担当者が駆け込んできた。
「チェン隊長、スワイヤー警司! 龍門各地で同時多発的な爆発が発生しています。発電施設と通信中継所も襲撃を受けています!」
「数は?」
チェンが即座に尋ねる。
「確認できていません! 内部に潜伏していた部隊が一斉に動き始めたようです。外壁の北側と東側にも、大規模な集団が接近しています!」
ドクターは立体地図へ視線を戻した。
先ほどまで数えるほどしかなかった赤い印が、龍門の各所へ急速に増えていく。通信が途絶した区域は暗く表示され、敵の正確な位置を把握できない場所も広がり始めていた。
「早すぎる」
Aceが呟く。
「こちらが準備を整える前に仕掛けてきたのか」
「……いや、これは私たちの動きを見てから始めたものではないな。レユニオンは最初から、この時刻に攻撃を始めるつもりだったと見て良いだろう」
ドクターは増え続ける警告表示を見つめた。
最初の襲撃にミーシャの確保。そして、龍門内部への部隊の潜伏と撤退せずに各地へ散った兵士たち。全てが、大規模な攻撃を開始するための準備だった。
それがミーシャを奪還したことで、最後の条件が整ったのだ。
「本格的な侵攻が始まった」
ドクターの言葉と同時に、さらに近い場所で爆発が起きた。
衝撃が近衛局本部へ伝わり、天井から細かな埃が落ちる。窓の外では、中央区へ近づく複数の火災が確認できた。
ブリーフィングルームにいた者たちの空気が、一瞬で変わった。
「採掘場の部隊を直ちに出せ」
最初に指示を出したのはヴァレリウスだった。
ドクターとチェンが青い巨人を見る。
「この攻撃は龍門の防衛戦力を市街地へ引きつける役割も持つ。混乱が続けば、敵はミーシャを別の場所へ移す。所在が判明している今を逃せば、再発見は困難になる」
「同意する」
ドクターは即座に頷いた。
「爆発に合わせて採掘場から移動する可能性が高い。準備が完全に整っていなくても、今すぐ向かうべきだ」
「チェン隊長」
ホシグマが巨大な盾を持ち上げる。
「小官はいつでも出られます」
「私もだ。選抜部隊へ連絡しろ。予定していた集合地点を変更し、本部の西側搬入口へ集める」
「了解しました」
「アーミヤ、オペレーターを動かせるか?」
ドクターが尋ねる。
「はい。採掘場への突入を予定していた皆さんには、既に本部近くで待機してもらっています。すぐに出発できます」
アーミヤは通信端末を取り出し、ロドスのオペレーターたちへ呼びかける。
「こちらアーミヤ。救出部隊の皆さんは、予定を繰り上げて出発します。装備を確認し、近衛局本部西側の搬入口へ集合してください。繰り返します――」
「Ace」
ドクターが振り返る。
「先頭を任せる。Wが仕掛けた爆発物に注意して、坑道への進路を確保してほしい」
「了解だ。狭い場所での戦いなら慣れている」
Aceは携行していた武器を持ち上げ、会議室の出口へ向かう。
「ケルシー」
ドクターが言葉を発しようとしたときには、ケルシーは既にロドス本艦との通信を試みていた。
「龍門で大規模な戦闘が始まった。現地に展開可能な戦闘オペレーターと医療班を可能な限り送る。病院の医療班には、負傷者の受け入れ準備を拡大させる」
「龍門防衛へ回せる戦力を優先してほしい」
ドクターが言う。
「採掘場へ向かう部隊はこちらで足りる。レユニオンは通信施設と発電区画を狙っている。このまま機能を失えば、住民の避難が止まってしまう」
「分かっている。ロドスの予備部隊を、近衛局の指揮下へ一時的に置くよう手配する」
ケルシーは通信端末を操作しながら、スワイヤーを見る。
「指揮系統と識別信号を共有してくれ。現場で互いを敵と誤認する事態は避けたい」
「すぐに用意させるわ。近衛局の通信網が生きているうちに、各分署へも通達する」
スワイヤーは部下から渡された通信機を受け取り、矢継ぎ早に命令を出し始めた。
「中央区の部隊は避難路の確保を優先! 敵を深追いしないで、住民を地下シェルターへ誘導しなさい! 工業区の部隊は発電施設を死守、東側の分署は外壁から来る敵を食い止めて! ロドスの増援が到着したら近衛局の識別信号を渡すのよ!」
その口調からは、先ほどまでチェンと言い争っていた時の軽さが消えていた。
複数の報告を同時に聞きながら優先順位を決め、応答のない部隊には別の通信経路を試すよう命じていく。混乱の中でも指揮を止めず、龍門全体の状況を把握しようとしていた。
チェンはその姿を一度だけ見た後、ホシグマと共に出口へ向かう。
「スワイヤー」
「何よ」
「本部と龍門を任せる」
短い言葉に、スワイヤーは一瞬だけ目を見開く。
「……言われなくても守るわ。アンタこそ、保護対象を連れ戻すまで勝手に死ぬんじゃないわよ」
「余計な心配だ」
「本当に一言多いわね!」
チェンは返事をせず、会議室を出た。
ホシグマはスワイヤーへ丁寧に頭を下げる。
「こちらは小官にお任せください。スワイヤー警司も、どうかお気をつけて」
「ホシグマもね。あの意地っ張りが無茶をしたら、盾で殴ってでも止めなさい」
「承知しました」
「ホシグマ、聞こえているぞ!」
廊下からチェンの声が飛び、ホシグマは僅かに笑って後を追った。
アーミヤもドクターの隣へ戻る。
「私たちも行きましょう、ドクター」
「ああ。ミーシャを取り戻す」
ドクターはヴァレリウスを見上げた。
「龍門を頼めるか」
「任された」
ヴァレリウスはストームシールドを左腕へ固定し、腰部に収めていたパワーソードの状態を確認する。
「汝らが戻るまで、この都市の中枢を敵へ渡すつもりはない」
「ヴァレリウスさんも、気をつけてください」
アーミヤが言う。
「タルラがあなたを狙っているなら、必ず何か仕掛けてきます」
「承知している。アーミヤ、汝は目の前の任務へ集中しろ。坑道では我々の援護を期待するな」
「はい」
アーミヤはしっかりと頷き、ドクターと共に会議室を出ていった。
残されたのは、ケルシー、スワイヤー、ヴァレリウスたちだった。
窓の外では、新たな爆発が起きている。火災による赤い光が建物の間を照らし、遠方では近衛局の警報が幾重にも重なっていた。
「アナタたち、すぐに出られる?」
スワイヤーがヴァレリウスへ尋ねる。
「我々の装備は整っている」
「機体の発進準備には、二百四十秒を要する」
ヴァロクスが答えた。
「既に動力の核融合炉は待機状態。武装系統と姿勢制御装置の確認後、直ちに発進可能」
「四分ね。もっと縮められない?」
「安全確認を一部省略すれば、百五十秒まで短縮可能。ただし、機体は損傷状態にあり、推進器の異常を見落とす危険が増加する」
「墜落されるよりは四分待つ方がましだわ」
スワイヤーは通信機を持ち上げる。
「飛行経路を案内する近衛局隊員を三人、屋上へ向かわせる。龍門の地理と通信網を把握している者たちよ。乗せられる?」
「可能。機内の安全規則に従うことを要求する」
「聞いたわね? アナタたちは屋上へ行って、あの機械の指示に従いなさい。勝手に装備へ触ったら、私が給料から修理費を引くわよ!」
近くで待機していた近衛局隊員たちが、顔を見合わせながら敬礼する。
「ヴァロクス」
ヴァレリウスが命じる。
「サンダーホークを発進させろ。近衛局の通信網へ接続し、敵の戦力が最も集中している地点を割り出せ」
「命令受諾」
ヴァロクスの外套が翻る。
彼は通常の人間とは異なる正確な足取りで会議室を出ると、近衛局隊員たちを伴って屋上へ向かった。頭上を旋回していたサーボスカルも後に続き、廊下の警告灯を赤い機械眼で照らしながら飛んでいく。
「ブラザー・ダキール」
トゥシャンが呼びかける。
「武装を確認しろ。民間人のいる区域では、アサルトキャノンの使用を最小限に抑える」
「分かっている。必要ならパワーフィストで対処する」
「ヘヴィーフレイマーも同様だ。火災が広がっている場所では使用できん」
二人のターミネーターが装備を確認し、駆動系を戦闘出力へ切り替える。深緑の装甲内部で人工筋肉が唸り、関節部から白い蒸気が噴き出した。
「イニシエイト」
ヴァレリウスがアイゼンヴァルトを見る。
「先ほど命じた交戦規定を繰り返せ」
ブラックテンプラーの赤いレンズが、青いオナーガードへ向けられる。
「武装した敵を排除。降伏した者への攻撃は禁止。非戦闘員を可能な限り保護し、命令なく敵を追撃しない」
「術師については」
アイゼンヴァルトは一瞬だけ沈黙した。
「……攻撃を受けない限り、こちらからは手を出しません」
「十分だ。その規定を破れば、私が貴様を止める」
「承知しています」
ヴァレリウスは最後にハルトへ向き直った。
「ハルト伍長、弾薬は」
「ラスガン用蓄電池六本、全て充電済みです。予備のフラググレネードが四個、ナイフと医療用品もあります」
「近衛局との連絡を維持しろ。敵兵への対処より、我々と現地部隊の誤射を防ぐことを優先せよ」
「了解しました、閣下!」
ハルトはラスガンを肩へ掛け直した。
スワイヤーは立体地図へ向き直り、急速に増え続ける警告表示を確認する。
「東部第三区の部隊が後退している。敵に術師が多くて、このままでは避難路まで突破されるわ」
「最初の降下地点はそこだな」
ヴァレリウスが言う。
「待って。工業区の発電施設にも敵の大部隊が近づいている。どちらかを放棄するわけにはいかないわ」
「我々を二つに分ける」
ヴァレリウスは即座に判断した。
「サンダーホークは最初にトゥシャンとダキールを工業区へ降下させ、その後、私とアイゼンヴァルトを東部第三区へ運ぶ。ハルト伍長は機内に残り、近衛局との連絡を担当する」
「それなら両方に間に合う?」
「間に合わせる」
ヴァレリウスの声に迷いはなかった。
屋上から、低い振動が伝わり始める。
サンダーホークの動力炉が出力を上げ、停止していた推進器が回転を始めたのだ。天井の照明が細かく揺れ、窓の外では屋上から流れ出した黒煙が夜空へ広がっていく。
『こちらヴァロクス。全搭乗員へ通達。機体起動シークエンス開始。主機関正常。左舷姿勢制御装置に軽微な出力低下を確認、飛行継続に支障なし』
ヴァレリウスたちの通信装置へ、ヴァロクスの声が届く。
『発進まで百八十秒。搭乗を要請する』
「行くぞ」
ヴァレリウスが歩き出す。
巨大な装甲靴が床を踏む度に重い音が響き、トゥシャン、ダキール、アイゼンヴァルトが後へ続く。ハルトもラスガンを握り、彼らの背中を追った。
スワイヤーは会議室の出口まで歩き、ヴァレリウスへ声を掛ける。
「青いの!」
ヴァレリウスが足を止める。
「何だ」
「龍門の建物を壊さないように戦いなさい。それと、近衛局の部隊まで敵と間違えないでよ」
「識別信号が正確ならば、誤認はしない」
「そういう意味じゃなくて……まあ、いいわ」
スワイヤーは片手を腰へ当て、もう片方の手で通信機を握り直した。
「龍門を守るために、アナタたちの力を借りる。今はそれだけよ」
「契約は成立した」
ヴァレリウスは短く答え、再び歩き出した。
彼らが屋上へ向かう一方で、近衛局本部の西側搬入口からは、ミーシャ奪還部隊を乗せた装甲車輌が次々と出発していた。
先頭車輌にはチェンとホシグマが乗り、後続にはドクター、アーミヤ、Ace、ロドスのオペレーターたちが続いている。
目的地は龍門北西部の源石採掘場跡。
そこにはミーシャと、スカルシュレッダー、そしてWの傭兵部隊が待っている。
屋上へ続く大型貨物用昇降機の扉が開く。
ヴァレリウスたちが発着場へ足を踏み出した瞬間、サンダーホークの巨大な機体が視界を埋め尽くした。
深緑の装甲は龍門の照明を鈍く反射し、側面に刻まれた炎竜の紋章が推進器の熱気に揺らめいている。破損した外板には応急修理の跡が走り、左右の翼下へ備えられた兵装が市街地の暗闇へ向けられていた。
機体後部では強襲用ハッチが開き、赤い機内灯が発着場を照らしている。
近衛局の隊員たちは既に内部へ乗り込んでいた。
初めて目にする異世界の兵員輸送機に緊張を隠せず、壁際の座席へ身体を固定しながら、周囲に並ぶ巨大な機械と帝国の文字を見回している。
ヴァロクスは操縦席へ座り、複数のケーブルを機体の制御盤へ接続していた。彼の義肢が操縦装置を操作する度に、機内の計器が順番に点灯していく。
『搭乗を確認。機体後部ハッチ閉鎖』
ヴァレリウスたちが乗り込むと、重いハッチが持ち上がった。
外部から聞こえていた龍門の警報と爆発音が遮断され、代わりにサンダーホークの機関音が機内を満たす。
トゥシャンとダキールが専用の固定具へ身体を接続し、アイゼンヴァルトはチェーンソードの柄を握ったまま立つ。ヴァレリウスはストームシールドを機体床面へ下ろし、赤い非常灯の中で正面を見据えた。
ハルトは近衛局の通信端末と帝国製の通信機を繋ぎ、各地区から送られてくる情報を確認する。
「工業区の防衛線が後退! 発電施設まで残り二つの区画です!」
「東部第三区では、住民の避難がまだ半分も終わっていません!」
同乗した近衛局隊員が報告する。
「両地点の座標をヴァロクスへ送れ!」
ハルトが叫ぶ。
「既に受信済み」
ヴァロクスの機械音声が返る。
『管制へ通達。サンダーホーク、緊急発進を実行する』
機体下部の推進器が一斉に点火した。
白熱した噴流が屋上へ叩きつけられ、発着場全体が激しく震える。周囲に残っていた整備器具や瓦礫が吹き飛ばされ、近衛局の誘導員たちは防護壁の陰へ身を伏せた。
数十トンを超える巨体が、ゆっくりと持ち上がる。
着陸脚が屋上を離れ、サンダーホークは龍門の夜空へ上昇した。
眼下では、複数の地区から炎と黒煙が立ち上っている。
道路を埋める避難民。
各地へ急行する近衛局の車輌。
防衛線へ向かうロドスのオペレーター。
そして、混乱する市街地の中で動き始めた無数のレユニオン兵。
「これより工業区へ向かう」
ヴァレリウスが機内の者たちへ告げた。
「トゥシャン、ダキール。降下後は発電施設を防衛し、住民と近衛局部隊の退路を確保せよ」
「了解した」
「任せろ」
「その後、我々は東部第三区へ移動する。アイゼンヴァルト、交戦規定を忘れるな」
「この剣に誓い、命令には従います」
ヴァレリウスは頷き、機体前方へ視線を向けた。
龍門を照らしていた平穏な光は、爆炎の赤へと変わりつつある。
敵の規模も、次に現れる者も分からなければ、タルラがどこにいるのかも判明していない。
それでも、迷っている時間はなかった。
サンダーホークは機首を工業区へ向けると、黒煙と警報に覆われた龍門の上空を加速していった。