工業地区の上空を離れたサンダーホークは、龍門の建物を縫うように東へ進んでいた。
機体後方の強襲用ハッチは既に閉じられ、深緑色の装甲板によって外部の爆音と警報は遮られている。それでも各地で起きる爆発の衝撃は、低い振動となって機内へ伝わっていた。
赤い非常灯の下に残っているアスタルテスは二人。
ウルトラマリーン戦団のヴァレリウスと、ブラックテンプラー戦団のアイゼンヴァルトだった。
先ほどまでトゥシャンとダキールが固定されていた場所は空になっている。ターミネーター二人を降ろしたことで機体重量は大きく軽減され、損傷したサンダーホークの挙動も幾分か安定していた。
操縦席では、ヴァロクスが近衛局から送られてきた情報を複数の画面へ表示している。
東部第三区は龍門の外縁部と中央区を繋ぐ交通の要衝であり、周辺には集合住宅や商業施設が密集している。住民を地下避難所と中央区へ退避させるための大通りも通っていることから、レユニオンに封鎖されれば数千人規模の民間人が戦場へ取り残される危険があった。
現在は近衛局と地区警察が防衛に当たっているが、奇襲を受けたことで指揮系統が混乱し、複数の防衛線が既に突破されている。
『東部第三区まで、残り一千二百メートル』
ヴァロクスの機械音声が機内へ響く。
『近衛局の防衛部隊は中央大通りへ後退。敵部隊との距離は推定二百八十メートル。周辺では多数の民間人が避難中』
「降下に適した場所は?」
『中央大通りと第二避難路の交差地点。道路幅は十分。着陸は不可能だが、高度を保ったままの降下は可能』
「そこへ向かえ」
『了解』
サンダーホークが機首を僅かに傾ける。
機体の外側で姿勢制御用スラスターが点火し、進行方向が修正された。損傷した左舷側の推進器が不規則な振動を起こしたが、ヴァロクスは即座に出力を調整し、機体を安定させる。
ヴァレリウスは右腕へストームシールドを固定し、左手でパワーソードを引き抜いた。
剣の起動装置を押し込むと、刀身を覆うように青白いエネルギーが生じる。周囲の空気が僅かに歪み、低い駆動音が機関音へ重なった。
その隣では、アイゼンヴァルトがチェーンソードとボルトピストルの状態を確認していた。
黒い装甲の各所には、パトリオットとの戦闘によって生じた損傷が残っている。肩部装甲には槍を受けた亀裂が走り、胸甲と脚部にも細かな傷が刻まれていたが、戦闘能力を損なうほどのものではない。
「イニシエイト」
ヴァレリウスが呼びかける。
「先ほど命じた交戦規定は維持する。武器を捨てた者、戦闘能力を失った者、民間人への攻撃は認めん」
「承知しています」
「敵味方が入り乱れている場所で、ボルトピストルを無闇に使うな。弾頭の炸裂は遮蔽物の向こうまで巻き込む」
「敵だけを狙えば問題はない」
「貴様の技量を疑っているのではない。市街地での戦いでは、命中した敵の身体を貫通した破片まで考慮しろと言っている」
アイゼンヴァルトは僅かに沈黙する。
「……承知しました、オナーガード」
完全に納得した様子ではなかったが、命令へ従う意思はある。
ヴァレリウスは赤いレンズを通して、ブラックテンプラーの状態を確認した。
狂信的であり、異端やサイカーと判断した相手には一切の容赦を見せない。その一方で、アイゼンヴァルトは規律を失った狂戦士ではなかった。上位者として認めたヴァレリウスの命令には従い、戦場で要求された役割を理解するだけの理性も持ち合わせている。
『降下地点へ到達』
機体下部の推進器が出力を上げ、サンダーホークが急速に減速する。
『周辺構造物との距離を確認。高度三十八メートルを維持。強襲用ハッチを開放する』
警告灯が明滅し、機体下部の装甲板が開き始めた。
外から入り込んだ夜風と熱気が、機内の空気を激しく掻き乱す。ハッチの向こうには、炎と黒煙に包まれた東部第三区の街並みが広がっていた。
複数の建物から煙が上がり、道路には放棄された車輌や避難の際に置き去りにされた荷物が散乱している。その間を近衛局の隊員が走り、民間人を地下避難所の入口へ誘導していた。
通りの向こうでは、白い布を身につけたレユニオン兵が近衛局の防衛線へ攻撃を加えている。
クロスボウの矢とアーツが飛び交い、爆発の度に周囲の窓が砕けていた。
「行くぞ」
ヴァレリウスがハッチの縁から身を投じた。
青い巨体が落下する。
ストームシールドを身体へ引き寄せ、片膝をついた姿勢で中央大通りへ着地。分厚い舗装路が装甲の重量と落下の衝撃に耐え切れず、ヴァレリウスを中心として放射状に亀裂が走った。
砕けた石材と砂塵が周囲へ吹き飛ぶ。
直後、その数メートル後方へアイゼンヴァルトが着地した。
二度目の轟音が大通りへ響き、黒い装甲の周囲から粉塵が噴き上がる。アイゼンヴァルトは片膝をついたまま右手を地面へ触れさせ、左手にはチェーンソードを握っていた。
頭上では、二人を降ろしたサンダーホークが再び上昇を始める。
推進器から放たれた熱風が通りを吹き抜け、放棄された紙箱や看板を巻き上げた。機体は周囲の建物を避けながら旋回すると、黒煙を引いて高度を上げていく。
降下地点の近くにいた近衛局隊員たちは、突然現れた二つの巨体へ一斉に武器を向けた。
「新手か!?」
「待て、青い方は報告にあった巨人だ!」
「その後ろの黒い奴は!?」
困惑した声が飛び交う。
ヴァレリウスはパワーソードを下げ、彼らへ赤いレンズを向けた。
「我々はロドス・アイランドから派遣された友軍だ。攻撃するな」
機械処理された声が、大通りへ重く響く。
近衛局隊員たちはすぐには武器を下ろさなかったが、その一人が携帯端末を確認し、慌てて周囲へ告げた。
「識別信号を確認! スワイヤー警司から通達された増援です!」
「本当に味方なのか……」
「あれが噂の青い巨人か?」
「報告より大きくないか……?」
隊員たちの間にざわめきが広がる。
ヴァレリウスの存在は、既に近衛局内部でも噂となっていた。
文章と通信越しの報告で知ってはいても、実際にその姿を間近で目にすれば、想像との違いに戸惑うのも無理はなかった。
アイゼンヴァルトが立ち上がる。
血の跡が残るチェーンソードを携え、白い肩当てに刻まれた黒十字を炎へ晒した瞬間、近衛局隊員たちの警戒はさらに強くなった。
「そちらの黒い戦士も、現在は私の指揮下にある」
ヴァレリウスが先回りして告げる。
「汝らへ危害は加えさせん。現地の指揮官は誰だ」
「自分です」
隊列の後方から、一人の近衛局隊員が進み出た。
肩と頭部へ包帯を巻き、制服の上から装着した防具にも複数の傷が刻まれている。左手には血が付着していたが、それでも部下の前で苦痛を見せないよう背筋を伸ばしていた。
「第三東部分署所属、臨時防衛部隊の指揮を任されています」
「状況を報告しろ」
ヴァレリウスは彼の負傷に一度視線を向けたが、余計な言葉は挟まなかった。
「襲撃は完全な奇襲でした。最初に通信中継所と分署の車庫を爆破され、こちらが状況を把握する前に、三つの方向からレユニオンが入り込んでいます」
指揮官は大通りの先を示した。
「第一防衛線は既に放棄しました。第二防衛線も突破され、現在はこの中央大通りと第二避難路を守っています。近衛局と地区警察を合わせて百二十名ほどいましたが、戦闘可能なのは六十名に届きません」
「敵の規模は?」
「正確には分かりません。少なくとも二百名以上。小部隊に分かれて商業施設や集合住宅へ侵入しているため、全体を把握できていません」
「幹部らしき者は確認したか」
「今のところは。しかし、術師と重装兵が多く、正面の部隊だけでもこちらの手には余ります」
大通りの先で、新たな爆発が起きた。
防衛線として積み上げられていた車輌の一部が炎に包まれ、その陰にいた近衛局隊員が倒れる。周囲の者たちが盾を掲げ、負傷者を引きずって後退させた。
「避難状況は」
「住民の半数以上が、まだこの区域に残っています。避難路は確保していますが、護衛へ人員を割いたため、敵を押し返す戦力がありません」
指揮官は悔しげに歯を食いしばる。
「我々は民間人を守るだけで手一杯です。敵を見つけても追う余裕がなく、掃討が間に合っていません。このまま正面を突破されれば、避難中の住民が直接攻撃を受けます」
ヴァレリウスは大通りの先へ視線を向けた。
装甲内部のセンサーが、煙と暗闇の向こうにいるレユニオン兵を捉える。
前方に重装兵、その後ろにクロスボウ兵と術師。さらに左右の建物にも、複数の熱源が潜んでいる。大通りを進む部隊だけで八十名以上。側面から攻撃するため、別の部隊が路地と建物内部を移動していた。
現地の防衛部隊は、この正面部隊を相手にしながら民間人を守ることはできない。
アイゼンヴァルトも同じ結論に達したらしい。
二人は一度だけ互いの顔を見た。言葉を交わす必要はなかった。
ヴァレリウスが指揮官へ向き直る。
「近衛局は避難路の防衛と負傷者の回収へ回れ」
「ですが、正面を空ければ敵が――」
「正面は我々が受け持つ」
指揮官は目を見開いた。
「二人だけで?」
「汝らが前線に残れば、我々の攻撃へ巻き込む」
ヴァレリウスはストームシールドを身体の前へ構えた。
「私が許可するまで前へ出るな。防衛線を後退させ、避難する住民の左右を固めろ。敵が側道から回り込んだ場合のみ対処せよ」
「しかし、敵は百人近くいます」
「承知している」
ヴァレリウスの声に迷いはなかった。
「だからこそ、汝らは下がれ」
指揮官は青い巨人と、その後方に立つ黒い騎士を交互に見た。
どちらも敵の数を聞いて動揺する様子はない。
それどころかアイゼンヴァルトは、待ち望んでいた瞬間が訪れたようにチェーンソードの柄を握り直している。
「……分かりました」
指揮官は決断した。
「全隊、第三防衛線まで後退! 負傷者と民間人の保護を優先しろ! 大通りの正面を空けるんだ!」
近衛局と地区警察が動き始める。
盾兵が負傷者を囲みながら後退し、その陰を住民たちが走り抜けていく。敵の攻撃を避けるため、車椅子や担架に乗せられた者から優先して地下避難所へ運ばれていった。
レユニオン側も、防衛線が下がり始めたことに気付く。
「近衛局が退くぞ!」
「押せ! 避難路まで突破しろ!」
重装兵たちが盾を並べ、前進を開始した。その後方で術師がアーツを集束させ、クロスボウ兵も後退する近衛局へ狙いを定める。
ヴァレリウスが前へ出た。
青い巨体が、開け放たれた大通りの中央へ立つ。
左腕のストームシールドを掲げ、右手のパワーソードを下段へ構える。その後ろでは、アイゼンヴァルトがチェーンソードの起動装置へ親指を置いていた。
「イニシエイト・アイゼンヴァルト」
「ここに」
「必要な殺傷を許可する」
アイゼンヴァルトの赤いレンズが強く明滅した。
「正面から突撃し、敵の陣形を乱せ。重装兵の隊列を突破した後は、術師と指揮官を優先して排除しろ。ただし、必要を超えた殺戮と民間人への攻撃は認めん」
「喜んでお引き受けしましょう、オナーガード」
チェーンソードの起動装置が押し込まれる。
鋸歯が動き始め、低い駆動音が瞬く間に獣の咆哮へ変わった。刃に残っていた乾いた血が削ぎ落とされ、細かな破片となって路面へ飛び散る。
アイゼンヴァルトは左手でボルトピストルを引き抜いた。大口径の銃口が、前進するレユニオンの重装兵へ向けられる。
「何だ、あの黒い奴は……」
「たった二人だ! 止まるな!」
「術師、撃て!」
火球とエネルギー弾が大通りを飛ぶ。
ヴァレリウスは一歩横へ動き、ストームシールドをアイゼンヴァルトの前へ差し出した。
火球が盾へ激突すると爆炎が青い巨体を覆い、衝撃が周囲の窓を震わせた。続いて複数のエネルギー弾が命中し、ストームシールドの表面へ青い光の波紋を広げる。
チェルノボーグで一度限界を迎えたエネルギーフィールドは、ロドス本艦で応急修理を受けていた。完全な出力には戻っていないものの、レユニオン術師の攻撃を防ぐには十分だった。
「進め」
ヴァレリウスが命じる。
その瞬間、アイゼンヴァルトが地を蹴った。
黒い巨体がパワーアーマーを纏っているとは思えない速度で加速する。最初の一歩で舗装路が砕け、次の瞬間にはヴァレリウスの盾の陰から飛び出していた。
チェーンソードを右手に。
ボルトピストルを左手に。
白い肩当てに刻まれた黒十字を敵へ向け、ブラックテンプラーは戦いの言葉を叫ぶ。
「
その咆哮は、銃声と爆発音に満たされていた大通りを震わせた。
先頭の重装兵たちが反射的に盾を構える。
「止めろ!」
複数の盾が重なり、即席の防壁を作る。
だが、アイゼンヴァルトは速度を落とさなかった。
ボルトピストルが咆哮し、放たれたボルト弾が正面の盾へ食い込み、その内部で炸裂した。分厚い金属板が内側から膨れ上がり、盾を支えていた兵士の腕ごと弾け飛ぶ。
生じた隙間へ、アイゼンヴァルトが肩から突っ込んだ。
パワーアーマーの重量と速度を受け止められる者はいない。
盾兵が空中へ跳ね上げられ、その背後にいた兵士たちを巻き込みながら吹き飛ぶ。整然と並んでいた前列は一瞬で崩れ、レユニオン兵が互いに衝突して地面へ倒れ込んだ。
そこへチェーンソードが振るわれる。
高速回転する鋸歯が盾の縁へ食い込み、そのまま防具と肉体をまとめて引き裂いた。血と砕けた金属片が周囲へ飛び散り、刃の軌道にいた二人の身体が大きく開かれる。
アイゼンヴァルトは止まらない。
右から槍を突き出した兵士の武器を手甲で受け、柄を握り潰す。そのまま肘を顔面へ叩き込み、頭部を兜ごと陥没させた。
背後から斬りかかった者には振り返ることなくボルトピストルを向ける。
重い発砲音と共にボルト弾は胸部へ食い込み、直後に炸裂した。兵士の上半身が内側から爆ぜ、血と防具の破片が後方の仲間へ降り注ぐ。
「散れ! 囲め!」
「囲ませるな! 術師を前へ!」
レユニオンの指揮官が叫ぶ。
しかし、既に命令を伝えられる状態ではなかった。
アイゼンヴァルトは盾兵の隊列を完全に突破し、後列の中央へ到達している。クロスボウ兵は味方が射線を塞いでいるため狙いを定められず、術師たちも接近する黒い巨人から逃れようと互いに押し合っていた。
チェーンソードが唸る度に人影が倒れる。
反撃しようと立ち止まった者はボルトピストルに撃ち抜かれ、逃げようと背中を見せた術師には黒い刃が追いついた。
隊列は瞬く間に分断される。
正面にアイゼンヴァルト、後方にはヴァレリウス。
二人の間へ取り残されたレユニオン兵は、どちらへ逃げればよいのかすら判断できなくなっていた。
「黒い奴だけを見るな、青い方も来るぞ!!」
重装兵の一人が叫ぶ。
見れば、ヴァレリウスが前進を始めていた。
アイゼンヴァルトのように敵陣へ深く飛び込むのではなく、避難路と敵の間へ自らの巨体を置きながら、一歩ずつ確実に距離を詰めていく。
クロスボウの矢とアーツが青い装甲へ集中するが、その全てを左腕のストームシールドが受け止めた。
矢は盾へ命中した瞬間に砕け、エネルギー弾は表面に青い波紋を残して消滅する。火球が炸裂する度に炎が周囲へ広がったが、ヴァレリウスの歩みは僅かにも鈍らなかった。
重装兵が三人、盾を並べて進路を塞ぐ。
「ここを通すな!」
ヴァレリウスはストームシールドを前へ突き出した。
巨大な盾が、三人の構える防壁へ衝突する。
強化された筋肉とパワーアーマーの人工筋肉が生み出した膂力に耐え切れず、重装兵たちの足が地面から離れた。盾ごと押し流され、背後の瓦礫へ叩きつけられる。
そのうち一人が立ち上がろうとした時には、青白いパワーソードが振り下ろされていた。
エネルギーフィールドを纏う刀身が盾を斜めに通過する。
金属の分子結合が破壊され、分厚い装甲板が抵抗を示すことなく切断された。その後ろにいた兵士の胸部まで刃が入り込み、防具と肉体を焼きながら通り抜ける。
ヴァレリウスは剣を引き抜き、次の敵へ向き直った。
狙うのは重装兵と術師。
近衛局の防衛線を突破し、避難路へ大きな被害を与え得る者だけを優先して排除していく。
一般のレユニオン兵が剣を振るっても、ストームシールドで武器ごと弾き飛ばし、追撃は行わない。倒れた者や武器を失った者へ刃を向けることもなく、その脇を通過して後方の術師へ迫る。
「近づけるな!」
術師がヴァレリウスへ掌を向けると、彼の足元で黒い光が走り、漆黒の杭が地面から突き出した。
青い巨体が僅かに姿勢を変える。
一本目の杭が脚部装甲を掠め、二本目がストームシールドへ当たり砕け散る。三本目が生じるより早く、ヴァレリウスは地面を蹴って術師との距離を詰めた。
「な――」
術師が顔を上げた瞬間、その視界を青い装甲と巨大な盾が埋め尽くした。
ストームシールドの縁が胸部へ叩き込まれる。
骨の砕ける音と共に術師の身体が後方へ飛び、建物の壁へ激突した。
別の術師が側面から火球を放つが、ヴァレリウスは振り返らず右手のパワーソードを横薙ぎに振るった。
青白い刃が火球を切り裂く。
アーツによって形成されていた炎が刀身のエネルギーフィールドに乱され、二つに分かれてヴァレリウスの左右を通り過ぎた。炎は背後の路面へ落ち、僅かに燃え上がる。
攻撃を放った術師が後退しようとする。
だが、ヴァレリウスの方が早かった。
パワーソードが下方から振り上げられ、術具ごと身体を斜めに切り裂く。切断面から血液が噴き出し、二つに分かれた身体が別々の方向へ倒れた。
近衛局の防衛線から、その戦いを見つめていた者たちは言葉を失っていた。
工業地区へ降下した二人のターミネーターが圧倒的な防御力を示していた頃、東部第三区では二人のアスタルテスが、異なる方法でレユニオンの部隊を崩壊させていた。
黒い騎士は敵陣の奥深くへ突入し、恐怖と混乱を撒き散らす。
青い戦士は避難路へ通じる正面を守りながら、敵の中核となる重装兵と術師を確実に排除する。
互いの動きは正反対に見えて、その実、正確に噛み合っていた。
ヴァレリウスが正面から敵を押し込むことで、レユニオン兵は左右へ逃れようとする。その先ではアイゼンヴァルトが隊列を分断し、指揮官と術師を殺している。アイゼンヴァルトを止めようと戦力を集めれば、ヴァレリウスへ対処する者がいなくなる。
どちらか一方へ集中することも、二人を同時に止めることもできない。
「何なんだ、こいつらは……」
レユニオン兵の一人が後退する。
「攻撃が通じない……」
「指揮官はどこだ!」
「死んだ! 黒い奴に撃たれた!!」
「術師隊もやられたぞ!」
それまで怒号を上げていた者たちの声が、恐怖に染まっていく。
指揮官を失い、術師を失い、重装兵の隊列も崩された。
攻撃しても二人の装甲を破ることはできず、一度接近されれば、盾も防具も何の意味も持たない。
戦闘が始まってから数分も経っていなかったが、組織的な抵抗は既に不可能となっている。
「無理だ……」
一人の兵士が剣を落とした。
「勝てるわけがない!」
「退け、退けぇ!!」
誰かが叫ぶ。
「一度路地へ退いて、別の部隊と合流しろ!」
その言葉を合図に、レユニオンの戦意が崩壊した。
武器を捨て、その場へ膝をつく者。
負傷した仲間へ肩を貸しながら後退する者。
周囲を見る余裕もなく、背中を向けて走り出す者。
レユニオン兵たちは細い路地や建物の間へ逃げ込み、中央大通りから急速に姿を消していった。
「撃ち方を止めろ!」
近衛局の指揮官が命じる。
「投降した者を拘束! 負傷者には応急処置を行え!!」
それまで後方へ留まっていた近衛局と地区警察が前へ出る。
盾兵がヴァレリウスの確保した通りを進み、武器を捨てたレユニオン兵を拘束していく。地区警察の一部は左右の建物へ入り、取り残された住民と負傷者の捜索を開始した。
ヴァレリウスはパワーソードを下げた。
刀身を覆うエネルギーフィールドは起動したままだったが、逃走するレユニオン兵を追うことはなかった。
「イニシエイト、深追いするな」
通信を通して命じるが、返答はない。
「アイゼンヴァルト、応答せよ」
『聞こえています』
数秒遅れて返事が届いた。
『周囲に武装した敵が一名。避難路へ接近していたため、排除します』
「区域を離れるな。終わり次第、中央大通りへ戻れ」
『承知しました』
通信が切れる。
ヴァレリウスはアイゼンヴァルトの位置を確認する。
大通りから二つ先の路地。戦闘区域の範囲内であり、その先には住民が避難に使っている第二避難路が通っている。
追跡を続けているわけではない。
少なくとも、命令違反と断じる状況ではなかった。
中央大通りから外れた路地には、避難の際に捨てられた荷物と、崩れた建材が散乱していた。左右には古い集合住宅の壁が迫り、奥は崩落した建物の瓦礫によって完全に塞がれている。
その袋小路で、一人のレユニオン兵が息を切らしていた。
まだ若い男だった。
感染によって首筋から黒い源石結晶が突き出し、汚れた白い衣服の上には赤い布が巻かれている。手には幅の広い鉈が握られていたが、刃は激しく震えていた。
正面からは、黒い巨人が歩いてくるが、背後には瓦礫。
逃げ場はなかった。
アイゼンヴァルトのチェーンソードは、今も高速で回転していた。鋸歯には複数のレユニオン兵の血と肉片が絡みつき、駆動音に合わせて赤い飛沫が路面へ散っている。
彼が一歩進む度に、レユニオン兵も一歩後退した。
やがて背中が瓦礫へ触れ、それ以上は下がれなくなる。
「来るな……」
男は両手で鉈を握り、アイゼンヴァルトへ切っ先を向けた。
「来るな! これ以上近づいたら斬るぞ!」
警告に力はなく、声は震え、足も動かない。
目の前の巨人に自分の武器が通じないことは、先ほどの戦闘で思い知らされていた。
アイゼンヴァルトは歩みを止めなかった。
「何でだ……」
レユニオン兵の口から、掠れた声が漏れる。
「何で俺たちを殺す……俺たちが、何をしたっていうんだ!」
アイゼンヴァルトがチェーンソードを持ち上げる。
男は鉈を振りかぶりながら、半ば悲鳴のように叫んだ。
「俺たちは感染者だ! 何もしていないのに街を追われて、家族まで奪われた! それに抵抗して何が悪い!」
黒い刃が男の頭上で止まる。
アイゼンヴァルトはすぐには振り下ろさなかった。
「お前も、あいつらも非感染者の味方をするのか!」
男は息を荒らげながら問い続ける。
「非感染者は俺たちを人間扱いしなかった! 病気になっただけで化け物と呼んで、鉱山に送って、死んでも誰も気にしなかった! なのに、何で俺たちだけが殺されなきゃならない!」
アイゼンヴァルトの赤いレンズが、男を静かに見下ろす。
「思い違いをするな」
兜の発声装置を通した声が、狭い路地へ響いた。
「私は非感染者の味方をしているのではない」
「なら、何で……」
「貴様らが感染者であるか、非感染者であるかなど、私にとって大きな問題ではない」
男の表情に困惑が浮かぶ。
「私にとって重要なのは、貴様が人であるか、異端であるか。皇帝陛下の御心に従う者であるか、それへ背く者であるか。それだけだ」
「皇帝……? 何を言っている……」
「この地へ陛下の光が届いていないことは承知している。故に今は、オナーガードの命令に従い、汝らを無条件に異端とは断じぬ」
アイゼンヴァルトはチェーンソードを掲げたまま、男を見下ろしている。
「だが、武器を取り、我らの前へ立った者を敵と見なすことに変わりはない」
「俺たちは、虐げられてきたんだ!」
レユニオン兵が再び叫ぶ。
「だから戦うしかなかった! 黙っていれば、殺されるまで踏みつけられていた! 俺たちが立ち上がることの何が間違っている!」
「立ち上がったことを否定するつもりはない」
予想外の返答に、男が言葉を失う。
「弱者として踏み躙られることを拒み、強き力をもって抗った。その意志は、戦士として理解できる」
アイゼンヴァルトの声には嘲りがなかった。
ブラックテンプラーは、戦う者を否定しない。
敵が異種族であろうと、異端であろうと、最後まで武器を握り続ける者の意志そのものは認める。皇帝の敵として必ず殺すとしても、抵抗した勇気まで存在しなかったことにはしない。
「だが、拳を振り上げたならば、殴り返されるのは当然だ」
アイゼンヴァルトは一歩踏み込んだ。
「自ら戦いを選び、他者へ刃を向けておきながら、劣勢となった途端に何故こんなことをすると問う。自分は虐げられたのだから、相手は反撃するなと懇願する」
男の喉が動く。
「そのような振る舞いは、愚か極まりない」
「ま、待て……」
「貴様は武器を取った」
チェーンソードの回転数が上がる。
「ならば、その結果を受け入れろ」
男が何かを言うより早く、アイゼンヴァルトが刃を振り下ろした。
レユニオン兵は鉈を掲げ、頭部を守ろうとする。
高速回転する鋸歯が鉈へ触れた瞬間、金属の刃が砕けた。そのままチェーンソードが肩口へ食い込む。
防具、皮膚、筋肉、骨。
刃はそれらを滑らかに切断せず、接触したものを噛み砕きながら身体の中へ進んでいく。
男の口から絶叫が漏れたが、その声も長くは続かなかった。
チェーンソードは肩から胸部を斜めに通過し、胴体を大きく引き裂いた。血液と肉片が路地の壁へ飛び散り、男の身体は形を失いながら瓦礫の上へ崩れ落ちる。
アイゼンヴァルトはチェーンソードを引き抜いた。
鋸歯が付着した肉を巻き込み、血飛沫を周囲へ撒き散らす。
足元の男が二度と動かないことを確認すると、ブラックテンプラーは刃を下げ、中央大通りへ向かって歩き始めた。
アイゼンヴァルトが路地を出た時には、東部第三区の戦闘はほぼ終結していた。
大通りに残るレユニオン兵の大半は死亡するか、近衛局へ武器を渡して投降している。戦意を維持していた者も既に区域外へ逃げ去り、まとまった部隊として抵抗できる者はいなかった。
近衛局と地区警察は負傷者を選別し、重傷者から順番に医療施設へ運んでいる。
拘束されたレユニオン兵にも最低限の治療が施されていた。中には強く抵抗する者もいたが、先ほどまで大通りを支配していた二人の巨人を目にすると、誰もが声を潜めた。
住民の避難も再開されている。
近衛局の盾兵が道路の左右を固め、その間を民間人が地下避難所へ急いでいた。炎上した建物から救助された者や、家族とはぐれた子供も警官に保護され、安全な区域へ連れていかれている。
ヴァレリウスは大通りの中央に立ち、周囲の状況を確認していた。
パワーソードの刀身を覆っていたエネルギーフィールドは停止している。左腕のストームシールドには複数のアーツを受けた痕跡が残っていたが、防御機能に重大な異常はなかった。
「オナーガード」
アイゼンヴァルトが近づく。
「避難路へ向かっていた敵を排除しました」
「命令した区域からは離れていないな」
「無論です」
ヴァレリウスはそれ以上追及しなかった。
代わりに、アイゼンヴァルトのチェーンソードへ付着した新しい血液を一瞥する。
「近衛局の掃討が終わるまで、この大通りを維持する。再び敵が現れても、命令なく追撃するな」
「承知しました」
近衛局の指揮官が二人へ駆け寄ってくる。
「避難路の安全を確認しました。周辺の建物にはまだレユニオン兵が潜伏している可能性がありますが、住民の避難は継続できます」
「掃討には、どれほどかかる」
「各建物を確認する必要があります。全て終えるには一時間以上かかると思います」
「急ぐ必要はない。民間人と隊員の安全を優先しろ。敵を発見しても、建物内部へ無理に踏み込むな」
「了解しました」
指揮官は一度言葉を切り、二人を交互に見る。
「その……援護に感謝します。あなた方が来なければ、この防衛線は持ちませんでした」
「感謝は不要だ」
ヴァレリウスは答えた。
「我々は龍門防衛の任務を受けている。必要なことをしただけだ」
「それでも、助かりました」
指揮官は深く頭を下げ、部下の元へ戻っていった。
その時、ヴァレリウスの兜内部に通信の着信が表示された。
近衛局本部の識別信号、通信相手はスワイヤーだった。
「こちらヴァレリウス。応答する」
『やっと繋がった!』
激しい雑音の向こうから、スワイヤーの声が返ってくる。
普段の余裕を保とうとしているものの、周囲では複数の怒号と爆発音が聞こえていた。クロスボウの発射音や金属同士が衝突する音も混じっている。
「何が起きている」
『近衛局本部が強襲を受けているわ! 正面だけじゃない、地下の搬入口と東側の連絡通路からも侵入された!』
直後に、通信の向こうで大きな爆発が起きる。
雑音が激しくなり、一瞬だけ声が途切れた。
「スワイヤー、応答せよ」
『聞こえているわよ! 近くで壁が吹き飛んだだけ!』
「汝自身の状態を報告しろ」
『私は無事よ。怪我もしていないわ』
スワイヤーは息を整え、周囲へ何かを命じてから通信へ戻る。
『でも、本部の守備隊だけじゃ長くは持たない。動かせる隊員の大半を各地区とミーシャの奪還へ回した後を狙われたのよ。通信室と指揮区画はまだ守っているけれど、下層階の一部は既にレユニオンに入られているわ』
「敵の規模は?」
『分からない。少なくとも百人以上。近衛局の制服を奪って潜り込んだ連中までいる。内部の識別が終わるまで、増援を迂闊に通すこともできないの』
ヴァレリウスは東部第三区の状況を確認した。
正面の敵部隊は既に壊滅している。
だが、区域内の民間人は避難を続けており、周囲の建物にも敵が潜伏している可能性があった。
自分たちがここを離れれば、再編成したレユニオンが戻ってくる危険がある。
そして何より、タルラはヴァレリウスを狙っている。
龍門各地へ大規模な攻撃を仕掛けながら、未だ姿を見せていないことが、その疑念をさらに強めていた。
「ヴァロクスとハルト伍長へ救援を要請しろ」
『二人に?』
「サンダーホークは現在、我々を降下させた後も龍門上空で待機している。ヴァロクスならば、本部屋上へ直接機体を戻せる」
『でも、あの機体で本部に攻撃されたら――』
「機体火器は使用させない。屋上へ着陸し、ヴァロクスとハルト伍長を守備へ加えるだけだ。機内にいる近衛局の連絡員も、本部内部の構造を把握している」
ヴァロクスはスキタリ・レンジャーである。
技術者としての能力に注目されやすいが、本来はアデプトゥス・メカニカスが運用する戦闘兵でもある。義肢と機械化された感覚器官を持ち、通常の人間を超える射撃能力と情報処理能力を有していた。
ハルトもまた、アスタルテスほどではないにせよ、ティラニッドの襲撃とチェルノボーグから生き延びた惑星防衛軍の兵士である。閉鎖された建物内部での戦闘であれば、サンダーホークの火器よりも二人の方が役に立つ。
『分かったわ。機械男へ直接連絡する』
「屋上の安全を確保し、着陸誘導を行え。敵が発着場へ侵入しているならば、先に排除しろ。……我々はここを制圧したのち、タルラを迎え撃つ故、ここからは離れることはできん」
『それくらい分かっているわよ』
スワイヤーはそこで言葉を切った。
その時、通信の向こう側で再び戦闘音が響いた。
『スワイヤー警司! 西側階段が突破されます!』
『盾兵を二階へ回して! 廊下を封鎖して、負傷者を医療区画へ下げなさい!』
スワイヤーが部下へ命令する。
僅かな間を置き、再びヴァレリウスへ声を向けた。
『分かったわ。アナタの判断を信じる』
「賢明だ」
『ただし、タルラに殺されるんじゃないわよ。アナタが死んだら、あの黒いのを止める人がいなくなるでしょう』
アイゼンヴァルトの兜が僅かに動く。
「聞こえているぞ、現地人」
『聞こえるように言ったのよ』
「私を制御できるのは皇帝陛下の御心と、誇り高き戦士の命令のみだ。貴様の懸念は不要である」
『はいはい。その誇り高き戦士の言うことを、ちゃんと聞いていなさい』
「き、貴様……!!」
「……スワイヤー」
ヴァレリウスが会話を遮る。
「通信へ集中しろ。ヴァロクスへ救援要請を送れ」
『今から送るわ。アナタたちも気をつけなさい』
「……武運を」
通信が切れ、兜内部の表示から近衛局本部との接続を示す光が消える。
ヴァレリウスは暫くその場に立ち、周囲の音へ意識を向けた。
住民を誘導する近衛局の声。
負傷者を運ぶ車輌の駆動音。
遠く離れた地区から響く爆発。
そして、都市の東側から吹き込む熱を帯びた風。
大通りに残っていた炎が、不自然なほど大きく揺れた。
チェルノボーグで感じたものと比べれば、まだ僅かな変化に過ぎない。工業地区や商業施設で発生している火災の熱が流れてきただけとも考えられる。
だが、ヴァレリウスの戦士としての感覚は、それを単なる偶然として処理しなかった。
「来ると思うか、尊厳の守り手よ」
アイゼンヴァルトが尋ねる。
「必ず来る」
ヴァレリウスはパワーソードを再び起動した。
青白いエネルギーが刀身を覆い、暗い大通りへ光を落とす。
「タルラは私が生きていることを知った。龍門への攻撃とミーシャの奪還だけで満足するとは思えん」
アイゼンヴァルトがチェーンソードを持ち上げる。
「ならば、その邪悪をここで滅ぼせばよい」
「相手を侮るな。彼女の力は、汝が先ほど戦ったパトリオットに劣らない」
「望むところです」
「それと、以前にも告げた通り、タルラの肉体には本来の意識が残っている可能性がある。殺害は最後の手段だ」
アイゼンヴァルトの赤いレンズがヴァレリウスへ向けられる。
「他者の魂へ巣食う存在を、宿主から分離する手段があるのですか」
「今はない」
「ならば、脅威を残すことになります」
「だからこそ、まず私が相手をする。貴様は命令するまで手を出すな」
「……承知しました」
熱を帯びた風が再び大通りを吹き抜け、焼けた紙片と灰が宙へ舞い上がり、ヴァレリウスの青い装甲とアイゼンヴァルトの黒い装甲の間を通り過ぎていく。
トゥシャン達とアイゼンヴァルトの理論、どちらに納得できるかは人それぞれですね。